第16話(前編)――「盟約の盃、金粉の秤」
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登場人物
ディエゴ〈30〉(新大陸皇帝アルバロ・デ・モリーナ〈29〉の仮名)
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ディエゴの側室
クダクワシェ・ムリロ〈36〉。トルワ国王の元正妻。
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王妃らしい誇りと礼節を持ち、へつらわずに筋を通す。根は明るく、冗談と皮肉で場を軽くできる。暮らしの段取りを整えるのが好きで、侍女を褒めて菓子を分けるような面倒見もある。
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ディエゴの側女。参謀兼公爵
ニャシャ〈24〉
肌は深く黒く、瞳の黒が濃い。姿勢と歩みが崩れず、言葉が速く正確だ。状況を読むのが早く、地形と人の心を同時に扱う。腕力も俊敏さも備えている。
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ディエゴの側女
ルテンデ〈35〉。マンウェ川方面の金の谷の首長の元妻。ムタパ国本拠の縁戚から嫁いだ政治の婚姻で、婚礼の贈り物に牛と鉄器を受け取っている。元夫の代わりに人質や贈答の段取りを決めることが多く、道の首長たちとも顔が利いた。抵抗の連携が始まったときも、矢を集める村と食糧を隠す村の名を知っていたため、捕縛後は黙り込んで唇を噛んだ。
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〔侍女1〕タリロ〈28〉。ルヤ川沿いの金の谷を束ねる首長の妻だ。陶器を焼く一族の出で、幼いころから川砂の重さと流れを体で覚えてきた。夫の屋敷では女たちの採り分けを仕切り、砂金の袋を数える役も担っていた。襲撃の日は倉の裏で子を抱え、砲声で耳が塞がり、土埃で喉が焼けたまま縄を掛けられた。
〔侍女2〕ルド〈19〉。サビ川支流の小さな金の谷の首長の妻だ。隣村の首長家から差し出された娘で、嫁入りの時点で「戻れない」立場に置かれていた。夫の屋敷では若さを飾りに使われる一方、帳の中で耳に入る話だけは多かった。弓矢の補給や見張りの交代を夫が口にするたび、数を指で覚えてしまう癖がある。捕えられた直後、泣き声が止まると逆に周囲が不気味に感じられ、声を出せず震えた。
〔侍女3〕チポ〈30〉。北の峠を押さえる首長の妻だ。森の縁の村で育ち、蜂蜜と薬草の扱いに長けている。夫の屋敷では見張りの食と水を回し、夜番の交代に合わせて火を消す役も担った。矢の毒に使う草の名も知っているが、使い方を口にしたのは一度だけだ。襲撃の瞬間は戸口で子を押し戻し、縄を掛けられるまで土間に爪を立てて踏ん張った。
〔侍女4〕ファライ〈41〉。南の峠を押さえる首長の妻だ。歳の離れた夫に嫁ぎ、すでに成人した息子が2人いる。峠の通行から得る布と塩を管理し、夫が酒に溺れても家が回るように支えてきた。抵抗が始まると、若者たちの虚勢を煽る言葉を口にしたのは彼女だと噂されている。夫が倒れた後、顔を両手で覆い、土に額を打ちつけて泣いたが、途中から声が枯れて息だけが漏れた。
〔侍女5〕ニャメンダ〈27〉。上流の渡し場を押さえる首長の妻だ。漁と舟の一族の出で、縄の結びと流れの癖に詳しい。夫の仕事は通行人から小さな税を取ることだが、実際には彼女が舟の順番を決め、渡しの間合いを作っていた。襲撃の日、川の泥が足に吸い付き、逃げようとした女たちが転ぶのを見て叫んだ。捕縛されると、泥にまみれたまま子の名を繰り返し呼んだ。
〔侍女6〕マサシ〈22〉。下流の渡し場を押さえる首長の妻だ。ソファラへ下る荷を見送りに来た商人たちの言葉を聞いて育ち、スワヒリ語の挨拶とポルトガル語の数詞を少しだけ知っている。夫はそれを誇りにして客の前へ出したが、彼女は値切りの匂いを嫌っていた。抵抗の連絡役として矢筒の受け渡しを一度だけ手伝い、それが後で足枷になった。砲声の後、彼女は泣きながらも口を真一文字に結び、誰にも目を合わせなかった。
〔侍女7〕ムニャンガ〈34〉。金の量と相場を決める仲介の家の妻だ。父も母も商いの家の出で、布の目方と砂金の量を量る癖が体に染みついている。夫の横で袋の口を縛り、秤皿を磨き、取引の場では黙って相手の手元を見ていた。首長たちが結託すると、彼女は「道が荒れれば商いが死ぬ」と止めたが聞かれなかった。捕縛されたときは、夫の袖を握ったまま離さず、指が白くなるまで震えていた。
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(1523年9月中旬。マニカ国)
ディエゴがムタパを従え、いったんマニカへ戻ると、南西から使者が来た。乾いた赤土の道を越えてきた男たちは、革の袋を抱え、喉を鳴らしながら頭を下げた。外では牛が鳴き、角がぶつかる硬い音が途切れず、糞と獣脂の匂いが風に乗って入ってきた。
使者の長は、言葉を整えて告げた。トルワ国は、戦を望まない。マニカとムタパが落ちたと聞いた。今ここで盟約を結び、ディエゴの傘下に入る、と。
ディエゴは座ったまま相手の目を見た。背には汗が張りつき、革鎧の内側が熱を持っている。指先で机の木目をなぞり、短く言った。「ならば条件がある。毎年、決まった貢納を入れろ。それから、王の正妻を俺の妻として差し出せ」
使者の喉が鳴った。乾いた空気のせいで声が掠れ、口の中が砂を噛んだようにざらつくのが見て取れた。それでも使者は首を縦に振り、合図を出した。
幕が開き、外の光が差し込む。まず入ってきたのは、牛の群れを引く男たちだった。鼻輪の縄がきしみ、蹄が土を叩いて粉が立つ。次に、革袋と木箱が運び込まれた。箱の隙間からは、金属の冷たい匂いが漏れた。
ディエゴの側では、秤皿が置かれた。磨いた皿に光が走り、重りを置くたびに小さく鳴る。革袋の口が開けられると、金粉がさらりと流れ、音のない粒が皿に山を作った。風が一筋入るだけで舞いそうな細かさで、鼻の奥に金属の匂いが刺さる。
トルワ国が差し出した貢納の明細は、次の通りだった。初年分として今ここで納め、以後も同量を毎年、乾季明けに届ける。
貢納〈初年分。以後、毎年同量〉
1) 金粉 18000g
2) 金の腕輪〈純金の地金として換算〉 1200g
3) 牛 240頭〈雌160、雄40、子牛40〉
4) 山羊 120頭
5) 牛革 60枚〈乾燥済み、裁断前〉
6) 鉄の鍬と斧 計80丁
7) 塩 40袋〈布包み〉
最後に、女が入ってきた。トルワ国王の正妻、クダクワシェ・ムリロ〈36〉だ。
肌には油が薄く塗られ、火の煙と薬草の香りが混じっていた。首には金の小さな輪が幾つも重なり、歩くたびに触れ合って鳴る。布は濃い色で、縫い目は細かく、背筋をまっすぐに見せた。左右には侍女が4人、足音を消して付き従う。
クダクワシェは膝を折ったが、額を土に擦りつけるような真似はしなかった。盟約の婚姻であり、捕虜ではない。そう分かる姿勢だった。ディエゴの周りにいる側女たちが息を潜め、視線が一斉に動いた。
通訳が一歩前に出る。クダクワシェは通訳越しに、落ち着いた声で言った。
クダクワシェはこう言った。「私はトルワの王妃として来ました。盟約により、今日からあなたの妻側室となります。トルワの家畜と金は、約束どおり運びます。道の守りも、命じられた形で整えます。私の言葉は、王の言葉として通ります」
ディエゴはうなずいた。「良い。俺はお前を妻として迎える。お前の国は、約束を守る限り、焼かせない」
盃が出た。濁った穀物の酒で、酸味が鼻に上がる。口に含むと、舌にぴりりとした刺激が残った。外では牛の鳴き声が続き、近くの火が爆ぜて薪の匂いが目にしみた。
盟約の言葉が読み上げられ、重りが置かれ、金粉の袋が結ばれて封がされる。縄を締める音が短く響き、結び目が指に食い込む。ディエゴはその一つ一つを見届けた。貢納は数ではなく、次の季節も同じ重さで来るかどうかが肝心だった。
クダクワシェは立ち上がり、ディエゴの前へ進んだ。目は逸らさない。恐れがないのではなく、恐れを外に出さない顔だった。ディエゴが手を伸ばすと、彼女の指先は少し冷たく、油の膜で滑った。布の端には砂が付き、遠い旅の乾きが残っている。
その夜から、クダクワシェは客人ではなく、ディエゴの妻として幕の内へ入った。側女より格上の席が与えられ、食の順番も、話を通す順番も変わった。トルワの牛の群れは柵の中で息を吐き、金粉の袋は見張りの目の下で積まれた。マニカの熱い夜気の中で、盟約は紙ではなく、匂いと重さで形になっていった。




