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水瀬千尋はエースではない―青嵐女学院バレーボール部―  作者: まるちーるだ
第二章 エースの隣

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第十四話 音

 私はボールを高く上げた。


 助走に入る。


 1歩。


 2歩。


 最後の踏み込みで床を強く蹴った。


 できるだけ高いところで叩く。


 バンッ、と乾いた音が体育館に響いた。


 ボールは回転しながら、沙耶先輩の胸元へ伸びていく。


 速い。


 自分でも、ちゃんと打てたと思った。


 でも、沙耶先輩は動かなかった。


 いや、正確には、ほんの少しだけ身体をずらした。


 ボールの正面へ入る。


 腰を落とす。


 両腕を組む。


 次の瞬間。


 バンッ!


 私が打った時と同じくらい大きな音がした。


 ボールは高く、きれいに上がった。


 セッターが立つ位置へ、ほとんど真っ直ぐ。


「……うわ」


 思わず声が出た。


「何?」


 沙耶先輩が聞く。


「いや、いい音だなって」


「音?」


「すごい、バンッて」


「ちゃんと当たったからじゃない?」


 簡単に言う。


 由梨先輩が笑った。


「沙耶のレシーブ、音うるさいんだよね」


「由梨が静かすぎるんでしょ」


「じゃあ次、私」


 由梨先輩が1歩前へ出る。


 私はボールをもう1球持った。


「同じくらいでいいですか?」


「うん。さっきと同じところ狙って」


「分かりました」


 今度も同じようにトスを上げる。


 同じ助走。


 同じくらい強く。


 由梨先輩の身体へ向けて打った。


 速いサーブが伸びていく。


 由梨先輩が1歩動いた。


 正面に入りきるというより、ボールが来る場所へ先に面を置く。


 腕に当たった。


 トン。


「……え?」


 さっきとは全然違った。


 ボールはきれいに上がっている。


 高さも、落ちる場所もほとんど同じ。


 なのに、音だけが違う。


 沙耶先輩のレシーブは、ぶつかったと分かる音だった。


 由梨先輩のレシーブは、触っただけみたいな音だった。


「もう1球お願いします」


 言ったのは私だった。


 由梨先輩が少し笑う。


「どうぞ」


 もう一度。


 同じ場所。


 同じ強さ。


 トン。


「やっぱり」


「何が?」


 由梨先輩が聞く。


「音が違います」


 沙耶先輩が自分の腕を見る。


「そんな違う?」


「全然違います。沙耶先輩はバンッてなるのに、由梨先輩はほとんど音しない」


「言われてみればそうかも」


 本人たちはあまり気にしていなかったらしい。


 私はボールを抱えたまま、2人を見比べた。


「同じサーブですよね?」


「千尋が同じように打ってるならね」


「同じように打ちました」


「じゃあ、受け方が違うんじゃない?」


 由梨先輩はそう言って、自分の腕を組んだ。


「沙耶は、ちゃんと後ろに身体を入れて受けるのが上手いんだよ」


「ちゃんと、って?」


「ボールに負けない」


 沙耶先輩が代わりに答えた。


「強いの来ても、面を崩さないでそのまま返す感じ」


「だから音が大きい?」


「多分」


 由梨先輩が今度は自分の構えを作る。


「私は、真正面から全部受け止めるより、最初から返したい方向に面を作ることが多いかな」


「力を逃がしてるんですか?」


「そんな感じ。でも腕を引いてるわけじゃないよ。それやると面がぶれるから」


「ああ」


「足と身体の位置で、最初からちょっと逃がしてる」


 言われてみれば、さっきもそうだった。


 沙耶先輩はボールの後ろへ入った。


 由梨先輩は、ボールが当たったあとどこへ行くのかまで決めて、そこに身体を置いていた。


「もう一回打っていいですか?」


「いいよ」


 由梨先輩が笑う。


「というか、そのために呼んだんだけどね」


「あ、そうでした」


「完全に観察する側になってたね」


 忘れていた。


 私はサーブを打つ役だった。


 今度は沙耶先輩。


 バンッ。


 次は由梨先輩。


 トン。


 もう一度沙耶先輩。


 バンッ。


 由梨先輩。


 トン。


「面白い……」


「千尋」


「はい?」


「楽しんでないで、もっと嫌なところ狙って」


 沙耶先輩に言われた。


「嫌なところ?」


「私と由梨の間」


「分かりました」


 2人が少し距離を空ける。


 その真ん中を見る。


 サーブレシーブで一番嫌なのは、誰が取るか迷うところ。


 なら。


 トスを上げる。


 跳ぶ。


 2人のちょうど間へ打った。


「私!」


 由梨先輩が声を出した。


 沙耶先輩がすぐに横へ逃げる。


 由梨先輩が入って、きれいに返した。


「もうちょっと沙耶側でもいいよ」


「取りますよ?」


「取るよ。その練習だし」


「じゃあ行きます」


 今度は少し沙耶先輩寄り。


「沙耶!」


「はい!」


 バンッ。


 きれいに上がる。


「次、短くして」


 由梨先輩が言った。


「短く?」


「同じフォームで」


「……難しいこと言いますね」


「だから練習になるんでしょ」


 なるほど。


 強く打つだけなら、今でもできる。


 でも、強く打つように見せて短く落とす。


 同じ助走からコースを変える。


 相手が構えたところとは違う場所に打つ。


 それができたら。


「嫌ですね」


「でしょ?」


 由梨先輩が笑った。


 1本。


 短くしようとしてネットにかけた。


「あ」


「もう1本」


 沙耶先輩がすぐにボールを返してくる。


 もう1本。


 今度は力を落としすぎて、普通のサーブみたいになった。


「今のは分かる」


「ですよね」


「フォーム変わってた」


 沙耶先輩は容赦がない。


「もう一回」


「はい」


 何本も打った。


 強く。


 深く。


 2人の間。


 沙耶先輩の身体。


 由梨先輩の身体。


 短く。


 また強く。


 当然、全部が狙った通りにはいかない。


 でも、少しずつ分かってくる。


 どこを狙うと2人の足が動くのか。


 どこなら声を出させられるのか。


 どのコースなら、沙耶先輩のあの大きな音が少し崩れるのか。


 どこなら、由梨先輩の静かなレシーブを乱せるのか。


「千尋、今のもう一回」


「どれですか?」


「私の右肩に来たやつ」


 由梨先輩が言う。


「ちょっと取りにくかった」


「由梨先輩が?」


「私だって取りにくいところくらいあるよ」


 昨日、美緒にも似たようなことを言われた気がする。


 上手い人だって、全部できるわけじゃない。


 なら、その苦手な1本を探せばいい。


「もう一回行きます」


 同じフォーム。


 同じくらいの強さ。


 右肩。


 今度は少し外れた。


 由梨先輩が2歩動いて上げる。


「惜しい」


「もう1本」


「いいよ」


 もう一度。


 今度は狙った場所へ行った。


 由梨先輩の身体がわずかに詰まる。


 レシーブがネットから離れた。


「よし!」


 思わず声が出た。


「千尋」


「はい?」


「人のレシーブ崩してそんな嬉しそうな顔する?」


「だって由梨先輩ですよ?」


「理由になってないよ」


 沙耶先輩が笑った。


「分かるけどね」


「沙耶まで」


 由梨先輩が呆れたように言う。


 でも、すぐにボールを拾った。


「じゃあ次、沙耶の嫌なところ探して」


「ちょっと、由梨」


「お互い様でしょ?」


「千尋、私に取れないサーブ打てたら褒めてあげる」


「本当ですか?」


「うん」


「やります」


「食いつくの早いなあ」


 またボールを持つ。


 今度は沙耶先輩を見る。


 どしっと構えて、強いボールにも負けない。


 なら、真正面から力勝負をする必要はない。


 動かせばいい。


 打つ前から、少しだけ楽しくなった。


 サーブって、こんなに考えるものだったんだ。


 ただ強く打って、相手のコートに入れるだけじゃない。


 相手を見て。


 立っている場所を見て。


 どう受けるかを見て。


 その人が一番嫌な1本を探す。


 ネットの向こうには、ブロックがない。


 止めに来る人もいない。


 ただ、相手のコートに向かって、自分から最初の攻撃を仕掛けられる。


 私はボールを手の中で一度回した。


 それから、沙耶先輩の少し前を見る。


「行きます」


「来い!」


 ボールを高く上げた。


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