第12話
翌日の正午、大広間には兵と領民の代表が集まっていた。
軍医から短時間ならと許可をもらい、私は壇の脇の椅子に座っていた。左肩にはショールを掛けている。
群青色のドレスは、傷へ触れないよう仕立て直してある。華やかな装いに、まだ自分の身体が馴染まない。
隣に立つヴォルフラムが、少しかがんだ。
「痛まないか」
「今のところは」
「無理なら言え」
私は頷き、彼の袖から手を離した。
中央には軍法官たちの席が置かれていた。
その前へ引き出された父とシセルは、一週間前とは別人のようだった。
髪は乱れ、手首には縄がある。
けれど、私を見つけた父の顔には、まだ見慣れた怒りが浮かんだ。
「なぜお前が、そんな所に!」
反射的に背が縮んだ。
父が一歩近づこうとすると、兵の腕に止められた。
私の隣で、ヴォルフラムは動かなかった。ただ、椅子の背に手を置いていた。
「被告は席につけ」
軍法官の命令で、父は私から引き離された。
セルジュが罪状を読み上げた。
父については、十年前のヴォルフラム暗殺未遂と、それによる爵位の不正な取得。領民から徴収した金の横領。そして私への監禁と虐待。
シセルについては、私への継続的な虐待に加え、成人後、父と共に不当な取り立てを命じて私腹を肥やしたこと。
「私は、お父様に言われただけです!」
シセルが叫んだ。
セルジュは、封印のある書状を一通出した。
「こちらは三年前、貴女の名で出された差し押さえ命令です。伯爵は当時、王都に滞在していました」
傍聴席の端で、痩せた女が立ち上がった。
私はその顔を知っていた。かつて厨房へ卵を売りに来ていた人だ。
「払えないなら家を空けろと、嬢様に言われました。冬でした。寝たきりの母だけでも、春まで置いてほしいと頼んだのに」
シセルは女を見なかった。
「そんなこと、覚えていないわ!」
「私は覚えています」
女の声は大きくなかった。
それでも、広間の奥まで聞こえた。
父の金庫から出た帳簿には、取り立てた金と宝飾店への支払いが並んでいた。
十年前の私兵への臨時報酬も残っていた。名目を変えてあっても、受領した兵の署名がある。
弓隊にいた男が、証人席から父を指した。
「若様が生きて戻れば我々も終わりだ、必ず仕留めろと。ロダンを通じて、そう命じられました」
「嘘だ! 金を掴まされている!」
父が怒鳴った。
軍法官が、父自身の署名のある命令書を示す。
途端に、父は口を閉じた。
私への虐待については、厨房と洗濯場の使用人が証言した。
聞いているうち、膝の上の手が強張った。
自分では忘れていたことまで、彼らは覚えていた。
ヴォルフラムが証人席に立つ。
私に突き落とされたことも、戻ってから私を脅したことも、隠さずに話した。
その後で、私の証言と証拠が示す十年前の逃走経路を確かめた。
「イネスが背中を押さなければ、俺は弓隊の前に立ったままだった。彼女を暗殺の協力者とした俺の認識は、誤りだった」
父が首を振った。
シセルは私とヴォルフラムを交互に見て、次第に顔を歪めた。
「お姉様が助けたことになるの? 突き落としたのに? それで、そんなドレスまで貰って!」
誰も、その問いには答えなかった。
軍法官が証拠を整理し、他の二人と確認を交わした。
父とシセルの声が、小さくなっていく。
何を叫んでも話が先へ進むことに、ようやく気づいたらしかった。
「判決を言い渡す」
父の爵位と、二人の貴族としての身分は剥奪された。
財産は没収され、不当な取り立てを受けた領民への返還と補償に充てられる。
そして、二人には北方の岩塩鉱山での終身労役が言い渡された。
「しゅ、終身?」
父は言葉をなぞった。
「金は払う。すべて返す。それでいいだろう! 私は伯爵だぞ!」
「その爵位は、今、剥奪された」
軍法官が答えると、父は傍聴席へ顔を向けた。
「誰か! 私を知っているだろう! お前たちの領主だ!」
席にいた町の重鎮が、静かに目を逸らした。
父の口がわなないた。
係官が、二人の持ち物を没収していく。
父は家紋の指輪を指の根元へ押し戻そうとした。
最後には兵に手を開かれ、指輪を抜き取られた指を呆然と見つめた。
「これは、母の形見なの!」
シセルが耳飾りを押さえた。
セルジュが宝飾店の記録を開く。
「昨年の購入品です」
シセルの頬が引きつった。
飾りが外されると、その手は今度、私へ伸びた。
「お姉様! お願い、助けて! 私、寒い所なんて無理よ! 手だって、働けるような手じゃないの!」
私はその手を見た。
綺麗だった。物置の戸を外から閉める時も、食事の皿を蹴る時も、いつも綺麗だった。
「私の手が焼けた時、何と言ったか覚えている?」
シセルが黙った。
「布を巻けば働けるって、言ったわね」
「そ、それは、冗談で」
「私はあの日も、洗濯をしたの。水につけるたび、痛かった」
右手を膝の上へ戻した。
今日は、袖で隠さなかった。
「あなたのために、刑を軽くしてほしいとは言わないわ」
シセルの顔が崩れた。
父が彼女を押しのけ、私へ身を乗り出す。
「イネス! 親を見捨てるのか!」
「八つ裂きにして構わないと、おっしゃいましたね」
父の唇が止まった。
「私は、あなたを助けるためにここへ座っているのではありません」
立ち上がろうとした父を、兵が押さえた。
シセルは床に座り込み、子供のように足を引きずった。行きたくないと泣いても、父は振り返りもしない。
二人は最後まで私の名を呼んでいた。
重い扉が閉じた。
静かになった広間で、軍法官が私へ向き直った。
暗殺への関与は認められず、父たちが広めた告発も事実に反すると、あらためて告げられた。
その記録は、領内へ掲示されるという。
私は返事をしようとして、声が出なかった。
代わりに、頭を下げた。
ヴォルフラムが椅子の脇へ戻ってきた。
差し出された手を、私から取る。
「終わった?」
「ああ。もう、あの二人の所へ戻らなくていい」
傍聴席から、さっきの女が近づいてきた。
「お身体、お大事になさってください」
私は手を握り返し、ありがとうございますと答えた。
彼女も、涙を拭っていた。
広間を出る時には、足が震えた。
ヴォルフラムは急がせず、私の歩幅で歩いてくれた。
廊下の窓が開いている。
外から吹き込む風が、今度は冷たくなかった。




