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水瀬千尋はエースではない―青嵐女学院バレーボール部―  作者: まるちーるだ
第二章 エースの隣

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第十話 経験上

 午後の練習試合の組み合わせが貼り出されると、凜は真っ先に人だかりへ突っ込んでいった。


 戻ってきた時には、もう顔を見れば結果が分かった。


「千尋! 椿山!」


「よかったね」


「一年生主体の試合! 栞とやれる!」


「うん。すごくよかったね」


「千尋も嬉しいでしょ?」


「まあ、久しぶりだし」


「温度差!」


 でも、楽しみなのは本当だった。


 栞とは小学生の頃から何度も試合をしている。練習試合だけじゃなく、招待試合で当たったことも何度もあった。勝ったり負けたりを繰り返して、中学に上がってからも同じようなグループに入ることが多かった。


 なのに、不思議なことに公式戦では一度も当たっていない。


「どっちが勝ち越してるの?」


 横から組み合わせ表を覗き込んだ伊織に聞かれて、私は凜と顔を見合わせた。


「……どっちだろ」


「分かんない!」


「そんなにやってるのに?」


「たぶん同じくらいだよ。勝ったり負けたりだから」


「へえ。じゃあ本当にライバルなのね」


「そうなのかな」


「そうだよ!」


 凜だけは即答だった。


 青嵐は、歓迎試合と同じ七人で出ることになった。


 私たち一年生五人に、梓先輩と瑞穂先輩。


「またよろしくねー」


 梓先輩が手を振る。


「今度はこっちも一年生側なんだね」


 瑞穂先輩も楽しそうだった。


 椿山も一年生だけでは人数が足りないらしく、二年生が二人入るという。


 その二人の顔には見覚えがあった。


「あ」


 椿山のコートを見て、私は声を上げた。


「どうしたの?」


「伊織、あの二人。栞たちの中学の先輩」


「そうなの?」


「うん。椿山第二中」


 栞たちより一学年上。


 つまり、栞が中学一年生だった時に、同じバレー部にいた先輩たちだ。


 椿山のコートへ近づくと、最初に凜が栞を見つけた。


「栞!」


「……久しぶり」


「昨日会った!」


「……じゃあ、昨日ぶり」


「そういうことじゃない!」


 相変わらずだ。


 その少し後ろに杏奈(あんな)がいた。


 目が合う。


 杏奈が片手を上げた。


「久しぶり、千尋」


「久しぶり」


 それからほとんど同時に、凜と栞を見る。


「……高校でも子守りか」


「高校でも子守りだね」


 杏奈と顔を見合わせた。


「大変だね」


「そっちもね」


「聞こえてるよ!?」


 凜がすぐに振り返る。


 栞もこちらを見た。


「……悪口?」


「自覚あるんだ」


 杏奈が言う。


 中学時代、凜はうちのキャプテンで、栞は椿山第二のキャプテンだった。


 そして私は副キャプテン。


 杏奈も、たぶん似たようなものだった。


 キャプテンが前でチームを引っ張って、その後ろで集合時間を確認したり、提出物を集めたり、先生に話を通したりするのは、だいたい私たちだった。


 高校になって学校が変わっても、どうやら関係性までは変わらないらしい。


「結子!」


 凜が今度は毛利さんを見つけた。


「もう完全にその呼び方なの?」


「だって栞が結子って呼んでるから!」


「栞はチームメイト」


「じゃあ私も今日から!」


「昨日も同じ話したよね?」


 毛利さんが呆れる。


 私はその横を見た。


 見慣れない一年生が、一人いる。


 大きい。


 榊原さんよりさらに少し高い。182cmくらいはありそうだった。肩幅もしっかりしていて、立っているだけなら、むしろ一番バレー選手らしい。


 でも。


茉里奈(まりな)、そこじゃないよ」


「え?」


 椿山の二年生が呼ぶ。


「次、前だから。こっち」


「ここですか?」


「違う違う。もう一個右」


「こっち!?」


「そう」


「分かりました!」


 見慣れない一年生――茉里奈と呼ばれた子が、慌てて立ち位置を変える。


 もう一人の二年生が笑った。


「懐かしいわ、この感じ」


「ね。ローテーション変わるたびに場所教えるやつ」


「え、また回るんですか?」


「サーブ権移ったらね」


「さっきも回ったのに!」


「毎回回るよ」


「難しい!」


 凜の目が輝いた。


「初心者!?」


「声が大きい」


 毛利さんが言う。


「だって180cm超えてるじゃん!」


「182cmある初心者」


「なんで今までバレーやってなかったの!?」


「水泳やってたからです!」


 本人が元気よく答えた。


「初めまして!前田(まえだ)茉里奈です!」


「茉里奈ね!私、神崎凜!」


「知ってます!」


「じゃあよろしく!茉里奈!」


「はい!」


「凜」


 毛利さんが額を押さえた。


「何?」


「なんで名前聞いた瞬間に呼び捨てなの」


「だって名前教えてくれたから」


「私は教えてないのに結子だけどね」


 私は前田さんに軽く頭を下げた。


「水瀬千尋。よろしく、前田さん」


「よろしくお願いします!」


 凜がすぐ横から言う。


「千尋も茉里奈でいいじゃん」


「今日会ったばっかりだから」


「私も今日会ったばっかり!」


「凜がおかしいの」


「なんで!?」


 向こうで栞が小さく頷いた。


「……凜、こういう感じ」


「栞まで!」


 伊織が、愛梨(あいり)多恵子(たえこ)、杏奈を順番に見た。


「この三人が、昨日言ってた幼馴染?」


「そう」


「みんな小学校からバレーやってたの?」


「いや」


 私は首を振った。


「やってたのは栞だけ」


「え?」


「愛梨も、多恵子も、杏奈も、中学からだよ」


 伊織の顔が変わる。


 速水さんも榊原さんも、椿山の三人を見た。


 一番小さい愛梨はリベロ。多恵子は165cmのセッター。杏奈は176cmで、中学時代には栞の対角エースだった。


 今の三人を見て、中学から始めたと言われても、たぶんすぐには信じにくい。


「三人とも?」


 榊原さんが確認する。


「三人とも」


「それで全国大会に?」


「うん」


 私は少し考えてから言った。


「何が怖いって、中学から始めた初心者三人がレギュラー取って、関東勝ち抜いて全国まで行ったことだよね」


「……それは怖いわ」


 伊織が即答した。


 椿山第二中は、もともと弱い学校ではなかった。


 関東大会までは何度も行っている。


 ただ、全国には届かない。


 栞たちの代が、初めてその壁を越えた。


「でも最初から三人ともレギュラーだったわけじゃないよ。中一の最初は、栞だけ」


 部員数はぎりぎりだったけれど、杏奈たちはまだバレーを始めたばかりだった。


 最初はベンチに座っていた。


 試合を見ながら、ローテーションを覚えて、何が起きているのかを必死に理解しようとしていた。


 それでも新人戦の時期になると、もう三人を使わないわけにはいかなくなった。


「人数が足りないから?」


「うん。そこからは三人ともコートに出てた」


 最初の頃なんて、本当に今の前田さんみたいなものだった。


 立つ位置を間違える。


 サーブ順が分からない。


 レシーブに追いついても、とんでもないところへ飛ばす。


 それでも三人は必死にボールを追いかけた。


「その時に一緒にやってたのが、今、前田さんに場所教えてる二年生の先輩たち……もう一人いたけど」


「なるほど」


 伊織が納得したように頷く。


 当時の先輩たちは、三人が本気で覚えようとしているのを見ていた。


 だから、少しでも上手くなるように教えた。


 新人戦で一緒にコートへ入り、次の年には関東大会まで進んだ。


 その翌年、栞たちが三年生になった時には、三人はもう立派なレギュラーだった。


 そして、関東を勝ち抜いて全国へ行った。


「だからあの先輩たち、初心者が試合に入ってても全然慌てないんだね」


 速水さんが言った。


「たぶん」


 ちょうどその時、前田さんがまた位置を間違えた。


「茉里奈、逆」


「えっ!?」


 二年生が肩をつかんで向きを変える。


「こっち」


「すみません!」


「謝らなくていいよ」


 先輩は笑っていた。


「三か月あれば、ある程度にはなるから」


「本当ですか!?」


「うん」


 もう一人の先輩が、栞たちを指差した。


「経験上」


「私たちを教材みたいに言わないでください」


 愛梨が抗議する。


「最高の実例じゃん」


「私、そんなに酷かったですか?」


「愛梨はボール追いかけて隣のコートまで行ってた」


「それは言わなくていいです!」


「多恵子は?」


「その頃は一日練習したら次の日休んでました」


「そこは自分で言うんだ」


「事実なので」


「杏奈はローテーション間違えてても堂々としてた」


「それ、もう忘れてください」


 杏奈がため息をつく。


 前田さんは目を丸くして三人を見た。


「本当に初心者だったんですか?」


「その反応、地味に傷つくな」


 杏奈が言う。


「でも大丈夫だよ」


 先輩が前田さんの背中を軽く叩いた。


「分かんなかったら毎回聞けばいい。最初なんて、分からなくて当たり前だから」


「はい!」


「ボール追えるだけ、かなり偉い」


「はい!」


「返す場所はこれから覚えればいいよ」


「はい!」


 前田さんの返事は、全部同じくらい元気だった。


 その姿を見て、先輩たちはまた笑う。


 本当に、懐かしいのだろう。


 試合が始まった。


 青嵐は、セッターが伊織。アウトサイドに凜と私。オポジットに瑞穂先輩、ミドルに榊原さんと梓先輩、リベロに速水さん。


 椿山も二年生二人を交代で使いながら、一年生をできるだけコートに入れていた。


 私のサーブから始まる。


 まずは短く。


 前へ落とす。


「愛梨」


 栞が一言だけ言った。


 愛梨がすっと前へ出る。


 小さな身体が低く沈み、腕が伸びた。


 ボールはほとんどぶれず、多恵子の頭上へ返る。


「うわ、きれい」


 思わず声が出た。


 多恵子は165cm。


 セッターとして高さがあるわけではない。でも、ボールの下へ入るまでに余計な一歩がほとんどない。


 栞が左から入る。


 毛利さんも反対から走る。


 杏奈も右からきっちり助走に入った。


「三枚!」


 伊織の声。


 誰に上がる。


 多恵子は最後まで正面を崩さず、毛利さんへ上げた。


「毛利さん!」


 跳んだ。


 やっぱり高い。


 私とほとんど変わらない身長なのに、打点はずっと上だった。


 ブロックの外からストレート。


 速水さんが反応したが、腕を弾かれた。


「ナイス、結子!」


「ありがと」


「結子!」


 凜がすぐネット越しに呼ぶ。


「何?」


「やっぱ高い!」


「試合中に感想言わなくていい!」


 その隣で栞も頷く。


「……高い」


「栞は昨日から何回言うの?」


「……かなり」


「追加しなくていい!」


 椿山のコートに笑いが起きる。


 凜も笑っていた。


 昔から、栞と試合をするとこうなる。


 次のラリーで、凜が思い切り打った。


 栞のブロックに触れ、ボールが大きく後ろへ跳ねる。


「奥」


 栞が言った。


 それだけ。


 でも愛梨と杏奈は同時に動いた。


 愛梨が一歩下がり、杏奈が外側を埋める。二人の間に落ちるはずだったボールを、杏奈がきれいに拾った。


「……今ので分かるの?」


 伊織が露骨に嫌そうな顔をした。


「昔からあんな感じ」


「『奥』しか言ってないけど」


「中一の頃は通じてなかったよ」


「え?」


「栞が『奥』って言ったら、三人が別々の方向に走ってた」


 伊織が向こうを見る。


「そこからこれ?」


「三年間一緒にやってるからね」


「本当に嫌なチーム」


「褒めてる?」


「かなり」


 乱れたボールを多恵子が追う。


 速くはない。


 でも、最短だった。


 必要なところへだけ動いて、崩れた姿勢から片手で上げる。


「杏奈」


「はいはい」


 杏奈が右から打った。


 強引に決めにいかない。


 ブロックの外側へ当てて、ボールを自分たちのコートへ戻す。


「もう一回!」


 愛梨が上げ、多恵子が組み直す。


 今度は栞。


 決まった。


「うわ、嫌だ」


「何が?」


 凜が楽しそうに聞く。


「全部」


「楽しいじゃん!」


「凜は強い相手だとすぐ楽しそうになるよね」


「千尋もでしょ!」


「まあね」


 向こうで栞がこちらを見た。


「……私も楽しい」


「栞!」


「何」


「久しぶりだね、こういうの!」


「……うん」


 何年も前から、変わらないところもある。


 点差はほとんど開かなかった。


 8-8から、榊原さんの声で一本拾う。


「ライト!」


「了解!」


 私が寄る。


 速水さんがその後ろを埋める。


 伊織が凜へ。


 凜がブロックアウトを取った。


 9-8。


 そこで椿山のローテーションが回る。


「茉里奈、次前」


「はい!」


 前田さんが自信満々に移動した。


「逆」


「えっ」


「そっちは後ろ」


「はい!?」


 二年生が前田さんの肩をつかんで向きを変える。


「こっち」


「さっき覚えたのに!」


「また覚えればいいよ」


「はい!」


「懐かしいな」


「ね」


 二年生二人がしみじみ言う。


「そんなにですか?」


「昔はこれが三人いたから」


 前田さんが栞たちを見る。


「三人も!?」


「その驚き方、まだ腹立つな」


 杏奈が言った。


 笛が鳴る。


 全員が一瞬で切り替えた。


 椿山のレセプションが少し乱れる。


 多恵子が走り、ネットから離れた場所でボールの下へ入った。


 普通なら外へ高く上げる。


 でも。


「茉里奈」


「はい!」


 前田さんが走る。


 速い。


 いや。


「早い早い!」


 トスが上がる前に助走を終えそうになる。


「待って」


 栞が言った。


 前田さんが足を緩める。


「……今」


 そこからもう一度踏み込んだ。


 完全には合っていない。


 でも182cmが跳ぶと、それだけで高い。


「高っ!」


 凜が叫ぶ。


 腕が振られる。


 梓先輩のブロックに当たり、ボールが大きく後ろへ飛んだ。


「触った!」


 速水さんが追いつく。


「ナイス速水さん!」


 伊織がつないで、私へ上げる。


 ブロックの後ろへ落とす。


 決まる。


 そう思った。


「っ!」


 前田さんが走り込んできた。


「そこまで来る!?」


 片腕が届く。


 ボールは上がった。


 ただし、セッター方向とは全然違う。


 ものすごい高さで後方へ飛んでいった。


「あっ!」


 前田さんが固まる。


「すみません!」


「上がったからいい!」


 二年生の先輩が走りながら笑った。


「懐かしいわ、この感じ!」


「ボールには追いつくのに、返す場所分かってないやつ!」


「すみません!」


「だから謝らなくていいって。次は腕の面だけ気をつけて!」


 杏奈が落ちてきたボールの下へ入る。


「はいはい、こっちはやるから」


 大きなアンダートス。


「結子!」


 毛利さんが走る。


 跳ぶ。


 決める。


 9-9。


「すごい!」


 凜が前田さんに向かって笑う。


「今のよく拾ったね!」


「ありがとうございます!」


「敵に褒められて喜ばない」


 毛利さんが呆れる。


「だって嬉しいので!」


「前田さん」


 今度は榊原さんが小さく呟いた。


「何?」


「……あの人、身体が先に追いつくんですね」


 言われて、私も気づいた。


 榊原さんとは正反対だった。


 榊原さんは見えている。


 どこへ行けばいいのか、何が起きそうなのかも分かっている。


 でも、身体が間に合わない。


 前田さんは、まだ何が起きているか分からない。


 それなのに身体だけなら先にボールへ届いてしまう。


「榊原さんと前田さん、足して二で割ったらすごそう」


「できたらいいですね」


「できないけど」


「知っています」


 榊原さんは真顔で答えてから、ほんの少し笑った。


 第1セットは、最後まで点差が開かなかった。


 25-23。


 青嵐が取った。


「惜しい!」


 凜が笑う。


「勝った側が言う?」


 毛利さんも息を弾ませながら笑っていた。


「次は取る」


 栞が言う。


「取らせない!」


 いつものやり取りだった。


 給水に入ると、凜が椿山のメンバーを眺めた。


「ねえ栞」


「……何」


「会うたび仲間増えてない?」


 栞が少し考え、自分の周りを見る。


「……増えた」


「ずるい!」


「何が?」


「私も増やす!」


「別にいいじゃん」


 私が言うと、凜が振り返った。


「何が?」


「こっちだって伊織と速水さんと榊原さんが増えてるから」


 三人が同時に私を見る。


「私たち、増えた扱いなの?」


 伊織が聞いた。


「高校で会ったんだから増えたでしょ」


「まあ、そうだけど」


「梓先輩と瑞穂先輩も今日はいるし」


「私たちは今日だけの助っ人だけどね」


 瑞穂先輩が笑う。


「でも数えてくれるなら嬉しい」


「ねー」


 梓先輩も頷いた。


 凜はしばらく考えて、それから満足したらしい。


「じゃあいい!」


「結局、何がずるかったの?」


 伊織が呆れる。


 私も分からない。


「千尋」


 横から杏奈に呼ばれた。


「何?」


「そっち、増えたね」


 凜の方を見ながら言う。


「そっちもね」


 杏奈の視線の先には、毛利さんと前田さんがいる。


「高校でも大変そう」


「杏奈も」


「まあね」


 少し間を置いて、二人で笑った。


「高校でも子守りか」


「高校でも子守りだね」


「聞こえてる!」


 凜がまた反応する。


 栞も遠くからこちらを見た。


「……杏奈」


「何?」


「私は子どもじゃない」


「そういうところだよ」


 杏奈は慣れた顔で返していた。


 私は水を飲みながら、もう一度椿山を見る。


 最初は栞しかいなかった。


 そこへ、バレーなんてやったこともなかった愛梨、多恵子、杏奈が入った。


 ベンチから始めた三人は、新人戦ではもうコートに立っていた。


 分からないことだらけのまま必死にボールを追い、先輩たちに教わって、一年後には関東へ行った。


 その次の年には、全国まで行った。


 人数合わせで誘われただけだった三人は、それでもバレーボールを続けた。


 今度は毛利さんがいる。


 そして、前田さんがいる。


「……やっぱり椿山って怖いよね」


「初心者三人が全国まで行った話?」


 伊織が聞く。


「それも。でもさ」


 向こうでは、前田さんがまた二年生の先輩にローテーションを確認していた。


「栞って、バレーやってなかった人を連れてきて、その人がいつの間にかバレー選手になってるんだよね」


 伊織も前田さんを見る。


 182cm。


 走れる。


 跳べる。


 今はまだ、自分が次にどこへ立つのかも分からない。


「三か月後、どうなってると思う?」


「……想像したくない」


「でしょ?」


 笛が鳴る。


 休憩が終わった。


「千尋、行くよ!」


「うん」


 凜が先にコートへ戻る。


 向こうでも栞が立ち上がり、愛梨、多恵子、杏奈、毛利さんが続いた。


 前田さんだけは、最後にもう一度先輩に立ち位置を直されている。


「今度こそここね」


「はい!」


「分かんなくなったらまた聞いて」


「はい!」


「大丈夫。三か月あれば、ある程度にはなるから」


「経験上ですね!」


「そう。経験上」


 二年生たちが笑った。


 昔は、栞だけを見ていればよかった。


 中学になったら三人増えた。


 高校では毛利さんが増えて、今度は前田さんまでいる。


 でも、それならこっちだって同じだ。


 中学まで隣にいたのは凜だった。


 今は伊織がいる。速水さんがいる。榊原さんがいる。


 向こうが会うたびに変わるなら、私たちだって変わればいい。


「千尋!」


 伊織のトスが上がった。


「はい!」


 助走へ入る。


 次に椿山と会う時、前田さんがどこまでバレー選手になっているかは分からない。


 その時、私たちがどこまで強くなっているのかも、まだ誰にも分からなかった。



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