第十四話 音
私はボールを高く上げた。
助走に入る。
1歩。
2歩。
最後の踏み込みで床を強く蹴った。
できるだけ高いところで叩く。
バンッ、と乾いた音が体育館に響いた。
ボールは回転しながら、沙耶先輩の胸元へ伸びていく。
速い。
自分でも、ちゃんと打てたと思った。
でも、沙耶先輩は動かなかった。
いや、正確には、ほんの少しだけ身体をずらした。
ボールの正面へ入る。
腰を落とす。
両腕を組む。
次の瞬間。
バンッ!
私が打った時と同じくらい大きな音がした。
ボールは高く、きれいに上がった。
セッターが立つ位置へ、ほとんど真っ直ぐ。
「……うわ」
思わず声が出た。
「何?」
沙耶先輩が聞く。
「いや、いい音だなって」
「音?」
「すごい、バンッて」
「ちゃんと当たったからじゃない?」
簡単に言う。
由梨先輩が笑った。
「沙耶のレシーブ、音うるさいんだよね」
「由梨が静かすぎるんでしょ」
「じゃあ次、私」
由梨先輩が1歩前へ出る。
私はボールをもう1球持った。
「同じくらいでいいですか?」
「うん。さっきと同じところ狙って」
「分かりました」
今度も同じようにトスを上げる。
同じ助走。
同じくらい強く。
由梨先輩の身体へ向けて打った。
速いサーブが伸びていく。
由梨先輩が1歩動いた。
正面に入りきるというより、ボールが来る場所へ先に面を置く。
腕に当たった。
トン。
「……え?」
さっきとは全然違った。
ボールはきれいに上がっている。
高さも、落ちる場所もほとんど同じ。
なのに、音だけが違う。
沙耶先輩のレシーブは、ぶつかったと分かる音だった。
由梨先輩のレシーブは、触っただけみたいな音だった。
「もう1球お願いします」
言ったのは私だった。
由梨先輩が少し笑う。
「どうぞ」
もう一度。
同じ場所。
同じ強さ。
トン。
「やっぱり」
「何が?」
由梨先輩が聞く。
「音が違います」
沙耶先輩が自分の腕を見る。
「そんな違う?」
「全然違います。沙耶先輩はバンッてなるのに、由梨先輩はほとんど音しない」
「言われてみればそうかも」
本人たちはあまり気にしていなかったらしい。
私はボールを抱えたまま、2人を見比べた。
「同じサーブですよね?」
「千尋が同じように打ってるならね」
「同じように打ちました」
「じゃあ、受け方が違うんじゃない?」
由梨先輩はそう言って、自分の腕を組んだ。
「沙耶は、ちゃんと後ろに身体を入れて受けるのが上手いんだよ」
「ちゃんと、って?」
「ボールに負けない」
沙耶先輩が代わりに答えた。
「強いの来ても、面を崩さないでそのまま返す感じ」
「だから音が大きい?」
「多分」
由梨先輩が今度は自分の構えを作る。
「私は、真正面から全部受け止めるより、最初から返したい方向に面を作ることが多いかな」
「力を逃がしてるんですか?」
「そんな感じ。でも腕を引いてるわけじゃないよ。それやると面がぶれるから」
「ああ」
「足と身体の位置で、最初からちょっと逃がしてる」
言われてみれば、さっきもそうだった。
沙耶先輩はボールの後ろへ入った。
由梨先輩は、ボールが当たったあとどこへ行くのかまで決めて、そこに身体を置いていた。
「もう一回打っていいですか?」
「いいよ」
由梨先輩が笑う。
「というか、そのために呼んだんだけどね」
「あ、そうでした」
「完全に観察する側になってたね」
忘れていた。
私はサーブを打つ役だった。
今度は沙耶先輩。
バンッ。
次は由梨先輩。
トン。
もう一度沙耶先輩。
バンッ。
由梨先輩。
トン。
「面白い……」
「千尋」
「はい?」
「楽しんでないで、もっと嫌なところ狙って」
沙耶先輩に言われた。
「嫌なところ?」
「私と由梨の間」
「分かりました」
2人が少し距離を空ける。
その真ん中を見る。
サーブレシーブで一番嫌なのは、誰が取るか迷うところ。
なら。
トスを上げる。
跳ぶ。
2人のちょうど間へ打った。
「私!」
由梨先輩が声を出した。
沙耶先輩がすぐに横へ逃げる。
由梨先輩が入って、きれいに返した。
「もうちょっと沙耶側でもいいよ」
「取りますよ?」
「取るよ。その練習だし」
「じゃあ行きます」
今度は少し沙耶先輩寄り。
「沙耶!」
「はい!」
バンッ。
きれいに上がる。
「次、短くして」
由梨先輩が言った。
「短く?」
「同じフォームで」
「……難しいこと言いますね」
「だから練習になるんでしょ」
なるほど。
強く打つだけなら、今でもできる。
でも、強く打つように見せて短く落とす。
同じ助走からコースを変える。
相手が構えたところとは違う場所に打つ。
それができたら。
「嫌ですね」
「でしょ?」
由梨先輩が笑った。
1本。
短くしようとしてネットにかけた。
「あ」
「もう1本」
沙耶先輩がすぐにボールを返してくる。
もう1本。
今度は力を落としすぎて、普通のサーブみたいになった。
「今のは分かる」
「ですよね」
「フォーム変わってた」
沙耶先輩は容赦がない。
「もう一回」
「はい」
何本も打った。
強く。
深く。
2人の間。
沙耶先輩の身体。
由梨先輩の身体。
短く。
また強く。
当然、全部が狙った通りにはいかない。
でも、少しずつ分かってくる。
どこを狙うと2人の足が動くのか。
どこなら声を出させられるのか。
どのコースなら、沙耶先輩のあの大きな音が少し崩れるのか。
どこなら、由梨先輩の静かなレシーブを乱せるのか。
「千尋、今のもう一回」
「どれですか?」
「私の右肩に来たやつ」
由梨先輩が言う。
「ちょっと取りにくかった」
「由梨先輩が?」
「私だって取りにくいところくらいあるよ」
昨日、美緒にも似たようなことを言われた気がする。
上手い人だって、全部できるわけじゃない。
なら、その苦手な1本を探せばいい。
「もう一回行きます」
同じフォーム。
同じくらいの強さ。
右肩。
今度は少し外れた。
由梨先輩が2歩動いて上げる。
「惜しい」
「もう1本」
「いいよ」
もう一度。
今度は狙った場所へ行った。
由梨先輩の身体がわずかに詰まる。
レシーブがネットから離れた。
「よし!」
思わず声が出た。
「千尋」
「はい?」
「人のレシーブ崩してそんな嬉しそうな顔する?」
「だって由梨先輩ですよ?」
「理由になってないよ」
沙耶先輩が笑った。
「分かるけどね」
「沙耶まで」
由梨先輩が呆れたように言う。
でも、すぐにボールを拾った。
「じゃあ次、沙耶の嫌なところ探して」
「ちょっと、由梨」
「お互い様でしょ?」
「千尋、私に取れないサーブ打てたら褒めてあげる」
「本当ですか?」
「うん」
「やります」
「食いつくの早いなあ」
またボールを持つ。
今度は沙耶先輩を見る。
どしっと構えて、強いボールにも負けない。
なら、真正面から力勝負をする必要はない。
動かせばいい。
打つ前から、少しだけ楽しくなった。
サーブって、こんなに考えるものだったんだ。
ただ強く打って、相手のコートに入れるだけじゃない。
相手を見て。
立っている場所を見て。
どう受けるかを見て。
その人が一番嫌な1本を探す。
ネットの向こうには、ブロックがない。
止めに来る人もいない。
ただ、相手のコートに向かって、自分から最初の攻撃を仕掛けられる。
私はボールを手の中で一度回した。
それから、沙耶先輩の少し前を見る。
「行きます」
「来い!」
ボールを高く上げた。




