第2話:秘仏の開扉
岡倉天心を「売国奴」と弾劾した3人の主犯格
【主犯格①】西洋画の権威・黒田清輝
【一次資料のファクト】 フランス留学から帰国し、お上品な西洋の油絵の法律(外光派)を日本へ直訳して持ち込んだ、当時の西洋画壇の絶対君主です 。
天心が「西洋の写実主義(文字の法律)などただの張り子の玩具だ! 密教の曼荼羅や光琳の線のうねり(生の音)こそが世界の最先端だ!」と叫んで東京美術学校の主導権を握っていたため、自らの西洋直訳利権を脅かされた黒田は、天心を激しく憎悪しました 。彼は文部省の官僚どもや新聞社を裏で完璧にハッキングし、天心排斥運動の巨大な泥の波を作り出しました 。
【主犯格②】天心の直属の部下(裏切り者)・福地復一
【一次資料のファクト】 東京美術学校の書記(事務方)であり、天心の右腕として金貨(予算)の管理を任されていた男です。
この男が、西洋画派(黒田清輝ら)に寝返り、天心がフェノロサと共にボストン美術館へ国宝をカプセル化(封印)する際にかかった実費の帳簿を盗み出し「岡倉覚三は公金を私物化し、海外の金持ちへ国の美を二束三文で売り払った『売国奴』である」という弾劾怪文書(一次資料)を執筆・流出させた本物の内部告発者(裏切り者)です。
【主犯格③】九鬼隆一という「お上の文字の化身」
【一次資料のファクト】 天心の最大のパトロンであり、文部省の美術行政のトップ(帝国博物館総長)であった男です。
しかし、天心が九鬼の妻である九鬼波 hatsu(初子)と、言葉の法律(婚姻届)を完全に超越した「剥き出しのエロティシズム(不倫の情念)」で深く結びついてしまった瞬間 、九鬼は激怒し、お上の権力(文字の法律)をフルに使って天心を美術界から完全にスクリーニング(追放)する側に回りました 。福地がバラ撒いた不倫の怪文書を九鬼が「事実」として承認したことで、天心の失脚は完全に決定づけられたのです。
第2話:秘仏の開扉
一八八四年、晩秋。
大和盆地の最奥に佇む法隆寺・夢殿の堂内は、一千年の時間が澱のように堆積した、暗黒と静寂の迷宮であった。
お上の用意した「文明開化」という安っぽい張り子の文字(年表)に浮かれる東京のインテリどもを遥かに置き去りにし、 夢殿の中央には、何百メートルもの白い木綿の布でグルグル巻きに縛り上げられ、ミイラのように光を奪われた巨大な影が君臨していた。聖徳太子の等身仏と伝わる秘仏、救世観音である 。
「開けてはならん! 布を解けば忽ち天罰が下り、恐るべき大地震が起きてこの世は完璧に全滅する!」
夢殿の重い扉の前に立ちはだかり、顔を真っ青にして絶叫していたのは、法隆寺の僧侶どもと、お上の文部省から派遣された無知なるインテリ役人どもだった。彼らは、古い文字の法律(禁忌)を盲信し、真実を「知らないこと」の中に隠して、自ら学ぶ権利を放棄したオカルトの霧の中に溺れていたのだ。
だが、その腰抜けどもの前に、冷徹なニヒリズムの霧を纏った一人の男が踏み込んだ。
アーネスト・フェノロサ。アメリカの国籍(戸籍の文字)やキリスト教の一世限りの審判という死んだマニュアルを心の底からあざ笑い、のちに比叡山で仏教徒「諦玄」の法名を奪い返すことになる異端のハッカー 。
フェノロサは、相変わらず日本語の言葉を一行だって「話せなかったし、読めなかった」
だが、だからこそ、僧侶どもの絶叫という「文字のノイズ」を完全に無視し、その淡い色の瞳を、一千年の白い布の奥に眠る東洋の線の美の深淵へと、ダイレクトに射抜いていた。
彼の脳髄には、故郷セーラムで十一歳の少女アビゲイル・ウィリアムズの残忍な嘘(オカルトの記号)に踊らされ、隣人を魔女として虐殺していったあの全滅の狂気の構図が、完璧にシンクロしていた。
「――お前たちのやっていることは、あのアビゲイルの嘘に踊らされたセーラムの狂信者どもと、完璧に同じだ。文字の迷信で、これほど至高の叡智を封印し、全滅の恐怖に怯えるなど、反吐が出るほど滑稽じゃないか」
フェノロサがニヒルに吐き捨て、白い木綿の布へ向かって物理的な手を伸ばした瞬間、僧侶どもが「天罰が下る!」と悲鳴を上げて一斉に堂外へ逃げ出した。
「教授、お上のルール(禁忌)を直訳するしか脳のない馬鹿どもは、放っておきましょう。これより、この一千年の暗号を、我々の脳内インターフェースで完璧に逆ハッキング(開扉)します」
フェノロサの真横で、不敵な笑みを浮かべたのは、二十代前半の若き天才、岡倉天心であった。
彼は、父親が付けた「覚三」というお上の戸籍の文字(家父長制のルール)を完全に脱ぎ捨て、老子の宇宙のインターフェースから「天心(天の中心、作為なき自然)」というエイリアスを戦闘服として毟り取ったばかりだった。
横浜のバラ塾で西洋の怪物たちから生の英語の音を産湯に育った天心は 、漢学の文字を両手に持ったハイブリッド知性を走らせ、フェノロサと共に、一千年の間、仏の肉体を締め付けていた白い布の端を毟り取り、狂ったように解き始めた。
何重もの白い布が床へと崩れ落ちるたび、堂内には、一千年分の乾いた埃と、暗黒の情念の匂いがどろりと立ち込める。
そして、最後の一枚の白い布が引き剥がされ、一千年の暗号が世界へハッキング(解放)された瞬間―― 、
二人の天才の脳髄は、完璧に、息の止まるようなカタルシス(感情の浄化)によって射抜かれた。
そこに出現したのは、地震の悪魔などではなかった。
金箔の背景のなかに、カラスの濡れ羽色の墨の線のごとき完璧なうねりを持って屹立する、救世観音の、あの息をのむほどに冷徹で、最高に性格の悪い(知性的な)、アルカイック・スマイル(不敵な笑み)であった。
それは、西洋のエルギン・マーブルが目に見える形態の固定を誇るのを横目に、人間の無意識の奈落、生と死の業のすべてを内側から見透かしてコントロールしている、文字なき線の美(生の音)の完全なる勝利であった 。
「―Look, Tenshin. There is something inside this light.(見ろ、天心。この光の中にはね、ディケンズの文法規則やキリスト教の法律じゃ逆立ちしても説明できねえ、本物の生命の気配が生きているじゃないか)」
日本語の喋れぬフェノロサが、天心のエイリアスに向かって、その淡い瞳を細めてアリア(生の音)を響かせる。
天心は、漆黒の瞳にその黄金の光を映しながら、笑ってみせた。
「ええ、フェノロサ。お上の作った死んだ文字(迷信)の裏をかいて、この至高の叡智を全滅から救済(カプセル化)してやったのは、我々だ。ボストンの金庫へ送られる尾形光琳の『燕子花図屏風』の青も 、葛飾北斎の『神奈川沖浪裏』の巨大な大波も
、 すべてはこの救世観音の線のうねり(輪廻転生)のなかから、世界を凌駕するために放たれるのさ」
窓の外、法隆寺の夜空には、西洋の退屈な論理も、すべて飲み込もうとする、巨大な『東洋の黒い雲』が静かに、しかし圧倒的な美しさで渦巻いていた 。
永遠に消えない、日本美術の美の輪廻の円環として刻み残されるのであった。




