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水瀬千尋はエースじゃない―青嵐女学院バレーボール部―  作者: まるちーるだ
第二章 エースの隣

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第十八話 入る理由


 相手のピンチサーバーは、3本目のサーブを打った。


 今度は由梨先輩の少し前。


 強く来ると思っていた分、反応が一瞬遅れる。


「前!」


 由梨先輩が滑り込んだ。


 腕には当たった。


 でも、ボールはネットから大きく離れる。


 怜奈先輩が走る。


 二段トス。


 沙耶先輩が高く返す。


 そこから相手に組み立て直されて、最後はレフトから打ち切られた。


 点差が1つ縮まる。


「3点」


 隣で伊織が呟いた。


「え?」


「あの交代から3点取られてる」


 私は相手コートを見る。


 さっきまでベンチにいた選手が、今は後衛の真ん中に立っている。


 自分のサーブで3点。


 サーブ権を失ったあとも、そのまま守備に入る。


 レシーブ専門の選手ではない。


 でも、後ろで大きく穴になるほどでもない。


「……あ」


 もう一度、声が漏れた。


 さっき引っかかっていたものが、今度こそつながった。


「伊織」


「何?」


「私、分かったかも」


「何が?」


 私は由梨先輩を見る。


 後衛にいる。


 その隣には沙耶先輩。


 2人とも、今日だけで何本サーブを受けたんだろう。


 それでも前へ回れば、今度は打つ。


 ブロックにも跳ぶ。


 また後ろへ来れば、狙われる。


「由梨先輩か沙耶先輩の後ろ3つ、私が代わる」


「……さっき言ってたやつ?」


「うん。でも、それだけじゃ駄目」


 美緒を見る。


 12番。


 守備だけなら、美緒の方が上だ。


 それは変わらない。


「私が後ろに入って守るだけなら、美緒の方がいい」


 伊織は何も言わなかった。


 たぶん続きを待っている。


 私は相手のピンチサーバーを見る。


「だから、サーブから入る」


「サーブ?」


「うん」


 言葉にした途端、頭の中が急に整理されていった。


「サーブで点を取りにいく。少なくとも崩す。そこからそのまま後ろに残る」


 伊織の目が少し変わった。


「……続けて」


「由梨先輩か沙耶先輩を下げる。私がサーブを打つ。そのまま後ろ3つ、レシーブとディグに入る」


「3ローテ全部?」


「できれば」


「それで?」


「前に戻る時に交代する」


 自分で言いながら、コートの中へ選手を置き換えていく。


 由梨先輩が後衛へ下がるところで、私が入る。


 サーブ。


 守備。


 レセプション。


 もしボールが乱れたら、2本目も触れる。


 3つ進んで、私が前衛へ来る前に由梨先輩が戻る。


 そうすれば、由梨先輩は前衛でまた打てる。


「……休める」


 口に出した。


「完全にじゃないけど。少なくとも後ろ3つは休める」


 伊織がコートを見る。


「沙耶先輩でも同じね」


「うん」


「でも、それだと攻撃枚数は減る」


「後衛で?」


「沙耶先輩は後ろからも打てるでしょ」


「あ」


 そこまで考えていなかった。


 やっぱり伊織はすぐに穴を探す。


「それに由梨先輩だって、後衛から二段トスに入れる。レシーブの判断も千尋より上」


「……うん」


 少しだけ気持ちが萎みかける。


 でも、伊織はそこで終わらなかった。


「だから、そこまで込みで得する形にすればいい」


「え?」


「千尋が入ることで失うものより、増えるものを多くする」


 伊織が私を見る。


「サーブで1点取るだけじゃ足りない」


「じゃあ?」


「まず、サーブで相手を崩す。これは絶対」


「うん」


「そのあと、後ろにいる間にレセプションで崩れない。ディグもする。2本目にも触る」


「うん」


「それでもまだ、沙耶先輩を下げるなら足りないかも」


「……厳しいね」


「相手が沙耶先輩だからね」


 確かに。


 誰でもいいわけじゃない。


 青嵐で一番点を取る人を休ませようとしている。


 なら、その時間にチームが弱くなりすぎたら意味がない。


「じゃあ……」


 考える。


 後ろにいる間。


 レシーブ。


 ディグ。


 二段トス。


 サーブ。


 それ以外。


「……打つ?」


 伊織がこっちを見た。


「何を?」


「後ろから」


 一瞬、黙った。


「バックアタック?」


「うん」


 自分でも、言ってから少し驚いた。


 でも、それしかなかった。


「後ろにいても打てれば、沙耶先輩ほどじゃなくても攻撃枚数を減らさずに済む」


「簡単に言うわね」


「簡単じゃないのは分かってるよ」


「千尋、今ちゃんとしたバックアタックほとんどやってないでしょ」


「だから練習する」


「高校総体の途中から?」


「今から」


「今からって」


 伊織が呆れたように私を見る。


 でも。


 口元が少し上がっていた。


「伊織」


「何?」


「なんか楽しそう」


「千尋もでしょ」


「うん」


 否定できなかった。


 さっきまで、12人に入るためには誰の場所を取ればいいのか分からなかった。


 凜みたいに点を取る。


 美緒みたいに拾う。


 伊織みたいにトスを上げる。


 真帆みたいに高さを使う。


 そのどれかで一番になるしかないと思っていた。


 でも、違う。


 一つで一番じゃなくてもいい。


 サーブを打つ。


 そのまま守る。


 つなぐ。


 できるなら、後ろからも打つ。


 一つ一つなら、私より上手い人がいる。


 でも。


 それを全部まとめて、必要な時に使えたら。


「伊織」


「今度は何?」


「私、誰か1人の代わりにならなくていいのかも」


 伊織が少しだけ目を細めた。


「どういう意味?」


「由梨先輩の代わりになろうとしたら、由梨先輩より上手くないと駄目でしょ」


「まあね」


「沙耶先輩の代わりも無理。美緒の代わりも、たぶん無理」


「たぶんじゃなく、今は無理ね」


「言い切るね」


「事実だから」


「でも」


 私はもう一度コートを見る。


「この3ローテだけなら、私の方がいいって状況を作ればいい」


 伊織が黙った。


 少しして。


「……それ」


「何?」


「面白いかも」


 その言い方に、少し笑った。


 伊織がそう言う時は、本当に興味を持った時だ。


 青嵐がタイムアウトを取った。


 選手たちがベンチへ戻る。


 由梨先輩がタオルで顔を拭いた。


 沙耶先輩は水を飲みながら、相手コートを見ている。


 疲れていないわけじゃない。


 でも、2人とも次の1本をどう取るかしか考えていないように見えた。


 私だったら。


 あそこに入れるだろうか。


 まだ無理だ。


 少なくとも、今は。


 でも。


 入り方は見えた。


「千尋」


「何?」


「試合終わったら、バックアタックやる?」


 伊織が何でもないことみたいに言った。


「今から?」


「今からって言ったの千尋でしょ」


「言ったけど」


「じゃあやる」


「伊織がトス上げてくれるの?」


「そのつもり」


「やった」


「ただし」


「何?」


「まず助走からね」


「え」


「後ろから適当に走って打てばいいと思ってるでしょ」


「……ちょっとだけ」


「やっぱり」


 伊織がため息をついた。


「アタックライン踏んだら反則だから」


「それくらい知ってるよ!」


「じゃあ、その手前からちゃんと打てる?」


「……やってみないと」


「でしょうね」


「伊織、今日ちょっと意地悪じゃない?」


「いつもよ」


「自覚あるんだ」


 試合再開の笛が鳴った。


 私たちはまたコートを見る。


 相手のピンチサーバーが下がり、元の選手が戻る。


 数点だけ。


 たった数点のために出てきた選手。


 でも、その数点で試合の流れを変えた。


 私は、さっきまでその選手を「サーブだけの人」だと思っていた。


 違った。


 あの交代には、ちゃんと役割がある。


 自分にしかできない時間を作る役割。


 なら。


 私にも作れるかもしれない。


 試合は青嵐が取った。


 整列が終わって、先輩たちが戻ってくる。


 由梨先輩は少し疲れた顔で、それでも笑っていた。


 沙耶先輩は悔しそうだった。


 勝ったのに。


「サーブレシーブ、崩された」


 私の横を通りながら呟く。


「次、付き合って」


「はい?」


「サーブ」


「あ、はい」


 由梨先輩も足を止める。


「千尋、私も」


「はい」


「今日みたいなの想定したいから、もっと嫌なところ狙って」


「分かりました」


 2人がそのまま歩いていく。


 私は背中を見送った。


 伊織が横で笑った。


「ちょうどいいじゃない」


「うん」


 私のサーブを、2人が必要としている。


 それなら。


 もっと強くする。


 もっと狙えるようにする。


 その先も。


「伊織」


「何?」


「今日、練習終わったら絶対やろうね」


「バックアタック?」


「うん」


「分かった」


 伊織は少しだけ笑った。


「じゃあ、千尋が後ろにいても、相手が安心できないようにしよっか」


 その言葉を聞いた瞬間。


 胸の奥が、少し熱くなった。


「うん」


 サーブだけじゃない。


 レシーブだけでもない。


 前でも。


 後ろでも。


 どこにいても、まだ何かできる。


 そんな選手になれたら。


 12人に入る理由を、誰かからもらわなくていい。


 自分で作れる気がした。


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