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水瀬千尋はエースではない―青嵐女学院バレーボール部―  作者: まるちーるだ
第二章 エースの隣

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17/42

第八話 17点


 17-25。


 最後のボールが床に落ちた時、私はしばらく動けなかった。


「……終わった」


 誰かが言った。


 たぶん凜。


 私もそう思う。


 終わった。


 というより、終わらされた。


 14-14までは、本当に戦えていたと思う。


 榊原さんの速攻が決まって同点になった。


 そこから。


 3-11。


「……ひどい」


 思わず口から出た。


「何が?」


 隣で伊織が膝に手をついている。


「14-14から3点しか取れてない」


「わざわざ数字にしなくていい」


「確認したくて」


「確認してどうするの」


「よりひどくなった」


「でしょうね」


 伊織もかなり疲れていた。


 その向こうでは、凜が床に座り込んでいる。


「強かったあ……」


 悔しそうなのか楽しそうなのか分からない顔だった。


「最後、全然決まらなかった」


「途中まで決まってたじゃん」


「途中じゃなくて最後も決めたい!」


「欲張り」


「エースは欲張りでいいんだよ!」


「誰が決めたの?」


「今決めた!」


 御子柴先輩みたいなことを言い始めた。


 速水さんは床に座らず、膝を曲げて呼吸を整えていた。


「……後半、コースが分かっても拾えませんでした」


「私も」


 榊原さんが答える。


「声を出す前に打たれたボールも多かったです」


「そうなんだよね」


 途中から、何かが変わった。


 先輩たちが突然強くなったわけじゃない。


 たぶん最初からできた。


 ただ、やっていなかっただけだ。


 一ノ瀬先輩のトスは、それまでより少しだけ判断を遅らせるようになった。


 囮が増えた。


 助走の入り方も変わった。


 こっちが榊原さんの声を使って守っていると分かると、その声が出るまで攻撃先を見せなくなった。


 声が出せても、その先が速い。


 分かっているのに、私も間に合わない。


「ずるいなあ」


「何が?」


 伊織が聞く。


「こっちが工夫したら、向こうも工夫してくる」


「当たり前でしょ」


「そうなんだけど」


 もっと素直に攻略されてくれればいいのに。


「千尋」


 凜がまだ床に座ったまま顔を上げた。


「何?」


「でも楽しかったね!」


「うん」


 それは間違いない。


 負けた。


 かなり負けた。


 なのに、もう一度やりたい。


 今度なら、あと1点くらい取れる気がする。


 たぶん気のせいだけど。


「お疲れー!」


 御子柴先輩の大きな声が飛んできた。


 先輩たちがネットの向こうから歩いてくる。


 途中から本気になったくせに、試合が終わればいつもの御子柴先輩だった。


「いやあ、今年強いな!」


「最後ボコボコにした人が言います?」


 私が返す。


「それとこれとは別!」


「14点で一回追いついた時、絶対ムキになりましたよね」


「なってないなってない」


「キャプテン」


 一ノ瀬先輩が横から言う。


「何?」


「なってましたよ」


「怜奈!」


「『もう歓迎いい?』って聞いたじゃないですか」


「言わなくていい!」


「言ったんですか?」


 凜が立ち上がる。


「言った」


 由梨先輩が笑った。


「真帆の速攻が決まったところで」


「やっぱり!」


「だって同点だぞ!?」


 御子柴先輩が指を立てる。


「こっちはレギュラーだぞ! 歓迎試合で1年生に追いつかれて、そのままニコニコしてられるか!」


「ムキになってるじゃないですか」


「勝負に真剣だっただけ!」


「言い方変えた」


 瑞穂先輩まで笑っている。


「でも、本当に17点取ったんだねえ」


 コートの外から梓先輩が入ってきた。


「17点しか取れませんでした」


 凜が言う。


「いやいや」


 梓先輩は苦笑した。


「十分取ってるよ」


「でも8点差です」


「その8点差を作られたの、ほとんど最後だからね」


「それが悔しいんです!」


「凜ちゃんらしいなあ」


 その隣には、さっきコートの外で梓先輩と話していた3年生のセッター、楓先輩もいた。


「でも、面白かったよ」


 楓先輩が言う。


「途中のあれ。真帆ちゃんが声出して、水瀬が走るやつ」


「ありがとうございます」


 榊原さんが頭を下げる。


「真帆ちゃんがありがとうなんだ?」


「私の声なので」


「なるほど」


「でも考えたのは水瀬さんです」


「形にしたのは伊織です」


 私が言う。


「千尋が余計なこと思いつくからでしょ」


「余計じゃないよ。2点差まで戻ったじゃん」


「そこは認める」


 楓先輩が笑った。


「やっぱり合うね、2人」


「そうですか?」


「うん」


 伊織は何も言わなかった。


 でも、少しだけ嬉しそうだった。


 たぶん。


「去年、13点だったよ」


 梓先輩が不意に言った。


「……何がですか?」


 凜が聞き返す。


「歓迎試合」


「誰が?」


「私たち」


 梓先輩が自分を指差す。


「今の2年生が1年だった時」


 少しだけ間が空いた。


「……13?」


 凜が言う。


「13」


「13点!?」


「うん」


 今度は速水さんまで驚いた顔をした。


「今の先輩たちがですか?」


「そう」


「由梨先輩も?」


「いたよ」


 由梨先輩が苦笑する。


「沙耶先輩も?」


「いた」


「一ノ瀬先輩も?」


「いました」


「皐月先輩も?」


「いたね」


 梓先輩が指を折る。


「私も瑞穂もいたし」


「13点……」


 凜が呆然としている。


 私は先輩たちを見上げた。


 さっきまで私たちを相手にしていた先輩たち、一緒に戦ってくれた先輩たち。


 アウトサイドの沙耶先輩と由梨先輩。


 セッターの一ノ瀬先輩。


 ミドルブロッカーの皐月先輩と梓先輩。


 オポジットの瑞穂先輩。


 今は普通に、全国へ行く青嵐の中心にいる人たち。


 その人たちが。


「じゃあ」


 私は言った。


「私たち、4点勝った」


「何に?」


 伊織が即座に聞いてきた。


「今の2年生」


「試合には負けてるけど」


「でも17と13なら4点勝ってる」


「そういう競技じゃないよ」


「知ってる」


 凜が急に元気になった。


「勝った!」


「凜まで乗らないで」


「去年の先輩たちに4点勝った!」


「だから試合には負けてるって」


「じゃあ来年はもっと取れる!」


「話変わってる」


 周りから笑い声が上がった。


 梓先輩も笑っている。


「でも、勘違いしない方がいいよ」


「え?」


 凜が顔を向ける。


「私たちが1年の時より、今の1年の方が強いって話じゃないから」


「違うんですか?」


「少なくとも、まだ分かんない」


 梓先輩はそう言って、隣の楓先輩を見る。


「ね?」


「うん」


 楓先輩が頷く。


「去年の歓迎試合なんて、ただの1試合だからね。ローテーションも違えば、相手も違うし」


「じゃあ13点ってあんまり意味ないんですか?」


「そういう意味ではね」


「ええ……」


 凜が露骨に残念そうな顔をした。


 でも。


「……いや」


 私はもう一度、先輩たちを見る。


「意味あるよ」


「どこが?」


 伊織が聞く。


「だって」


 13点。


 その数字を頭の中でもう一度転がす。


「去年13点だった人たちが、今これなんでしょ?」


 誰もすぐには返事をしなかった。


「私たち、最後3-11だったじゃん」


「うん」


「途中まで使えてた榊原さんの声も、すぐ対策された」


「されたね」


「私のサーブも2本目には普通に取られた」


「それは由梨が上手かったからね」


 由梨先輩が少し笑う。


「凜も最後は全然決められなくなった」


「うっ」


「そこ強調しなくていい!」


「事実だから」


「千尋まで怜奈先輩みたいになってる!」


「で」


 私は続ける。


「この人たちが、去年は13点しか取れなかった」


 凜が黙った。


 伊織も。


 速水さんも榊原さんも、先輩たちを見る。


 今度はさっきと少し違う目で。


「……1年で?」


 速水さんが言った。


「うん」


「こんなに変わるんですか」


 その問いに答えたのは、由梨先輩だった。


「変わるよ」


 簡単に言った。


「毎日やれば」


 沙耶先輩もこちらを見る。


「青嵐で1年やるの、結構長いからね」


「きついけどな!」


 御子柴先輩が笑う。


「そこは覚悟しとけ!」


「はい!」


 凜だけが即答した。


 元気だなあ。


 でも。


 私は少し、ぞくぞくしていた。


 17点取れたことより。


 去年の先輩たちより4点多かったことより。


 その13点の方が、ずっと面白い。


 だって。


 今、ネットの向こうにいる人たちが。


 今日、私たちが工夫するたびにその上から叩き潰してきた人たちが。


 たった1年前には、同じ場所で13点しか取れなかった。


 なら。


「ねえ、伊織」


「何?」


「1年って、どれくらい強くなれるんだろうね」


 伊織は少しだけ黙った。


 それから、ネットの向こうを見た。


「……さあ」


「分かんない?」


「分からないから、やるんでしょ」


「あ」


 それもそうか。


「じゃあ楽しみだね」


「千尋は本当にそういうところだよね」


「何が?」


「別に」


 伊織は少し笑った。


 隣では凜が、もう先輩たちに何か聞き始めている。


 速水さんも立ち上がった。


 榊原さんは、自分の手を見ていた。


 今日、速攻を1本決めた手。


 声を出して、何本かボールを拾わせた手。


 まだ全然、身体は追いついていない。


 私だって同じだ。


 できないことの方が多い。


 でも。


 13点だった人たちが、1年後にはこうなっている。


 それなら。


 私たちの17点が、この先どこまで変わるのか。


 それはまだ、誰にも分からなかった。


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