第二話 青嵐女学院
青嵐女学院へ見学に行くことが決まったのは、それから2週間ほど後のことだった。
当日の朝、うちの玄関先には、出発前から凜の声が響いていた。
「千尋、準備できた!?」
「できてるよ」
「シューズ持った!?」
「持った」
「サポーター!」
「持った」
「飲み物!」
「持ったって」
「タオル!」
「凜」
「何?」
「自分の心配して」
「あ」
凜は足元に置いていたスポーツバッグを開くと、そのまま固まった。
「……シューズない」
「ほらね」
「取ってくる!」
「行ってらっしゃい」
凜は勢いよく立ち上がると、そのまま3軒先にある自宅へ全力で走っていった。
朝から元気だ。
というより、今日に限っては昨日の夜からずっと元気だった。
今日は青嵐女学院の学校見学に加えて、女子バレー部の練習も体験させてもらえる。凜はそれが楽しみで仕方がないらしく、昨日から私の持ち物まで何度も確認していた。
「相変わらずだねえ」
車の運転席から、父が笑う。
「今日だけで3回目だよ、忘れ物」
「それでよく自分より千尋の心配ができるな」
「凜だから」
「なるほど」
父はそれだけで納得した。
「昨日もあれだけ確認してたのにね」
「自分のじゃなくて、私の荷物をね」
「凜らしい」
「父さんまで、それで済ませるのやめてよ」
数分後、シューズ袋を振り回しながら凜が戻ってきた。
「お待たせー!」
「今度こそ全部持った?」
「たぶん!」
「たぶんって言うな」
「大丈夫! シューズある!」
「最低条件を満たしただけで誇らないで」
凜が助手席へ乗り込み、私は後部座席へ座る。全員が乗ったのを確認してから、父が車を出した。
◇
青嵐女学院は、東京都内にある中高一貫の私立女子校だ。
全国的に最も知られているのは、やはり女子バレー部だと思う。少なくとも、私にとって青嵐といえば、真っ先に女子バレー部の名前が浮かぶ。
「うわ、広い!」
車で正門をくぐった途端、凜が窓に張りついた。
「凜、窓に跡つくよ」
「見て、千尋! 体育館、あっちかな!?」
「まだ分かんない」
「絶対あれだよ!」
「校舎かもしれないでしょ」
「体育館!」
「なんで言い切れるの」
「勘!」
ちなみに、凜の勘はそれほど当たらない。
今回も普通に外れた。凜が自信満々に指差していた建物は講堂だった。
「体育館、反対側だって」
「似てるじゃん」
「似てないよ」
「大きい建物という意味では似てる」
「その分類なら、校舎も全部一緒になるでしょ」
父が車を駐車場に止めたあと、受付を済ませて校舎へ入る。
休日だったけれど、校内には部活動へ向かう生徒が何人も歩いていた。女子校へ入るのは初めてだったから、多少は緊張するかと思っていたのだけれど。
「千尋」
「ん?」
「自販機いっぱいある」
「最初に見るところ、そこ?」
「大事じゃん」
「何が?」
「3年間通うかもしれないんだよ?」
「自販機で進路を決めるな」
凜があまりにもいつも通りなので、私まで緊張するのを忘れてしまった。
「千尋、凜!」
聞き覚えのある声に、私たちは揃って振り返った。
「由梨先輩!」
三上由梨先輩が、廊下の向こうから手を振っていた。
私たちの1つ上で、去年まで同じ中学のバレー部に所属していた先輩だ。卒業後は推薦で青嵐へ進学し、今もバレー部で競技を続けている。
「久しぶり。2人とも大きくなった?」
「私は1cm!」
「私はそんなに」
「凜はもう十分だから」
「まだ欲しいです!」
「何cmを目指してるの?」
「180cm!」
「あと1cmじゃん」
「そうなんですよ!」
由梨先輩が楽しそうに笑った。
「千尋は?」
「168.8cmです」
「細かい」
「169cmって言ってもいい範囲だと思ってます」
「それはもう、169cmでいいんじゃない?」
「ですよね?」
「千尋、盛った!」
「0.2cmくらい許して」
そんなやり取りをしていると、由梨先輩が私たちの後ろへ目を向けた。
「水瀬さんのお父さんも、お久しぶりです」
「久しぶり、由梨ちゃん。元気そうだね」
「はい。おかげさまで」
「大変?」
「すっごく」
由梨先輩は即答した。
父が笑う。
「いい学校だ」
「そこ、喜ぶところですか?」
「大変なのに楽しいなら、いいところでしょ」
「……まあ、それはそうですけど」
由梨先輩は少しだけ考えてから、納得したように笑った。
「先生たちが待ってるから、先に案内しますね」
「お願いします!」
「凜、声」
「はい!」
「もっと大きくなった」
「返事だけは昔からいいんですよ」
「千尋!」
由梨先輩の後ろについて校舎を歩く。
廊下を曲がったところで、私は前から気になっていたことを聞いた。
「先輩、青嵐はどうですか?」
「うーん」
由梨先輩は少しだけ考えた。
「楽しいよ」
「即答じゃないんですね」
「楽しいけど、楽ではないからね。中学の時より練習は当然きついし、周りは上手い子ばっかり。私も推薦で来たけど、推薦だから試合に出られるなんてことは全然ないし」
「ですよね」
「それに、内部の子たちも必死だよ」
青嵐は中高一貫校だけれど、中等部でバレー部に所属していた選手全員が、高等部でも同じように競技を続けられるわけではない。
高校バレーで全国を目指す選手として残れるのか。そこはかなり厳しく見られると聞いていた。
内部生だからといって、何かが保証されているわけではない。むしろ小さい頃から青嵐にいる分、ずっと評価され続けることになる。
「でも」
由梨先輩が振り返った。
「本気で強くなりたいなら、いいところだと思う」
「はい!」
「凜は返事が早いね」
「もう、だいぶ来る気なので」
「千尋は?」
「私は……見てからです」
「うん。それがいいよ」
由梨先輩は笑った。
「今日は遠慮しないで、思いきりやってきな」
◇
最初に通されたのは、体育館ではなく小さなミーティングルームだった。
中には、既に1人の女の子が座っていた。
最初に目についたのは、その小ささだった。
私や凜と比べたから、というだけではない。女子バレー選手として見ても、かなり小柄だと思う。短めの髪に、感情のあまり見えない顔。座っているから正確には分からないけれど、160cmはなさそうだった。
女の子はこちらを見ると、まず私を見て、次に凜を見た。
凜の顔が一瞬だけ、
――ちっちゃ。
と言いそうになった。
私は無言で凜の腕をつねった。
「痛っ」
「何も言わないで」
「まだ何も言ってない!」
「顔で言った」
「何の話?」
小柄な女の子が、淡々と聞いてくる。
「何でもないです」
「そう」
その子の隣には女性が座っていた。たぶん母親だろう。
「速水さんも、もう来てたんだね」
由梨先輩の言葉に、女の子が頷いた。
「はい」
速水。
どこかで聞いたことがある気がしたけれど、すぐには思い出せなかった。
「3人とも揃ったわね」
奥から声がして、私たちはそちらへ顔を向けた。
青嵐女子バレー部の監督。その隣には、男性のコーチもいる。
私と凜、小柄な女の子とその保護者、それから父。全員が席についた。
「今日は来てくれてありがとう」
監督は落ち着いた雰囲気の女性だった。こちらを緊張させないためなのか、口調も柔らかい。
ただ、その目はよく私たちを見ていた。
座り方や返事だけではない。誰かが話している時に、どこを見ているのか。そんなところまで観察されているような気がした。
「神崎凜さん」
「はい!」
「水瀬千尋さん」
「はい」
「速水美緒さん」
「はい」
小柄な女の子――速水美緒が、短く答えた。
「今日は学校の見学だけではなく、せっかくだから午後の練習にも入ってもらいます。無理に良く見せようとしなくていいから、普段通りにやってみて」
「分かりました!」
「神崎さんは緊張していなさそうね」
「はい!」
監督が少し笑った。
速水さんが横から凜を見る。
「元気だね」
「うん!」
「そこは返事しなくてもいいと思う」
「そう?」
速水美緒。たぶん私たちと同い年だと思うけれど、少なくとも緊張して固まるタイプではなさそうだった。
監督の隣では、男性コーチも笑っている。
背が高い。190cm近くありそうだ。現役を離れてしばらく経っていそうなのに、肩回りは今でもかなりがっしりしている。
どこかで見たことがある気がして首を傾げていると、コーチが父へ顔を向けた。
「お久しぶりです、尋長さん」
「久しぶり」
「全然変わりませんね」
「そっちは少し老けたね」
「会って最初に言います?」
どうやら知り合いらしい。
「父さん、知ってるの?」
「昔ね」
父の答えはそれだけだった。
「昔って?」
「一緒にバレーしてた」
コーチが苦笑する。
「同じチームだったんだよ。お父さんがセッターで、俺がオポジット」
「へえ」
私は父とコーチを見比べた。
「父さんのトス、打ちにくくなかったですか?」
「千尋」
「いや」
コーチが真顔になった。
「打ちにくかった」
「ですよね」
「おい」
思わず笑うと、凜まで横から話に入ってきた。
「やっぱり、おじさんは昔から変なトス上げてたんだ」
「凜まで何を言うの」
「だって、千尋もよく言ってるじゃん」
「言ってるけど」
「変なトスって何?」
速水さんが聞いた。
「普通なら上げないところに上げたりするの」
「打てるの?」
「打てる人なら」
「嫌なセッターだね」
「でしょ?」
「千尋。父親を初対面の子に売るの、やめない?」
監督が軽く咳払いした。
「昔話は、その辺にしてもらって」
「すみません」
コーチが素直に頭を下げる。
父はまったく悪びれていない。たぶん、こういうところが昔から変わっていないのだと思う。
「青嵐のことは、どのくらい知ってる?」
監督に聞かれると、凜が真っ先に手を挙げた。
「全国大会によく出てる!」
「間違ってはいないわね」
「あと、最後まで拾う!」
「それは誰から聞いたの?」
「千尋のおじさん」
監督とコーチが揃って父を見る。
「余計なことは教えてませんよ」
「褒めてました」
私が代わりに答えた。
「『こういうチームは嫌だねえ。なかなかボールが落ちない』って」
「ああ」
コーチが笑う。
「尋長さんなら、間違いなく褒め言葉だ」
監督も少し笑ってから、改めて私たちを見た。
「青嵐が昔から大事にしていることは、それほど難しいものじゃないの」
そこで一旦、言葉を切る。
「最後の1球まで、絶対に諦めないこと」
それだけだった。
「高さがある選手も欲しい。強く打てる選手も欲しい。速い選手も、頭のいい選手も欲しい。当然ね。でも、どれだけ才能があっても、ボールが落ちる前に諦める選手は青嵐には合わない」
その言葉を聞いた時、少しだけ父の言葉を思い出した。
6人で強い方が勝つ。
エース1人で勝ったなんて言う人間がいたら、笑ってやれ。
まったく同じことを言っているわけではない。それでも、どこか似ているような気がした。
「今の高等部には、かなり強い選手がいるわよ。九条沙耶は知ってる?」
「知ってます!」
凜が即答し、私も頷いた。
九条沙耶。
その名前は、さすがに私でも知っていた。
青嵐女学院高等部のアウトサイドで、私たちより1つ上。高校生になってまだ1年目なのに、既に全国大会でも名前を聞く選手だ。
185cmの高身長から放たれる、強烈なスパイク。世代別代表の候補にも名前が挙がる、全国でも有名なスーパーエースだった。
テレビで何度かプレーを見たことがある。
「すごいですよね!」
凜の声が一段高くなる。
「凜、楽しそうだね」
「だって、一緒に練習できるんでしょ!?」
「今日だけならね」
「入学すれば毎日!」
「まだ決めてない」
「私はだいぶ決めてる!」
「知ってる」
「九条さんって、レセプションにも入る人ですよね」
それまで黙っていた速水さんが言った。
監督が速水さんを見る。
「よく見てるわね」
「リベロなので」
それだけ答えると、速水さんはまた黙った。
凜は九条先輩のスパイクを知っていて、速水さんは九条先輩がレセプションに入ることを知っている。
同じ選手を見ていても、目につくところが違うらしい。
「もう1人、一ノ瀬怜奈。セッター」
その名前にも聞き覚えがあった。
「ユースの選考に入ってる人ですよね」
私が聞くと、監督が頷いた。
「そう。九条と同じ学年」
「九条先輩と一ノ瀬先輩が、同じ学年なんだ……」
凜が小さく呟いた。
その2人が同じコートにいるというだけでも、十分すぎるほど怖い。
「もちろん、2人だけでやっているチームじゃないわ」
監督は続けた。
「それは実際に、体育館で見てもらった方が早いと思う」
その言い方が、少しだけ気になった。
◇
着替えを済ませて体育館へ入った瞬間、最初に感じたのは音の違いだった。
「1本!」
「カバー!」
「まだ!」
シューズが床を踏み鳴らす音。スパイクが叩き込まれる音。豪速球のようなボールをレシーブで受け止める、重い音。
そのすべてが大きく、何より、選手たちの声が途切れない。
そして、なかなかボールが落ちなかった。
強打をレシーブで上げ、もう一度打つ。ブロックに弾かれても、そのボールを追う。
コートの外へ大きく飛んだボールに、1人の選手が全力で走った。
「まだ!」
床へ落ちる寸前、その腕がボールの下へ滑り込む。高く上がったボールを別の選手がさらに追いかけた。
「返して!」
3本目は、攻撃にできるようなボールではなかった。それでも相手コートへ返した瞬間には、全員が既に次の守備へ戻っている。
相手が打つ。
また上がる。
「うわ」
隣で凜が声を漏らした。
「何?」
「楽しそう」
「そこなんだ」
「だって見て! まだ続いてる!」
確かに長い。
そして、しつこい。
強い学校だとは知っていた。全国大会の常連で、有名な選手もいる。
それでも、実際に見て最初に抱いた青嵐の印象は――しつこい、だった。
もちろん、最高の褒め言葉として。
「落ちないね」
反対側から声がした。
速水さんだった。
「うん」
「さっきの、普通なら2回くらい終わってる」
「2回?」
「最初の強打と、その次のブロック」
「ああ」
速水さんはラリーから目を離さない。
リベロだからなのか、それとも速水さん自身がそうなのか。さっきからスパイクを打つ選手よりも、ボールが打たれた先を見ていることが多い。
「あ!」
凜が私の腕を叩いた。
「千尋、九条先輩!」
「どこ?」
「あそこ!」
言われなくても、すぐに分かった。
高い。
ネット際に立っているだけで、他の選手の中でも目立つ。
九条先輩がレセプションへ入り、きれいにボールを返す。そのまま素早く切り替えて助走へ入った。
セッターへボールが返り、トスが上がる。
ブロックは2枚。完全に揃っているように見えた。
それなのに、九条先輩の手は、そのさらに上から出た。
バンッ!
体育館に音が響き、ボールが相手コートの奥へ突き刺さる。
「……高」
思わず声が漏れた。
「すごい!」
凜の目が完全に輝いている。
「私、あの人と打ちたい!」
「敵としてじゃなくて?」
「同じチームで!」
「気が早いよ」
「絶対楽しい!」
でも、その気持ちは分かる。
あれを間近で見たら、同じコートに立ってみたいと思う。
私も九条先輩から目を離せなかった。
次のラリーでも、九条先輩へトスが上がる。今度は相手のブロックに触られ、ボールが真下へ落ちた。
「カバー!」
1人の選手が飛び込む。
床ぎりぎりでボールが上がり、別の選手がつないだ。
そして、もう一度、九条先輩へトスが上がる。
今度は決まった。
「ナイス!」
体育館に歓声が響く。
「すっご!」
凜は九条先輩を見ていた。
私も九条先輩を見ていた。
ただ、その少し手前で起きていたことも見ていた。
1回目のスパイクを、九条先輩は決められなかった。
それでも、誰かがそのボールを落とさなかった。
だから、九条先輩はもう一度打つことができた。
「……なるほど」
「何が?」
凜が聞く。
「いや」
私は少し笑った。
「父さんが好きそうだなって」
「何が?」
「このチーム」
「あー」
凜も納得したらしい。
「好きそう」
「私も好きかも」
速水さんがぽつりと言った。
「美緒も?」
凜が振り返ると、速水さんが少しだけ眉を寄せた。
「もう名前で呼ぶの?」
「え? 嫌だった?」
「……別にいいけど」
「じゃあ、美緒!」
「距離を縮めるの、早いね」
「凜だから」
私が言う。
「なるほど」
速水さんまでそれで納得した。
「なんで、みんなそれで納得するの!?」
凜だけが不満そうだった。
その時、由梨先輩に呼ばれた。
「3人とも! そろそろ入るよ!」
「はい!」
凜がすぐに飛んでいく。
「凜、まだ説明!」
「あ」
「本当に変わらないねえ」
由梨先輩が笑った。
速水さんが私を見る。
「いつもあんな感じ?」
「だいたい」
「大変だね」
「慣れた」
「聞こえてるよー!」
「地獄耳」
私と速水さんも、凜を追ってコートへ向かった。
◇
最初はポジションごとに分かれて練習した。
凜はアウトサイド。私も基本はアウトサイド側へ入り、速水さんはリベロの先輩たちのところへ連れていかれた。
青嵐の練習は、単純にきつかった。
球数が多く、休む時間も少ない。それだけではなく、何をするにも1本では終わらない。
スパイク練習でも、打ったあとはすぐにカバーへ入る。ブロックに当たってボールが戻ってきた想定で、もう一度助走へ開き、今度は切り返しから打つ。
「凜、遅れてる!」
「はい!」
「水瀬さん、打って終わらない!」
「はい!」
言われていることは分かる。
それでも、今までの癖が残っていて、身体がすぐには追いつかなかった。
1本打って着地したら、すぐに助走へ開く。もう一度入って打ち、さらにカバーへ回る。
息を整えながら、隣に並んだ凜を見る。
「これ……」
「何?」
「しつこいね」
「うん!」
凜は楽しそうに笑っていた。
私もつられて笑った。
たぶん、こういうところなのだ。
父が青嵐を嫌なチームだと言う理由。
1回止めても終わらない。もう1回。そのボールも返せば、さらにもう1回。
最後に床へ落ちるまで、ずっと続く。
◇
「じゃあ、ここからゲーム形式」
練習が一区切りついたところで、監督が声をかけた。
選手たちが集まってくる。
「体験の3人も入って」
「はい!」
「はい」
「はい」
高校生ばかりが並ぶコートを見回す。
さすがに少し緊張した。
それでも、怖いという気持ちより、ここでやってみたいという気持ちの方が強かった。
「神崎さん」
「はい!」
「最初はA側」
凜が嬉しそうに返事をする。
「速水さん」
「はい」
「あなたも最初はA。リベロの桜井と途中で代わって」
「分かりました」
速水さんが頷いた。
A側ということは、凜と速水さんは同じコートだ。
「水瀬さん」
「はい」
「あなたはB側」
「分かりました」
凜が私を見る。
「千尋、別なんだ」
「その方が、いろいろ見てもらえるでしょ」
「そっか」
「数時間くらい離れてても死なないから」
「死なないけど」
「後でね」
「うん!」
凜はA側へ向かい、速水さんもリベロの先輩の後ろについていった。
「水瀬さん」
今度はコーチに呼ばれた。
「はい」
「Bのセッターと、先に顔合わせしておいて」
「分かりました」
コーチがコートへ顔を向ける。
「黒川」
「はい」
短い返事が聞こえ、選手たちの間から1人の女の子が出てきた。
私たちと同じくらいの年に見える。着ているジャージは青嵐中等部のものだったから、たぶん私たちと同じ中学3年生だ。
背が高い。
170cm台後半はありそうだった。もしかしたら、私より10cm近く高いかもしれない。
手にはボールを持っている。
セッター。
その子はこちらへ歩いてくると、私の足元から頭までを、一度じっと見た。
完全に値踏みされた。
「黒川伊織」
女の子が言った。
「セッターやってる」
「水瀬千尋。アウトサイド。一応」
「一応?」
「まあ、だいたい何でもやるから」
「ふうん」
短い。
愛想も、あまりない。
「よろしく」
「よろしく」
黒川伊織はそれだけ言うと、すぐにコートへ戻っていった。
私はその背中を見送りながら、素直に思った。
――なんか、感じ悪いな。この子。




