第二十四話 十二番
その日の全体練習は、いつも通り最後のストレッチまで終わった。
床に座っていた部員たちが立ち上がり、ボールカゴやモップへ向かおうとしたところで、深見監督が声をかけた。
「片付けの前に集合」
動きかけた部員たちが、もう一度コートの中央へ集まっていく。ネットはまだ張られたままで、ボールカゴもコート脇に残っていた。
私も凜や美緒と一緒に列へ入りながら、深見監督の横に置かれたものへ目を向けた。
ユニフォームが、12着。
それを見た瞬間、何の集合なのか分かった。
「高校総体本選の登録メンバーを発表する」
高校総体東京都予選は2位だった。また紫峰には勝てなかったけれど、全国大会への出場権は取った。その全国へ行く12人が、これから決まる。
春にも一度、同じようにユニフォームが並べられたことがあった。
あの時、凜と美緒は呼ばれた。私は呼ばれなかった。
もちろん悔しかった。でも、あの頃の私にとっては、悔しいという気持ち以上に、自分がどうすれば12人へ入れるのか分からないことの方が大きかった。
凜には高さがあった。美緒には誰にも真似できない反応と守備があった。伊織はセッターで、真帆にはブロックがある。
自分は何だろう。
サーブは得意だった。レシーブもできる。スパイクも打てる。けれど、どれか一つを比べれば、それをもっと上手くできる人がいる。
何でも少しずつできることが、12人に入る理由になるとは思えなかった。
春の私には、まだ自分の場所が見えていなかった。
「名前を呼ばれた者から前へ」
深見監督が1着目を手に取った。
「1番、御子柴綾香」
「はい!」
綾香先輩が前へ出る。
「2番、白石萌々香」
「はい」
萌々香先輩。
「3番、桜井佳穂」
「はい!」
佳穂先輩。
「4番、佐伯楓」
「はい」
楓先輩。
「5番、九条沙耶」
「はい!」
沙耶先輩。
「6番、一ノ瀬怜奈」
「はい」
怜奈先輩。
「7番、鷹野皐月」
「はい!」
皐月先輩。
「8番、高梨瑞穂」
「はい!」
瑞穂先輩。
「9番、篠宮梓」
「はい!」
梓先輩。
1人ずつ前へ出て、ユニフォームを受け取る。そのたびに、並んでいたユニフォームが1着ずつ減っていった。
残ったのは、3着。
「10番、神崎凜」
「はい!」
凜の返事が体育館によく響いた。
深見監督から渡されたのは、青い10番だった。
春なら、凜が12人に入ったこと自体が一つの出来事だった。
今はもう違う。
由梨先輩が怪我をしてから、凜は沙耶先輩の対角に入っている。最初は1年生だからと相手に無視されることもあった。けれど、上がれば打った。止められても次を呼んだ。その繰り返しで、今では相手も凜を見ずには守れなくなっている。
10番を受け取って戻ってきた凜は、私と目が合うと嬉しそうに笑った。
私も笑い返した。
「11番、速水美緒」
「はい」
次に呼ばれた美緒が前へ出る。
受け取ったのは、白地に青い11番。
凜たちとは色が逆の、リベロのユニフォームだった。
美緒も春とは違っていた。ただ反応の速さだけで拾っていた頃より、今は相手の助走やブロックの位置まで見て、どこへ入ればいいのかを考えるようになっている。
美緒が戻ってくる。
残ったのは、1着。
白い数字が見えた。
12。
急に心臓の音が大きくなった。
私は一度、隣を見た。
伊織がいる。真帆もいる。
2人とも、前だけを見ていた。
伊織は春のメンバー発表が終わった日に、第2セッターの楓先輩を見ていた。
――取るなら、まず楓先輩のところ。
あれからずっと、そこを目指している。
真帆もそうだ。春に12人へ入れなかったあと、梓先輩と何度もブロック練習を繰り返してきた。見えているのに身体が追いつかなかった真帆の手は、少しずつ相手の打点へ届くようになっている。
自分だけが欲しいわけではない。
そんなことは分かっている。
それでも、私は残った12番を見ながら思った。
欲しい。
深見監督が最後の1着を手に取った。
「12番、水瀬千尋」
ほんの一瞬、自分の名前だと分からなかった。
「……はい!」
返事が少し裏返って、すぐ近くで凜が小さく笑った。
私はそれどころではなく、深見監督の前まで歩いていった。
差し出されたユニフォームを両手で受け取る。
青い布地に、白い12。
春には持てなかったものが、今は自分の手の中にある。
「水瀬」
「はい」
「何をするために入れたか、分かってるね」
その問いに、今度は迷わなかった。
「はい。サーブから入って、後衛の3ローテを回ります。レセプションとディグをして、怜奈先輩が1本目を触った時は2本目に入ります。それと、打てる時は後ろからも打ちます」
深見監督は私の答えを最後まで聞いてから、小さく頷いた。
「それがあなたの仕事よ。12番を着るなら、12番の仕事をしなさい」
「はい!」
列へ戻ると、凜がすぐに近寄ってきた。
「千尋、一緒に全国出られる!」
「まだ私が試合に出るとは決まってないけどね」
「出るよ。私の後ろに入るんでしょ?」
何の疑いもなく言われて、私は笑った。
「そういう使われ方はするかもね」
「じゃあ私、前でいっぱい決めるから!」
「お願いします」
「千尋は後ろでいっぱい拾って!」
「それも頑張ります」
そこへ美緒もやってきて、「おめでとう」と言った。
「ありがとう、美緒」
「サーブ、使われるね」
「そのために入ったんだと思う」
「レシーブも」
「そこも頑張るよ」
美緒は少し考えてから、「でも、そこは私の方が上手い」と付け加えた。
「知ってるよ」
私が笑うと、美緒もわずかに口元を緩めた。
その後ろから伊織が近づいてきた。
「千尋、おめでとう」
「ありがとう」
伊織はいつも通り笑っていた。
ただ一度だけ、その視線が私の持つ12番に落ちた。
ほんの一瞬だったけれど、私には分かった。
伊織だって入りたかったのだ。
「伊織……」
何か言わなければと思ったものの、適当な言葉が思いつかなかった。すると伊織の方が先に私の顔を見て、少し呆れたように笑った。
「そんな顔しないで」
「どんな顔?」
「私に悪いと思ってる顔」
「……ちょっとだけ」
「いらないよ、そんなの」
伊織はもう一度12番を見た。
「千尋が先に入った。それだけでしょ。すぐ追いつくから」
強がりには聞こえなかった。
春に楓先輩を見ながら、自分が取る場所を決めた時と同じ顔だった。
「じゃあ早く来てね」
「言われなくても」
「待ってないから」
「その方がいいよ」
伊織が笑う。
真帆もその隣から「おめでとうございます」と言った。
「ありがとう、真帆」
「千尋がやってきたことが、ちゃんと結果になりましたね」
「そうなのかな」
「そうだと思います」
真帆は本気で言っているらしかった。
その表情にも、やはり少しだけ寂しさがあった。真帆だって12人に入りたかったはずだ。
私が何か言おうとすると、真帆はそれを察したのか小さく笑った。
「大丈夫です」
「まだ何も言ってないけど」
「多分、慰めようとしました」
「……ちょっとだけ」
「なら大丈夫です」
真帆はそう言ってから、まだ張られたままのネットへ目を向けた。
その先にいた梓先輩と目が合う。
梓先輩が何も言わずに、少しだけ顎を上げた。
真帆も小さく頷いた。
それだけで、私には分かった。
きっとこのあと、また跳ぶのだ。
春にもそうだった。
伊織も真帆も、選ばれなかったことで止まらなかった。
伊織は狙う場所を決めた。
真帆は梓先輩と練習を始めた。
今日もたぶん同じなのだろう。
深見監督が全員を見渡した。
「以上12名が本選登録。選ばれた者は、青嵐の代表として自覚を持ちなさい。選ばれなかった者も、これで終わりではありません。全国までに何が起こるかは分からない。全員、準備を続けること」
「はい!」
返事が体育館に重なった。
「では解散。片付け」
それを合図に部員たちが動き始めた。
ボールカゴを押す音や、モップを取りに走る足音が戻ってくる。
私も動こうとして、ふと手の中のユニフォームを見た。
12番。
さっき深見監督の前で受け取った時には、緊張の方が大きかった。
凜に喜ばれた時も、美緒や伊織や真帆に祝われた時も、どこかまだ自分のことではないような気がしていた。
でも今、少しずつ実感が追いついてきた。
春には、自分がここへ入る理由を持っていなかった。
何をやっても誰かの少し下で、それなら自分を使う意味は何なのだろうと思っていた。
今なら答えられる。
凜が前で打つために、自分が後ろへ入る。
サーブを打って、拾って、つないで、必要なら後ろから打つ。
誰かより優れている一つを持っているわけではない。
それでも、その全部を使えばチームの役に立てる。
それが自分の仕事になったから、この12番をもらえた。
「……12番」
小さく口にしてみた。
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
全国へ行く。
青嵐女学院の12人の1人として。
その事実が、ユニフォームを受け取った瞬間より少し遅れて、じわじわと嬉しくなってきた。
私は12番を胸の前に抱えて、しばらくそこに立っていた。




