第十七話 次は
春季大会を2位で終え、続く関東大会へ青嵐女学院は駒を進めた。
関東大会に入ってからも、青嵐の戦い方は大きく変わらなかった。
先輩たちが試合を作って、点差が開けば凜や美緒にも出番が回ってくる。
凜は出るたびに打った。
打って、止められて、また打った。
美緒は出るたびに拾った。
1本上げると、何事もなかったみたいに次の位置へ動いた。
2人とも、最初の1試合ほど緊張しているようには見えなくなっていた。
関東大会のコートに立つことが、少しずつ2人の中で特別ではなくなっていく。
それを観客席から見ていると、不思議な感じがした。
「凜、もう普通に先輩に混ざってるね」
「最初から遠慮するタイプじゃないでしょ」
隣に座る伊織が言った。
「それはそうだけど」
コートでは、凜が沙耶先輩に何か言われている。
その直後、凜が大きく頷き、次のラリーでは迷わず助走へ入った。
トスは来なかった。
皐月先輩の速攻が決まる。
それでも凜は嬉しそうだった。
自分が打たなくても、相手のブロックが1枚ついてきたことが分かったんだと思う。
「……ちょっと賢くなった?」
「失礼ね」
「凜だよ?」
「だからって、ずっと何も考えないわけじゃないでしょ」
「そうかな」
「本人に言えば?」
「怒るからやだ」
真帆が小さく笑った。
伊織は呆れたように息を吐く。
少し離れたところでは、青嵐の応援に来ていた部員たちが声を合わせていた。
私も声を出す。
でも、目はどうしてもコートへ行く。
関東大会へ来てから、試合を見る時の見方が少し変わった。
前までは、誰が決めたとか、誰が拾ったとか、そればかり見ていた。
最近は、その前を見る。
誰が狙われたのか。
誰が崩されたのか。
そこから誰が2本目に入ったのか。
6人がどうやって1つのラリーをつないでいるのか。
たぶん、先輩たちと練習する時間が増えたせいだ。
サーブを打てば、由梨先輩と沙耶先輩がどこで取りにくそうにするかを見るようになった。
沙耶先輩のスパイクを受ければ、強いボールは全部同じじゃないことも分かった。
まだ拾えるとは言えない。
むしろ、ほとんど弾かれている。
それでも、前よりは分かる。
何ができないのかが。
関東大会が終わって青嵐へ戻ると、次の目標はすぐに示された。
「次は高校総体予選」
練習前、深見監督が全員を集めて言った。
「関東大会が終わったからといって、区切ったつもりにならないように。全国へ行きたいなら、ここからが本番だよ」
「はい!」
体育館に声が響く。
私は12人を見る。
関東大会を戦った青いユニフォームは、もう回収されている。
でも、一度見てしまった。
凜と美緒がそれを着てコートへ入るところを。
だから前よりも、12人という数字が近く感じた。
近い。
でも、まだ届いていない。
「千尋」
「何?」
隣から伊織に呼ばれた。
「顔」
「顔?」
「また何か考えてる」
「考えてるよ」
「何を?」
「どうやったら12人に入れるかなって」
「それ、今さら考え始めたの?」
「前から考えてるよ」
「答えは?」
「ない」
「でしょうね」
「何その言い方」
伊織は少し笑った。
「私はあるから」
「楓先輩?」
「そう」
迷いがない。
伊織は関東大会でも、ずっと楓先輩と怜奈先輩を見ていた。
楓先輩がどんな時に準備するのか。
怜奈先輩がベンチへ下がったあと、どうやって試合をつなぐのか。
交代で入った数本だけでも、何を変えようとしているのか。
狙う場所が決まっている人は強い。
真帆もそうだった。
梓先輩と自主練を続けている。
ブロック。
横移動。
助走。
着地。
一つずつ。
今日も練習が始まる前から、梓先輩に呼ばれていた。
「真帆ー。昨日の続きやるよ」
「はい!」
すぐに飛んでいく。
美緒は佳穂先輩とレシーブ練習。
凜は沙耶先輩に捕まって、スパイクのコースを細かく直されている。
みんな、先へ行っている。
私だけ止まっているわけではない。
サーブは前より強くなった。
狙う場所も少し増えた。
レシーブだって練習している。
打つこともやめていない。
でも。
それを全部合わせて、何になるのかが分からない。
「水瀬」
声を掛けられた。
振り向くと、相沢コーチがいた。
「はい」
「サーブ、最近どう?」
「前より狙えるようになりました」
「じゃあ今日、最後に10本ずつ取るから」
「10本?」
「コース指定」
「うわ」
「嫌そうだな」
「難しいので」
「だからやるんだよ」
「はい」
相沢コーチはそれだけ言うと、別の選手の方へ歩いていった。
伊織が横から私を見る。
「良かったじゃない」
「何が?」
「少なくとも、サーブは見てもらえてる」
「うん」
それは分かる。
自分のサーブが武器になりそうだということも。
でも、公式戦でサーブを1本打つだけなら。
それだけで12人に入れるほど、青嵐は甘くない。
「もっと欲しいな」
口から出た。
「何が?」
「入る理由」
伊織が黙った。
「サーブだけじゃなくてさ。私を12人に入れた方がいいって思わせる理由」
「欲張りね」
「伊織に言われたくない」
「私はセッターだから、1個しかない場所を狙ってるの」
「それもそれで欲張りじゃん」
「否定はしない」
少しだけ笑う。
それから伊織はコートを見た。
「でも、千尋」
「何?」
「自分が何をできるかだけ見てても、見つからないんじゃない?」
「え?」
「試合に入るのは、自分1人じゃないでしょ」
そう言って、伊織はボールを1つ持っていった。
私はその場に残った。
自分が何をできるか。
じゃなくて。
チームで何が必要なのか。
その時はまだ、その違いがよく分からなかった。
高校総体東京都予選が始まった。
春季大会とは違う。
ここを勝ち抜けば、全国高校総体へ行ける。
当然、相手も青嵐を研究してくる。
初戦。
青嵐は危なげなく勝った。
2戦目も。
凜と美緒にも出番があった。
関東大会を経験した2人は、もう最初ほど緊張していない。
私はベンチの外からそれを見る。
そして、大会が進むにつれて。
少しずつ、相手の戦い方が変わっていった。
「……まただ」
ある試合の途中、私は呟いた。
「何が?」
真帆が聞く。
「サーブ」
相手の選手が打った。
狙った先は、由梨先輩。
由梨先輩が上げる。
青嵐が得点する。
次のサーブ。
また由梨先輩。
その次は、沙耶先輩。
「ずっと2人狙ってる」
伊織も気づいたらしい。
「当たり前でしょ」
「当たり前?」
「前で一番点を取る2人だから」
伊織はコートを見たまま言った。
「サーブレシーブで動かして、助走を削る。崩せなくても疲れさせる。それに、由梨先輩と沙耶先輩がレシーブに入れば、他の選手を攻撃参加させにくくなる」
「ああ……」
またサーブ。
今度は沙耶先輩。
バンッ、といい音で返す。
怜奈先輩が上げる。
沙耶先輩自身が助走へ入る。
打つ。
決める。
強い。
それでも、また次も狙われる。
レシーブして。
助走して。
跳んで。
打って。
前衛でブロックへ跳んで。
後衛へ回れば、またサーブを受ける。
私は2人を見ていた。
強いから狙われる。
点を取るから、先に疲れさせようとされる。
「……休むところないじゃん」
ぽつりと言った。
「何?」
「いや」
首を振る。
まだ、何かが頭の中で引っかかっているだけだった。
由梨先輩と沙耶先輩が強いのは知っている。
だからって、ずっと同じ強さで動けるわけじゃない。
後ろ3つだけでも。
誰かが代われたら。
少しだけでも休ませられたら。
そこまで考えて、私は美緒を見た。
12番。
守備なら、美緒の方が上手い。
「……それじゃ、美緒の劣化版か」
小さく呟いた。
「千尋?」
「何でもない」
まだ違う。
何かが足りない。
その時、相手ベンチが動いた。
1人の選手が立つ。
背番号を確認する。
それまでコートに出ていなかった選手だった。
「ピンチサーバーね」
伊織が言った。
選手交代。
その子はボールを受け取ると、エンドラインへ立った。
笛が鳴る。
強いサーブ。
青嵐のレセプションが崩れた。
相手が1点を取る。
もう一度。
その選手がサーブを打つ。
今度も崩す。
ラリー。
また相手の得点。
私はその選手を見ていた。
サーブだけじゃない。
サーブを打ったあと、そのままコートへ入る。
後衛の守備位置につく。
相手の攻撃を待つ。
「……あ」
何かが、つながりかけた。
サーブで入る。
そこで1点を取りにいく。
サーブ権が終わっても、すぐには戻らない。
そのまま後ろで戦う。
私はコートを見た。
由梨先輩。
沙耶先輩。
そして、相手のピンチサーバー。
頭の中で、今まで別々だったものが少しずつ近づいていった。
でも。
まだ、形にはならなかった。
ただ一つだけ。
さっきまでより、12着の青へ続く道が、ほんの少しだけ見えた気がした。




