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ほくそ笑む大悪党 アルバロ・デ・モリーナ  作者: ひまえび
第6章――「波の鎖、南の潮」

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第15話(前編)――「帆柱の列、火縄の匂い」

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


――――――――――――――――――

新たな妾たち(以前からの妾たちは妊娠中のため、船内で静養している)

――――――――――――――――――

先住民

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 アナイラ〈36〉(族長の正妻) 族長の家を切り盛りしてきた女性。川口と集落の道を知る。


 シリマ〈20〉(族長の妾) 若く、目が利く。森の足場と危ない谷を覚えている。

――――――――――――――――――

スペイン人

――――――――――――――――――

 イサベル・ロドリゲス〈24〉 サントドミンゴから小舟で移動中、嵐で流されてドミニカ島へ漂着した。夫は水際の争いで死亡し、以後は子を抱えて森の囲いに隠れていた。針と布の扱いが早く、破れた衣の繕いで手を動かせる。


 ルイサ・エスピノサ〈19〉 港の下役の家の娘。読み書きの初歩を身につけており、短い祈祷文と物の数え方を覚えている。囲いでは火の番を担い、煙を小さく保つ工夫をしていた。


 カタリナ・サントス〈33〉 兵の炊事場にいた女で、塩蔵と干し物の加減を知る。島では貝と木の実を選り分け、腹を壊さない順で子どもへ回していた。


 ベルナルダ・メヒア〈27〉 雑役として司祭館に出入りしていた。薬草の匂いと傷の洗い方を少し知り、発熱した子どもの額を冷やす役を担っていた。


 エレナ・デ・トレド〈41〉 年長で、囲いの中では女たちの口論を止める役に回っていた。物資が尽きた夜、誰がどれだけ食べたかで揉めた際も、声を荒らげずに分け方を決めたという。

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新たな人質女性

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セントルシア島

 マオア〈37〉 出身部族はカリナゴ〈島カリブ〉族。川口の集落の族長の正妻。浜で男たちの動きを止め、場を崩さずに取引を続けさせた年長の女。


 レイリ〈19〉 出身部族は同じくカリナゴ〈島カリブ〉族。族長の側室(妾)。ひょうたんの水と果実を地面に置き、取引の意思を示した若い女。

――――――――――――――――――

グレナダ島

 ナヤリ〈36〉。グレナダ島北側の谷の集落。畑と食料庫を取り仕切り、男たちの遠出の間も集落を回してきた。腕に白い貝の輪を重ねていた。


 ウアチマ〈31〉。東の川筋の集落。薬草と傷の手当を任され、毒を塗る矢の調合も知っていると噂された。首に黒い種の首飾りを下げていた。


 テシラ〈27〉。南の入江の集落。丸木舟の手配と浜の見張りを仕切る家の女で、海の流れと浅瀬の位置を覚えている。耳に小さな骨の飾りがあった。


 アマイラ〈19〉。西の丘の集落。婚姻で同盟を結ぶために迎えられた若い正妻で、儀礼の歌を受け持つ。髪に赤い羽根を差していた。

――――――――――――――――――


 (1521年7月22日、正午。グレナダ島沖)


 錨が上がった。鎖が海面を切り、黒い輪が一拍遅れて甲板の板を震わせた。潮は甘くはない。塩の匂いの奥に、泥と草の湿りが混じっている。岸の緑は遠ざかり、白い浜の線が細くなる。合図の旗が揚がり、帆が一斉に膨らんだ。上を見上げる兵の顔は汗で光り、火縄の匂いが日差しに温められて鼻の奥に残った。


 船団は長かった。前も後ろも帆影が途切れず、海面のきらめきが帆柱の列に切り刻まれていく。火縄銃の箱が通路に積まれ、大砲は甲板の縁に沿って並ぶ。油を塗った砲身が鈍く光り、縄が張られるたび乾いた擦れ音が走った。


 波は荒れていない。それでも船腹は常に軋み、縄は湿って硬い。舷側を伝う水の音が、昼の間じゅう耳の底で止まらなかった。


 ディエゴは上甲板で兵たちを見回した。怒鳴る必要はなかった。視線だけで通る。近くを通った若い兵が緊張で口元を引き結ぶと、ディエゴは肩を軽く叩いた。


 ディエゴは言った。「顔が固い。海は逃げない。まずは息を合わせろ」


 笑いが小さく起きた。笑い声は風に削られて散ったが、肩の力は少し抜ける。総大将が明るいと、甲板の空気が軽くなる。兵はそれを待っていた。


 日が傾き始めると、船の中の仕事が一段はっきりしてきた。火薬の樽は乾いた布で覆われ、火縄は湿りを避けて箱に収められる。砲の周りでは油の匂いが強くなった。砲身を拭く布が黒く染まり、指先に金属の冷たさが残る。


 人質として連れている女たちは、甲板で見世物にしなかった。船の中に、役目の場所を作った。イサベル・ロドリゲス〈24〉は針と布で破れを塞ぎ、子の衣まで手早く整えた。ルイサ・エスピノサ〈19〉は数え方と短い祈りで、配分の取り違えを減らした。カタリナ・サントス〈33〉は塩蔵と干し物の加減を見て、腹を壊さない順を先に決める。ベルナルダ・メヒア〈27〉は傷の洗いと熱の見立てを引き受け、年長のエレナ・デ・トレド〈41〉は口論が芽を出す前に声を落とした。


 先住民の女たちも、同じように知っていることを役にした。アナイラ〈36〉は水場の扱いと、人が集まるときの息の合わせ方を知っていた。シリマ〈20〉は足場の危うさを見分け、夜の物音の種類を聞き分けた。


 グレナダから連れてきた4人も、それぞれの癖がはっきりしていた。ナヤリ〈36〉は倉の匂いを嗅ぐように戸口に立ち、樽の並びを目で覚える。ウアチマ〈31〉は薬草の束を触って確かめ、毒の話が出ると視線だけで距離を測った。テシラ〈27〉は海面の色の変わり目を見て、浅瀬の気配に敏い。アマイラ〈19〉は夜、薄い声で歌を落とし、泣き声を大きくしないための間を作った。


 夜、ディエゴは指揮の者と必要な女たちを近くに置いて食事を取った。豪華さは飾りではない。胃を満たし、明日の判断を鈍らせないための豪華さだ。泡立てたカカオの苦みが舌に残り、蜂蜜で煮た果実が喉を湿らせる。唐辛子の赤いソースは香りが先に立ち、豆の粥は腹の奥で温かく広がった。焼いた鳥肉は煙の匂いが強く、噛むと塩がじわりと出る。皿の縁に残った油を、トウモロコシの薄い焼き生地で拭い取って口へ運ぶと、船の揺れが少しだけ鈍く感じられた。


 ディエゴは杯を置き、冗談を1つ言って笑いの間を作った。女たちが息をつけるように、兵の肩が上がり過ぎないように。船の中の空気は、そうやって整えるものだと分かっていた。


 ◇ ◇ ◇


 その夜、妾たちは順にディエゴの私室へ呼ばれた。競うような足音が廊下に重なり、扉の前で息を整える気配がした。ディエゴは拒まない。ただ、順序を崩さず、声を荒らげず、短い言葉で落ち着かせた。髪をほどき、汗の塩を拭い、必要な水を渡す。怯えが出れば、それ以上は進めない。夜を荒らさずに終える。それが艦隊の規律を守るやり方だった。


 一方で、食事の段取りは明確に分けた。調理と配膳は人質を兼ねた6名に任せた。火の扱い、塩の順、器の温度。手順は細かく指示し、間違いが出ないように見守った。手が足りないときだけ兵が運び、刃物は必ず回収した。


 卓に並んだのは、蜜で艶を出した果実、泡立てたカカオ、唐辛子の香りを立たせた肉、豆と穀の粥、薄焼きの生地だった。古い都で王が口にしていたと伝わる型をなぞり、量は抑え、質を揃えた。ディエゴは人質の6名を同席させ、同じ器、同じ順で口に運ばせた。仕事の報いとしての食事だと、誰の目にも分かるようにした。


 妾たちはそれぞれの区画で食べた。味は落とさない。ただ、席は分ける。湯気が廊下へ流れ、香りだけが扉の隙間から漏れた。誰かが杯を置く乾いた音が1つ響き、すぐに止んだ。


 夜が更ける頃、甲板は静まり、船腹の軋みだけが残った。ディエゴは灯りを落とし、明日の潮を思った。秩序は、こうして作る。甘さと差配を同じ場に置き、望みを一段だけ先へ出しておく。


 ◇ ◇ ◇


 航海は一直線では終わらなかった。雨の壁に突っ込む日がある。雲が低く、帆布が水を吸って重くなる。縄は滑り、手のひらの皮が剥ける。雷の音が遠くで鳴り、海面が一瞬だけ白く光る。夜も走り続けると、眠りは短く切れる。眠りの底で聞こえるのは波の音ではなく、木の軋みと誰かの咳だ。


 それでも船団は崩れなかった。大艦隊は速さより形を優先した。先頭が風を拾いすぎないようにし、後ろの船が置いていかれないようにする。合図の旗が上がり、太鼓が短く鳴る。火縄銃の隊は濡れを避けて火縄を守り、砲兵は油紙の扱いを徹底した。兵が不満を漏らしそうになると、ディエゴは甲板に出て、わざと明るい声で言った。


 ディエゴは言った。「急ぎたいのは皆同じだ。だが沈んだら終わりだ。敵は岸にいる。海ではない」


 声は荒らげない。荒らげなくても通る規模だからだ。通る声を持つ者が、わざと軽く言う。すると兵は笑い、笑った分だけ息が長くなる。


 7月の終わり、海の色が変わった。青が薄れ、濁りが混じる。潮の匂いが重くなり、泥の湿りが鼻へ入る。沖を渡ってきたはずの海に、流木や草の切れ端が混ざり始めた。鳥が増え、羽音が近い。遠い水平線の端が、黒く低く盛り上がった。森の稜線だった。


 8月1日、夜。船団はウラバ湾の外で船脚を殺した。帆を落とし、縄を静かに回す。甲板の声は小さくなり、足音まで気を遣う。灯りは覆い、火の粉が外へ漏れないようにした。沖は暗いが、陸は匂いで存在を知らせる。湿った葉、腐った木、川の泥、獣の糞。遠くで雷が鳴った。


 テシラが海面を見て、舳先の者に短く合図した。浅瀬の筋が、うねりの割れ方で出ている。丸木舟と浅喫水の小艇を下ろし、竿で底を探る。泥の底は柔らかい。竿が沈み、引き上げると黒い匂いが上がる。ディエゴはそこで急がなかった。湾へ入っただけでは終わらない。川筋を使って詰める。半日、1日を余分に見る。そのための静けさだった。

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