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ほくそ笑む大悪党 アルバロ・デ・モリーナ  作者: ひまえび
第七章――「黄金海岸の砦、奪われるポルトガルの旗」

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第16話(後編)――「石壁都市カミ、頂の風」

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

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挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


 (1523年10月上旬。トルワ国、石壁都市カミ)


 乾いた草の匂いが強い朝だった。ディエゴが馬を進めると、遠くの丘の上に灰色の石が積み上がり、線のように空を切っていた。壁は土の色と違い、光を吸って沈んで見える。近づくほど、積み石の肌が細かくそろい、ただの塊ではなく、手で積んだ仕事だと分かった。


 クダクワシェは先に立ち、馬の歩みをゆっくりにした。彼女は振り返って言った。「最初に外の町を見ます。ここを見ないと、上の壁の意味が分かりません」


 石壁の外側には、人の気配が密に集まっていた。土の家が丸く並び、屋根の草は新しいところと古いところが混じる。子どもが裸足で走り、乾いた地面の粉が足首に白く付いた。女たちは臼の前に座り、黍を搗く杵の音を揃えていた。木が鳴る低い音が続き、息を吐くたびに粉がふわりと舞う。焦げた粥の匂いと、甘い発酵の匂いが交じり、喉の奥が渇くのに腹が鳴った。


 鍛冶の小屋では、鉄を打つ音が鋭かった。赤くなった先が石に触れるたび、火花が散り、焼けた金属の匂いが鼻を刺す。皮のふいごが鳴り、風が火を育てる。ディエゴの兵の何人かが足を止め、刃の形を目で追った。戦の話をしていないのに、手の動きだけで力が伝わってくる場所だった。


 クダクワシェは笑って言った。「あなたの国の剣ほど細くは作れません。ここは鍬と斧が先です。畑と家畜を守らないと、王も壁の中で飢えます」


 市場では布が揺れていた。赤土の上に敷いた布の上に、塩の塊、蜂蜜の壺、乾いた肉、煙で黒くなった魚が並ぶ。山羊がロープを引きちぎろうとして鳴き、牛は鼻を鳴らして草を噛む。家畜の温い匂いと糞の匂いが強いが、そこに香油の甘い匂いが時々混じった。女たちが髪に油を塗り、光る筋を作っている。笑い声が上がり、値切りの言葉が飛び、足音が途切れない。


 ディエゴが「壁の外のほうが賑やかだな」と言うと、クダクワシェはすぐ返した。「賑やかで当然です。壁の中は、仕事を見せびらかす場所ではありません」


 壁へ向かう道は、土が踏み固められ、左右に背の高い草が揺れていた。鳥が鳴き、風が草の先を擦って乾いた音を立てる。坂を上がるにつれて、外の町の匂いが薄れ、石の冷たい匂いが増えた。石は日を浴びて温かいのに、近づくとひんやりした影を落としている。汗の熱がその影で一度引き、首筋が少し楽になる。


 石壁は高かった。人の背の何倍もあり、上は平らではなく、少し波のようにうねっている。積み方は整っていて、隙間が少ない。指を当てると、石の角は丸く削れ、硬いのに手のひらが痛くならない。長い年月、雨と風が触れてきた肌だった。


 入口は広くない。壁と壁が折れて作る曲がり道で、真っすぐには進めない。外から中が見えない作りだ。ディエゴは歩きながら、足音が石に返ってくるのを聞いた。外では草が音を吸っていたが、ここでは声も足音も跳ねる。小さな咳でも壁が拾い、すぐ隣で聞こえるように返した。


 クダクワシェは言った。「石は噂を運びます。だから中では口が軽い者を置きません」


 ディエゴが「お前は軽いのか」と返すと、彼女は眉だけ動かし、短く笑った。「私は軽いから残りました。重い人間は、王の横で黙って死にます」


 曲がり道を抜けると、視界が開けた。丘の上は風が違う。熱はあるが、風が肌を撫で、汗が乾く。石壁の内側には、広い空き地と、丸い家と、穀物を入れる高床の倉が並ぶ。倉の下では猫が日陰で丸くなり、時々しっぽだけ動かした。鶏が土を掘り、乾いた羽音がした。


 遠くで太鼓が鳴った。低い音が腹に来る。祭りではなく、合図の音だと分かる節だった。男たちが荷を運び、女たちが水甕を抱えて歩く。水の入った甕は重いのに、彼女たちは足取りを崩さない。甕の口から水が一筋こぼれ、土がそこだけ濃い色になった。


 ディエゴが「壁の中は静かだ」と言うと、クダクワシェはうなずいた。「静かに見えるだけです。ここは順番が決まっています。声が大きい者が勝つ場所ではありません」


 丘の頂へ向かうと、さらに石の囲いがあり、そこで人の流れが細く絞られた。番の男が立ち、目だけで客を測る。クダクワシェが短く言うと、男はすぐ頭を下げ、道を開けた。言葉は柔らかくないが、迷いがない。王妃だった女の声だった。


 頂の屋敷は、草の屋根と木の柱で作られている。石の壁と違い、柔らかい素材が多い。だが床はよく掃かれ、火の灰はきれいに寄せられ、器は揃っている。香油と乾燥した草の匂いが漂い、外の家畜の匂いはここまで上がってこない。


 クダクワシェは歩きながら言った。「王は石に住んでいるわけではありません。石は境の印です。ここから先は、言葉の扱いが変わります」


 ディエゴが「壁の外に住む者は、何を思う」と問うと、彼女は少しだけ考え、口元を押さえたまま笑った。「不満もあります。でも同じだけ誇りもあります。壁があるから、ここがトルワだと分かるからです。外の町は今日も動きます。壁の中は、明日も同じ形で残ります」


 屋敷の近くには、石で囲った細い場所があった。人が通るには狭く、ひんやりしている。そこを抜けると、見下ろす景色が広がった。壁の外の町が円く見え、煙が細く立ち上る。畑の筋が遠くまで伸び、牛の群れが点のように動く。風が高いところを通り、耳の奥で鳴る。草と土と煙が混じった匂いが、上からは薄く、広く漂ってきた。


 ディエゴは言った。「高いところに立つと、争いが小さく見えるな」


 クダクワシェはすぐ返した。「小さく見えるから怖いのです。下では人が泣きます。上では泣き声が届きません。だから王は、壁の外を忘れないように、貢納の数を毎年数えさせます」


 その言い方は、説教ではなく冗談の形をしていた。だが目は笑っていない。ディエゴは彼女の横顔を見て、王妃の席から降りた女の重さを思った。


 しばらく歩くと、石壁の影の下に、女たちが並んで座り、布を織っていた。糸が張られ、指が細かく動く。糸が擦れる小さな音が続き、そこに女たちの笑い声が混じる。布の匂いは乾いていて、染料の匂いが薄い。クダクワシェが近づくと、女たちは顔を上げ、彼女に何か言って笑った。彼女は肩をすくめ、短く返し、笑い返した。そこだけ、空気が明るくなった。


 ディエゴが「お前は壁の中で息が詰まらないのか」と言うと、クダクワシェは歩きながら言った。「息が詰まる日もあります。だから歌を覚えます。だから菓子を隠します。だから、嫌な顔をした男にわざと丁寧に挨拶します。そうすると相手が困るから」


 ディエゴは笑った。「お前は戦より性格が悪い」


 クダクワシェは楽しそうに言った。「戦は飽きます。性格は飽きません」


 夕方、石壁の影が長く伸びた。石の肌は日が落ちるにつれて冷え、触ると朝よりはっきり冷たい。外の町からは、鍋の匂いが上がり、煙が濃くなる。太鼓の音がまた鳴り、今度は柔らかい調子だった。仕事の終わりを告げる音だろう。


 ディエゴが壁の入口へ戻るとき、クダクワシェは振り返って言った。「あなたがこの街を見たことは、私にとっても得です。壁を壊す男は、壁を見に来ません。壁を見に来る男は、壊す前に数えます」


 ディエゴは言った。「俺は数える。壊すかどうかは、その後だ」


 クダクワシェは小さく笑い、首の金輪が触れ合って鳴った。その音は、石壁の中ではよく響いた。彼女が明るい声を出しても、壁はそれを逃がさず、きれいに返す。ディエゴはその反響を聞きながら、トルワが家畜と金だけでなく、石の誇りで立っている国だと理解した。

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