↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水瀬千尋はエースではない―青嵐女学院バレーボール部―  作者: まるちーるだ
第二章 エースの隣

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/53

第十三話 十二人


 その青は、見覚えがあった。


 冬の東京体育館。


 観客席から見下ろしたコートで、青嵐の先輩たちが着ていたユニフォーム。


 試合に負けたあと、凜と2人でセンターコートを見つめながら、いつかあそこへ行こうと話した。


 あの時は、ずっと遠くにあるものだった。


 今、その青いユニフォームが、体育館の壁際に12着並んでいる。


「春季大会東京都予選の登録メンバーを発表する」


 深見監督の声で、体育館が静かになった。


 練習を終えた部員たちが集まり、壁際に並んでいる。


 高校で初めての、公式戦。


 私は凜の隣に立ちながら、12着のユニフォームを見ていた。


 青地に白。


 背番号が順番に並んでいる。


 春高で見た時と同じだった。


「登録は12名。試合ごとの変更は基本的に考えない。この12人で予選を戦う」


 12人。


 部員全員ではない。


 コートに立つ6人でもない。


 ベンチに入れる人数。


 今の青嵐で、公式戦を戦うために選ばれた12人。


 深見監督が1枚目を手に取った。


「1番、御子柴綾香」


「はい!」


 綾香先輩が前へ出る。


 青いユニフォームを受け取り、胸の前で広げた。


「2番、白石萌々香」


「はい」


 萌々香先輩。


「3番、桜井佳穂」


「はい!」


 佳穂先輩。


「4番、佐伯楓」


「はい」


 楓先輩。


 3年生の名前が続いていく。


 次に、深見監督が5番のユニフォームを手に取った。


「5番、九条沙耶」


「はい」


 沙耶先輩。


「6番、一ノ瀬怜奈」


「はい」


 怜奈先輩。


「7番、三上由梨」


「はい!」


 由梨先輩。


「8番、鷹野皐月」


「はい!」


 皐月先輩。


「9番、高梨瑞穂」


「はい!」


 瑞穂先輩。


「10番、篠宮梓」


「はいよー」


「返事」


「はい!」


 何人かが笑った。


 梓先輩も笑いながら前へ出る。


 呼ばれた先輩が1人ずつ前へ出て、ユニフォームを受け取っていく。


 10着。


 残りは2着だった。


 隣で凜が、さっきから妙に静かだ。


 腕を身体の横へ真っ直ぐ下ろして、深見監督だけを見ている。


 たぶん緊張している。


 凜が緊張しているところなんて珍しい。


「11番、神崎凜」


「はい!」


 返事が大きすぎた。


 体育館に響いた。


 何人かの先輩が笑う。


 凜は一瞬だけ耳を赤くしたけれど、すぐに前へ出た。


 11番。


 青いユニフォームを両手で受け取る。


 その顔が、どうしようもなく嬉しそうだった。


 まあ、そうだよね。


 凜は、ずっとあそこへ入りたがっていた。


 春高を見た時から。


 いや、もっと前から。


 強い人がいるなら、その中で打ちたい。


 凜はそういう子だ。


 戻ってきた凜が、私を見た。


 何か言いかける。


 でも、次の番号が呼ばれた。


「12番、速水美緒」


 一瞬だけ間があった。


「……はい」


 美緒が前へ出る。


 いつも通り、声は大きくない。


 でも、歩く足はいつもより少しだけ速かった。


 12番。


 最後の1着が、美緒の手に渡る。


 これで12人。


 深見監督の手には、もう何も残っていなかった。


 私はそれを見ていた。


 別に、驚かなかった。


 凜が入るのは分かる。


 あの攻撃力なら、1年生でも使いたくなる。


 美緒もそうだ。


 歓迎試合から何度も見てきた。


 あの子にしか拾えないボールがある。


 だから2人が選ばれたことに、不満なんて一つもない。


 ただ。


 自分の手は空いていた。


 伊織も。


 真帆も。


 昨日、5人でようやく名前を呼び合うようになった。


 それでも今日、12人という線を引けば、凜と美緒は向こう側で、私たち3人はこっち側だった。


「以上」


 深見監督が言う。


「選ばれた者は、ユニフォームを受け取ったことを喜んで終わりにしないように。選ばれなかった者も、これで終わったわけじゃない」


 短く全体を見回す。


「青嵐は12人だけで強くなるチームじゃない。全員で予選へ入る。その上で、試合をするのがこの12人だ」


「はい!」


 声が揃った。


 解散になる。


 すぐに凜がこっちへ来た。


「千尋!」


「おめでとう、11番」


「うん!」


 満面の笑みだった。


 やっぱり凜はこうでいい。


 変に申し訳なさそうな顔をされた方が困る。


「似合う?」


「まだ着てないでしょ」


「あ、そっか」


「何を聞いたの」


 凜が笑う。


 美緒も12番を抱えたまま近づいてきた。


「美緒も、おめでとう」


「……うん。ありがとう」


「何その顔」


「何が?」


「もうちょっと喜べば?」


「喜んでる」


「そう?」


「かなり」


 本人が言うなら、そうなんだろう。


 美緒は少しだけユニフォームを持ち直した。


 視線が私と伊織と真帆の方を一度通る。


「気にしなくていいよ」


 私が言う。


「別にそういうつもりじゃない」


「ならいいけど」


 伊織が隣で小さく息を吐いた。


「まあ、妥当よね」


「伊織、悔しくないの?」


 凜が聞く。


「悔しいわよ」


 即答だった。


「でも、今の私を怜奈先輩の代わりに入れるかって言われたら入れない。だから次を考えるだけ」


 伊織の視線が、少し離れたところへ向く。


 楓先輩が、受け取ったユニフォームを畳んでいた。


「……あそこね」


「何が?」


 私が聞くと、伊織は顎で楓先輩を示した。


「取るなら、まず楓先輩のところ」


「第2セッター?」


「そう」


 声は静かだった。


 でも、目は完全に決まっている。


「怜奈先輩からいきなりレギュラーを取るより、まずベンチに入る。そのために一番近いのが、あそこ」


「もう決めたんだ」


「目標がない方が練習しにくいでしょ」


 伊織らしい。


 自分が今どこにいて、次にどこへ行くか。


 ちゃんと線を引く。


 その横で、真帆は黙って梓先輩を見ていた。


 梓先輩は受け取ったユニフォームを広げて、背番号を確認している。


 真帆が小さく呟いた。


「……まだまだ全然足りませんね、私」


 落ち込んでいるようには聞こえなかった。


 むしろ、今の自分の位置を確認したような声だった。


 梓先輩が気づいて、こちらを見る。


「真帆?」


「はい」


「今、何か言った?」


「まだ全然足りないな、と」


「そっか」


 梓先輩は自分のユニフォームを見下ろした。


 少し考えてから、笑う。


「私も全然足りない」


「梓先輩もですか?」


「そりゃそうだよ。これもらったから完成ってわけじゃないし」


 そう言って、ユニフォームを丁寧に畳む。


 そして、真帆の顔を覗き込んだ。


「……って訳で、自主練する?」


「はい!」


 真帆の返事は、凜が11番を呼ばれた時といい勝負だった。


「返事いいねえ」


「何をしますか?」


「もうやる気だ」


「はい!」


「じゃ、ブロックから行こっか」


「はい!」


 梓先輩が楽しそうに笑いながら真帆を連れていく。


 真帆も迷わずついていった。


 私はその後ろ姿を見送った。


 伊織には、楓先輩の場所が見えた。


 真帆には、今足りないものが見えている。


 凜は11番。


 美緒は12番。


 私は。


 もう一度、12人を見る。


 アウトサイドには由梨先輩がいる。


 沙耶先輩がいる。


 凜も入った。


 レシーブなら、美緒の方が上手い。


 セッターなら伊織。


 ミドルなら真帆。


 じゃあ私は、誰のところを取ればいいんだろう。


「千尋ー!」


 名前を呼ばれた。


「はい?」


 振り向く。


 由梨先輩が、ボールを1つ抱えて立っていた。


 その隣には沙耶先輩もいる。


「暇?」


「え、まあ」


「じゃあサーブ打って」


「サーブ?」


「うん。私と沙耶、サーブレシーブやるから」


 由梨先輩がボールをこちらへ投げる。


 慌てて受け取った。


「私のでいいんですか?」


「千尋のがいいの」


 さらっと言われた。


 隣で沙耶先輩がレシーブ位置へ歩いていく。


「水瀬、手加減なしね」


「え?」


「一番強いやつ」


 由梨先輩もその横へ入った。


「コースも狙っていいよ。むしろ狙って」


「……自主練ですよね?」


「そうだよ」


「私のサーブ練習になってません?」


「なるね」


「私たちのサーブレシーブ練習にもなる」


 沙耶先輩が当たり前のように言った。


 私は手の中のボールを見る。


 12人には入れなかった。


 でも、ユニフォームを受け取った先輩2人が、私のサーブを待っている。


「千尋、早く!」


「はい!」


 ボールを一度、床についた。


 それからエンドラインの向こうへ下がる。


 由梨先輩と沙耶先輩が構えた。


 私はボールを高く上げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。