第21話(前編)――「ルアンダ湾を発つ、ソヨ経由で王都へ」
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登場人物
新大陸皇帝アルバロ・デ・モリーナ〈29〉
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アルバロの側室
クダクワシェ・ムリロ〈36〉。トルワ国王の元正妻。
王妃らしい誇りと礼節を持ち、へつらわずに筋を通す。根は明るく、冗談と皮肉で場を軽くできる。暮らしの段取りを整えるのが好きで、侍女を褒めて菓子を分けるような面倒見もある。
アルバロの側女。参謀兼公爵
ニャシャ〈24〉
肌は深く黒く、瞳の黒が濃い。姿勢と歩みが崩れず、言葉が速く正確だ。状況を読むのが早く、地形と人の心を同時に扱う。腕力も俊敏さも備えている。
アルバロの側女
ルテンデ〈35〉。マンウェ川方面の金の谷の首長の元妻。
ムタパ国本拠の縁戚から嫁いだ政治の婚姻で、婚礼の贈り物に牛と鉄器を受け取っている。元夫の代わりに人質や贈答の段取りを決めることが多く、周辺の首長たちとも顔が利いた。抵抗の連携が始まったときも、矢を集める村と食糧を隠す村の名を知っていたため、捕縛後は黙り込み、唇を噛んだ。
〔侍女1〕タリロ〈28〉。ルヤ川沿いの金の谷を束ねる首長の妻だ。陶器を焼く一族の出で、採り分けと勘定を任されていた。襲撃の日、倉の裏で子を抱えたまま捕えられ、喉に土埃の渇きが残った。
〔侍女2〕ルド〈19〉。サビ川支流の小さな金の谷の首長の妻だ。飾りのように扱われた反面、帳の内側で聞く話が多く、補給や見張り交代の数を指で覚える癖がついた。捕えられた直後、泣き声が途切れた静けさが怖く、声が出ず震えた。
〔侍女3〕チポ〈30〉。北の峠を押さえる首長の妻だ。蜂蜜と薬草に通じ、屋敷では見張りの食と水を回していた。襲撃の瞬間、戸口で子を押し戻し、土間に爪を立てて踏ん張ったが、縄がかかった。
〔侍女4〕ファライ〈41〉。南の峠を押さえる首長の妻だ。成人した息子が2人いる。布と塩の出入りを管理し、家を回してきた。夫が倒れた後、声が枯れるまで泣いた。
〔侍女5〕ニャメンダ〈27〉。上流の渡し場を押さえる首長の妻だ。漁と舟の一族の出で、舟の順番と渡しの間合いを作る実務を担っていた。襲撃の日、泥に足を取られて転ぶ女たちを見て叫び、捕縛後は子の名を呼び続けた。
〔侍女6〕マサシ〈22〉。下流の渡し場を押さえる首長の妻だ。商人の言葉に囲まれて育ち、スワヒリ語の挨拶とポルトガル語の数詞を少し知る。矢筒の受け渡しを一度だけ手伝ったことが弱みになり、砲声の後は唇を結んで目を伏せた。
〔侍女7〕ムニャンガ〈34〉。金の量と相場を決める仲介の家の妻だ。秤と目方が身に染みつき、取引では相手の手元を黙って見てきた。結託を止めたが聞かれず、捕縛の瞬間は夫の袖を握ったまま指が白くなるまで震えていた。
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1524年5月のコンゴ王国は、王アフォンソ1世〈Mvemba a Nzinga〉の治世で、国の中枢は海岸ではなく内陸の首都ンバンザ・コンゴに置かれていた。ルアンダ湾から首都へ向かうなら、いったん北へ沿岸航海してコンゴ川の河口域を押さえるソヨ方面へ回り、そこから陸路で高原の都へ入る筋道が自然だ。ソヨは海岸の要地で、河口の港ムピンダがコンゴの主要な出入口とされていた。
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1524年5月16日、夜明け前のルアンダ湾は、海面が鉛色に寝ていた。波は大きくないのに、肌に触れる風が冷たく、鼻の奥に塩の匂いが刺さった。船縁の木は夜露を吸って黒く、手のひらを置くとひやりとした。
アルバロは甲板に出て、湾の暗い輪郭を見た。港の背後に立つ低い丘はまだ影のままで、鳥の声だけが早く始まっていた。見張りが帆綱を締めるたび、麻が擦れる音が乾いて返った。
ムリロは肩に布を掛けて並んだ。顔つきは落ち着いていて、声だけが明るい。「この風なら北へ押していけます。海が冷たいのは、流れが強いからでしょう」
ニャシャは荷の目録を握っていた。「贈り物は布が中心です。赤布は濡らさないでください。色が移ります。ガラス玉は小箱のまま。鏡は布で包みます」
荷は、砦で積み上げた品から選んだ。麻布の梱包12束、白布6束、赤布9本。ガラス玉は赤と青が中心で小箱24箱。鉄釘14箱、鉄輪40束、蝶番と留め金6箱。酒はワイン8樽、蒸留酒3樽、酢2樽。油はオリーブ油4樽、獣脂2箱。塩18袋、乾燥豆12袋、干し肉5箱、乾燥薬草11包、砥石18個。さらに火縄銃と火薬もあるが、これは見せる分だけに絞った。
アルバロは言った。「欲しい物を渡すだけじゃない。こちらが何者かを、分かる形で見せる。余計な言葉は要らない。相手が落ち着けば、話は前へ進む」
船団は霧がほどけるのを待って帆を上げた。帆布が風を受けると布が低くうなり、船首が水を切る音がはっきりした。潮の匂いに混じって甲板のタールの匂いが上がり、口の中が少し苦くなった。
北へ進むにつれ、海の色が変わった。青が薄くなり、ところどころ茶色い筋が伸びる。河の水が海へ押し出し、表面に木の葉や枯れ枝が流れている。水鳥が低く飛び、羽の先が白く光った。風は塩だけでなく、泥と草の匂いも運んできた。
◇ ◇ ◇
5月20日、船団は河口域の海岸へ寄せた。砂浜の色が淡く、岸の背後に緑が密に立つ。遠くで太鼓の音が重なり、何人もの声が波音に混じった。海から見ても、人が集まっているのが分かる。
先に小舟を出し、白布を掲げた。ムリロが前に立ち、姿勢を崩さずに岸へ向けて手を開いた。ニャシャは通訳役の男を呼び、言葉を整えた。
ソヨの役人は浜で待っていた。首や腕に飾りがあり、布の色が濃い。視線は船から下ろされる箱へ吸い寄せられていく。アルバロは相手の目がどこに止まるかを見てから、箱を開けた。太陽が少し傾いた角度で差し込み、ガラス玉が一度だけ光った。赤布の色も浮き、砂の上でくっきり見えた。
年長の男が慎重に言った。通訳が言葉を運ぶ。「あなたは誰だ。何を求めている」
アルバロは背を正した。「新大陸皇帝アルバロ・デ・モリーナだ。ここへ来たのは、コンゴ王国の王に親善を申し入れるためだ。交易をしたい。争いを望んでいるわけではない」
ムリロが少し笑って言葉を足した。「あなたがたが望む物は、こちらが用意している。布も、鉄も、酒もある。だが、こちらは礼を欠いた扱いを受けに来たわけではない」
ソヨの役人は箱の中をのぞき込み、喉を鳴らした。欲が動いたのが見えた。ニャシャが即座に言った。「王へ使者を立ててください。こちらは従います。港で騒ぎは起こしません」
その日のうちに、ソヨから北東へ走者が出た。ムピンダへ回す手配だという。海の玄関口が動き、都へ報せが上がる。ソヨが海岸の要であることを、実際の動きで示していた。
夜、浜近くで火を焚いた。煙が湿って重く、目が少し痛む。干し肉を炙ると脂が落ち、焦げた匂いが鼻をくすぐった。蒸留酒の樽の栓を確かめると、喉の奥が熱くなる匂いが頭の中に先に立った。兵は笑い声を抑え、寝床を整えた。武器は見せびらかさないが、置き方だけは崩さなかった。
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5月22日、陸路の準備が整った。ソヨ側は案内役と荷担ぎを揃えた。アルバロは使節団の人数を絞った。先頭に自分、ムリロ、ニャシャ、通訳、護衛の兵。残りは沿岸の宿営で船と物資を守らせた。
森へ入ると空気が一段ぬるくなる。葉が厚く、光が細かく切られて落ちる。足元の土は赤く、踏むたびに粉が立って汗に張りついた。虫の羽音が耳元で止まらず、遠くで猿の声が弾む。水場に近づくと腐葉土の匂いが強くなり、口の中が渇いて舌が重くなった。
道の途中、村がいくつもあった。畑には芋や穀物が見え、干した葉が竹に掛けられている。子どもが走ってきてアルバロの靴を見上げた。革の匂いが近くで立つ。ムリロは腰を落として、子どもの手に白布の切れ端を渡した。子どもは布を鼻に当て、異国の匂いに目を丸くした。
宿では案内役が言った。「都では、王は十字架を大事にする。言葉も礼も、そこに寄せたほうがよい」
アルバロは頷いた。合わせるべき礼は合わせる。ただし、へつらいはしない。ここで折れると、後で必ず足元を見られる。
◇ ◇ ◇
5月27日、丘を越えると視界が急に開けた。高原の風が乾いていて、汗が冷える。遠くに家々が固まり、道の両側に人が立っている。土の匂いに混じって炊煙の匂いが薄く漂い、鉄を叩く音がどこかで鳴っていた。
ンバンザ・コンゴだ。海岸ではなく内陸の政治と宗教の中心地で、赤土が踏み固められた前庭の奥に礼拝所があった。鐘の音が1度だけ短く響き、その乾いた音が空気の薄さを伝えた。
王の前に進む直前、ニャシャが小声で言った。「贈り物は順番が大事です。まず布、そのあと鉄。その次が鏡とガラス玉。酒は最後にしましょう」
アルバロは短く返した。「分かっている。今日は互いの利益を机の上に置く日だ」
謁見の場で、王アフォンソ1世は静かに座っていた。目は鋭いが焦りがない。周囲には聖職者らしい者もいて、首から小さな十字架を下げている。
アルバロは名乗った。「新大陸皇帝アルバロ・デ・モリーナ。王に親善を求める。海と陸の往来を整え、互いの交易を妨げない約束を結びたい」
王はしばらく沈黙し、通訳を通して言った。「ポルトガルはどうした。彼らは長くここに来ていた」
アルバロは答えた。「海岸からは追い払った。新大陸でも追い払った。ここへ来たのは、代わりに支配するためではない。王国の秩序を尊重し、互いに損のないやり取りを作るためだ」
ムリロが一歩前に出て丁寧に言った。「親善の印として、布と鉄、そして海の品をお受け取りください。赤布、白布、麻布。鉄釘、鉄輪、蝶番。鏡とガラス玉。酒もあります」
布が広げられると、色が場を変えた。赤は土の上で強く、白は光を返し、麻は粗い手触りがそのまま見えた。鏡を布から出すと周囲の顔が一瞬映り、ざわめきが小さく走った。ガラス玉は掌に落とすと冷たく、光が細かく散った。
王は視線を動かしながら言った。「欲しい物が分かりやすい。だが、それで何を得る」
アルバロは言った。「象牙、銅、それから王国が出せる品を受け取りたい。人も品のうちだ。戦の捕虜でも、罪を背負った者でも、王が許す形で渡すなら、こちらは値で応える。港と道を通し、争いは避ける。だが、こちらの者が襲われたら、黙って引き下がらない。外から攻め手が来るなら、互いに報せ合い、海岸と川口を荒らさせない」
王はしばらく考え、首を少しだけ縦に動かした。宮廷の者が合図し、こちらへ品が運ばれてくる。象牙の白い曲線、銅の飾り、織りの細かい布、木彫りの椅子。手に取ると油の匂いと木の甘い匂いがした。
最後に蒸留酒の小樽が出た。栓を開けた瞬間、甘く強い匂いが立つ。側近が舌先で確かめ、目を細めた。場の空気がわずかに緩む。
王は言った。「よい。港での出入りを認める。だが、都の内側で勝手は許さない。礼を守れ」
アルバロは深く頭を下げた。「礼は守る。約束も守る。互いの品が、互いの暮らしを太くするようにする」
退くとき、ニャシャが小さく息を吐いた。「通りましたね」
ムリロは口元だけで笑った。「通ったわ。欲しい物を、落ち着いて出した。それで十分よ」
アルバロは高原の風を吸い込んだ。塩の匂いはもうない。乾いた土と草の匂いがある。刃を抜かずに道を開けた。その事実だけを、胸の中で数えた。




