第17話(後編)――「真水の門、モンバサを折る」
モンバサの沖は、波が浅瀬で砕ける音が絶えなかった。珊瑚礁の白が透け、舵の効きが重くなる。水先が声を張り、小舟が先へ出て合図を送った。空気は生温かく、汗が背に貼り付く。海の塩気に、町から流れてくる煮魚の匂いが混ざった。
ディエゴは港へ入る前に、真水の口を押さえた。井戸と樽の動きを止めれば、砦の中の喉が先に折れる。ニャシャが小隊を動かし、夜のうちに井戸番を捕らえた。チポが薬草を配り、熱で倒れる者を減らした。ムリロは女と子を日陰へ集め、騒ぎが起きないように声を掛け続けた。
砦は死に物狂いで抵抗した。銃声が跳ね、硝煙が鼻に刺さる。耳の奥が詰まり、口の中が苦くなる。突撃の前、ディエゴは兵の肩を叩き、わざと軽い声で言った。
「早く終わらせる。降りる者は助ける。刃を向ける者は倒す」
兵が頷き、緊張の中に笑いが少し混ざった。
門が破られたのは昼前だった。石の破片が転がり、粉が靴の中へ入る。抵抗を続けた者はその場で殺された。だが武器を捨てて膝をついた者は縛り、医者の前へ回された。町の端で泣き声が上がると、兵が水を渡し、泣き方が少し落ち着いていった。
勝ったあとに残るのは、熱と匂いだ。焦げた火薬、汗、海藻、血の鉄臭さ。ディエゴは顔を背けず、兵に水を飲ませ、倉を点検させた。帆布と塩、釘とロープ、火薬をまとめ、必要な分だけを積み替える。守りは小さく置き、船団は北へ回す。
◇ ◇ ◇
マリンディは最初から降りる気配があった。小舟が近づき、布に包んだ贈り物が差し出された。水と果実、乾いたパンだ。熟れた果実の甘い香りが指に移り、べたついた。
「港を貸せ。血は要らない」
ディエゴがそう言うと、相手は目を伏せて頷いた。兵の一人が果実をかじり、種をぷっと飛ばして笑われた。
ラムでは残党が小島へ逃げ込んだ。マングローブの根が水面に突き出し、泥が足を吸う。虫が群がり、耳元で細い音を立てた。兵は悪態をつきながらも、どこか楽しそうだった。
「この島、敵より虫が強いぞ」
「虫は降伏しないからな」
笑いが起きた直後、草陰から矢が飛んだ。冗談は消え、反抗した者は殺された。捕えた者は縄を緩め、まず水を飲ませた。
最後のモガディシュは風が乾いていた。砂が舞い、舌が渇く。港の外で船団が横一列になり、白い帆が並ぶと、それだけで相手の胸が折れた。砦の門は早く開き、抵抗は小さかった。
逃げようとした船だけが追いつかれ、舳先がぶつかり、木が軋んだ。潮と木屑の匂いが立つ。そこで刃を向けた者は殺され、武器を捨てた者は縛られた。
夕方、甲板では鍋が煮えた。魚と豆の匂いが湯気に乗り、塩気が腹を刺激する。兵は器を回し、遠くの街の灯を眺めた。女たちは布を干し、帆のほつれを直し、子どもには薄い粥が渡った。ムリロが菓子を少しだけ配ると、ルドが目を丸くし、タリロが思わず笑った。
ディエゴはその様子を見て、声を張った。
「次も同じだ。降りる者は守る。刃を向ける者は倒す。今日の鍋を冷まさずに、明日も食うぞ」
返事が揃い、船の上の空気がまた軽くなった。




