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ほくそ笑む大悪党 アルバロ・デ・モリーナ  作者: ひまえび
第七章――「黄金海岸の砦、奪われるポルトガルの旗」

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第5話――「硝煙の石壁、金粉の革袋」

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


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登場人物

ディエゴ〈29〉(新大陸皇帝アルバロ・デ・モリーナ〈28〉の仮名)

ルイーザ・デ・カルヴァーリョ〈36〉

ディエゴの妻。ポルトガル商船提督の元妻

エレナ・デ・ビラルバ〈32〉

ディエゴの妻。スペイン商船提督の元妻

――――――――――――――――――


(1522年9月中旬。サンチャゴ島)


 9月中旬、サンチャゴ島の港を出ると、空気の匂いが変わった。胡椒と油と豆の煮汁に混じっていた陸の匂いが、潮と藻と松脂の匂いに押し流されていく。帆が張り、索具が鳴り、甲板の板がきしんだ。船腹の内側では、砲が固定され、石弾と鉄弾が籠に分けられ、火薬樽の栓が確かめられた。手が慣れている男ほど口数が減り、代わりに指先だけが忙しく動いた。


 数日、波は荒れたり静まったりした。夜になると、黒い水面が船の脇で薄く光り、舷側を打つ波が乾いた音を立てた。眠りが浅い水夫が咳をし、どこかで鉄の鎖が鳴った。ディエゴは甲板に出て、風の湿り気を舌で確かめた。空が明るくなるにつれ、遠くの空の色が土の色に変わっていった。


 黄金海岸が見えたのは、朝の光がまだ白い頃だ。陸の匂いが潮の上に乗り、焼けた木と湿った土と煙の匂いが混じって鼻に入った。海は浅く、波が細かく立ち、岸近くは泡が白く砕けていた。その奥に、白い壁が突き出している。ミナの砦だった。日を受けた壁はまぶしいのに、窓や射撃口は黒く抜けていて、そこだけ穴のように見えた。


 ディエゴは声を張らずに命じた。合図の旗が上がり、太鼓が短く鳴った。砲列の男たちが動き始める。火縄の匂いが濃くなり、火薬の粉が指にまとわりつく。砲口が少しずつ上がり、船が波で揺れるたびに照準がずれて、砲手の肩と腰がそれを押し戻した。


 最初の一斉射で、空気が裂けた。耳の奥が詰まり、胸の中まで叩かれる。砲の反動が甲板を震わせ、木の継ぎ目が低くうなった。白い煙が舷側から湧き、舌に苦い味がついた。石弾が飛ぶ音は見えない。だが、砦の壁に当たった瞬間だけ、乾いた破裂音が返ってきて、白い欠片が外へ噴いた。遅れて、砦の上から土と石灰の粉が風に散った。


 敵も撃ち返してきた。砦の射撃口から煙が出て、鉄弾が海面を跳ね、船腹に鈍い音を残した。水柱が上がり、塩のしぶきが顔に刺さった。砲手のひとりがうめき声を漏らし、肩を押さえて膝をついた。血が板の上に落ち、潮で湿った木に黒く染みた。負傷兵を引きずる足音が、砲声の合間にやけに大きく聞こえた。


 それでもディエゴ軍の砲は止まらない。装填棒が出入りし、火薬が入れられ、弾が押し込まれ、火縄が近づく。硝煙が濃くなるほど、目が痛くなり、涙が勝手に出る。汗が眉を伝って口に入り、塩辛い。砦の壁は頑丈だった。崩れたのは表面だけで、すぐに元の形を保とうとする。だが、同じ場所へ、同じ角度で、繰り返し叩き込むと、壁の呼吸が乱れていく。白い面にひびが走り、ひびがつながり、端が浮き、ある瞬間に大きな塊が落ちた。


 陸へ出る合図が出た。小舟が降ろされ、櫂が海をかき、湿った風が顔を撫でた。波打ち際は足を取る。砂が重く、靴の中へ入る。砦から聞こえる叫び声は、壁があるせいでこもり、何を言っているのか分からない。ただ、恐怖だけは伝わった。鉄がぶつかる音、火薬の匂い、血と汗の匂いが、潮の匂いを押しのける。


 破れ目へ突入すると、空気が急に冷たく感じた。白い壁の内側は日陰で、石の床が湿って滑る。煙が渦を巻き、視界が途切れ途切れになる。敵の槍が見えたと思った瞬間、味方の短銃が乾いた音を立て、火花が散った。誰かが倒れ、誰かが踏み越えた。声を上げようとしても喉が乾いて、声が割れる。


 抵抗はしつこかった。砦の中は狭く、角が多く、どこからでも刃が飛んでくる。ディエゴ側も損害を重ねた。床には血が混じり、鉄の匂いが強くなる。負傷兵の息が荒く、布で押さえた傷口から温い感触が指に伝わる。だが、戦闘の手つきに差が出た。詰めるべき所で詰め、引くべき所で引き、入口を塞がずに敵を追い詰める。経験が、狭い石の通路でそのまま力になった。


 砦の中心に近い場所で、敵の総司令官が見えた。鎧の光り方が違う。周囲の兵が無意識にそこへ視線を寄せている。ディエゴは一歩だけ踏み出し、息を止めた。短銃の金具が汗で滑り、引き金に掛けた指が重くなる。砲声の残響がまだ耳に残っていて、世界が少し遠い。次の瞬間、火が弾けた。


 総司令官の体が跳ね、背中が石壁に当たり、ずるりと崩れた。倒れる音は意外に小さかった。周りの兵の目が一斉にそこへ集まり、次の動きが止まった。誰かが叫び、別の誰かが退いた。旗を握っていた腕が揺れ、旗が半分落ちた。その瞬間に、砦の中の空気が変わった。抵抗の形が崩れ、命令が届かなくなり、個々の恐怖だけがむき出しになった。


 ディエゴ軍は辛うじて押し切った。最後まで刃を捨てない者もいたが、多くは武器を落とした。剣が石に当たる音が続き、鉄が転がって止まる音がする。砦の白い壁は煤で汚れ、床には火薬の黒い粉が散っている。息を吸うたび、硝煙の苦さが胸の奥に張り付いた。


 外へ出ると、光が痛いほど強かった。海は相変わらず青く、波は何事もなかったように砕けている。潮の匂いが戻ってきて、やっと呼吸が少し楽になった。ディエゴは壁の上を見上げ、奪い取った砦の旗の位置を確かめた。そこにしばらく陣取る。港の鎖も、倉の鍵も、砲座も、帳面も、ここから先は自分の手で動かす。勝ったのに笑う者は少なかった。笑えるだけの余裕は、血と硝煙の中に置いてきたのだ。


 ◇ ◇ ◇


 ミナの砦を押さえた翌日、硝煙の匂いがまだ石の目に残っていた。白い壁は煤で灰色にくすみ、砕けた石灰が粉になって足の甲にまとわりつく。潮風が吹くたび、その粉が舞い上がり、喉の奥がざらついた。


 ディエゴは最初に「数」を作った。奪ったものが曖昧だと、軍も商いもすぐ腐る。砦の倉と金庫と牢と帳場を、鍵束ごと押さえ、書ける者を集めて、机の上に帳面を広げた。羽根ペンが紙を引っかき、砂がぱらりと落とされ、墨の匂いが立った。外では波が砦の下で砕け、港鎖が風に鳴った。


 戦利金は、まず金だった。革袋に入った金粉が、倉の奥から次々に運び出される。口を解くと、湿った砂糖のような匂いがして、粒が指の間を冷たく滑った。量は合計で金粉が1,180kg、鋳固めた延べ棒が96本で計480kg、金貨が128,000枚、銀貨が302,000枚だった。銀貨の箱は木が潮を吸って重く、持ち上げるたびに釘がきしみ、底から塩の匂いがした。


 戦利品は、港を回すための物が揃っていた。上質の布は反物で4,200、粗布が8,600。棒鉄が3,300本、銅板が620枚、真鍮線が210束、鏡が780枚、鈴が5,400、針が44箱、刃物が1,200丁、鍋が260、ガラス玉が樽で130。火薬樽が240、火縄銃が410丁、弩が90張、砦に据え付けの小砲が14門、予備の砲身が6本。潮と油の匂いが混じった倉の中で、それらが積み上がると、砦の内側が一段と狭く感じられた。


 黒人奴隷として閉じ込められていた者は、砦の牢と倉の間の低い部屋にいた。石壁は湿り、床は汗と尿の匂いが染みていた。鎖が動くたびに、鉄の擦れる音が暗いところで響いた。人数は642。男が402、女が170、子どもが70だった。痩せた肩に塩が浮き、目だけが大きく見える者もいれば、怒りで顎を固めている者もいた。泣き声は途切れ途切れで、喉の渇きが先に来ているのが分かった。


 ポルトガル人の捕虜は、軍と町で分かれていた。砦の守備兵が318、砲手と職人が54、商人や帳場の男が92、女が146、子どもが63。ほかに、砦の周りの居住区には、混血の家族やアフリカ側の通訳、雇われの労働者、商いの手伝いをしていた者が合計で480ほど残っていた。言葉は混ざり、祈りの声も混ざっていた。ポルトガル語の怒鳴り声の横で、アフリカの言葉が早口に交わされ、カーボベルデ訛りの笑い声が小さく漏れる。ここは確かに、石の壁で囲われた「外の町」だった。


 砦の中にも、一般の暮らしがあった。礼拝堂には蝋の匂いが残り、香の甘い煙が壁に薄くこびりついていた。台所では焦げた油の匂いと干し魚の匂いが混じり、鍋の底にこびりついた粥がまだ温かかった。子ども用の小さな靴が階段の隅に転がり、洗濯物が風にばたついて、濡れ布の匂いが鼻を打った。戦いが終わっても、生活の痕跡だけは消えずに残っていた。


 ディエゴは捕虜の扱いを、男の列と女の列で分けた。彼は見張りの配置だけ決め、余計な説明をしなかった。やるべきことは「線を引いて、越えた者を罰する」だけだと分かっていた。


 女と子どもの区画は、ルイーザとエレナに任せた。2人は疲れが残る顔をしていたが、動きは早かった。まず空いている倉を選び、床を洗わせ、桶に水を張り、布を裂いて包帯を作らせた。石灰の粉が舞う通路を、2人は袖で口を覆いながら歩いた。やがて、石鹸と酢の匂いがそこに足され、血の匂いが少し薄まった。


 ルイーザは言った。「女と子どもをここへ。順番に座らせて、名前と年齢を聞く。言葉が通じないなら、通訳を呼んでいい。水は先に配る。泣いている子は抱いて落ち着かせろ。騒がせないためじゃない。息を整えさせるためだ」


 エレナは言った。「怪我を見せて。刃の傷は洗う。火傷は濡れ布で冷やす。熱がある子は奥へ。眠れる場所を作る。男の見張りは入口だけ。中へ入れるな。必要なら私が呼ぶ」


 ポルトガル人の女たちは最初、怯えで固まっていた。膝が震え、髪に砂が絡み、唇が乾いて白くなっている。だが、杯の水が手に渡り、塩を落とす布が配られ、子どもが泣き止むと、視線が少しずつ現実へ戻ってきた。アフリカ側の女たちも混じっていた。目が合うと、互いにためらいながらも頷く者がいた。言葉が違っても、喉の渇きと恐怖は同じ匂いをしていた。


 砦の外側の居住区では、残された人々が戸口から様子を窺っていた。煮炊きの煙は薄く、火は小さく、犬が落ち着かない足取りで歩く。市場のように賑やかだったはずの通りは、貝殻を踏む音だけが目立った。潮と汗と煙の匂いの中で、遠くから砲の破片を片づける金属音が響いていた。


 夕方、ディエゴの机の上に、まとめの帳面が置かれた。紙は湿気で少し波打ち、墨が黒く光っている。ディエゴは指で数字を追い、最後に鍵束を鳴らした。硬い音が、司令室の天井に跳ね返った。


 彼はこう言った。「これで回せる。港も、倉も、人もだ。明日からは、泣き声より先に足音を働かせろ。ここは俺の砦になる」


 外では波が同じ調子で砦の下を叩き続けていた。白い壁は煤で汚れても、港鎖は風に鳴り、帳面の紙は増えていく。奪った瞬間だけが戦いではなく、その後の毎日が占領だった。

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