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紺青ラプソディー  作者: 蔵崎とら


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見合い相手の正体

 

 

 

 

 

 人は混乱し過ぎると笑い出すものなのかな、なんて思ったりして。


『ふ…ふふ、読み辛い字だなぁおい。』


 無意識に日本語で呟きながら、赤松からの手紙に書かれていた文字を指でなぞる。

 なんだか刺々しくて癖の強い字で、しかも走り書きなものだから酷く読み辛い。

 よく見たら公という字をぐちゃぐちゃと消した痕跡があった。

 これは多分、公爵と書きたかったのだろう。しかし公まで書いたところで爵という字が解らない事に気が付いたと見た。

 アイツ、中学生の頃すごい不良少年だったし、まともに授業受けてる姿なんて見たこと無かったもんな。

 授業中はいっつもいっつも机に突っ伏して眠り、休み時間とお昼ご飯の時だけ起きてA達とちょこちょこ喋ってた。

 だから漢字はもうそんなに覚えていないのだろう。…というか日本に居た頃からこの程度の漢字力だったのかもしれない。


「トリーナちゃん?それ、何が書いてあるんだ?」


「…まずは私の質問に答えてくださいよ。女好きって遺伝するんですか?」


 私は笑みを消して赤い騎士さんの瞳を見据える。


「女好き…が、遺伝…?」


「赤い騎士さんって女の子好きでしょ?そしてそのお父様も女好きときたら、やっぱり遺伝なんでしょうか?」


 赤松からの手紙に書いてあった走り書きの一文は、


『おまえの見合い相手その家の赤いほうの騎氏や』


 句読点は無いし字も間違えている。騎氏って何だ。それから騎士の騎の字はそれっぽい形ではあるが誤魔化されている。潰したらバレないとでも思ったのか、なんかぐちゃぐちゃしている。バレバレだし。おっちょこちょいか。


「…お父様、ね。なんだ、もう気付いたんだ。」


 赤い騎士さんはそう呟いて、あはは、と笑い出した。可笑しいとこなど一つも無いのだが。

 しかし否定せずに笑い出したということは、肯定ということで間違いないんだろう。

 必死で記憶を辿ってみれば、ここに来た当初、ロゼが赤い騎士さんはどこかの貴族の三男らしいという話をしていた気がする。すっかり記憶から抜け落ちていたが。


「あの、赤い騎士さん…」


「ん?そうだな。この女好きは遺伝かもね。」


 赤い騎士さんは飄々とした様子で事も無げに言ってのける。この人が何を考えているのか、その表情からは全く読み取る事なんて出来ない。


「お見合いの事、前から知ってたんですね。」


 消え入りそうな声でそう言うと、赤い騎士さんの顔から表情が消えた。多分、私も彼と同じような顔をしているだろう。


「そうだな、誰よりも先に知ってた。」


「お願いです、このお見合いの話を取り下げてください。」


 深く深く頭を下げて言う。しかし、赤い騎士さんから返ってきた反応は苦笑い。


「親が強制的に決める事だって、そのくらい調べただろ?俺に頭下げられたって。」


「じゃあ、じゃあ赤い騎士さんのお父様に、」


「今会えば見合いの話が進むだけだろ。」


 …八方塞か。

 私は溜め息を押し殺す事も飲み込むことも出来なかった。

 

「ねえ、赤い騎士さんは…どうなんですか?強制的に結婚相手が決まるなんて…」


 ぽつりと零すように問い掛けると、彼は腕組みをして顔を逸らした。


「貴族だからな、皆そんなもんさ。全く見ず知らずの奴と結婚するなんてざらだし、なんなら産まれる前から相手が決まってる奴も居る。」


「…どうして…私なんですか…」


 貴族同士の結婚に政略結婚が多いのは知っている。赤松にも聞いていたし、そもそもアイツもその内政略結婚するみたいなこと言ってたし。

 しかし何故私なんだ。孤児院出身で、孤児院に入る前はどこに居たかも解らないような、この世界で一番足場の脆い存在である私と、高位貴族である公爵家の人間とが何故強制的に結婚させられなければならないのか。

 もしかして、今目の前に居る彼や公爵は私を玩具か何かと思っているのだろうか?

 今まで見たことも無かった孤児がちょっと目立ってたから興味が湧いた。物珍しいから近くで見てみようと思った、きっとそんなもんだろう。

 玩具であり見世物。それらは飽きたら簡単に捨てられる。


「…赤い騎士さんは何がしたいんですか?私で遊んで、そんなに楽しいですか?」


 ここまで来たら、もう諦めるしかないんだろう。

 今までは見合い相手も私との結婚を嫌がってるかもしれないと思っていたが、目の前に居る男が見合い相手で、しかもどう見ても嫌がっていない。

 お手上げじゃないか。…でも、このまま結婚するなんて嫌だ。

 私の為に無茶をしたであろう赤松達、動くと言ってくれた長男様の為にももうちょっと足掻きたい。


「別に遊んでるつもりではないけど。」


「高位貴族の人達は私みたいな最底辺の人間って物珍しいんですよね。玩具にして遊んだら楽しいんでしょう?」


 彼の瞳をジッと見据えてそう言った。


「トリーナちゃん、」


「人形の腕をへし折る時の気持ち?それとも蟻の行列を潰してまわってる感じですかね?」


 赤い騎士さんの表情に動揺が走った。


「人の話を聞け!」


 不意に怒鳴られる。ついさっきまでの無表情はもう作れないらしい。


「…なんですか?」


 私はもう一度無表情を作り、さっきよりも強く彼の瞳を見詰める。


「俺は…お前にそんな顔させたいわけじゃないんだよ。」


 眉間にぐっと皺を寄せ、苦虫を噛み潰したような顔になる。


「…あぁ、そういえばずっと前に私の泣き顔が見たいとかそんな事言ってましたっけ。泣けば良いんですか?」


 と言ってもどうだろう?泣けるかなぁ?孤児院を出る時のことを思い出せば泣ける?女は女優!ってことで試してみても構わない。


「確かにそんな事言った気がするけど、そうじゃない…あー…」


 なんだ、そうじゃないのか。女優顔負けの演技をお見せできなくてとても残念だ。


「お見合いの件を白紙に戻す方法を教えてください。ありますよね?」


 いくら強制的なものだといえど抜け道の一つや二つあるだろう。っていうかあってくれ。


「無い事も無いが…それだと何にも、」


 赤い騎士さんはなにやらごにょごにょと呟いている。

 そんな彼に痺れを切らした私は声を荒げて詰め寄った。


「もういい加減にしてくださいよ!言いたいことがあるならはっきり言ってください!」


 私は貴族達の玩具なんかじゃないんだから。


「ねぇ、俺と結婚するのはそんなに嫌?」


 不意に真面目な声で問われた。


「は?…そうですね、嫌です。」


 包み隠す事無く言えば、赤い騎士さんは苦笑を漏らす。


「俺の事、そんなに嫌いなの?」


「嫌いっていうか、ただの仕事仲間としか思ってません。」


 要するに、好きでもないし嫌いでもない。


「俺はトリーナちゃんのこと好きだし結婚してくれれば幸せに出来るよ。」


 赤い騎士さんは私の手を取ってそう言った。よくもまぁそんなに臭い台詞を吐けたものだ。私の事散々苦手だって言ってたくせに。


「嘘はもうおなか一杯ですよ、赤い騎士さん。」


 赤い騎士さんの手を振り払いながらそう言えば、彼はクスクスと笑う。


「好きだっていうのは…まぁ、嘘だと思ってても良いけど、幸せに出来るのは嘘じゃない。」


 貴族との結婚を幸せだと思えない私が彼と結婚して幸せになれるのだろうか?なれない気がする。


「幸せになれる気がしません。」


 そんな言葉をぽつりと零すと、赤い騎士さんがふと目を細めた。


「それは、他に好きな奴が居るから?」


 何を言い出すんだこの人は。好きな奴、なんて。


「居ま…せん、けど。」


「俺も嘘はもう腹一杯なんだ。なぁトリーナちゃん、ファルケのこと好きなんだろ?」


 ニタリと笑う赤い騎士さんの瞳を見て、私は少なからず動揺した。ファルケって、青い騎士さんのことだったっけ?


「…は?え、」


「それともフレーテの方が、」


「あ、次男様はお兄ちゃんです。」


「おう、そこは即答なんだな。」


 当然だ。フレーテお兄様はフレーテお兄様なんだから。


「ただ、次男様の側はとても居心地が良いと思ってます。」


 その気持ちは、確実に恋ではないけれど。


「出来る事ならずっと一緒に居たい…」


 そんな私の呟きに、赤い騎士さんは呆れたような顔をしていた。


「そんなこと、」


「不可能だってことはちゃんと解ってますよ。ただ…ここは私がやっと見付けた私の居場所なので、もう少しこのまま…って、思っちゃうんですよね。」


 優しい雇い主である子爵家の人達と、素敵な仕事仲間たちと、ここで出来た友人達と、こんな恵まれた場所をそう簡単に手放したくないと思うのは何かいけないことなのだろうか?


「…俺の隣は居心地悪い?」


「はい。」


「おう、それも即答なんだな。」


 だって、良いか悪いかで言えば悪いとしか言えない。


「素の赤い騎士さんって見たことないですし。いつもなんか隠してそうだし居心地は悪いですよ。逆に次男様なんて素以外見たこと無いですからね。」


 あの人隠し事とか出来ないタイプだからな。


「じゃあ、ファルケの隣は?」


「…え?あー…えっと、」


 青い騎士さんの隣は居心地が良いとか悪いとかじゃなく心臓に悪い…?


「やっぱファルケのこと好きなんだろ?何?好きだって認めたらお前死ぬの?」


「す、死…いや、」


 私が返す言葉を模索していると、赤い騎士さんは大きな溜め息を一つ零した。


「まぁ良いや。そうだトリーナちゃん、俺が君の見合い相手だってこと、誰にも言わないでくれる?」


 何を言っているんだこの人は。心配してくれている次男様達には言うべきだろう…


「何でですか?」


「言われたくないから。」


 ふと赤い騎士さんの眼光が鋭くなった。冗談を言っているときの彼とは全くの別人みたいだった。


「どういう…」


「良いから大人しく言う事聞けよ。聞かなければ、そうだな…トリーナちゃんの周りに居る奴が痛い目見るかもな。」


 あからさまな脅しじゃないか。


「脅しですか?性質の悪い…」


「そう脅し。安心してよ、トリーナちゃんには何もしない。トリーナちゃんには、ね。」


 私には、の部分を妙に強調する。

 そんな事を言われたら、私は彼の言う事を聞くしかない。


「…最低ですね。」


「何とでも言えば良い。じゃあ俺は行くから。」


 赤い騎士さんはひらひらと手を振って、その場から軽やかに去って行った。


 幸せに出来るとか言った側から脅してくるんだから、ホントに何考えてんだあの人。多重人格を疑いたくなるレベルだ。理解に苦しむ。



 そしてその日の夜、赤松が消息を絶ったという知らせが届いた。





 

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