第十六話 十一番と十二番
青嵐女学院は、春季大会の東京都予選を2位で終え、関東大会への出場を決めた。
負けた試合もあった。
それでも、関東へ行く。
青嵐では、それを特別なことのように喜ぶ人はいなかった。
「次があるんだから、切り替えるよ」
綾香先輩がそう言って、東京都予選は終わった。
私はその言葉を聞きながら、やっぱり強豪校って変だなと思った。
中学までなら、関東大会出場なんて決まった時点で大騒ぎだった。
それが青嵐では、次の大会へ進むための結果の一つでしかない。
そして数週間後。
私たちは関東大会の会場にいた。
体育館の大きさも、観客席の数も、東京都予選より一段違う。
各県を勝ち抜いてきた学校のユニフォームが、あちこちを行き交っている。
当然、弱いチームなんていない。
そのはずなのに。
「……強いね、先輩たち」
私は観客席からコートを見下ろしながら呟いた。
「今さら?」
隣の伊織が言う。
「いや、知ってたけど」
「歓迎試合でもやったでしょ」
「やったけどさ」
真帆もコートを見つめたまま、小さく頷いた。
「私も、千尋と同じことを考えていました」
「だよね」
「何を?」
伊織が聞く。
私は少し考えてから答えた。
「……私たち、かなり手加減されてたんだね」
伊織が黙った。
その顔が、少しだけ嫌そうになった。
「それは私も思ってた」
「じゃあ最初から言ってよ」
「わざわざ言う必要ある?」
「あるよ。ちょっと安心する」
「何に?」
「私だけじゃなかったってことに」
真帆が横で笑った。
コートでは、由梨先輩が相手のブロックを利用して得点を取ったところだった。
8-4。
まだ序盤なのに、もう点差がつき始めている。
相手だって関東大会へ出てきたチームだ。
サーブも強いし、ブロックも高い。
それでも青嵐は慌てない。
1本目が少し乱れても、怜奈先輩が追いつく。
由梨先輩がブロックにつかれれば、皐月先輩が中央で決める。
そこへ相手が寄り始めると、今度は沙耶先輩。
どこか一つを止めようとすると、別の場所が空く。
それを怜奈先輩が逃さない。
「伊織」
真帆が言った。
「今の、最初から皐月先輩に上げるつもりだったのでしょうか?」
「多分違う」
伊織は即答した。
「相手のミドルが由梨先輩の方を見たから変えたんだと思う」
「途中で?」
「うん」
伊織の目はずっと怜奈先輩を追っている。
試合を見ているというより、セッターだけ別の映像で見ているみたいだった。
私は再びコートへ目を戻した。
青嵐が1点を取る。
もう1点。
相手がタイムアウトを取った。
16-9。
「余裕あるね」
私が言う。
「あるね」
伊織が答える。
「だから、そろそろじゃない?」
「何が?」
聞いた瞬間、ベンチの方で動きがあった。
深見監督が1人を呼ぶ。
「神崎」
「はい!」
観客席まで聞こえそうな返事だった。
私は思わず笑った。
「凜だ」
11番の青いユニフォーム。
凜が立ち上がる。
表情は、もう完全に嬉しそうだった。
緊張していないわけじゃないと思う。
でも、それ以上にコートへ入りたい気持ちの方が強い。
由梨先輩がベンチへ戻ってくる。
その横を、凜が通った。
何か短く声をかけられている。
凜が大きく頷いた。
そして、コートへ入った。
「……本当に入った」
口から出た。
「そりゃ入るでしょ。ユニフォームもらってるんだから」
「分かってるよ」
でも。
12着が配られた時とは、少し違った。
青い11番を持っている凜と。
その11番を着て、関東大会のコートに立っている凜は。
同じなのに、全然違って見えた。
凜が前衛へ入る。
ネットの向こうを見た。
相手のブロッカーは、当然のように凜より年上だ。
そんなことは、あまり関係ないらしい。
凜は怜奈先輩を見る。
「もってこーい!」
「言った」
私が呟く。
伊織が吹き出した。
「初めての公式戦で?」
「凜だから」
「そうだった」
レセプションが返る。
怜奈先輩が入る。
凜が助走を始めた。
相手のミドルが少し寄る。
トスは中央。
皐月先輩。
速攻が決まった。
「あ」
凜は打っていない。
でも、ブロッカーを1人連れていった。
「……凜、役に立ってる」
「何その言い方」
「だって打ってないのに」
「打つふりも仕事でしょ」
伊織が言う。
次のラリー。
今度は凜に上がった。
高い。
ブロックは2枚。
凜は思い切り振った。
止められた。
「あ」
ボールが青嵐のコートへ落ちる。
でも佳穂先輩が拾った。
「もう一回!」
凜の声。
怜奈先輩がつなぐ。
今度は沙耶先輩。
決まった。
凜が真っ先に沙耶先輩へ寄っていく。
ブロックされたことなんて、もう気にしていないように見えた。
「やっぱり凜だね」
「何が?」
「ブロックされても全然へこまない」
「へこんでる暇があったら、次打ちたいんじゃない?」
「たぶんそう」
私は笑った。
次のローテーション。
凜が後ろへ回る。
その時、ふとベンチの方を見た。
「あれ」
「何?」
伊織が聞く。
「美緒、座ってる」
さっきまでアップゾーンにいた美緒が、いつの間にかベンチに戻っていた。
白いユニフォームに、青い12番。
凜たちの青とは、色が逆だった。
膝に手を置いて、コートをじっと見ている。
その姿を見た瞬間、なんとなく分かった。
「……出るんだ」
「そうみたいね」
ラリーが終わる。
佳穂先輩がコートを出た。
ほとんど同時に、美緒が立ち上がる。
「速水」
「……はい」
いつもより、返事が少しだけ強かった。
12番。
美緒が佳穂先輩と入れ替わって、コートへ入った。
守備位置につく。
相手のサーバーがボールを持つ。
私は少しだけ緊張した。
自分が出るわけでもないのに。
笛。
サーブが飛んでくる。
美緒の近く。
「来た」
強いサーブだった。
美緒が1歩動く。
腕を出す。
ボールが上がった。
きれいだった。
怜奈先輩のところへ、そのまま返る。
何事もなかったみたいに。
「……普通に上げた」
私が言う。
「そりゃ上げるでしょ」
伊織が答える。
「でも関東大会だよ?」
「ボールは同じよ」
「そうだけど」
美緒はもう次の動きに入っていた。
怜奈先輩がトスを上げる。
沙耶先輩が打つ。
拾われる。
相手の切り返し。
今度は強打が美緒の左へ飛んだ。
美緒が反応する。
床すれすれ。
腕を差し込んだ。
上がった。
「おお!」
思わず声が出た。
青嵐がつなぐ。
最後は凜。
後ろから打てる位置ではない。
高く返す。
相手が組み立て直す。
それでも、その1本があったからラリーは終わらなかった。
「美緒、普通にやれてるね」
真帆が言った。
「うん」
私は頷いた。
歓迎試合でも、美緒が拾えることは知っていた。
練習でも何度も見てきた。
でも。
上級生たちの中に1人で入っても、同じだった。
ちゃんと美緒だった。
凜もそう。
先輩の中へ入ったからといって、急に小さくならない。
打てと言えば打つ。
拾えと言えば拾う。
11番と12番。
2人は、本当にあの12人の中へ入ったんだ。
セットは25-14で青嵐が取った。
次のセットも流れは変わらなかった。
凜は途中から前衛で使われ続けた。
一度、きれいにブロックを抜いてクロスへ決めた時には、誰より本人が大喜びしていた。
「よっしゃあ!」
観客席まで聞こえた。
「凜、うるさい」
私は笑う。
美緒も何度かコートへ入った。
派手なことはしない。
でも、大きく崩れない。
1本を上げて、すぐに次の位置へ動く。
気づけば、もう1年生が入っていることを意識しなくなっていた。
試合はストレートで終わった。
青嵐の選手たちがネット前で整列する。
11番の青。
12番の白。
2つの背番号が、コートの中に並んでいた。
「……いいなあ」
自分でも気づかないうちに、声に出ていた。
「何が?」
伊織に聞かれた。
「あそこ」
私はコートを指した。
「やっぱり入りたい」
「今さら?」
「今までも入りたかったよ。でも、なんか違う」
春高で見た時は、遠かった。
青嵐に入学してからは、近くなった。
ユニフォームが12人に配られた時には、手を伸ばせば届きそうに見えた。
でも今は。
凜と美緒が、そのユニフォームを着て試合をしている。
もう「あそこ」は、知らない先輩たちだけが立つ場所じゃない。
昨日まで一緒に練習していた2人がいる場所だった。
「私も」
真帆が静かに言った。
「私も、あそこに立ちたいです」
「立つわよ」
伊織が言う。
迷いのない声だった。
「そのために来たんだから」
「うん」
私も頷く。
コートから凜がこちらを見つけた。
大きく手を振る。
「千尋ー!」
まだ試合後の挨拶が終わったばかりなのに。
私は小さく手を振り返した。
美緒もこちらを見た。
凜ほど派手ではない。
ほんの少しだけ手を上げる。
11番と12番。
先に行った2人が、こっちを見ていた。
なら。
追いつけばいい。
今はまだ、観客席から見ている。
でも、それで終わるつもりはなかった。




