第10話(後編)――「門の鎖、金粉の秤」
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登場人物
ディエゴ〈30〉(新大陸皇帝アルバロ・デ・モリーナ〈29〉の仮名)
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側女
1人目 ルジア・ロドリゲス〈26〉
リスボンの川沿いの町で育った。父は港の小役人で、船荷の数え方と、帳面の付け方を娘に叩き込んだ。読み書きができることが唯一の持ち物で、結婚相手は船の会計係だったが、海外の熱病で死んだ。未亡人として本国へ戻る途中、ソファラ帰りの船に乗せてもらっていたが、襲撃で捕虜になった。戻っても家はなく、親戚は「厄介者」として扱うと分かっている。
2人目 カタリーナ・デ・アゼヴェード〈32〉
内陸の小さな貴族家の出だが、家は傾いていた。若いころに「体面のため」の縁組で、海外の砦に関わる文書仕事の男に嫁いだ。夫は家に金を入れるが、妻には関心が薄く、彼女は屋敷で「書類の置き場」のように扱われてきた。砦と教会の往復で、署名、印章、通行証、寄付の名簿といった紙の扱いだけは身につけた。今回の航海も、夫の都合で帰国に同乗させられただけで、帰っても夫の家には居場所がない。
3人目 マダレーナ・フェレイラ〈38〉
南部の海辺の町で育ち、若いころから船乗り相手の宿の台所と洗濯場で働いてきた。嫁いだ男は航海の副官だったが、遠征続きで家にいない。彼女は港で暮らしを回し、怪我人の手当、塩漬け肉の管理、真水の配り方まで現場で覚えた。年齢の分だけ、男の虚勢にも、泣き落としにも動かない。今回の船でも、女の客ではなく、船内の食と水の段取りを実際に動かす側にいた。襲撃で夫と縁が切れ、戻っても「敗走の家族」として冷たい目が待つだけだと見ている。
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門が開いた瞬間、外で待っていた兵が雪崩れ込んだ。泥の足で石床を踏み、武器がぶつかり、怒号が跳ね返る。狭い場所で押し合いになり、誰かが転び、誰かが踏ん張り、誰かが壁に背を打つ。煙で目が痛み、汗で手が滑る。火縄銃は撃てば楽だが、ここで無闇に撃てば味方にも当たる。
戦いは短くならなかった。石の角ごとに守備兵が踏ん張り、火縄銃の火が点々と灯った。暗い廊下は煙で満ち、見えるのは火と影だけだ。剣が石に当たる音、槍の柄が折れる音、呻き声、命令の声が混じる。床に血が落ち、そこへ海水と泥が混ざって滑りやすくなった。
ディエゴは息を切らしながら、何度も同じことを言った。
「殺すな。縛れ。逃がすな。撃つなら足だ。生きた手がいる」
彼がそう命じるのは情けではない。砦を取った後に必要なのは、倉を開ける手であり、帳簿を読む手であり、舟を動かす手である。人を全部倒してしまえば、残るのは空の壁と、使い方の分からない荷だけになる。
夜が明ける直前、砦の中央庭で最後の抵抗が折れた。守備隊長らしい男が剣を落とし、膝をついた。額に汗が光り、肩が小刻みに震えていた。彼の後ろには、武器を捨てた兵が数人、息を荒くして立っていた。
ディエゴは泥のついた袖で頬を拭き、隊長の目を見て言った。
「負けたのはお前の腕だけじゃない。場所が悪い。湿地で病も出る。港は浅い。ここは守りにくい。だが今からは俺が使う。お前が働けるなら生かす。働けないなら縄だ」
隊長は唾を飲み、声を絞り出した。
「……住民は。家族は」
ディエゴは即座に答えた。
「無駄に殺さない。だが自由でもない。倉と舟を動かすために預かる。逃げれば、海か縄が待つ。それだけだ」
庭の片隅でマダレーナが負傷者の腕に布を巻いていた。布はすぐ血を吸い、ぬるく重くなった。彼女は舌打ちし、兵に言った。
「水を持ってきな。真水だ。塩水を飲ませたら余計に弱る。火傷の者は泥を落としてから冷やせ。放っておいたら夜に熱が上がる」
ルジアは倉の前に座り込み、震える手で鍵束を受け取った。鍵が触れ合う音が細く続く。彼女は口元を固くして言った。
「倉を開けた順に記録します。何がどこにあったか、後で揉めないようにします。勝った後で揉めたら、いちばん馬鹿です」
カタリーナは紙と印章の棚を見つけ、紙の束を胸に抱えた。湿気を吸った紙は冷たく重い。彼女はディエゴに言った。
「通行証と帳簿があります。誰が何を運び、どこへ流していたか書いてあります。現地の仲介の名も出ます。これを押さえれば、倉だけでなく流れも押さえられます」
ディエゴはうなずいた。
「まずは金の流れを押さえる。血の手当てはマダレーナがやる。俺は明日から、港と倉と人の働き口を決める」
日が出ると、壁の上から海が見えた。波は穏やかに砕け、何事もなかったように白い泡を並べた。だが砦の中は、煙と汗と血の匂いが残り、喉の奥が苦かった。蚊がまた戻り、耳元で嫌な音を立てた。
ディエゴは命令を一つずつ、分かる言葉で言った。
「火薬庫は封じろ。樽は動かすな。水場は見張れ。港の小舟は全部つないで逃げ道を消せ。負傷者は庭の陰に集めろ。捕虜は倉の前に並べ、名と役目を聞け。通訳を呼べ。殴って聞くな。言葉で聞け」
昼前までに砦の内外は整理された。抵抗した者は縛られ、武器は1か所に積まれた。火縄銃の火縄は濡れて使い物にならず、守備側が撃ち続けられなかったのはそれも大きい。湿地の戦いは、強い者が勝つのではなく、濡れに耐えた側が残る。
午後、倉が開いた。扉の蝶番が鳴り、湿った木の匂いが噴き出した。中には布が積まれ、金属の棒が転がり、ガラス玉の小袋が棚に並んでいた。象牙は壁に立てかけられ、触ると冷たく硬い。汗まみれの指で触ると、白い表面がわずかに曇った。
戦利金は皿と秤で量られた。金粉は布の上に出すと、濡れた砂のように光った。指でつまむと軽いのに、指先に細かな粒が残る。風が吹けば飛びそうで、見ているだけで落ち着かない。
量り終えた数をルジアが読み上げた。
「金粉と砂金で合計2万6,400グラム。銀貨と銀地金で合計5万1,200グラム。象牙は23本。布は巻物で146。ガラス玉の袋は62。鉄の棒と釘は数え切れませんが、樽で18です」
ディエゴは小さく笑った。
「蚊に取られる分よりは多い。今夜は酒を薄めずに飲めるな」
兵が疲れた声で笑い、少しだけ肩の力が抜けた。だが笑いの裏で、皆が自分の傷と自分の体の熱を確かめていた。湿地では、明るいうちに無事でも夜に倒れる。
捕虜の確保も進んだ。守備兵は24人。書き付けを扱っていた男が6人。鍛冶と大工が合わせて9人。神父が1人。ポルトガルの住民は家族を含めて58人が砦の内側へ集められた。泣く女もいれば、歯を食いしばる男もいた。子どもは状況が分からず、ただ怯えていた。
現地の者は港の番人と倉の出入りを仕切っていた者を中心に39人が縛られた。全員が敵だったわけではない。だが今は、誰がどこへ知らせに走るか分からない。だからまず足を止め、次に言葉で分ける。敵と、働く者と、帰す者を。
ディエゴは捕虜の列の前で、落ち着いた声で言った。
「泣いても水は増えない。ここは湿地だ。泣けば泣くほど喉が渇く。働けば飯は出る。病人には薬も出す。逃げれば海が食う。俺は脅しで遊ばない。現実を言っている」
夕方、潮風が少し冷たくなった。塩が汗の跡を白く残し、皮膚がつっぱった。砦の上では旗が下ろされ、代わりにディエゴ側の布が結ばれた。風に叩かれ、ばたばたと乾いた音を立てた。その音が、砦が持ち主を変えたことを皆に知らせた。
ディエゴは壁の縁に立ち、港を見下ろした。浅瀬はまだ危険で、砂州の色が淡く浮いている。ここを越えるのは腕が要る。越えた先には海があり、海の向こうに次の商いと次の戦いがある。
彼は肩の擦り傷を指で押し、痛みに顔をしかめてから笑った。
「よし。ソファラは取った。今夜は腹を満たす。傷口を洗う。火薬を乾かす。それから金を動かす。順番を間違えるな。順番を守れば、次も勝てる」
兵がうなずき、マダレーナが水桶を持ってくるよう声を張った。ルジアは帳面を抱え、カタリーナは紙束を抱えて歩いた。捕虜たちは黙って列を作り、湿った夕風の中で、足元の砂を踏みしめた。砦の石は昼の熱をまだ少し残していて、触るとぬるかった。
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砦の石壁が夜の湿気を吸って、触るとぬるかった。ディエゴは自分の肩の擦り傷を水で洗わせ、塩が染みて顔をしかめた。マダレーナが布を渡し、ルジアが火のそばに座って髪を拭いた。髪から落ちた水が床に小さな跡を作り、すぐに消えた。
ディエゴはルジアを見て言った。「今夜は休め。明日から帳簿と倉で手が要る。だが、お前にも怖いものが残っているなら、ここで捨てておけ」
ルジアは息を整えてから言った。「怖いのは砦ではありません。あなたが勝った後に、私たちを道具として並べるだけになることです」
ディエゴは首を振った。「並べるのは仕事だ。体まで勝手には扱わない。今夜、お前が嫌なら終わりだ。嫌ではないなら、俺のそばに来い。明日の朝まで、ここは俺の部屋にする」
ルジアは短くうなずき、濡れた布を床に置いた。彼女の肌は戦いの汗と潮の匂いが混じり、指先は冷えていた。ディエゴが手を握ると、冷たさがゆっくり温まっていった。
ルジアはディエゴの傷に指を当てて言った。「ここ、まだ熱い。無理に動いたでしょう」
ディエゴは苦笑した。「無理をしないで砦は取れない。だが、お前の前では格好はつけない。痛いものは痛い」
ルジアはディエゴの服の結び目をほどきながら言った。「明日の朝、私が先に起きます。倉の鍵を持つのは私です。あなたは寝てください」
ディエゴは言った。「寝るために呼んだ。抱くためだけではない。今日は汗と泥の匂いのまま終わりたくない」
彼女が近づくと、息が耳にかかり、甘い匂いではなく、人の体の匂いがした。ディエゴはそれを吸って、ようやく戦いが終わったと感じた。




