負傷者
「あの、青い騎士さん…どういうことですか?」
「ですから…伯爵からの連絡が途絶えました。彼が今どこに居るのか…、」
「それもですが、何で…青い騎士さんの腕から血が流れてるんですか…?」
今目の前で起きている事も今彼の口から放たれた言葉も咄嗟に理解できるような頭は持ち合わせていなかった。
見合いの件…というか赤い騎士さんとの件をぼんやりと考えながら一人で遅れて夕食を摂ったすぐ後の事。
食堂を出たところで青い騎士さんと遭遇した。
妙にふらふらしている青い騎士さんに声をかけると、彼は私の肩を掴んで言った。
「伯爵が…居なくなりました、」
と。
なんでも赤松と青い騎士さん、長男様は定期的に連絡を取っていたらしい。
その連絡が途絶えたことを不審に思った青い騎士さんが馬に乗って探し回ったのだが見付からない、と。…青い騎士さんって馬とか乗っちゃうんですね。まぁ騎士といえば馬か。なんて、そんなどうでも良い事を考えていないと平常心を保てない。
赤松め、消えたってどういうことだよ。あぁここに携帯があれば鬼電してやるのに!
「すみませんキキョウ様、俺がもっとしっかりしていれば…」
青い騎士さんはそう言いながら膝から崩れ落ちた。そんな彼を支えようと、彼の腕を掴んだ時に気が付いた。
青い騎士さんの腕から血が出ていることに。
そして冒頭の会話へと戻るわけだが。
「こんなもの、ただの掠り傷です。キキョウ様が気にすることではない。」
「何言ってるんですか気にしますよ!これ、どうしたんですか?」
左腕を持ち上げて見れば、肘から手首にかけて血に染まっている。
肘の少し上の部分に傷口があるらしい。そこだけ服が裂けていた。
どう考えても転んで出来る怪我ではない。
「転んで、」
「んなわけないですよね。」
嘘の言い訳など最後まで言わせてやるものか。
何があったのか、本当のことを教えてもらいたい。
全部全部、私のせいなんだから。
「俺は大丈夫です。だからキキョウ様…」
彼はきっと、私が両手を離したら倒れてしまうんだろう。
左腕は血に染まり、額には汗を滲ませている。苦しいのか、眉間には深い皺が刻まれて、息も上がっている。
これは真相を聞くよりも手当てが先だ。
「とにかく手当てをしましょう。立てますか?」
傷を見たところ然程深い傷ではないし、袖が血に染まっているとはいえ出血量が多いと言う程でもない。
それなのに、膝を付いたままその場から動かない。
「青い騎士さん…?」
震える声でそう呼ぶと、膝を付いた状態のまま私の両手を握り締めて私を見上げる。
「キキョウ様が心配することは何もありません。俺が、キキョウ様を守ります。」
力強い目で言われて、私は少し狼狽した。騎士が目の前で跪いて"あなたを守ります"は反則だ。正直かっこいいと思っちゃった。
「…いや、そうじゃなくて!立てますか?大丈夫ですか?様子がおかしい気がするんですけど腕以外にどこか怪我してるんじゃないですか!?」
頭とかぶつけてませんか!?と捲くし立てると、青い騎士さんは苦笑を零した。
このまま廊下に居たってどうしようもないので、どうにかして青い騎士さんを運ぼうとするのだが、彼は立ち上がるどころか動くことも出来ないらしい。
持ち上げて運べるほどの力は無いし、申し訳ないが引き摺らせてもらうしかない。
「お、重…い!」
「すみません、キキョウ様、」
「いえ私こそすみません、痛いですよね?…私のせいで、こんな…」
「キ…キキョウ様のせいではありません、俺が勝手にやったことです。暫くすれば動けます…」
青い騎士さんは、放置してくれても大丈夫ですよ、と無理やり笑顔を作ってそう言った。
力の無い掠れた声で。
そんな時、騒ぎを聞きつけたのか、ライさんがやってきた。
「トリーナお嬢様?どうしました?」
「ライさん助けて!青い騎士さんが!青い騎士さんが!」
私のその言葉で青い騎士さんの姿に気が付いたらしいライさんは、機敏な動きで青い騎士さんの様子を見る。
「おや…。とにかく部屋へ運びましょう。」
ライさんはそう言って青い騎士さんを負ぶった。それも軽々と。
え、え、青い騎士さんあんなに重かったのに!?
「キキョウ様は…、部屋に戻っていて」
「嫌!」
青い騎士さんの言葉は聞かずに、二人の後ろを付いていくことにした。
「トリーナお嬢様はバケツに水と、布を数枚持って来てください。傷口を拭いますので。」
と、ライさんに言われたので、私は彼の言う通りに動く。
バケツに水を汲み、清潔な布をとりあえず持てるだけ持つ。
そして二人が入って行った青い騎士さんの部屋に入った。
「ライさん、お水と布持ってきました!」
部屋に入り込むと、青い騎士さんは既にベッドに座らされていて、ゆっくりとした動きで汚れた服を脱いでいる途中だった。
「ありがとうございます。わたしは救急箱と薬を取ってきますので、トリーナお嬢様はそれで彼の腕を拭ってあげていてください。」
「はい!」
ライさんの言葉に強く返事をして、勢い良く青い騎士さんのほうを見ると、そこには上半身裸になった青い騎士さんが居る。
そりゃあそうだろう、さっき脱いでるとこ見たし。
しかし…しかし何だあの完成された筋肉は…!!
彫刻か!お前は彫刻か!
ロゼが「きっと脱ぐと凄いわよ」みたいなこと言ってたけど、確かに凄かった。
腕とか腹筋とか、これはガチガチの筋肉ではなくてしなやかなタイプの筋肉だ。触りたい。
「…キキョウ…様…?」
「あっ、あの、拭きますね!」
いけない、筋肉フェチの血が騒いでガン見してた。
「このくらい自分で、」
「さわ…いや、やらせてください。」
いけない、触らせてくださいって言い掛けた。
落ち着こう。自分にそう言い聞かせながら、私は青い騎士さんの腕をとった。
「キキョウ様、申し訳ありません…」
青い騎士さんの腕を拭っている私の手元を見ながら、彼は言う。
「ん?」
「伯爵のこと…。俺が行けば良かったんです。俺があっちに行っていれば、伯爵が行方不明になることはなかった。俺が居なくなっただけで済んだのに。」
「どうして…そんなこと言うの…?」
「俺が居なくなるのと伯爵が居なくなるのとで比べれば、俺が居なくなったほうが」
「やめて!…やめて、ください。私は誰が居なくなっても嫌です。だから、そんなこと言わないで…」
「…しかし、伯爵が心配でしょう…」
「大丈夫。アイツはたまにアホだけど、バカではないから。」
信じてるから、きっと大丈夫。
不覚にも泣きそうになっていたところ、ライさんが救急箱を持って戻ってきた。
「まずは傷口の消毒からですね。沁みますからね。」
と、ライさんはにこやかに言う。
「…ぐっ!!」
うわぁ、超痛そう!
青い騎士さんは苦しげに眉根を寄せて、手元は思いっきり掛け布団を握り締めている。痛いんだ、絶対痛いんだ…。
そんな消毒という名の拷問が終わった後、ライさんは包帯を巻きながら青い騎士さんに問う。
「この傷は、矢によって出来た傷のようですが、何があったのでしょう?」
と。
傷口を見ただけで解るのか。
「…はい。どこからか矢が飛んで来ました。」
近くで争い事が起きていた気配もなく、流れ弾が当ったわけではなさそうだとのこと。
ということは、確実に青い騎士さんが狙われたというわけだ。
赤い騎士さんが見合い相手の件を他言すれば誰かが痛い目に遭うかもしれないと言っていたが、これは赤い騎士さんが関係しているのだろうか?いや、でもまだ赤い騎士さんが見合い相手だなんて誰にも言ってない。というか言う間もなくこの状況だ。
「なるほど。誰が放ったかは解らないのですね?」
というライさんの言葉に、青い騎士さんは静かに頷いた。
「犯人を追う余裕もありませんでした。」
「そうですか。ではこれを飲んでください。薬ですよ。」
ライさんは青い騎士さんに小瓶を差し出した。
痛み止めか何かだろうか?なんて思いながら、小瓶の中の液体を飲む青い騎士さんを見ていると、彼はそのままベッドへと倒れこんでしまう。
「え!?ちょ、ちょっと青い騎士さん!?」
ぺちぺちと頬を叩いてみても、何の反応も無い。くるりとライさんのほうを振り返れば、うんうんと頷いているライさんと目が合った。
「それ、解毒剤なんですよ。よく効く睡眠薬よりも眠くなるのが難点の。」
難点が猛烈過ぎんだろ。思いっきり倒れたぞ。
「…大丈夫なんですか?これ…」
「ええ。10時間程眠ればすぐに毒は抜けます。処置が遅かったので強い解毒剤を使うしかなかったのです。」
「毒…」
私は倒れた青い騎士さんに布団を掛けながら呟く。
「毒というか、麻痺薬です。矢に塗られていたのでしょう。」
「矢に麻痺薬…」
なんと物騒な!矢が飛んでくるだけでも物騒なのに薬が塗られているとは。
「良くあることですよ。この程度なら、犯人は彼を足止めしたかったのでしょう。」
矢を放った犯人は青い騎士さんを足止めしたかったらしい。
少量とはいえ全身が麻痺してしまうため馬に乗り続けていれば落馬の危険性があるそうだ。馬に乗れないとなると長距離の移動も素早い移動も困難になる。
処置が遅れたのは、撃たれた場所からここまで戻ってくるのに時間を要したからだろう、とライさんは言った。
「しかし一つだけ不自然ですね…」
「不自然?」
ううん、と首を傾げるライさんを見て、私も同じように首を傾げる。
「彼は何故止血よりも先にこんなところに布を巻いたのか…」
ライさんが指で示したのは、青い騎士さんの左手首。
そこにライさんがほんの少しだけ触れると、眠っているはずの青い騎士さんがその手を払いのけた。
ライさんはそれを見て目を丸くしているが、私はそこに何があるか知っている。
「…あの布の下には私があげたブレスレットがあるはずです。」
「なるほど、それを血で汚したくなかったのですね。」
実に微笑ましい、と言ったライさんは暫くクスクスと笑っていた。
「ねぇライさん…青い騎士さん、死なない…?」
私は小さな小さな声で問う。
「大丈夫ですよ。」
ライさんは力強く頷いて答えてくれた。
「…怖かった。」
「よく頑張りましたね。」
ライさんはそう言って私の頭を撫でてくれるけど、私は何一つ頑張ってなんかいない。
青い騎士さんだって赤松だって、私のせいでこんな目に遭ったというのに。
もう、こんな怖い思いはしたくない。
「わたしは部屋に戻ります。何かあれば遠慮なく声を掛けてくださいね、トリーナお嬢様。」
「はい、ありがとうございました。」
私はぺこりとお辞儀をして、ベッドサイドにあった椅子にそっと座った。
ただいま




