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ほくそ笑む大悪党 アルバロ・デ・モリーナ  作者: ひまえび
第七章――「黄金海岸の砦、奪われるポルトガルの旗」

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第8話(後編)――「鐘の合図、サントメ島襲撃」

 エレナが西へ出た翌日、ディエゴは別働隊をまとめた。狙いはサントメ島だった。ポルトガルの補給の中継地であり、放っておけば兵と物が湧く。


 ディエゴの手元の船は7隻だった。うち2隻は砲の数が多く、残りは速さを優先した。兵は合計で240名。火縄銃が90丁、弓と槍が残りを埋める。火薬は湿気を嫌うので、樽は油布で包み、樽の口を毎朝確かめた。船の上では、整った火薬だけが命を救う。


 一方、サントメ島の港は小さかった。海辺の砦は石でできているが、砲は多くない。兵も多くない。だが、鐘がある。鐘が鳴れば島の男たちは集まる。集まった男たちが槍を持てば、上陸隊は足を取られる。


 ディエゴは船室で地図を広げ、指で港の形をなぞった。


 副官が言った。「夜に近づけば、鐘が鳴る前に入れます」


 ディエゴは言った。「夜に近づく。だが、暗闇で勝とうとするな。見えない戦いは事故が増える。夜は近づくために使い、勝つのは朝だ」


 通訳が尋ねた。「上陸の合図は」


 ディエゴは答えた。「砲を2発だけ撃つ。1発目で壁の上を伏せさせ、2発目で門の前を空ける。殺しきるためではない。動きを止めるためだ」


 11月7日、夜明け前。船団は灯りを落とし、潮の音に紛れて島へ寄った。空はまだ暗いが、海面は少しずつ明るんでくる。帆の布が湿り、縄が手に張り付く。誰も無駄口を叩かない。無駄口が出るのは、怖さが溢れた時だ。


 ディエゴは甲板に出て、岸の影を見た。砦の形が黒く浮いている。港の入口には鎖があるが、閉じるには人が要る。今は寝ている。そこを突く。


 合図の直前、見張りが小声で言った。「灯りです」


 砦の上に小さな火が動いた。見張りが気づいたのだ。次の瞬間、鐘が鳴った。乾いた金属音が島の奥へ転がり、寝起きの声が遠くで混じった。


 ディエゴは迷わず命じた。「撃て」


 砲声が2つ続いた。火薬の煙が甲板に流れ、鼻と喉が焼ける。砦の上で火が揺れ、見張りが伏せた。門の前の広場にいた者たちも散る。散ったから、上陸が通る。


 上陸用の舟が滑り出した。櫂が水を叩き、浅瀬で砂を掻いた。兵は膝まで海に入り、盾を前に出して走った。海水が靴に入り、砂が爪先を削る。だが、止まれば撃たれる。走れば届く。


 砦の門の前で槍が突き出された。ディエゴの兵は盾で受け、横から押し返した。剣が鳴り、叫び声が弾ける。血が出れば足元が滑る。だから、足を止めない。押して、割って、門に密着する。


 門の横で火縄銃が鳴った。弾が盾に当たり、木が裂けた。盾の持ち手の手が震える。だが、震えても前へ出すしかない。ディエゴは後ろに下がらず、門の前に立った。


 ディエゴは言った。「門を開けろ。開けないなら燃やす」


 通訳が叫ぶ。中から返事がない。返事がないなら、時間を切るしかない。副官が松脂を持って来た。火を近づけると甘い焦げのにおいが立つ。門板が鳴り、煙が上がった。


 その時、門の内側で騒ぎが起きた。誰かが止めようとし、誰かが止めるなと叫んだ。言い争いは長く続かない。煙は議論を許さない。門が少し開き、槍が突き出されたが、すぐに引っ込んだ。


 ディエゴは言った。「武器を捨てて出て来い。逃げても島の外は海だ。死にたくないなら、今ここで終わらせろ」


 しばらくして、門が開いた。中から男たちが出てきた。顔が白い。寝ていたところを叩かれたのだ。隊列は崩れ、弾も少ない。砲も多くない。鐘で集めても、集まるまでに押し切られた。勝負は、そこだった。


 戦いはそこで終わったわけではない。島の奥から遅れて集まった男たちが槍を持って来た。だが、港はすでに押さえられている。砦の上にもディエゴの兵が立っている。遅れて集まった側は、前に出ると撃たれ、引くと逃げたと言われる。迷いが大きくなり、足が止まった。


 ディエゴは港の入口へ兵を回し、船を動かさせた。小舟2隻を押さえ、逃げ道を消す。海が逃げ道なら、海を塞ぐ。そこまでして、島の男たちは武器を落とし始めた。


 負傷者は出た。ディエゴの側でも死者が出た。だが、全滅はしない形で押し切った。砲を必要以上に撃たず、門を割って短い時間で終わらせたからだ。長引けば、どちらも死ぬ。


 捕らえたポルトガル人は男女とも集められた。縄は強く締めすぎず、逃げにくい程度にする。締めすぎると、運ぶ前に倒れる。倒れれば荷になる。荷が増えれば、こちらが疲れる。


 ディエゴは捕虜の前に立ち、通訳を横に置いた。


 ディエゴは言った。「ここで死ぬか、生きて働くか。まずはそれを選べ」


 男の一人が叫んだ。通訳が訳す。「俺たちに何をさせる気だ」


 ディエゴは言った。「海の仕事ができるなら船だ。大工なら修理だ。読み書きができるなら帳場だ。できないなら力仕事だ。働けば飯は出る。余計なことをする者は縛る。逃げようとする者は、そこで終わりだ」


 捕虜の中に、黙ってうなずく男がいた。顔に古い火傷があり、手が固い。船大工の手だった。


 ディエゴはその男を指した。「名前は」


 男はしばらく黙り、通訳に向かって答えた。通訳が言い直す。「マヌエルだそうです。船大工です」


 ディエゴは言った。「忠誠を誓えるか」


 マヌエルは唾を飲み、ゆっくりうなずいた。恐怖だけのうなずきではない。生きるための選択だった。ディエゴはその場で兵に命じた。「この男は縄を外し、見張りを付けて働かせろ。裏切ればすぐ縛れ」


 女たちは別に集め、まず侍女としての役目を割り振った。水汲み、炊事、布の洗い、薬草の仕分け、負傷者の手当。船と砦は、戦いが終わってからの方が仕事が多い。


 女の一人が前に出た。通訳越しに言う。「私は炊事ができます。釜を扱えます」


 ディエゴはその女の目を見て、言った。「炊事に回せ。火の扱いを間違えるな」


 別の女が小さな声で言った。通訳が耳を寄せる。「あなたのそばに仕えたい、と言っています」


 通訳が顔を上げた。「側女の申し出です」


 ディエゴは即答しなかった。視線を外さずに、まず尋ねた。


 ディエゴは言った。「名前は」


 女は名を答えた。声が震えている。震えているから駄目とは限らない。だが、勢いだけで決めると揉める。揉めれば隊が腐る。


 ディエゴは続けた。「なぜだ」


 女は答えた。通訳がまとめる。「生き残るためです。自分で決めたい、と」


 ディエゴはうなずき、最後に言った。「今日は侍女に入れ。明日、もう一度来い。明日も同じ言葉が言えるなら、その時に考える」


 女は黙って下がった。


 ディエゴはサントメ島の港を押さえ、次の拠点への準備を始めた。


 ◇ ◇ ◇


 12月、エレナの船はイスパニョーラ島へ着いた。港は広く、人の声が多い。潮のにおいに香辛料のにおいが混じり、荷車の軋む音が道に溢れる。ここはミナ砦よりも人が多い。人が多い場所は、噂も多い。


 エレナは上陸すると、まず役所へ行った。提督としての任命状を出し、封印を確かめさせた。役人は文面を読み、逃げ道を探す目を一瞬だけ動かしたが、すぐに諦めた。紙は紙だが、紙の裏に船と兵がいる。役人はそれを理解していた。


 役人は言った。「鍵をお渡しします。倉は3つ、砦の門が2つ、兵舎が1つ、帳場が1つです」


 エレナは答えた。「全部、ここで数える。数が合わないなら、その場で直す」


 鍵束が机に置かれた。鉄の冷たさが手に伝わる。エレナは鍵の数を数え、一本ずつ布に包ませ、担当の名を書かせた。言い逃れを潰すのは、最初の1日だけでいい。最初に潰せば、次から楽になる。


 サントドミンゴ砦へ入ると、石壁は厚いが、足元が湿っていた。排水が詰まっている。


 エレナは砦の責任者に言った。「排水を先に通す。今日からだ。石運びも回す。手を出せる者を全部出して」


 責任者は渋った。「港の荷が」


 エレナは遮った。「荷は逃げない。砦が崩れたら、荷も人も終わる。だから、先に砦を立て直す」


 港には黒人奴隷を積んだ船も入っていた。エレナはそれを見て、目をそらさなかった。見なければ、誰かが勝手にやる。勝手にやらせれば、あとで揉める。


 エレナは港の役人に言った。「積み荷の人数と状態を書け。病人がいるなら分ける。食い物と水の配りを決める。売るにしても働かせるにしても、倒れさせたら損になる。ここは帳面で動かす」


 夜、砦の中が静かになると、波の音が遠くから聞こえ、火の光が石壁に揺れた。エレナは机に向かい、報告を書いた。海の上で見た死者の顔、船倉の匂い、樽の重さ、港の音。忘れると、次に同じ失敗をする。だから、書く。


 最後にエレナは記した。サントドミンゴ砦は動き始めた、と。


 ◇ ◇ ◇


 ミナ砦ではルイーザが夜も帳面を閉じなかった。砦に残る者の口を減らし、井戸の列をし、修理の手を止めない。沖から帰ってきた伝令がサントメ島の戦いを報告すると、ルイーザは一度だけ顔を上げた。


 ルイーザは言った。「死者と負傷者の数を先に。次に火薬の残り。船の傷み。捕虜の内訳。働ける者の数。そこまで分かれば、次の手が切れます」


 伝令はうなずき、順に答えた。ルイーザは聞きながら紙に写し、数字が揃うまで筆を止めなかった。


 ディエゴは海の上で次の一手を考え、エレナはサントドミンゴの鍵と倉と名簿を集め、ルイーザはミナ砦の水と火薬を守る。


挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

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