壁ドン
赤い騎士さんに連れ回されてから三日が経ったのだが、相変わらず赤松からの連絡は無い。
見合いの件がどうなっているのかはわからないが、今のところ私の周囲は穏やかなものだった。とはいえ、未だに軟禁状態ではある。
外に出ようとすれば青い騎士さんに睨まれるわ次男様に無言の圧力を掛けられるわ長男様に小言を言われるわ…。
そんなわけで最近はもう外に出ようと言う気すら湧かなくなっていた。精神的にやられている気がしないでもない。
例のガラス片が入っていた嫌がらせの手紙については誰にも言わなかった。
ただでさえ見合いの件で迷惑をかけているというのに、これ以上問題を増やすわけにもいかないから。
あの手紙について知っている赤い騎士さんが誰かに喋ってしまえば仕方無いと思っていたが、彼も今のところ誰にも喋っていないようだった。
あれから暫く考えてみたが、手紙の送り主は思い当たらなかった。
いや、思い当たらないと言えば嘘になるか。
私に恨みのある貴族といえば、奴等が居る。
我等がトーン子爵家の皆様の悪口を言って煌びやか令嬢にとんでもない目に遭わされた貴族だ。
あの時の貴族達の中の誰かが逆恨みで嫌がらせをしてきている可能性もあると言えばある。
しかし、それならもっと早い段階でやってきそうなものでもある。
何故このタイミングだったのかが解らない。
となると、奴等の仕業だと決め付けるには決定打が足りないわけだ。
他に可能性がありそうな人物として思い浮かんだのは、私と見合いさせられそうになっている公爵家の男だった。候補としては彼が最有力であろう。
私なんかと結婚したくないから、どうにか無かった事にしようとガラス片入りの手紙で脅してみた、とか。
…それにしてはちっちゃいんだよな、やることが。
公爵家ともあろうものがガラス片入りの手紙を送りつけるなんて。どうせなら深夜に窓から豪快に入り込んできて私を暗殺するくらいのことをしてほしいものだ。殺されたくはないけども。
殺し屋くらい雇えるだろう。公爵家の人間なんだから。そもそもこの世界に殺し屋が居るのかどうかなんて知らないけど。
とにかく、どちらにせよこっちも決定打に欠ける。
封筒に何かヒントになりそうなものが、と考えたが、そういえばあの手紙は赤い騎士さんが処分したんだった。
もう少し調べて、自分で処分するんだったと思っても後の祭り。今更どうしようもない。
私の今日の仕事はお屋敷四階の掃除だった。
光りが入りにくく薄暗い階段の踊り場で、せっせと拭き掃除をしていると、カツカツという誰かの足音が聞こえてきた。誰かがこちらへ向かってきているらしい。
お屋敷四階は滅多に人の来ない場所だし珍しいな、なんて思いながら、私は目を凝らしてその人物の姿を見る。
「トリーナちゃん。」
この声は赤い騎士さんのものだ。
「赤い騎士さん?どうかしました?」
周囲に赤い騎士さん以外の人の気配は無いので一人で来たのだろう。
丁度ガラス片入りの手紙について考えていたところだし少し相談してみよう、そう思った私は赤い騎士さんが近付いてくるのを待った。
「ちょっとトリーナちゃんに用があってね。」
いつものようにへらへらした笑顔を想定していたのだが、目の前にやってきた赤い騎士さんの表情はそれとは逆の表情だった。
赤松の眉間渓谷ほどではないものの眉間に軽く皺を寄せて、どことなく真剣そうな顔をしている。
「私に用…ですか?私も赤い騎士さんに少し相談があったんですが…」
私がそう言うと、赤い騎士さんの眉間にあった皺が消えた。そしてきょとんと目を丸くして首を傾げている。
「俺に相談?何?珍しい。」
一旦食堂にでも移動して座って話すことを考えたのだが、ガラス片入りの手紙についてを誰かに聞かれることは避けたかったので私はその場から動かなかった。
赤い騎士さんの方もどこかに座って、なんて雰囲気じゃないようだったので、必然的に薄暗い踊り場で立ったままこそこそと話すことになった。
「まぁ私の相談は…大したことではないんですが。で、私に用って何ですか?」
お先にどうぞ、と喋りだす権利を譲ったのだが赤い騎士さんは、
「トリーナちゃんの相談から聞くよ。珍しいし。」
そう言った。珍しいを強調し過ぎである。まぁ確かに珍しいけど。赤い騎士さんに相談なんてしないし。
とにかく、譲り合っていては話が進まないので、私はお言葉に甘えて先に相談することにした。
「あー…あの、ガラス片入りの手紙の件なんですけど。」
少しだけ声を潜めて言うと、赤い騎士さんが慌てたように私の顔を覗き込んできた。
「どうした?何かまた変なモンでも届いた?」
赤い騎士さんのリアクションが思いのほか大きかったので、私は仰け反るようにして赤い騎士さんから離れ、ぶんぶんと首を横に振って見せる。
「そうじゃないんです、犯人は誰だったのかなって思って。封筒に何かヒントでもあれば…って。あれ、もう捨てちゃいましたか?」
私が首を傾げれば、赤い騎士さんは顎に手を添えて眉間に皺を寄せた。何かを考えている様子だ。
「あんなもん…捨てたけど。ヒントなぁ…」
赤い騎士さんはううんと呻りながら首を捻る。
「私を良く思ってない貴族と言えばこの前行った夜会で悪口言ってた人達か、私と見…あ、いや、あー…私の講習に来てくれてるご令嬢方は…良い子ばかりだし…」
私と見合いさせられそうになってる男と口走りそうになったが、私は赤い騎士さんに見合いの件を話していないんだったと思い慌てて取り繕った。
「アレ以来何も無いんだったら、犯人探しなんてしなくても大丈夫なんじゃないか?」
赤い騎士さんは私の手首を掴みながらそう言った。何故か、少し力強い口調で。
「え?あぁ、まぁそうなんですけど…あの、赤い騎士さん?」
「この屋敷には二人も騎士が居るんだし、トリーナちゃん最近一歩も外に出てないだろう?」
そりゃあまぁ軟禁されてますからね!と心の中で苦笑していると、赤い騎士さんがじりじりと距離を詰め始めた。
元々声を潜めて喋っていたこともあり、二人の間には然程距離なんて無かったのに。
これ以上近付かれたら身体が触れてしまう。私は一歩、また一歩と後退する。
しかしここは階段の踊り場で、それほど広い場所ではない。
五歩もしない内に背中と壁がぶつかってしまった。
「あの、赤い騎士さん?」
これ以上下がれませんけど?なんて思っていると、さっき掴まれた手首を壁に押し付けられた。
…これは所謂壁ドン状態ではないのか?どうしてこうなった?
「そういえばトリーナちゃんさ、見合い申し込まれたんだってね。」
私の両手を壁に縫いつけ、超至近距離で言われた。
知ってたのか。まぁ私が言わなくても何処かから漏れるだろうとは思っていたけど。
むしろ今まで知らなかったのが不思議なくらいだ。
「…はい。それが原因で軟禁状態なんですよね。だから、最近一歩も外に出てないんです。」
正直に白状した。そうすればきっと赤い騎士さんも離れてくれるだろうなんて思って。
「公爵家の男だそうだな。」
しかし私の予想は当らず、赤い騎士さんは至近距離のまま話し始める。
「そうらしいです。」
赤い騎士さんもなんだかんだで美形だし、至近距離に耐えられなくなった私は顔を真横に逸らして答える。
「嬉しい?」
「ひっ」
耳にダイレクトに吹き込まれた。
背筋がゾッとして、全身に鳥肌が立つ。
顔を真横に逸らせば耳を晒すことになることくらい解るだろう自分。何をやっているんだ。
「嬉しくないです、全然。」
ぶんぶんと首を振りながら全否定し、少しでも彼の顔面から離れようと試みる。
顔を逸らせば耳を晒すし、顔を傾ければ赤い騎士さんも同じように傾いてくるし、座り込もうとすればやっぱり赤い騎士さんもついてくるし。
「あの、何なんですかこれ。別にそんなに近付かなくても聞こえますし離してください…!」
そう訴えてみても、赤い騎士さんはニヤリと笑うだけで離してくれなかった。八方塞だ。
「公爵家に嫁げるのに何で嬉しくないの?普通は喜ぶだろう。」
普通はね、普通は。
「私は…顔も見たこと無い人と結婚するのは嫌で…」
なんとなく尻すぼみになりながら答える。
「ふーん。でも公爵家だろ?貴族の仲間入りが出来るんだからそのくらい我慢すれば良いとは思わない?」
「思いません。そもそも貴族の仲間入りしたいんだったらあの伯爵の提案に乗った…、」
「あの伯爵の提案?」
混乱して口が滑った。しまったとは思ったが、一度口から滑り落ちてしまった言葉はどうやったって飲み込めない。
「…私、あの伯爵に嫁に来いみたいな事を言われた事がありまして。」
「…断ったの?」
「はい。もちろん。」
赤い騎士さんが物凄く怪訝そうな顔をしていたので、私は力強く頷いた。
「何で?元孤児が貴族の仲間入り出来る機会なんて殆どないのに?」
赤い騎士さんは貴族至上主義か何かなのだろうか?
「貴族にそれほど魅力を感じていないと言いますか…元孤児の庶民も慣れれば気楽なものですよ?」
そう答えれば、赤い騎士さんは信じられないものでも見たような顔で固まった。失礼な奴だな。
「変わってる子だとは思ってたけど、これほどまでとは…」
…だから失礼な奴だな。
「どうでも良いので離れて、」
「でもさ、伯爵の話は断ったとしても今度は公爵家だろ?公爵夫人になれる可能性だってあるのに。」
「…そんな気ありませんよ。そもそも公爵家の人って言っても長男じゃないらしいですし。」
何故離れてくれないのか、とあからさまな溜め息を吐きながら答える。
「長男だけが跡継ぎってわけでもないだろ。」
知らんがな!
「まぁそうですね。どちらにせよ私は特に興味無いので。」
私のその言葉を聞いた赤い騎士さんは、ふと口を閉じた。
しかし手を離すことはなく、ただただ私の方を見詰めるだけ。
そんなに見られると穴が開きそうなのでやめていただきたい。
「あー…それでか。それで伯爵は…」
と、なにやら納得したとでも言いたげにうんうんと頷きながらぶつぶつと呟いている。
「伯爵がなんですか?」
「いや、トリーナちゃんみたいに金にも地位にも執着の無い子なんて貴族から見たら心底珍しいからな。だから伯爵はトリーナちゃんに求婚したんだなぁと思って。」
欲しがるわけだ、と勝手に納得しているようですが、それは違うよ赤い騎士さん。
アイツは政略結婚から逃れたくて私で手を打とうとしただけだよ。
「そんなに珍しいですかね。となると貴族の男性には金や地位に執着する女性が集まってくるものなんですか?」
赤松だって既に爵位を継いでいるし実は金持ちらしいし、案外女の子がいっぱい寄ってきていたり…
「人によるけどな。あの伯爵は…顔が怖いっつって敬遠されがちらしいけど…」
「悲しくなるのでその話はやめましょうか。」
要するに赤松は顔以外優良物件ってことなんだな。可哀想に。
「で、そんな伯爵からトリーナちゃんに手紙が来てるんだけど、中身は求婚関連の話かな?」
「は!?」
やっと拘束されていた手が離れたと思ったら、とんでもない事を言いやがった。
赤松から手紙が来てるなんて、何故もっと早く言ってくれないのか!
「トリーナちゃん、この前のガラス片入りの手紙の時から誰かからの手紙待ってたみたいだけど、これ待ってたんだ。」
急いで奪おうとしたのだが、赤い騎士さんが高く高く持ち上げてしまったので失敗した。
この人なんで毎回こういう悪戯したがるんだろう。
「まぁ、待ってましたよ。けど求婚はもう関係ありませんすっぱり断りましたし。っていうか早くくださいよ!」
身長差があるので高く持ち上げられたらどう足掻いても届かないのだ。
ここは暴力を振るってでも…いや、力ずくでも奪い返さねばなるまい。
「じゃあ何でそんなに必死で奪おうとしてるの?面白そうだな。」
ぶんぶんと両手を振り回しながら手紙を奪おうとする私を見てニヤリと笑った赤い騎士さんは、私が届かないところで勝手に封筒を開いた。
見られちゃマズい内容だったらどうしようと内心冷や汗たらたらだったのだが、赤い騎士さんはそんな私をよそに盛大に首を傾げた。
「…なんだこれ。何かの暗号か?」
手紙を持っていた手をグイグイと引っ張ると、やっと私にも見える場所に下りてきた。
そして、そこにはとても癖の強い刺々しい文字が並んでいた。
それはこの世界の文字ではなく日本語で、急いで書いたのか見事な走り書きだ。
「トリーナちゃん、これ読めるの?」
私は意味不明な文字の羅列に首を傾げたままだった赤い騎士さんの顔を覗き込む。
「あの、赤い騎士さん、つかぬ事をお聞きしますが…女好きって、遺伝するものなんですか…?」
お久しぶりの更新ですお待たせしました(土下座)




