↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの時、あなたを崖から突き落としたのは私です  作者: 九葉(くずは)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/15

第12話

 翌日の正午、大広間には兵と領民の代表が集まっていた。


 軍医から短時間ならと許可をもらい、私は壇の脇の椅子に座っていた。左肩にはショールを掛けている。

 群青色のドレスは、傷へ触れないよう仕立て直してある。華やかな装いに、まだ自分の身体が馴染まない。

 隣に立つヴォルフラムが、少しかがんだ。


「痛まないか」

「今のところは」

「無理なら言え」


 私は頷き、彼の袖から手を離した。


 中央には軍法官たちの席が置かれていた。

 その前へ引き出された父とシセルは、一週間前とは別人のようだった。

 髪は乱れ、手首には縄がある。

 けれど、私を見つけた父の顔には、まだ見慣れた怒りが浮かんだ。


「なぜお前が、そんな所に!」


 反射的に背が縮んだ。

 父が一歩近づこうとすると、兵の腕に止められた。

 私の隣で、ヴォルフラムは動かなかった。ただ、椅子の背に手を置いていた。


「被告は席につけ」


 軍法官の命令で、父は私から引き離された。


 セルジュが罪状を読み上げた。

 父については、十年前のヴォルフラム暗殺未遂と、それによる爵位の不正な取得。領民から徴収した金の横領。そして私への監禁と虐待。

 シセルについては、私への継続的な虐待に加え、成人後、父と共に不当な取り立てを命じて私腹を肥やしたこと。


「私は、お父様に言われただけです!」


 シセルが叫んだ。

 セルジュは、封印のある書状を一通出した。


「こちらは三年前、貴女の名で出された差し押さえ命令です。伯爵は当時、王都に滞在していました」


 傍聴席の端で、痩せた女が立ち上がった。

 私はその顔を知っていた。かつて厨房へ卵を売りに来ていた人だ。


「払えないなら家を空けろと、嬢様に言われました。冬でした。寝たきりの母だけでも、春まで置いてほしいと頼んだのに」


 シセルは女を見なかった。


「そんなこと、覚えていないわ!」

「私は覚えています」


 女の声は大きくなかった。

 それでも、広間の奥まで聞こえた。


 父の金庫から出た帳簿には、取り立てた金と宝飾店への支払いが並んでいた。

 十年前の私兵への臨時報酬も残っていた。名目を変えてあっても、受領した兵の署名がある。

 弓隊にいた男が、証人席から父を指した。


「若様が生きて戻れば我々も終わりだ、必ず仕留めろと。ロダンを通じて、そう命じられました」

「嘘だ! 金を掴まされている!」


 父が怒鳴った。

 軍法官が、父自身の署名のある命令書を示す。

 途端に、父は口を閉じた。


 私への虐待については、厨房と洗濯場の使用人が証言した。

 聞いているうち、膝の上の手が強張った。

 自分では忘れていたことまで、彼らは覚えていた。


 ヴォルフラムが証人席に立つ。

 私に突き落とされたことも、戻ってから私を脅したことも、隠さずに話した。

 その後で、私の証言と証拠が示す十年前の逃走経路を確かめた。


「イネスが背中を押さなければ、俺は弓隊の前に立ったままだった。彼女を暗殺の協力者とした俺の認識は、誤りだった」


 父が首を振った。

 シセルは私とヴォルフラムを交互に見て、次第に顔を歪めた。


「お姉様が助けたことになるの? 突き落としたのに? それで、そんなドレスまで貰って!」


 誰も、その問いには答えなかった。

 軍法官が証拠を整理し、他の二人と確認を交わした。


 父とシセルの声が、小さくなっていく。

 何を叫んでも話が先へ進むことに、ようやく気づいたらしかった。


「判決を言い渡す」


 父の爵位と、二人の貴族としての身分は剥奪された。

 財産は没収され、不当な取り立てを受けた領民への返還と補償に充てられる。

 そして、二人には北方の岩塩鉱山での終身労役が言い渡された。


「しゅ、終身?」


 父は言葉をなぞった。


「金は払う。すべて返す。それでいいだろう! 私は伯爵だぞ!」

「その爵位は、今、剥奪された」


 軍法官が答えると、父は傍聴席へ顔を向けた。


「誰か! 私を知っているだろう! お前たちの領主だ!」


 席にいた町の重鎮が、静かに目を逸らした。

 父の口がわなないた。


 係官が、二人の持ち物を没収していく。

 父は家紋の指輪を指の根元へ押し戻そうとした。

 最後には兵に手を開かれ、指輪を抜き取られた指を呆然と見つめた。


「これは、母の形見なの!」


 シセルが耳飾りを押さえた。

 セルジュが宝飾店の記録を開く。


「昨年の購入品です」


 シセルの頬が引きつった。

 飾りが外されると、その手は今度、私へ伸びた。


「お姉様! お願い、助けて! 私、寒い所なんて無理よ! 手だって、働けるような手じゃないの!」


 私はその手を見た。

 綺麗だった。物置の戸を外から閉める時も、食事の皿を蹴る時も、いつも綺麗だった。


「私の手が焼けた時、何と言ったか覚えている?」


 シセルが黙った。


「布を巻けば働けるって、言ったわね」

「そ、それは、冗談で」

「私はあの日も、洗濯をしたの。水につけるたび、痛かった」


 右手を膝の上へ戻した。

 今日は、袖で隠さなかった。


「あなたのために、刑を軽くしてほしいとは言わないわ」


 シセルの顔が崩れた。

 父が彼女を押しのけ、私へ身を乗り出す。


「イネス! 親を見捨てるのか!」

「八つ裂きにして構わないと、おっしゃいましたね」


 父の唇が止まった。


「私は、あなたを助けるためにここへ座っているのではありません」


 立ち上がろうとした父を、兵が押さえた。

 シセルは床に座り込み、子供のように足を引きずった。行きたくないと泣いても、父は振り返りもしない。

 二人は最後まで私の名を呼んでいた。


 重い扉が閉じた。


 静かになった広間で、軍法官が私へ向き直った。

 暗殺への関与は認められず、父たちが広めた告発も事実に反すると、あらためて告げられた。

 その記録は、領内へ掲示されるという。


 私は返事をしようとして、声が出なかった。

 代わりに、頭を下げた。


 ヴォルフラムが椅子の脇へ戻ってきた。

 差し出された手を、私から取る。


「終わった?」

「ああ。もう、あの二人の所へ戻らなくていい」


 傍聴席から、さっきの女が近づいてきた。


「お身体、お大事になさってください」


 私は手を握り返し、ありがとうございますと答えた。

 彼女も、涙を拭っていた。


 広間を出る時には、足が震えた。

 ヴォルフラムは急がせず、私の歩幅で歩いてくれた。

 廊下の窓が開いている。

 外から吹き込む風が、今度は冷たくなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。