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水瀬千尋はエースではない―青嵐女学院バレーボール部―  作者: まるちーるだ
第二章 エースの隣

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第十二話 同じ年


 午後の1年生主体の練習試合が終わったあと、今度はメインコートを使って青嵐と紫峰のゲームが組まれた。


 1年生には得点係やラインジャッジが割り振られた。私は得点板、速水さんが記録用紙の横につく。凜と伊織、真帆は反対側でラインやボールの補助に回っていた。


 コートへ入ってきた紫峰を見た瞬間、まず思ったのは単純だった。


「……高いね」


「うん」


 速水さんも同じところを見ていた。


 青嵐だって小さいチームではない。白石先輩は188cmあるし、2年生には沙耶先輩も皐月先輩もいる。それでも、紫峰がネット際へ並ぶと圧迫感があった。


 前衛3人が揃って大きい。


 助走を取るだけで、ネットの向こう側が狭く見える。


「紫峰って、やっぱりこういう感じなんだ」


 私が言うと、速水さんは小さく頷いた。


「高くて、強い」


「シンプルだね」


「でも、それが一番困る」


「確かに」


 紫峰は高さを隠さない。


 高いブロックを並べて、高いところから打つ。それができる選手を集めて、それを一番強く使う。


 分かりやすい。


 だからといって、簡単なわけではない。


 むしろ、分かっているのに止められない方が嫌だった。


 笛が鳴る。


 紫峰のサーブから始まった。


 強い。


 桜井先輩が身体を入れる。完全なAパスにはならず、少しネットから離れた。


 それでも怜奈先輩が入る。


 由梨先輩。


 紫峰のブロックが2枚つく。


 打つ。


 拾われる。


 紫峰の切り返し。


 高いレフト。


「うわ」


 思わず声が漏れた。


 ブロックの上から叩かれた。


 決まる。


 0-1。


 私は得点板を1枚めくった。


「今の、触れないんだ」


「高かった」


「うん」


 次も紫峰が攻めた。


 今度は中央。


 皐月先輩と白石先輩が跳ぶ。


 完全には止められない。


 でも、指先に当たった。


「ワンチ!」


 後ろにいた桜井先輩が拾う。


 由梨先輩がつなぐ。


 怜奈先輩が走る。


 今度は沙耶先輩。


 紫峰の3枚ブロック。


 強打ではなく、手の外へ当てた。


 ボールが戻る。


「もう一回!」


 桜井先輩が転がりながら上げる。


 怜奈先輩がアタックラインの真上に上がったボールをトスに変える。


 沙耶先輩が高く飛び上がった。


 今度はクロス。


 バチン!


 床にボールが叩きつける音が響いた。


 決まった。


 1-1。


「……長い」


 思わず、言ってしまった。


「まだ2本目だよ」


「1本取るまでが長い」


「青嵐だからじゃない?」


 速水さんがじっとコートを見ながら言った。


 その言葉の意味は、すぐに分かった。


 紫峰のスパイクは、何度見ても高かった。


 強かった。


 白石先輩の手を弾く。


 皐月先輩のブロックを抜く。


 桜井先輩の正面を外す。


 それでも、青嵐のコートでは簡単には落ちなかった。


 完全に止められないなら、ブロックで触る。


 触れたら後ろが拾う。


 1本目が乱れたら、2本目を誰かがつなぐ。


 怜奈先輩がトスに入れなければ、由梨先輩が上げる。


 それも無理なら、御子柴先輩が高く返す。


 そして最後には、必ず誰かが打つ。


 4-4。


 5-5。


 7-7。


 紫峰が強打で1点を取る。


 青嵐は一度では終わらない。何度も拾い、つなぎ、打ち返して1点を返す。


「……落ちないね」


 私は得点板をめくりながら呟いた。


「うん」


「歓迎試合の時って、こんな感じだったっけ」


「私たち相手だったから」


「ああ」


 そりゃそうだ。


 先輩たちは、私たち1年生相手にここまで必死に拾う必要がなかった。


 自分たちがコートの中にいた時は、「先輩たちは強い」としか分からなかった。


 でも、同じくらい強い相手と戦っているところを外から見ると、何が強いのかが少しずつ見えてくる。


 青嵐は、簡単に1点を渡さない。


 高さで負けても。


 打点で負けても。


 一回で終わらせない。


 紫峰のローテーションが回った。


 前衛へ上がってきた1人の選手を見て、速水さんの視線が止まった。


「……あ」


「何?」


「あの子」


 速水さんが少しだけ身体を前へ出す。


「紫峰のもう1人のエース。同じ年」


「ああ」


「知ってるの?」


「知ってる。東京都予選で当たったから」


 私もその選手を見る。


 中学の時より少し身体が大きくなっている気がした。


「勝てなかったチームのエース」


「千尋も?」


「うん。凜と一緒にやってた中学の時」


 紫峰の1年生は、もう普通に高校のコートへ入っていた。


 先輩たちの中で浮いていない。


 むしろ攻撃の一角として、当たり前のようにトスを呼んでいる。


「1年でも、もうレギュラー取ってるんだね」


 私が言うと、速水さんは返事をしなかった。


 じっと、その選手を見ていた。


 紫峰のレセプションが返る。


 セッターが中央を使うと見せて、左へ。


 1年生。


 速い助走。


 高い打点。


 ブロックは2枚ついている。


 それでも、その間を抜いた。


「速っ」


 桜井先輩が横へ飛ぶ。


 腕に当てた。


 完全には上がらない。


 由梨先輩が走る。


 片手でつなぐ。


 御子柴先輩が二段トス。


「沙耶!」


 沙耶先輩が後ろから入った。


 紫峰のブロックが3枚。


 打つ。


 拾われる。


 また紫峰。


 また1年生へ上がる。


 今度はクロス。


 桜井先輩が拾った。


「うわ」


 私は得点をめくる手を止めそうになった。


 今度はきれいに上がっている。


 怜奈先輩の頭上へ。


 そこから皐月先輩の速攻。


 決まった。


「……拾った」


「うん」


 速水さんが言う。


「桜井先輩、上げた」


「うん」


 返事が少し硬かった。


 紫峰の1年生を、まだ見ている。


 少しして、速水さんがぽつりと言った。


「私も、あの子のボール上げられなかった」


「え?」


「中学の時」


「速水さんが?」


 思わず聞き返した。


 速水さんがこっちを見る。


「何」


「いや、速水さんが上げられなかったんだって思って」


「私だって全部拾えるわけじゃない」


「それはそうなんだけど」


 でも。


 速水さんなら拾う。


 勝手に、そう思い始めていた。


 歓迎試合でも、練習でも、今まで何度もそうだったから。


 速水さんは少しだけ黙った。


 それから得点板ではなく、私の方を見た。


「……美緒でいいよ」


「え?」


「速水さんじゃなくて」


 私は瞬きをした。


「美緒?」


「うん」


 美緒はまたコートへ視線を戻す。


「私も千尋って呼ぶから」


「……じゃあ、美緒」


「うん」


 それだけだった。


 凜みたいに「今日からね!」と言うわけでもない。


 でも、美緒は少しだけ口元を緩めた。


 すぐにまた、紫峰の1年生を見る。


「次は上げたい」


「さっきの子の?」


「うん」


「上げられるよ」


「そういうのいらない」


「え」


「上げられるかじゃなくて、上げるから」


「ああ」


 ちょっと笑った。


「美緒って結構負けず嫌いだね」


「千尋に言われたくない」


「私、そんなに?」


「かなり」


 いつの間にそんな評価になったんだろう。


 試合はその後も、一方的にはならなかった。


 紫峰は高さで押す。


 前衛に大きな選手が3人並ぶローテーションでは、青嵐の攻撃が何度もブロックに引っかかった。


 それでも、青嵐はボールを落とさない。


 沙耶先輩がブロックされた。


 由梨先輩が拾う。


 もう一度。


 今度は御子柴先輩が右から打つ。


 拾われる。


 紫峰の速攻。


 白石先輩が触る。


 桜井先輩。


 怜奈先輩。


 由梨先輩。


 また戻る。


 長い。


 本当に長い。


 得点板が動かない。


 でも、コートの中では何度も攻守が入れ替わっている。


「千尋」


「何?」


「青嵐って、こういうチームなんだね」


 美緒が言った。


「うん」


 私も、同じことを思っていた。


 最後の一球まで絶対に諦めない。


 泥臭いバレー。


 言葉では聞いていた。


 でも、それが何なのかは、今日初めてちゃんと見た気がした。


 格好よく全部止めることじゃない。


 一発で全部決めることでもない。


 止められなくても触る。


 拾いきれなくても誰かにつなぐ。


 崩れても、次の人が走る。


 そして、ボールが落ちるまで、自分たちの1点を諦めない。


 紫峰が高ければ高いほど、それがよく分かった。


 終盤。


 22-22。


 紫峰の1年生がまた前衛へ上がる。


「来る」


 美緒が言った。


「分かるの?」


「たぶん」


 レセプションがきれいに返る。


 セッターが少し溜める。


 中央へ皐月先輩が寄った。


 その瞬間。


「レフト」


 美緒が呟く。


 トスが上がった。


 本当に1年生へ。


「すご」


「中学の時も、ここで来たから」


 打つ。


 高い。


 白石先輩と御子柴先輩のブロック。


 その指先に当たった。


「ワンチ!」


 桜井先輩が前へ入る。


 拾う。


 怜奈先輩。


 沙耶先輩が跳ぶ。


 決めた。


 23-22。


 私は得点板をめくる。


 美緒は、桜井先輩を見ていた。


「……あれ」


「何?」


「今の?」


「うん」


「上げたね」


「うん」


 しばらく黙ってから、美緒は言った。


「やっぱり、上げたい」


 今度は何も返さなかった。


 必要なさそうだった。


 ゲームは25-23で青嵐が取った。


 ただ、練習試合なので、そのまま別のチームとの試合になる。


 先輩たちがコートの中で短く話し合い、紫峰もすぐに話し合いを始めていた。


 私は得点板を戻しながら、少し離れたところにいる凜たちを見る。


 凜はまだコートの中を見ている。


 伊織は怜奈先輩の動きを追っている。


 真帆は、白石先輩と皐月先輩のブロックについて何か考えているようだった。


 同じ試合を見ているのに、たぶん見ているところが違う。


 美緒もそうだ。


 紫峰の1年生を見ている。


 桜井先輩を見ている。


 私は――何を見ていたんだろう。


 高さに負けても、何度でも触る青嵐。


 あの中で、自分なら何ができるんだろう。


 まだ答えは分からなかった。


 練習試合が全部終わり、得点板や記録用紙を片付けていると、凜たちが戻ってきた。


「千尋! 見た!?」


「ずっと見てたよ」


「紫峰高っ!」


「見れば分かる」


「でも先輩たち全然落とさない!」


「それも見てた」


「私もあそこで打ちたい!」


「それは知ってる」


 凜はもう完全に自分がコートへ入る未来を想像しているらしい。


 その横で、伊織が美緒を見る。


「美緒、記録用紙そっち?」


「うん」


 伊織の口が止まった。


「……今、美緒って呼んだ?」


「呼んでいいって言われた」


「いつ?」


「試合中」


「なんで千尋だけ?」


 美緒が少し考える。


「じゃあ、伊織も美緒でいいよ」


「え」


「真帆も」


 真帆が目を丸くした。


「私も?」


「うん」


 美緒は少しだけ照れたように視線を逸らした。


「同級生だし」


 伊織が笑う。


「じゃあ、美緒」


「うん」


 真帆も少し嬉しそうに笑った。


「では、私も美緒と呼びます」


「真帆、硬い」


「……美緒」


「うん」


 そこまで聞いて、私も気づいた。


「じゃあさ」


 真帆を見る。


「何ですか?」


「榊原さんも、真帆って呼んでいい?」


 真帆は一瞬だけ驚いた。


 それから、今日一番分かりやすく笑った。


「もちろん!」


「じゃあ、真帆」


「はい、千尋」


「私も真帆でいい?」


 伊織が聞く。


「もちろんです。伊織」


「美緒も?」


「うん。真帆」


 凜が突然、両手を上げた。


「やっと全員名前呼びじゃん!」


「凜だけ最初から勝手に呼んでたけどね」


「勝手じゃないよ!」


「許可取った?」


「取ってない!」


「勝手じゃん」


 伊織が笑う。


 美緒がぼそっと言った。


「凜は別枠」


「なんで!?」


「距離の詰め方がおかしいから」


「結子にも同じこと言われた!」


「じゃあ間違ってないね」


「千尋まで!」


 真帆が笑う。


 伊織も笑った。


 美緒まで笑っている。


 気づけば、私も笑っていた。


 凜。


 伊織。


 美緒。


 真帆。


 名前で呼んでみると、それだけのことなのに、少し違って聞こえた。


 椿山を見て、栞の仲間が増えたと思った。


 でも、こっちだって同じだった。


 中学まで私の隣にいたのは、凜だった。


 高校に入って、伊織が増えた。


 美緒が増えた。


 真帆が増えた。


 さっきまで見ていたコートでは、紫峰の1年生がもう先輩たちの中で戦っていた。


 私たちはまだ、外から得点をつけている。


 同じ1年生。


 同じ春。


 それでも、今いる場所は違う。


「千尋?」


 凜に呼ばれて、顔を上げた。


「何?」


「行くよ!」


「うん」


 4人の後を追う。


 焦る必要はないと思う。


 でも。


 のんびりしているつもりもなかった。


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