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水瀬千尋はエースじゃない―青嵐女学院バレーボール部―  作者: まるちーるだ
第二章 エースの隣

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第十九話 後ろから

 高校総体東京都予選は2位。


 全国への切符は取った。


 でも、またしても紫峰学園には勝てなかった。


 だけど、それを振り返っている時間はなかった。


「次は本選で返すよ」


 試合後、綾香先輩はそれだけ言った。


 悔しくないわけがない。


 沙耶先輩も、由梨先輩も、怜奈先輩も、帰りのバスではいつもより静かだった。


 そして私には、高校総体予選で見つけたものがあった。


「もっと前に乗せて」


「前?」


「そう。最後で止まってる」


 放課後。


 全体練習が終わったあと、私はアタックラインの後ろに立っていた。


 ネットの近くには伊織がいる。


「バックアタックって、前に出たら駄目なんじゃないの?」


「踏み切りがアタックラインの後ろならいいの。着地は前でいいでしょ」


「それは知ってるけど」


「じゃあ、なんで最後に減速するの?」


「……ライン踏みそうだから」


「やっぱり」


 伊織が呆れた顔をした。


「アタックラインを避けることが目的になってる。ちゃんと打つのが目的でしょ」


「言うのは簡単だよ」


「上げる方だもん」


「ずるい」


「セッターだからね」


 ボールが飛んでくる。


 私は助走を取った。


 前へ。


 でもラインが目に入った瞬間、最後の1歩が小さくなる。


 跳ぶ。


 打つ。


 ボールはネットを越えたものの、力が乗っていない。


「ほら」


「分かってるって」


「サーブの方が強い」


「それ結構傷つく」


「事実」


 私はボールを拾いに行った。


 高校総体予選で、自分が青嵐の12人に入るための道が少しだけ見えた。


 サーブで入る。


 相手を崩す。


 そのまま後衛に残って、由梨先輩や沙耶先輩の代わりにレシーブやディグをする。


 でも、それだけでは美緒の劣化版になる。


 だったら、後ろからでも打てればいい。


 そう思った。


 思ったのだけれど。


「全然できないね」


「始めたばっかりでできたら苦労しないでしょ」


「伊織が言う?」


「私はできるとは言ってない」


 もう一度、位置につく。


 伊織がトスを上げようとしたところで、横から声がした。


「千尋、そこで止まったら駄目だよ」


「え?」


 見ると、沙耶先輩が立っていた。


「沙耶先輩」


「さっきから見てたけど、最後の2歩で勢い殺してる」


「やっぱりですか」


「うん。バックアタックは前への勢い使わないと」


 沙耶先輩がアタックラインの後ろへ歩いていく。


「伊織、1本上げて」


「私ですか?」


「うん」


「はい」


 返事が一瞬で真面目になった。


 私は伊織を見る。


「私の時と態度違わない?」


「相手が沙耶先輩だから」


「ひどい」


「千尋も見るんでしょ」


「あ、見る」


 沙耶先輩が下がる。


「ボールだけじゃなくて、足見て」


「はい」


 伊織がトスを上げる。


 沙耶先輩が走った。


 助走の速度が、私とは全然違った。


 最後の2歩でも止まらない。


 むしろ、そこから身体ごと前へ運ぶ。


 踏み切る。


 高く。


 そして前へ。


 空中で身体がボールへ入っていく。


 ドンッ!


 反対コートの床にボールが突き刺さった。


 着地した位置は、踏み切った場所よりずっと前だった。


「……幅跳びみたい」


「そう。それでいい」


 沙耶先輩が振り返る。


「上にも跳ぶけど、前への勢いを殺さない。後ろから打つんだから、その分、自分の身体をボールに近づける」


「体重を前に乗せる感じですか?」


「うん。最後に止まったら、腕だけで打つことになるよ」


「なるほど」


「じゃ、やって」


「もう?」


「見ただけで上手くならないでしょ」


「それはそうですけど」


 私はもう一度下がった。


 今度はラインを気にしすぎない。


 助走。


 前へ。


 最後の2歩でも止めない。


 跳ぶ。


「今!」


 沙耶先輩の声。


 思い切って振った。


 バンッ!


 さっきより明らかに強いボールが飛んだ。


「おお!」


「今の方がいい」


 沙耶先輩が言う。


 伊織も頷いた。


「やっとバックアタックっぽい」


「褒めてる?」


「かなり」


「分かりにくいなあ」


「何してるの?」


 今度は後ろから由梨先輩の声がした。


 振り返ると、由梨先輩と怜奈先輩がこちらへ来ていた。


「千尋がバックアタック始めた」


 沙耶先輩が答える。


「へえ」


 由梨先輩の目が少し細くなる。


「何で急に?」


「後衛で入るなら、後ろからも打てた方がいいかなって」


「なるほどね」


 由梨先輩はすぐに意味が分かったようだった。


「沙耶か私の後ろ3つを代わるつもり?」


「まだできるか分かりませんけど」


「でも、そこ考えてるんでしょ?」


「はい」


「じゃあ、バックアタックはあった方がいいね」


 由梨先輩が笑った。


「私もよく使うし」


「そうですよね」


 試合でも何度も見ている。


 由梨先輩は前衛だけの選手じゃない。


 後衛へ下がっても、普通に助走へ入る。


 特に沙耶先輩が前にいる時。


 相手のブロックが沙耶先輩へ引っ張られたところで、由梨先輩が後ろから飛び込んでくる。


「あれ、やりたいです」


 私が言うと、由梨先輩が笑った。


「沙耶を囮にするやつ?」


「言い方」


 沙耶先輩がすぐに口を挟む。


「最高の囮じゃん」


「由梨まで」


「だって沙耶が前で助走したら、絶対見るでしょ」


「まあ見るけど」


「だから後ろが空く」


 怜奈先輩も頷く。


「相手が沙耶を止めようとすればするほど、由梨が使いやすくなるんだよね」


「私、便利に使われてない?」


「エースだからね」


「それ理由になってる?」


 私は笑った。


 その時。


「バックアタック!?」


 体育館の反対側から大きな声がした。


 嫌な予感がする。


 というより、誰か分かった。


 凜が走ってくる。


「私もやる!」


「やっぱり」


「何がやっぱり?」


「絶対来ると思った」


「だってバックアタックでしょ!」


「うん」


「私も打つ!」


「前の練習は?」


「終わった!」


 近くにいた沙耶先輩が首を傾げる。


「終わったっけ?」


「……終わりました!」


「今ちょっと間あったよね」


「大丈夫です!」


「何が?」


 結局、凜も混ざった。


 最初は私と伊織だけだったのに、気づけば6人いる。


 伊織。


 怜奈先輩。


 沙耶先輩。


 由梨先輩。


 凜。


 私。


「これ、普通に打つだけだと人数多いね」


 怜奈先輩が言った。


「じゃあゲームしない?」


 凜が即座に反応する。


「やる!」


「まだ何も決めてないよ」


「3対3!」


「それならちょうどいいか」


 怜奈先輩が少し考える。


「じゃあ、沙耶と由梨と伊織」


「はい」


「私と凜と千尋」


「はい!」


 凜だけ声が大きい。


 私は伊織を見る。


「伊織、敵なんだ」


「今だけね」


「手加減して」


「嫌」


「即答」


「千尋も私のトスじゃない方が練習になるでしょ」


「それはそうだけど」


 怜奈先輩が笑う。


「大丈夫。ちゃんと上げるよ」


「お願いします」


「私にもいっぱい!」


「凜は少し黙ろうか」


「なんで!?」


 ネットを挟んで、3人ずつに分かれた。


 ルールは簡単。


 サーブから始めて、3対3。


 コートは少し狭く使う。


 前衛後衛は厳密には決めないけれど、バックアタックを使える場面では積極的に使う。


「先に10点でどう?」


 由梨先輩が言う。


「いいよ」


 怜奈先輩が答える。


「負けた方片付けね」


「ちょっと待ってください」


 私が言った。


「それ、私たち不利じゃないですか?」


「何で?」


「そっち沙耶先輩と由梨先輩ですよ?」


「こっち怜奈先輩いるじゃん!」


 凜が言う。


「凜、自分を戦力に数えるの早いね」


「千尋もいる!」


「もっと不安になった」


「なんで!?」


 伊織がネットの向こうで笑っている。


「じゃあ始めるよ」


 由梨先輩がサーブを持った。


「千尋、ちゃんと拾ってね」


「狙う気じゃないですか」


「もちろん」


 サーブが飛んでくる。


 私の正面。


「千尋!」


「はい!」


 上げる。


 少しネットから離れた。


 怜奈先輩が走る。


 凜が大きく助走に入った。


「もってこーい!」


 伊織がそっちを見る。


 沙耶先輩も凜に寄る。


 怜奈先輩のトスは、私だった。


「えっ」


「千尋!」


 慌てて助走に入る。


 後ろから。


 さっき教わったばかりの踏み切り。


 前へ勢いを乗せる。


 打つ。


 沙耶先輩が拾った。


「うわ、取られた!」


「まだ!」


 伊織が入る。


 由梨先輩が後ろから助走。


 沙耶先輩も前から入る。


 どっち。


 伊織のトスは沙耶先輩。


「そっち!」


 凜が飛びつく。


 腕に当てた。


 ボールが上がる。


「凜、ナイス!」


「千尋!」


 私が2本目を上げる。


 怜奈先輩が打った。


「セッターが打つんですか!?」


「3人しかいないからね!」


 由梨先輩が拾う。


 ラリーが続く。


 6人しかいないから、空いている場所が多い。


 だからこそ、全員が動かなければすぐに落ちる。


 面白かった。


 1-0。


 1-1。


 3-2。


 凜が強打を決めれば、沙耶先輩がもっと強いのを返す。


「負けない!」


「何と戦ってるの、凜」


「沙耶先輩!」


「分かりやすいなあ」


 由梨先輩は力だけでは打たなかった。


 私と凜の間。


 怜奈先輩の前。


 空いた場所を見つけて落とす。


「ずるい!」


 凜が言う。


「何が?」


「強く打ってください!」


「点取れば同じでしょ」


「違います!」


「何が違うの?」


「気持ちが!」


「知らないよ」


 由梨先輩が笑っている。


 伊織も楽しそうだった。


 普段は同級生にしか上げていない時間が長い。


 それが今は、沙耶先輩と由梨先輩。


「伊織、もうちょっと前!」


 沙耶先輩が言う。


「はい!」


「今のは近い!」


「はい!」


「由梨ならそこでも打てるけど、私はもう少し離して!」


「分かりました!」


 忙しそうだ。


 でも、目が楽しそうだった。


 5-5。


 同点。


「伊織!」


 由梨先輩が後ろから声を出す。


 同時に沙耶先輩がネット際へ助走に入る。


 凜が完全に沙耶先輩を見る。


 私も見た。


 だって、打たれたらまずい。


 高い。


 強い。


 止められる気がしない。


 伊織が跳ぶ。


 トスが上がった。


 沙耶先輩ではない。


「後ろ!」


 怜奈先輩の声。


 由梨先輩。


 すでに助走に入っている。


 前への勢いを殺さない。


 アタックラインの後ろから踏み切る。


 身体ごと前へ運びながら、高く跳んだ。


 ドンッ!


 私と凜の間に突き刺さった。


「……うわ」


 何もできなかった。


 床に落ちたボールを見る。


 由梨先輩が着地しながら笑った。


「これ」


「今のが?」


「うん。沙耶が最高の囮になるやつ」


「だからその言い方やめない?」


 沙耶先輩が言う。


「でも事実でしょ?」


「まあね」


 伊織はネット際で、何か考えていた。


「伊織?」


「……今、私も沙耶先輩に上げるつもりだった」


「途中で変えたの?」


 怜奈先輩が聞く。


「はい。2人とも沙耶先輩見たので」


「いい判断」


「ありがとうございます」


 伊織の口元が上がる。


「楽しい?」


 私が聞く。


「かなり」


「やっぱり」


「千尋もでしょ」


「うん」


 6-5。


 また始める。


 そこから少しずつ、本気になっていった。


 沙耶先輩が打つ。


 凜が打ち返す。


 由梨先輩が後ろから入る。


 私も真似して走る。


 まだ威力は全然違う。


 それでも1本、怜奈先輩のトスからバックアタックが決まった。


「決まった!」


「千尋!」


 凜が私より喜んでいる。


「今の良かった!」


「でしょ!」


「でも次は私!」


「なんで?」


「私の方が強いから!」


「そこ張り合う?」


 気づけば8-8だった。


「思ったよりやるね、1年生」


 由梨先輩が言う。


「怜奈がいるからでしょ」


 沙耶先輩が返す。


「それ言ったら、そっち伊織いるじゃん」


「伊織は1年生だよ」


「でも上手い」


 伊織の顔が少しだけ固まった。


 褒められるのには、まだ慣れていないらしい。


 怜奈先輩がそれを見て笑った。


「じゃあさ」


「何?」


「最後、セッター入れ替えてみる?」


 伊織が顔を上げる。


「え?」


 怜奈先輩がネットの向こうを指した。


「伊織、こっち」


 そして私たちの方を見る。


「私が沙耶と由梨の方」


 沙耶先輩が少し笑った。


 由梨先輩も、その意味が分かったようだった。


「いいね」


「でしょ?」


「何が変わるんですか?」


 凜が聞く。


 怜奈先輩がこちらへ歩きながら答える。


「せっかくだから」


 ネットの向こうへ移った。


 沙耶先輩と由梨先輩の間に立つ。


「本気のやつ、見せてあげようかな」


「本気?」


 凜の目が輝く。


 私も多分、同じ顔をしていた。


 伊織がこちらのコートへ入る。


「千尋」


「何?」


「今度はちゃんと由梨先輩も見て」


「分かってる」


「凜は?」


「沙耶先輩見る!」


「駄目じゃん」


「え!?」


 怜奈先輩がボールを持った。


 沙耶先輩が笑っている。


 由梨先輩も楽しそうだった。


 さっきより、少しだけ空気が変わった。


 なのに怖くはない。


 むしろ。


 もっと見たかった。


 全国で戦う先輩たちが、本気で組み立てたら何が起きるのか。


「行くよ」


 怜奈先輩が言った。


 私たちは構えた。


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