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水瀬千尋はエースではない―青嵐女学院バレーボール部―  作者: まるちーるだ
第二章 エースの隣

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14/25

第五話 見えている


 2本目の笛が鳴った。


 さっきまでと同じようにトスを上げ、助走に入る。


 今度は向こうも構えていた。由梨先輩が少し前へ寄り、先輩リベロは半歩後ろ。沙耶先輩も、さっきより低い姿勢でこちらを見ている。


 たった1本で、もう変えてきた。


 なら、こっちも少し変える。


 踏み切って、今度は由梨先輩の身体より少し外側へ振り抜いた。


 乾いた音。


 さっきと同じくらいには、いい感触だった。


「由梨!」


「はい!」


 でも、由梨先輩は早かった。


 完全に待たれていた。身体の正面から少し外れたボールにすぐ腕を出し、きれいにネット際へ返す。


「うわ」


 思わず声が出た。


「何!?」


 前衛の凜が振り返る。


「きれい」


「今!?」


 その時にはもう、一ノ瀬先輩がボールの下に入っていた。


 向こうの前衛が一斉に動く。


「真ん中!」


 梓先輩が中央へ寄った。


 一ノ瀬先輩のトスは短い。相手のミドルが跳び、梓先輩もぴったりついていく。


 それでも長い腕の先から打ち下ろされたボールは、ブロックの指先を弾いて後ろへ飛んだ。


「速水さん!」


「はい!」


 速水さんが身体を入れる。


 上がった。


「ナイス!」


 伊織が追う。


 最初の一撃で終わらない。


 そこから瑞穂先輩へ上がり、相手に拾われ、もう一度返ってきた。


 最後は御子柴先輩がライトから決めた。


 1-1。


「ほら!」


 御子柴先輩が嬉しそうに拳を上げる。


「ちゃんと取ればこっちのもんだ!」


「キャプテン、今のラリーで何かしました?」


 一ノ瀬先輩の声が飛んだ。


「最後に応援した!」


「コートの中で?」


「気持ちの問題!」


「それならベンチでもできますね」


「怜奈!」


 向こうは向こうで相変わらずだった。


「切り替えよう!」


 瑞穂先輩が手を叩く。


「まだ1-1!」


「はい!」


 凜の返事だけがやっぱり大きい。


 次は向こうのサーブ。


 私と速水さんの間へ来る。


「美緒!」


「はい!」


 凜に呼ばれた速水さんが前へ入った。


 完璧なAパスではない。少しネットから離れた。


 でも伊織なら十分だった。


「凜!」


「もってこーい!」


 凜がレフトから全力で入る。


 当然、自分へ上がるつもりで跳びにいく。


 向こうのブロックも動いた。


 2枚。


 でもトスは凜へ行かなかった。


「瑞穂先輩!」


「はいよ!」


 ライト。


 瑞穂先輩が1枚になったブロックの外側を抜いた。


「ナイス!」


 2-1。


「いいね、伊織!」


「ありがとうございます」


「凜もナイス囮!」


「えっ、私、普通に打つ気でした!」


「だからいいんだよ」


「そうなんですか?」


「凜はそのままでいて」


「分かりました!」


「たぶん分かってないね」


 梓先輩が笑う。


 私もそう思う。


 そこから、試合は思っていたよりずっと競った。


 最初はもっと一方的になると思っていた。


 相手は青嵐のレギュラーだ。


 でも、こっちには瑞穂先輩と梓先輩がいる。


 2人とも、少しくらいボールが乱れても何事もなかったように次へ繋げてくれる。


 瑞穂先輩はネットから離れたトスでも普通に打つ。


 梓先輩は相手のスパイクに触る。


 そこを速水さんが拾う。


 伊織が上げる。


 凜が打つ。


「よしっ!」


 凜のクロスが、相手ブロックの外を抜いた。


 3-2。


「ナイス凜!」


「もう1本!」


 次のラリーでは沙耶先輩が同じようにレフトから入ってくる。


 高い。


 見学の時から分かっていたけれど、ネットを挟んで向かい合うと余計に高く感じる。


 凜と梓先輩が2枚で跳んだ。


 その上から沙耶先輩の腕が振られる。


 速い。


「っ!」


 速水さんが反応した。


 腕に当たる。


 大きく後ろへ弾かれた。


「私!」


 追いついて、アンダーで前へ返す。


「ナイス千尋!」


 伊織が走る。


 瑞穂先輩へ高く送った。


「はい!」


 打つ。


 拾われる。


 また向こうから返ってくる。


「長い!」


 凜が楽しそうに笑った。


「まだまだ!」


 御子柴先輩も笑っている。


 結局、そのラリーは向こうに取られた。


 3-3。


 でも。


 楽しい。


 点を取られているのに、次のボールが早く来てほしい。


「千尋、顔」


 伊織が言った。


「何?」


「笑ってる」


「伊織も」


「私は普通」


「嘘」


「次来るよ」


「はいはい」


 4-3。


 4-4。


 5-4。


 5-5。


 点差が開かない。


 由梨先輩は相変わらず何でもきれいに繋ぐし、沙耶先輩は高い。一ノ瀬先輩は同じ形をほとんど続けて使わない。


 それでも、こっちも簡単には落とさなかった。


 凜がブロックアウトを取る。


 瑞穂先輩が苦しいトスを打ち切る。


 梓先輩がワンタッチを取って、速水さんが拾う。


 伊織もだんだん楽しくなってきたのか、トスの選択が少しずついやらしくなっている。


「今の凜に上げると思った?」


「思った」


「じゃあ成功」


「性格悪い」


「褒め言葉?」


「たぶん」


 6-6。


 普通に競っていた。


「今年の1年、やるじゃん!」


 御子柴先輩がネットの向こうから笑う。


「キャプテンが瑞穂と梓を渡したからですよ」


 一ノ瀬先輩が冷静に言った。


「まだ言う!?」


「事実なので」


「私たちもいるよ!」


 凜が抗議した。


「いるいる! 凜もちゃんと面倒!」


「褒められた!」


「たぶん今のは褒めてないよ」


 私が言う。


「えっ」


 その時、ローテーションが回った。


「真帆ちゃん、前お願い」


 梓先輩が声をかける。


「はい」


 それまでベンチにいた榊原さんが立ち上がった。


 榊原さんは最初のローテーションでは後衛だったから、速水さんがリベロとして代わりに入っていた。


 今度は榊原さんが前衛へ上がる。


 速水さんはいったんコートを出て、後衛へ下がった梓先輩のサーブ。


「いってらっしゃい、真帆ちゃん」


「はい」


「楽しんできて!」


「できるだけ」


「真面目だなあ」


 梓先輩が笑う。


 榊原さんがネット際へ入った。


 180cm。


 前に立つと、やっぱり大きい。


 ジャンプ力はまだ分からないけれど、腕も長い。


 少なくともネット際にいるだけで邪魔にはなるはずだ。


「真帆!」


 凜が声をかける。


「はい」


「止めよう!」


「分かりました」


「凜でいいって!」


「……凜さん」


「さんいらない!」


「今それやる?」


 私が聞く。


「大事!」


 相変わらずだ。


 試合が再開した。


 一ノ瀬先輩のトス。


 中央。


「真ん中!」


 瑞穂先輩が声を出した。


 榊原さんもすぐ反応する。


 相手のミドルへ寄る。


 方向は合っていた。


 でも。


 一歩、遅い。


 榊原さんが跳ぶよりわずかに早く、相手の腕が振り抜かれた。


 ブロックの横を抜ける。


 床。


 6-7。


「すみません」


「次、次!」


 凜がすぐに声を出す。


 榊原さんは頷いた。


「はい」


 次のサーブ前、速水さんが梓先輩と入れ替わって、コートへ戻った。


 次のラリー。


 由梨先輩がレフトから入ってくる。


 榊原さんも寄った。


 ちゃんとクロス側へ手を出そうとしている。


 でも、閉じ切る前に打たれた。


「っ!」


 私が反応する。


 届かない。


 6-8。


「ナイス由梨!」


 向こうから声が上がる。


 榊原さんが自分の手を見た。


「惜しいよ!」


 瑞穂先輩が声をかける。


「今、ちゃんと寄れてた!」


「はい」


 次。


 凜が1本取り返した。


 7-8。


「よし!」


「ナイス凜!」


「まだまだ!」


 でも、その次。


 一ノ瀬先輩が中央を見せた。


 榊原さんが少し寄る。


 トスは外。


 沙耶先輩。


「真帆!」


 凜が声を出す。


「はい!」


 榊原さんは動いていた。


 ちゃんと外へ戻ろうとしている。


 でも、間に合わない。


 凜と榊原さんの間が完全には閉じない。


 沙耶先輩のスパイクがそこを抜いた。


 7-9。


「……」


 少し気になった。


 今の。


 榊原さん、トスが上がってから慌てて動いたわけじゃない。


 その少し前には、もう外へ戻ろうとしていた。


 なのに遅れた。


 次のラリー。


 一ノ瀬先輩がまた中央を使う。


 榊原さんは反応した。


 今度も行く方向は合っている。


 でも、手が揃う直前に打たれる。


 7-10。


「真帆ちゃん、大丈夫!」


 ベンチから梓先輩の声が飛ぶ。


「全部止めなくていいよ! 触れば十分!」


「はい!」


 榊原さんの返事はしっかりしていた。


 その次。


 凜がブロックを弾いて1点。


 8-10。


「よし!」


 でも。


 一ノ瀬先輩の目が変わったような気がした。


 榊原さんを見る。


 次に凜を見る。


 前衛の並びを見る。


「……伊織」


「うん」


 呼ぶと、伊織も短く返した。


 たぶん、同じことに気づいている。


 向こうの攻撃。


 今度は速攻を見せてから外。


 榊原さんを中央へ動かして、由梨先輩へ振る。


 榊原さんが追う。


 でも遅れる。


 8-11。


 次も。


 一ノ瀬先輩が榊原さんのいる場所を使った。


 中央。


 外。


 今度は逆。


 榊原さんを動かす。


 沙耶先輩が打つ。


 榊原さんの長い指先に、ほんの少しだけボールが当たった。


「タッチ!」


 方向が変わる。


「っ!」


 私は飛び込んだ。


 あと少し。


 床に落ちた。


 8-12。


「惜しい!」


 凜が叫ぶ。


 本当に惜しかった。


 あと少し手が早ければ、ちゃんとワンタッチになっていた。


 でも、その「あと少し」が続いている。


「タイム!」


 伊織が声を上げた。


「いいよー!」


 御子柴先輩が返した。


「歓迎試合ってタイムあるんですね」


 私が聞く。


「今作った!」


「またですか」


「キャプテン権限!」


「便利ですね」


「だろ?」


 ネットの向こうで一ノ瀬先輩が額を押さえている。


 私たちはコート脇へ集まった。


「大丈夫大丈夫!」


 瑞穂先輩が明るく言う。


「まだ4点差!」


「真帆ちゃんも気にしなくていいよ」


 梓先輩がタオルを肩にかけたまま言った。


「入部初日にレギュラー相手なんだから、できないことあって普通!」


「……はい」


 榊原さんは返事をした。


 でも、表情は少し硬い。


「私が入ってから、4点離れました」


 ぽつりと言った。


「真帆だけのせいじゃないよ!」


 凜がすぐに返す。


「でも、私のところを使われています」


 榊原さんはネットの向こうを見た。


「一ノ瀬先輩は、途中から明らかに私を動かしています」


「うん」


 伊織が頷く。


「たぶん気づかれた」


「すみません」


「謝らなくていいって!」


 凜が言う。


「まだ試合終わってないよ!」


 榊原さんが少しだけ俯く。


 私はその横顔を見ていた。


 気になる。


 さっきからずっと。


「榊原さん」


「はい」


「ちょっと聞いていい?」


「はい」


 由梨先輩のクロス。


 沙耶先輩へのトス。


 中央の速攻。


 どれも、榊原さんは全然違う場所へ動いているわけじゃなかった。


 むしろ毎回。


「さっきから、ちゃんと見えてる?」


 榊原さんが目を瞬く。


「……何がですか?」


「相手」


 ネットの向こうを指す。


「誰に上がるかとか。どっちに打ってくるかとか」


 少しだけ間があった。


 榊原さんは、一ノ瀬先輩たちを見る。


「見えています」


「やっぱり」


 凜が首を傾げた。


「見えてるの?」


「はい」


 榊原さんが自分の両手を見る。


「全部ではありません。でも、ある程度なら」


「打つ方向も?」


「分かります」


「さっきの由梨先輩のクロスも?」


「はい」


「沙耶先輩に外へ上がった時も?」


「トスが上がる前には、分かっていました」


 それなら。


「でも、間に合わない?」


 榊原さんが黙った。


 少しだけ唇を噛む。


「……はい」


 悔しそうだった。


 でも、答えはいつも通り冷静だった。


「見えているんです」


 自分の手を見つめたまま、榊原さんが言う。


「でも、身体が追いつきません」



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