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ほくそ笑む大悪党 アルバロ・デ・モリーナ  作者: ひまえび
第七章――「黄金海岸の砦、奪われるポルトガルの旗」

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第19話(後編)――「石の冷え、ナイルの誓い」

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

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挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


――――――――――――――――――

登場人物

新大陸皇帝アルバロ・デ・モリーナ〈29〉

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アルバロの側室(そくしつ)

クダクワシェ・ムリロ〈36〉。トルワ国王の元正妻。

 王妃らしい誇りと礼節を持ち、へつらわずに筋を通す。根は明るく、冗談と皮肉で場を軽くできる。暮らしの段取りを整えるのが好きで、侍女を褒めて菓子を分けるような面倒見もある。


アルバロの側女(そばめ)。参謀兼公爵

ニャシャ〈24〉

 肌は深く黒く、瞳の黒が濃い。姿勢と歩みが崩れず、言葉が速く正確だ。状況を読むのが早く、地形と人の心を同時に扱う。腕力も俊敏さも備えている。


アルバロの側女(そばめ)

ルテンデ〈35〉。マンウェ川方面の金の谷の首長の元妻。

 ムタパ国本拠の縁戚から嫁いだ政治の婚姻で、婚礼の贈り物に牛と鉄器を受け取っている。元夫の代わりに人質や贈答の段取りを決めることが多く、周辺の首長たちとも顔が利いた。抵抗の連携が始まったときも、矢を集める村と食糧を隠す村の名を知っていたため、捕縛後は黙り込み、唇を噛んだ。


 〔侍女1〕タリロ〈28〉。ルヤ川沿いの金の谷を束ねる首長の妻だ。陶器を焼く一族の出で、採り分けと勘定を任されていた。襲撃の日、倉の裏で子を抱えたまま捕えられ、喉に土埃の渇きが残った。

 〔侍女2〕ルド〈19〉。サビ川支流の小さな金の谷の首長の妻だ。飾りのように扱われた反面、帳の内側で聞く話が多く、補給や見張り交代の数を指で覚える癖がついた。捕えられた直後、泣き声が途切れた静けさが怖く、声が出ず震えた。

 〔侍女3〕チポ〈30〉。北の峠を押さえる首長の妻だ。蜂蜜と薬草に通じ、屋敷では見張りの食と水を回していた。襲撃の瞬間、戸口で子を押し戻し、土間に爪を立てて踏ん張ったが、縄がかかった。

 〔侍女4〕ファライ〈41〉。南の峠を押さえる首長の妻だ。成人した息子が2人いる。布と塩の出入りを管理し、家を回してきた。夫が倒れた後、声が枯れるまで泣いた。

 〔侍女5〕ニャメンダ〈27〉。上流の渡し場を押さえる首長の妻だ。漁と舟の一族の出で、舟の順番と渡しの間合いを作る実務を担っていた。襲撃の日、泥に足を取られて転ぶ女たちを見て叫び、捕縛後は子の名を呼び続けた。

 〔侍女6〕マサシ〈22〉。下流の渡し場を押さえる首長の妻だ。商人の言葉に囲まれて育ち、スワヒリ語の挨拶とポルトガル語の数詞を少し知る。矢筒の受け渡しを一度だけ手伝ったことが弱みになり、砲声の後は唇を結んで目を伏せた。

 〔侍女7〕ムニャンガ〈34〉。金の量と相場を決める仲介の家の妻だ。秤と目方が身に染みつき、取引では相手の手元を黙って見てきた。結託を止めたが聞かれず、捕縛の瞬間は夫の袖を握ったまま指が白くなるまで震えていた。

――――――――――――――――――


 革の筒を開くと、乾いた紙の匂いに、わずかな樹脂の甘さが混じった。封蝋は赤黒く、押し型の縁が指先に引っかかった。ディエゴは火皿のそばに寄り、影の落ち方を見てから封を割った。薄い紙が裂ける音は小さいのに、周りの者の喉が同じ時に鳴った。


 「私は、いまから名前を戻す」とディエゴは言った。「今まではディエゴで通したが、ここから先は違う。新大陸皇帝アルバロ・デ・モリーナとして話す。お前たちも、その呼び名で呼べ」


 ニャシャは頷いた。「分かりました。ですが、港の噂は早いので、私が先に町へ言い方を流します。そうすれば、あなたの名が勝手に汚されずに済みます」


 「頼む」とアルバロは返した。「そして、ムリロも一緒に来てくれ。お前は段取りがうまい。遠い場所ほど、その力が要る」


 ムリロは肩をすくめ、しかし声は明るかった。「あなたは交渉に行く前に、私を褒める癖がある。だが、私は褒め言葉だけでは動かない。寝床と水と護衛、それから女たちの場所を先に決めなさい。そうすれば私は笑って付いて行く」


 「分かった」とアルバロは言った。「女たちは港に置く。無理に連れて行かない。残る者の食糧と水を先に積み、見張りも増やす。ルテンデ、お前が残って仕切ってくれ。ここを守るのは、お前の手が一番確かだ」


 ルテンデは短く息を吐き、アルバロを見た。「私は残る。だが、その代わりに、約束をもう一度言ってください。ここで暮らす女と子が、兵の気まぐれで泣かないようにする約束です」


 「言う」とアルバロは答えた。「勝手に触れる者は罰する。列を乱す者も罰する。水と寝床は先に女と子へ回す。俺が決めた。だから守れ」


 ルテンデは頷き、声を落ち着かせた。「それなら、私はここで待つ。あなたが帰るまで、港を荒れさせない」


◇ ◇ ◇


 モンパサを離れ、船が北へ向かうと、風の匂いが変わった。塩の中に湿り気が増え、夜は遠くで雷の光が走った。帆布は吸った潮で重くなり、綱を握ると指の腹がざらついた。船底のきしみが続くたび、腹の奥で眠りが浅くなった。


 夜明け、水平線が白くほどけるころ、ニャシャが甲板に出てきた。顔には疲れがあったが、目だけは強かった。


 ニャシャはアルバロに言った。「カイロでは、相手は『港の海賊の頭』としては会ってくれません。だから、あなたが皇帝だと示す品が要ります。銀の延べ板だけでは足りないので、あなたの印章と、あなたの国が書いた書状の写しを見せます。そして、約束は必ず紙に残します」


 アルバロは頷いた。「お前の言うとおりにする。だが、危ない話は俺がする。お前に背負わせない」


 ムリロが横から口を挟んだ。「危ない話をするなら、言葉を削らないことだ。相手はあなたの裏の顔を疑っている。だから、あなたが何を譲り、何を守り、何をしないのかを、先に言い切りなさい」


 「分かった」とアルバロは言った。「欲張らないことを見せる」


◇ ◇ ◇


 スエズの近くで陸に上がると、空気が一気に乾いた。砂の匂いが鼻に刺さり、舌の上がざらついた。隊列が進むたび、駱駝の汗と革の匂いが近くで揺れた。遠くの地平が熱でゆらゆらと波打ち、目が疲れるのに、風が止むと汗だけが増えた。


 数日後、ナイルが見えたとき、湿った土の匂いが戻った。水辺の草の青さが目に楽で、川面に映る空が広く見えた。カイロは川のそばに広がり、屋根と尖塔が重なり、朝の祈りの声が空に高く伸びた。声が石に反響し、胸の奥まで震えた。


 宿に入ると、冷たい石床が足裏から熱を奪った。香の煙が薄く漂い、甘い果実と乳の匂いが近くの皿から立った。ムリロは水差しを確かめ、井戸の場所を確かめ、扉の鍵を確かめた。そうしてからようやく、アルバロに笑った。


 ムリロは言った。「これなら眠れる。だから明日は、あなたが思うより少し強気に話しなさい。あなたは人に優しいが、交渉で優しいだけだと、女も子も守れない」


 アルバロは湯気の立つ湯飲みを受け取り、口を湿らせた。薄い甘さが喉に広がり、胃がやっと落ち着いた。


 アルバロは言った。「俺は強気に見せるが、怒鳴らない。相手の顔を潰さずに、こちらの線を通す。お前たちを守るためにも、それが必要だ」


 ニャシャが静かに言った。「その言い方なら通じます。カイロの男たちは、声の大きさではなく、約束の形を見ます」


◇ ◇ ◇


 会談の場は、城塞の奥の広間だった。天井は高く、窓から入る光が床の文様を斜めに切った。噴水の水音が絶えず、ひんやりした空気が肌を撫でた。絨毯は厚く、足を置くと沈む。香の匂いが甘く、しかし煙は重くなく、鼻が痛まない程度だった。


 オスマン側の代表は、金糸の入った衣をまとい、眉の下の目が冷静だった。脇には書記が並び、筆先が紙の上でかすかに鳴った。


 「新大陸皇帝アルバロ・デ・モリーナと名乗る者よ」と代表が言った。「あなたが本当に皇帝なら、なぜ遠い海で仮名を使う。なぜ港を焼く。なぜ我らの前に現れる」


 アルバロは椅子に深く座らず、背筋を立てた。手は膝に置き、声は落ち着かせた。


 アルバロは答えた。「仮名を使ったのは、モンパサの町を守るためでもある。俺が皇帝だと知られれば、あの港は噂の火で燃え直す。だから俺は、必要な間だけ隠した。港が焼けたのは、俺が火を付けたからではない。俺は戦いの責任を負うが、無駄に民を苦しめる気はない。だから俺は、修理と水と寝床の決め事を先に整えた」


 代表はすぐには頷かず、しかし書記の筆は止まらなかった。


 代表は言った。「では、ここへ来た用件を言いなさい。遠回りの話は要らない」


 アルバロは息を吸い、噴水の水音の間に言葉を置いた。


 アルバロは言った。「俺は、あなた方と5年間の不可侵条約を結びたい。つまり、5年間は互いに攻めない約束だ。そして、ポルトガルに対して共同戦線を張りたい。海と港を奪う相手は同じだからだ」


 代表が眉を動かした。「共同戦線と言うなら、あなたは何を差し出す」


 アルバロは頷いた。「俺は譲る。まず、エジプトと北アフリカの支配は、オスマン帝国のものだ。俺はそこへ手を出さない。次に、インド以東についても、オスマン帝国の権益として譲る。俺はそこへ船を回して争わない。欲張って世界を抱え込むつもりはない」


 広間の空気が一瞬だけ張った。書記の筆が早くなり、紙を押さえる指が白くなるのが見えた。


 代表は言った。「あなたは大きな言葉で譲ると言うが、その裏に罠があるのではないか。あなたが本当に欲しいのは何だ」


 アルバロは正面から答えた。「俺が欲しいのは、アフリカだ。エジプトと北アフリカを除くアフリカ諸国は、俺が領有する。海岸も内陸も、俺の旗でまとめる。その代わり、あなた方の領域には手を出さない。だから、互いに刃を向けずに済む」


 代表はすぐに否定せず、指で机を軽く叩いた。「あなたが言う『領有』は、紙の上の線で済まない。港の税、商人の道、兵の置き場まで含む。そこまで飲むなら、あなたは次の条件を出すはずだ」


 アルバロは頷いた。「条件は2つだ。1つ目は軍事だ。ポルトガルが東アフリカへ攻めてきたら、あなた方と俺が共同して撃退する。俺が不在のときも同じだ。俺の留守部隊が先に耐え、あなた方が紅海から力を出す。情報も船も、出せる範囲で合わせる」


 代表は視線を細めた。「我らが遠い海へ船を出す理由は何だ。あなたの港を守るだけなら、我らの血が安いことになる」


 アルバロは間を置き、言葉を丁寧に繋いだ。「理由は、ポルトガルを東で止めれば、紅海の入口にまで手を伸ばさせずに済むからだ。あなた方の商船が安全に動く。メッカへ向かう道も、港の税も守れる。だから、東アフリカは俺のためだけではない。あなた方のためでもある」


 ムリロはその場で口を挟まなかったが、アルバロの背中に視線を置き、落ち着けという合図を送った。ニャシャは書記の手の動きを見て、相手がどこを重く書いているかを確かめていた。


 代表は言った。「2つ目の条件は何だ」


 アルバロは言った。「交易だ。互いの領域内での交易は自由に行う。関税は互いに取らない。つまり、港で物を売り買いするときに、相手の商人から税を取らない。そうすれば、商人は安心して往復できる。物が動けば、金も動く。あなた方の市も潤うし、俺の港も潤う」


 代表は首を少し傾けた。「関税を取らないなら、国は何で支える」


 アルバロは落ち着いて答えた。「俺は、盗むより増やすほうが得だと思っている。税で絞れば、商人は隠す。隠せば争いが増える。だが、関税が無ければ、商人は堂々と運ぶ。量が増えれば、港の仕事が増える。修理や倉や人足が増える。そうして国は太る。あなた方は、それを理解できるはずだ」


 代表は黙ったまま噴水の音を聞いた。やがて、代表はゆっくり言った。


 代表は言った。「5年間の不可侵。対ポルトガルの共同戦線。あなたはエジプトと北アフリカ、そしてインド以東を譲る。あなたはそれ以外のアフリカを領有し、東アフリカが攻められたときは我らと共同で守る。そして、交易は自由で、互いに関税を取らない。これで相違はないか」


 アルバロは即答した。「相違はない。ただし、もう1つだけ言い足す。互いの港で、相手の使者を殺さない。使者の安全を守る。これは条約の背骨だ」


 代表は目を細めてから頷いた。「それは当然だ。書く」


◇ ◇ ◇


 条約文は、その場で清書された。紙に墨が染みる匂いが立ち、乾くまでの間、誰も息を荒くしなかった。筆の先が走る音が小さく続き、終わると紙を持つ指が軽く震えた。封蝋が溶けると甘い匂いが出て、赤い滴が紙の端に落ちた。


 代表が印を押すとき、アルバロは椅子から立ち、同じ高さで紙を見た。相手の顔を見下ろさず、しかし下にも置かなかった。皇帝同士の扱いにするためだ。


 アルバロは言った。「これで、俺たちは5年間、互いに背中を刺さない。そして、ポルトガルが東で刃を抜けば、俺たちは同じ方向へ刃を向ける」


 代表は低い声で言った。「我らは古い国だ。約束を紙にするときは、軽く書かない。あなたも軽く扱うな」


 アルバロは頷いた。「軽く扱わない。だから俺は、譲るべき場所を最初に譲った。俺は、争いを増やすより、敵を減らしたい」


 ニャシャが控えめに言った。「条約ができた以上、次は実務です。紅海側の港と、東アフリカ側の港で、互いの商人をどう見分けるかを決めましょう。勝手な取り立てが起きると、自由交易が紙の上だけになります」


 代表はニャシャに視線を向けた。「女が実務を言うのか」


 アルバロは笑わず、落ち着いて言った。「この女は俺の参謀だ。俺の港は、役に立つ者が口を開く。あなた方も同じだろう」


 代表は少しだけ口元を緩めた。「分かった。では、その実務は、こちらの書記と合わせる。税を取らない代わりに、港での争いを抑える規則が要る。そこを詰めよう」


 ムリロが小さく息を吐いた。香の匂いの中で、その息は甘くも苦くもなかったが、肩の力が抜けたのが分かった。


 広間を出ると、外の光が強く、砂の匂いが戻った。遠くで鳩が羽ばたき、街の鍋から香辛料の湯気が上がっていた。ナイルの風が湿り気を含み、頬をなでた。


 アルバロは振り返り、同行の者たちに言った。「よく来てくれた。ここから先は、戦いより手間が増える。だが、その手間が港を太らせる。だから、疲れた者から休め。水を飲め。飯を食え。俺は、約束を守るために帰る」


 ニャシャは頷いた。「帰りましょう。条約は締結しました。次は、それを現場で生かす番です」


 ムリロは笑い、しかし声は真面目だった。「帰ったら、まず港の女たちに言いなさい。あなたが紙に書いた約束が、彼女たちの喉の水になると」


 アルバロは答えた。「言う。紙の約束を、暮らしの約束に変える。それが俺の戦だ」

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