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ほくそ笑む大悪党 アルバロ・デ・モリーナ  作者: ひまえび
第七章――「黄金海岸の砦、奪われるポルトガルの旗」

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第25話(後編)――「胡椒の匂い、藍の珠」

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

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挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


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登場人物

新大陸皇帝アルバロ・デ・モリーナ〈30〉

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アルバロの側室(そくしつ)「妊娠のため、静養中」

クダクワシェ・ムリロ〈37〉。トルワ国王の元正妻。

 王妃らしい誇りと礼節を持ち、へつらわずに筋を通す。根は明るく、冗談と皮肉で場を軽くできる。暮らしの段取りを整えるのが好きで、侍女を褒めて菓子を分けるような面倒見もある。

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アルバロの側女(そばめ)「妊娠のため、静養中」

ムニャンガ〈35〉。金の量と相場を決める仲介の家の妻だ。秤と目方が身に染みつき、取引では相手の手元を黙って見てきた。結託を止めたが聞かれず、捕縛の瞬間は夫の袖を握ったまま指が白くなるまで震えていた。

――――――――――――――――――

アルバロの側女(そばめ)「妊娠のため、静養中」

ニャメンダ〈28〉。上流の渡し場を押さえる首長の妻だ。漁と舟の一族の出で、舟の順番と渡しの間合いを作る実務を担っていた。襲撃の日、泥に足を取られて転ぶ女たちを見て叫び、捕縛後は子の名を呼び続けた。

――――――――――――――――――

アルバロの側女(そばめ)

タリロ〈29〉。ルヤ川沿いの金の谷を束ねる首長の妻だ。陶器を焼く一族の出で、採り分けと勘定を任されていた。襲撃の日、倉の裏で子を抱えたまま捕えられ、喉に土埃の渇きが残った。

アルバロの側女(そばめ)

ルド〈20〉。サビ川支流の小さな金の谷の首長の妻だ。飾りのように扱われた反面、帳の内側で聞く話が多く、補給や見張り交代の数を指で覚える癖がついた。捕えられた直後、泣き声が途切れた静けさが怖く、声が出ず震えた。

アルバロの側女(そばめ)

チポ〈31〉。北の峠を押さえる首長の妻だ。蜂蜜と薬草に通じ、屋敷では見張りの食と水を回していた。襲撃の瞬間、戸口で子を押し戻し、土間に爪を立てて踏ん張ったが、縄がかかった。

アルバロの側女(そばめ)

ファライ〈42〉。南の峠を押さえる首長の妻だ。成人した息子が2人いる。布と塩の出入りを管理し、家を回してきた。夫が倒れた後、声が枯れるまで泣いた。

アルバロの側女(そばめ)

マサシ〈23〉。下流の渡し場を押さえる首長の妻だ。商人の言葉に囲まれて育ち、スワヒリ語の挨拶とポルトガル語の数詞を少し知る。矢筒の受け渡しを一度だけ手伝ったことが弱みになり、砲声の後は唇を結んで目を伏せた。

――――――――――――――――――


 (1525年1月下旬、昼。エルミナ砦)


 エルミナの海は、昼になると色が変わった。朝の青が抜け、日差しの白が波の頭に乗る。砦の壁は熱を持ち、触れると石が掌にじりっと伝わってきた。門の外からは、荷車の軋む音と、人の掛け声が途切れずに続いていた。


 見張りが塔の上で叫んだ。「戻りました。使節が戻りました」


 海から入ってきた一団は、潮の匂いをまとっていた。汗で濡れた麻布、川の泥、焚き火の煙。鼻に入る匂いが、内陸の道の長さを告げていた。男たちは肩を落としていたが、目は生きていた。背負い袋の革紐が食い込み、肩の皮が赤く擦れている。


 その列には、人の体だけではない重さが混じっていた。布で巻いた包みが何本も揺れ、瓢箪の胴がぶつかって乾いた音を立てる。結び目の間から、油の匂いがじわりと滲む。木の実の青い渋み、乾いた香辛料の刺激、なめし革の酸っぱい匂いが、潮風に押されて砦の中へ入ってきた。


 その列の中央に、目立たないように囲われた女がいた。若い。肌は明るく、首と腕に細い傷がいくつかある。旅の藪でついたものだ。髪は細い編み込みでまとめられ、赤い珠の首飾りが喉元で小さく揺れていた。体に巻いた布は深い藍で、日焼けした男たちの色の中で、そこだけ水面の影のように見えた。


 通訳が先に進み、アルバロの前で膝をついた。息を整え、言葉を選びながら報告した。通訳の背後では、担ぎ手が包みを石畳へ降ろした。布の束が鈍く落ち、瓢箪の水音が腹の中で揺れた。


 通訳はこう言った。「オヨの国王は、あなたの申し出を歓迎しました。鉄砲と馬を見て、顔色が変わりました。国王は、北からの攻めがいつ来るか分からないと言い、備えを急いでいます。返礼として特産物を多く渡し、さらに……国王の妻のひとりを、あなたの側室として差し出すと告げました」


 通訳は目配せし、包みの口を少しだけ開けて見せた。中から、黒く艶のあるなめし革がのぞき、織り目の細かい布が巻かれている。別の包みには、赤茶の胡椒が小袋に分けられ、渋い香りのコーラの実が木皮に包まれていた。瓢箪の栓を外すと、とろりとした油が匂いで分かった。火のそばに置けばすぐに溶ける、白い脂だ。


 通訳は一度、唇を湿らせた。砦の中庭の乾いた風が、口の中の水気を奪う。


 通訳は続けた。「王宮の広場は赤土で、日差しが強く、太鼓の音がずっと鳴っていました。北の門には槍を持った兵が並び、砂ぼこりの向こうを何度も見返していました。国王は宴を整えながらも、使者の話を聞く手を止めませんでした。名はアデニケ。19歳です。国王は、あなたが2か月か3か月、オヨに来て駐屯してほしいと要請しました。北方の脅威が強く、国王はあなたの砲と銃の指揮を見たいと言いました」


 アルバロは女を見た。女は視線を上げない。だが、怯えて震えるだけでもない。唇を固く結び、息の出入りだけが少し速い。耳の裏に汗が光っている。


 アルバロは通訳に言った。「国王の言葉は、こちらの耳に届いた。こちらの答えも、国王の耳に届くように返せ」


 アルバロは部下に目を移した。砦の中庭には、鍛冶場の鉄の匂いが漂い、油を塗った火縄銃の金具が陽に鈍く光っている。厩舎からは、馬の鼻息と、濡れた藁の匂いが混ざって流れてきた。


 アルバロはこう言った。「行く。国王の不安は、こちらの商いの入り口になる。北の敵を止めるなら、こちらが止め方を決める。準備を始めろ」


 その言葉で砦が動いた。石の壁の内側が、急にうるさくなる。木箱を引きずる音、滑車が回る音、ロープが擦れて鳴る音。土埃が舞い、喉の奥が乾く。兵たちは汗をかきながら、倉の扉を開け放った。


 倉の中はひんやりしていた。暗い空気の奥に、鉄の塊が並ぶ。大砲の砲身は黒く、触れると冷たい。砲口の縁は硬く、指先が吸い付かれるような感触があった。小砲は数が多い。砲身を固定する木枠に、樹脂の匂いが残っている。


 火縄銃はさらに多い。2000丁分の木箱が積み上がり、蓋を外すたびに油と木の匂いが立った。銃身の鉄は薄い光を返し、引き金の部分に指を置くと、金具がかすかに鳴った。火縄は湿気を嫌うので、乾いた布で巻き、油紙で重ねた。火薬樽は運ぶ者の足が止まるほど重い。樽の木がきしみ、硫黄の甘い匂いが鼻を刺した。


 アデニケは、砦の回廊の影に座らされた。侍女が水を差し出す。木椀の水はぬるく、表面に光が揺れている。女は両手で椀を持ち、少しずつ飲んだ。喉が動く。飲み終えると、侍女の顔を見て、小さく頷いた。言葉は交わさないが、礼は残す。その癖が、育ちの良さを示していた。


 アルバロは女に近づき、通訳を挟んで言った。「お前は国王の返礼だ。だが、ここで泣き声を上げても得をする者はいない。砦の規律に従えば、食と寝床は守る。オヨへ着いたら、お前は国王へ伝えろ。援助は始まった、と」


 アデニケは顔を上げた。瞳は黒く、光の当たり方で深い茶にも見える。恐怖はある。だが、それだけではない。状況を見ようとする目だった。彼女は通訳の言葉を聞き、ゆっくり頷いた。


 その日の夕方まで、荷積みは続いた。港の空気は粘るように重く、潮と泥と人の汗が混ざる。船の腹に砲を入れるたび、板がうなり、鉄が船体に当たって鈍い音がした。滑車の綱が引かれ、男たちの肩の筋が盛り上がる。掌にロープの繊維が食い込み、擦れて熱くなる。掛け声が揃うと、砲がゆっくり宙を進み、木枠の上に着地した。着地の瞬間、船がわずかに沈み、海面の線が上がった。


 馬も積んだ。馬の鼻先は泡立ち、蹄が板を叩いて乾いた音を立てる。獣の体温と汗の匂いが、船底から吹き上がる。藁を敷き、首輪を締め直し、水桶を固定した。馬の目は白目が見え、見慣れない揺れを嫌がっていた。


 夜、砦の会議室には灯りが並んだ。獣脂の灯火は匂いが強く、煙が天井に薄く溜まる。アルバロは地図を広げ、沿岸を指でなぞった。海から内陸へ入る場所を定め、舟が入れる浅い水路と、徒歩で越える森の縁を確認した。海と川の間には、浅い水が帯のように広がる場所がある。船はそこまで入り、そこから先は小舟と人の足で進む。その段取りを、部下に繰り返し言って聞かせた。


 アルバロはこう言った。「砲を全部、都の真ん中まで運ぶ必要はない。国王が欲しいのは、敵が近づいたときに怖がらせる音と、こちらが本気だと分かる形だ。海側の入口に砲を置き、道の要所に小砲を配る。火縄銃は人の数に合わせて渡す。撃ち方の癖まで教える」


 翌朝、港は霧が薄くかかった。塩の匂いが強く、喉の奥に張り付く。船の甲板は夜露で滑り、足の裏が冷えた。荷は固定され、木楔が打ち込まれ、鎖が鳴らないよう布が巻かれている。大砲の鉄は動かず、ただ重さだけがそこにある。


 アデニケは船に乗る前、岸を振り返った。砦の白い壁が朝の光を受け、影が黒く落ちている。彼女は何か言いかけ、言葉を飲み込んだ。代わりに、首の珠に指を触れた。小さな癖だ。心を整える動作だった。


 アルバロは甲板の上で帆の上がり方を見た。布が風を掴むと、帆柱が鳴り、船体がゆっくり前へ出た。水が船腹を擦る音が変わる。港の声が遠のき、代わりに波の音が大きくなる。鉄と火薬と馬と人を積んだ船が、沿岸を東へ進み始めた。


 アルバロは海風を吸い込み、口元だけで笑った。国王が恐れているのは北の敵だ。だが、国王が今、手に入れたのは砲と銃だけではない。国王は、援助という名の借りを背負った。その借りの重さは、砲よりも長く残る。アルバロは、それを分かった上で、オヨへ向かった。

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