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水瀬千尋はエースではない―青嵐女学院バレーボール部―  作者: まるちーるだ
第二章 エースの隣

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第四話 歓迎試合

「うちの伝統」


 御子柴先輩がそう言って笑った時点で、なんとなく嫌な予感はしていた。


 青嵐女学院女子バレーボール部で、新しく入った1年生が最初にやること。


 体育館の雑巾がけでもなければ、先輩たちの前で目標を叫ぶことでもない。


「新入生歓迎試合!」


 御子柴先輩がぱん、と両手を叩いた。


「歓迎試合!」


 凜の目が輝く。


「そう。毎年、新しく入った1年と先輩たちで試合するんだよ」


「おお!」


「ただし」


 御子柴先輩が人差し指を立てた。


「相手はレギュラー」


「……はい?」


 思わず聞き返した。


「レギュラー?」


「レギュラー」


「青嵐の?」


「他にどこのレギュラーがいるんだよ」


「歓迎する気あります?」


「あるある!」


 御子柴先輩はものすごく楽しそうだった。


 信用できない。


 周りの先輩たちから笑い声が上がる。


「毎年やってるんですか?」


 榊原さんが聞いた。


「やってるよ。最初に今の自分がどれくらいなのか、身をもって知ってもらおうっていう伝統」


「なるほど」


 榊原さんは真面目に頷いた。


「合理的だと思います」


「納得するんだ」


 私が言うと、伊織が小さく笑った。


「榊原さん、青嵐向いてるかもね」


「そうでしょうか」


「その真面目な返しも含めて」


 御子柴先輩がネットの向こうを指した。


「で、相手は今のレギュラー組」


 先輩たちが順番にコートへ入っていく。


 アウトサイドは、由梨先輩と九条沙耶先輩。


 セッターは一ノ瀬怜奈先輩で、その対角にキャプテンの御子柴先輩。


 ミドルには3年生の白石(しらいし)萌々香(ももか)先輩と、2年生の鷹野(たかの)皐月(さつき)先輩。188cmと189cmの2人が並んでネット際に立つと、ただそこにいるだけで壁みたいに見えた。


 後ろには3年生のリベロ、桜井佳穂(かほ)先輩が入る。


「……強くない?」


 思わず呟いた。


「レギュラーだからね」


 伊織が答える。


「そうなんだけど」


 分かってはいた。


 学校見学の日にも見ている。


 でも、ネットの向こうに7人揃うと話が違う。


 由梨先輩と沙耶先輩。


 一ノ瀬先輩と御子柴先輩。


 その間に190cm近いミドルが2人。


 後ろには先輩リベロ。


 全国大会に出るチームって、こういうことなのかもしれない。


「これとやるの?」


「楽しそう!」


 凜が言った。


「凜はそう言うと思った」


「千尋も楽しみでしょ?」


「まあ、ちょっと」


「ほら!」


「楽しみと怖いは両立するよ」


 特にネット際が怖い。


 168.8cmの私からすると、188cmと189cmは普通に高い。しかも、その2人よりさらに高い沙耶先輩までいる。


 どうやってあそこを抜くんだろう。


 そう考えた瞬間、少し楽しくなってきた。


「で」


 御子柴先輩が私たちを見た。


「新1年は5人だろ? そのままだと人数足りないから、先輩を2人貸すよ」


「先輩は2人貸してもらえるんですか!」


 凜がすぐに食いついた。


「そうそう」


「誰でもいいんですか?」


「誰でもいいよー」


 御子柴先輩は軽い調子で言った。


 その瞬間、凜の目が体育館を走る。


 嫌な予感がした。


 凜はこういう時、遠慮しない。


「本当に誰でも?」


「いいよいいよ。好きな人選びな」


「じゃあ!」


 凜が勢いよく腕を上げた。


篠宮(しのみや)先輩と高梨(たかなし)先輩お願いします!」


 一瞬。


 御子柴先輩が笑顔のまま止まった。


「…………」


「お願いします!」


 凜は笑顔だ。


「……よりによって」


「え?」


 御子柴先輩が額を押さえた。


 その隣で一ノ瀬先輩が呆れたように息を吐く。


「キャプテンのせいですよ」


「怜奈?」


「誰でもいいって言ったじゃないですか」


「言ったけどさあ!」


「じゃあ文句言えないですよ」


「普通そこ選ぶ!?」


「だって強そうなので!」


 凜が即答した。


「ちゃんと理由あるの!?」


「あります!」


 選ばれた2人が、顔を見合わせて笑った。


 2年生の高梨瑞穂先輩と、篠宮(あずさ)先輩。


「私たち、選ばれたね」


「そうみたい」


 2人はこちらへ歩いてくる。


「よろしくー!」


 高梨先輩が明るく手を上げた。


「せっかく一緒にやるんだから、仲良く楽しくやろうね。あと高梨先輩って呼びにくいでしょ? 瑞穂でいいよ」


「はい! 瑞穂先輩!」


 凜が即答する。


「……やば」


「え?」


 瑞穂先輩が少し感動したように自分を指差した。


「先輩って呼ばれた。私、先輩になった気分」


 隣の篠宮先輩が淡々と言う。


「まあ、2年に進級できたからね」


「そうなんだけどさあ。なんかまだ慣れないじゃん」


「去年まで1年だったしね」


「そうそう!」


 瑞穂先輩は嬉しそうだった。


「もう一回呼んで」


「瑞穂先輩!」


「いいね!」


「何やってるの」


 梓先輩が笑う。


「梓も呼ばれてみなよ」


「じゃあ私も、篠宮じゃなくて梓でいいよ」


「梓先輩!」


「凜ちゃん、切り替え早いね」


「はい!」


「そこ褒められてる?」


 私も2人を見る。


「……瑞穂先輩、梓先輩」


「おお、増えた!」


 瑞穂先輩が嬉しそうに言った。


「よかったね」


「梓も嬉しいでしょ?」


「まあ、ちょっと」


「ほらー!」


 先輩になったばかりの2人らしい。


 私たちからすれば普通に先輩だけど、本人たちにとってはまだ新鮮らしい。


「速水さんも!」


 瑞穂先輩が速水さんを見る。


「……瑞穂先輩、梓先輩」


「はい!」


「呼びました」


「かわいいねえ」


「やめてください」


「ごめんごめん」


 瑞穂先輩は全然反省していない顔で笑った。


 その横で、梓先輩が榊原さんを見る。


「榊原さんはミドルだったよね?」


「はい」


「じゃあ私と対角かな。あ、私も真帆ちゃんって呼んでいい?」


「はい」


「じゃあ真帆ちゃん、よろしく」


「よろしくお願いします、梓先輩」


「うわ。本当に先輩って呼ばれた」


「梓も喜んでるじゃん」


「ちょっとね」


 凜がその会話を聞いていた。


「じゃあ私も真帆でいい?」


「え?」


「真帆!」


「……はい」


「私も凜でいいよ!」


「神崎さんではなく?」


「凜!」


「……凜さん」


「さんもいらない!」


「段階を踏ませてあげなよ」


 私が言う。


「千尋は榊原さんのままだよね」


「まだ今日会ったばっかりだし」


「私は?」


「凜は凜」


「やった!」


「何が?」


 その間に御子柴先輩たちは、まだこちらを見ながら何か話していた。


「本当にあの2人持っていかれたかあ」


「キャプテンが誰でもいいと言ったので」


「怜奈、さっきからそれしか言わないじゃん!」


「事実ですから」


「でもさ、普通もうちょっと遠慮しない?」


「神崎凜にそれを期待したキャプテンが悪いです」


「由梨まで!」


「私は何も言ってませんよ」


「顔が言ってる!」


 由梨先輩が笑っている。


 一ノ瀬先輩がこちらの2人を見て、ぽつりと言った。


「レギュラーに一番近い2人をそのまま持っていかれましたね」


「言うな。分かってる」


 なるほど。


 凜、かなりいいところを選んだらしい。


「何で2人にしたの?」


 由梨先輩が凜へ聞いた。


「瑞穂先輩はレシーブもできるし、ライトからも打てるし、崩れたトスでも普通に決めてたからです!」


「……見てるね」


 瑞穂先輩が目を丸くする。


「梓先輩は?」


「ブロックです!」


 凜が今度は梓先輩を見る。


「向こうの189cmの先輩ほど高くないけど、見学の時、一番止めてたので!」


「そこまで見てたの?」


「はい!」


 梓先輩が少し照れたように笑った。


「ありがとう」


「だって強そうだったので!」


 御子柴先輩が頭を抱える。


「ちゃんと選んでやがる……」


「だからキャプテンのせいですよ」


 一ノ瀬先輩がまた言った。


「3回目!」


「まだ言います?」


「もうやめて!」


 先輩たちが笑う。


 私もつられて笑った。


 この人たち、本当に全国大会へ行くチームなんだろうか。


「じゃあ、位置決めようか」


 瑞穂先輩が手を叩いた。


「私がいつものライトでいい?」


「お願いします」


 伊織がすぐに答える。


「梓先輩と榊原さんがミドル対角。凜と千尋がアウトサイド対角。美緒がリベロ。私がセッター」


「うん。それが一番分かりやすそう」


 梓先輩が頷く。


 これで7人。


 セッターは伊織。


 アウトサイドが凜と私。


 オポジットに瑞穂先輩。


 ミドルが梓先輩と榊原さん。


 リベロが速水さん。


「……普通にチームになったね」


 私が言った。


「7人いるからね」


 伊織が答える。


「そういう意味じゃなくて」


「分かってる」


 伊織はネットの向こうを見る。


「瑞穂先輩と梓先輩がいるなら、かなり助かる」


「勝てる?」


 凜が聞いた。


「何でいきなりそこなの」


「試合するんだから勝ちたいじゃん!」


「それはそうだけど」


 伊織の視線がネットの向こうへ向く。


 一ノ瀬先輩も、ちょうどこちらを見ていた。


 目が合ったらしい。


 伊織の顔から少し笑みが消えた。


「……簡単じゃないよ」


「知ってる!」


 凜は楽しそうに笑った。


「だから面白い!」


 その答えに、伊織も少しだけ笑う。


 私は榊原さんを見る。


 少し硬い。


「大丈夫?」


「はい」


「緊張してる?」


「しています」


「正直だね」


「青嵐のレギュラーと、入部初日に試合をするとは想定していなかったので」


「私も想定してなかった」


「水瀬さんはあまり緊張しているように見えません」


「凜よりは緊張してるよ」


「比較対象が悪いと思います」


「それはそう」


「聞こえてるよ千尋!」


 凜が向こうから叫んだ。


「聞こえるように言ったから」


「ひどい!」


 榊原さんが少し笑った。


 それを見て、ちょっとだけ安心する。


「榊原さん」


「はい」


「まあ、失敗しても歓迎試合だから」


「そうですね」


「先輩たちが歓迎する気あるかは怪しいけど」


「聞こえてるぞ千尋!」


 御子柴先輩から飛んできた。


「やっぱり聞こえるんですね」


「体育館だからね」


 準備が終わる。


 両チームがコートへ入った。


 最初のローテーションでは凜が前衛。


 私は凜の対角なので、後衛から始まる。


「よーし!」


 ネットの向こうで御子柴先輩が声を上げた。


「歓迎試合なんだし、最初は1年生側にサーブ権あげよう!」


「あ」


 由梨先輩がすぐに反応した。


「キャプテン」


「何?」


「それ、やめた方が……」


「え?」


「せめてジャンケンで決めた方がいいと思います」


「なんで?」


「いや……」


 由梨先輩の視線がこちらへ向いた。


 正確には、私。


 目が合う。


「……なんとなくです」


「大丈夫大丈夫!」


 御子柴先輩は笑った。


「歓迎試合なんだから、それくらいサービス!」


「でも――」


「キャプテン権限! 新入生側から!」


 一ノ瀬先輩が呆れたような顔をする。


「そんな権限あるんですか?」


「今作った!」


「キャプテン……」


 由梨先輩がため息をついた。


「せめてジャンケンにすればいいのに」


「いいのいいの! これくらいハンデ!」


「……知りませんからね」


「何が?」


「別に」


 審判役の先輩から、こちらへボールが渡される。


 後衛スタートの私を見る。


「千尋、最初お願い」


「はい」


 ボールを受け取って、エンドラインの後ろへ下がる。


「千尋、ナイスサーブ!」


 前衛の凜が振り返って声を上げた。


「うん」


 ボールを一度、床につく。


 ネットの向こうを見る。


 由梨先輩。


 沙耶先輩。


 先輩リベロ。


 3人がレセプションの形に入っている。


 学校見学の日とは逆だ。


 あの日は、外から先輩たちを見ていた。


 今日は私が、そこへボールを打つ。


 笛が鳴った。


 トスを上げる。


 助走。


 踏み切る。


 あとは、いつも通り。


 思い切り腕を振った。


 乾いた音が体育館に響く。


 ボールがネットの上を低く抜けた。


 由梨先輩と先輩リベロの間。


 2人が同時に反応する。


 でも、その腕より先にボールが床へ落ちた。


「…………」


 一瞬、体育館が静かになった。


「ナイスサーブ千尋ー!!」


 凜の声だけが響いた。


 1-0。


「……え?」


 御子柴先輩が言った。


 私は落ちたボールを見てから、サーブ位置へ戻る。


 ネットの向こうでは、一ノ瀬先輩がゆっくり御子柴先輩を見た。


 じろり、と。


「だから由梨が止めてたじゃないですか」


「初球からあんなの打ってくると思わないだろ!」


「キャプテンのせいですよ」


「そんな目で見るなよ!」


「ノータッチですよ」


「見れば分かる!」


 由梨先輩が額を押さえた。


「……前にも言った気がしますけど」


「何?」


「私の中学で、2年生からレギュラーだったの、凜と千尋だけですからね」


「……千尋も?」


 御子柴先輩が私を見る。


「はい」


「由梨先輩と同じチームでやりました」


 沙耶先輩が少し眉を上げる。


「由梨の中学、全国ベスト8だったよね」


「全国制覇した沙耶に言われるのは複雑だけど」


 由梨先輩が苦笑した。


「でも、全国ベスト8で2年からレギュラーは普通にすごいじゃん」


「だから言ったんだよ。せめてジャンケンにした方がいいって」


「先に理由言ってよ!」


「言おうとしたらキャプテン権限で押し切ったじゃないですか」


「ぐっ……」


 一ノ瀬先輩が静かに追撃した。


「キャプテンのせいですね」


「怜奈、絶対楽しんでるだろ!」


「少し」


「認めた!」


 ネットの向こうで騒いでいる。


「千尋!」


 御子柴先輩が私を指差した。


「はい?」


「今の何!?」


「何って?」


「サーブ!」


「サーブですけど」


「それは見れば分かる!」


「じゃあ何ですか?」


「なんであんなスパイクみたいなの打つんだよ!」


「……?」


 何を聞かれているのか、本当に分からなかった。


「だって」


「うん」


「サーブって、ブロックのないバックアタックじゃないですか?」


「…………」


 また体育館が静かになった。


 御子柴先輩が口を開いたまま止まる。


 一ノ瀬先輩まで私を見る。


 由梨先輩だけが、なんとも言えない顔をしていた。


「……千尋は昔からこういう子です」


「由梨先輩、それどういう意味ですか」


「そのままの意味」


「褒めてます?」


「どうだろう」


「ええ……」


 沙耶先輩がふっと笑った。


「面白いこと言うね、千尋」


「そうですか?」


「うん。ブロックのないバックアタック、か」


「自分でトス上げられるし、ブロックもいないし、邪魔されないので打ちやすいですよ」


「理屈は分かる」


 一ノ瀬先輩が言った。


「怜奈まで!?」


 御子柴先輩が振り返る。


「サーブをそう考える人は初めて見ましたけど、言っていること自体は分からなくもないです」


「分からなくていいんだよ!」


「なんでですか」


「サーブはサーブ!」


「それはそうですけど」


「ほら!」


「ただ、千尋の認識としては――」


「もういい!」


 御子柴先輩が両手を上げた。


「次! 次行こう!」


「もう1本打っていいですか?」


「試合なんだから打つだろ!」


「はい」


「なんで千尋だけずっと普通なんだよ……」


 ボールを受け取る。


 同じようにエンドラインの後ろへ戻った。


 でも、今度はネットの向こうの空気が少し違っていた。


 一ノ瀬先輩がレセプション陣へ短く声をかける。


 由梨先輩が半歩ずれる。


 先輩リベロも立ち位置を変えた。


 沙耶先輩まで、さっきより少し低く構えている。


 ちゃんと警戒されていた。


 たった1本。


 それだけなのに。


 少し嬉しい。


「千尋!」


 前衛の凜が振り返る。


「もう1本!」


「うん」


 ボールを一度、床についた。


 今度は、ネットの向こうの誰も笑っていない。


 審判役の先輩が笛を口にくわえる。


 私はボールを持ち直した。


 そして、2本目を始める笛が鳴った。


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