◆2
「…昴流さん、学校、来てくださいよ。もうすぐ卒業なら、なおさら」
陽太は先に車に戻った。
教室に行くのは、当初の予定通り、来週からにするらしい。
ここまで来たのだから、顔だけでも出せばいいのに。相変わらず、意気地なしなんだから。
裏庭にはまた、ふたりになった。
でもあたしもそろそろ、行かなくちゃ。
「あたしもこれから…少しずつ学校、楽しみたいと思います…だから」
昴流さんはベンチに腰掛けたまま、もうあたしのことは見ていない。
「今度、昴流さんがピンチの時には、恩返し、させてください…いつか」
あたしの言葉にようやく、昴流さんがゆっくりと顔を上げた。その口元は少しだけ、笑っていて。
「…いつか?」
「はい、いつか」
ゆっくりと、立ち上がるその瞳があたしを見下ろす。陽太のとは違う金色の髪が揺れて、木漏れ日に反射していた。綺麗だと思った。
触れる温もりは、確かにやさしくて。あたしは少しだけ笑う。
……そう、きっと…いつか。
◇ ◆ ◇
「……あ…」
教室の前で扉に手をかけた瞬間、あたしは思わず立ち止まる。隣りでまだ緊張した顔の陽太が、あたしを見下ろしながら首をかしげた。
そういえばすっかり忘れていたけれど。
「あたしの席、ないんだった…」
あたしが使っていた席は、陽太の席だ。それはちゃんと返さなくちゃ。
「ああ、それなら…大丈夫だと、思うよ」
やけに自信ありげに陽太が笑う。
今度はあたしが首をかしげていると、扉にかけていたあたしの手に陽太が自分の手を重ねた。
あたしの右手の傷はもうすっかり綺麗に治っていて、陽太の右手首にはリストバンド。
包帯は、もう要らない。
「あのね、星野さん…入学式か何かで、月子ちゃんに庇ってもらったんだって…覚えてる?」
「入学式…?」
ああ、そういえば。星野さんも、高等部からの外部編入生だ、確か。
…そうか。あの時の子は…星野さんだったんだ。
「本当は、堀越恭子たちに目をつけられるのは…自分だった、て言ってた。それからなくなった月子ちゃんの席を、探してくれてたんだって…前、教えてくれたんだ」
「…そう、だったんだ…」
入学説明会の後、堀越恭子にメガネを壊されてからあたしの視界は悪いまま。ひとの顔を覚えるのは苦手だった。だからあの時の子だって、気付かずにいたんだ。
「だから、大丈夫」
「…そう」
胸が少しだけ、熱くなる。そういえばバタバタしていてまだちゃんと、お礼が言えてない。なんだかんだであたしも数日、学校を休んだりしていたから。
今日は、自分から。話しかけてみよう。
「ああ、でもぼく、みんなと“はじめまして”からなんだよなぁ…!どうしよう、ドキドキする…!」
「一回は会ってるじゃない、平気よ」
「あんなの会った内に入らないよ…しかも印象最悪だし…月子ちゃん、ぼくが教室で誰にも話しかけてもらえなかったら、月子ちゃんは傍に居てね、一緒にお弁当食べようね」
「イヤよ、面倒くさい」
「えぇえ、月子ちゃん…!!」
「…わかったからすぐ泣くのやめなさいよ、男のくせに」
「…うぅ、はい…」
「…傍に、居るわよ」
この胸に感じたことがある。
言葉にすらできない想いを、あたし達は共有した。
痛みも弱さも心さえも。あたし達は共にした。
「これから先も、ずっと?」
あれからあたし達は一度も入れ替わっていない。
多分もう二度と、入れ替わることはないだろう。
「…これから先も、ずっと」
あたしのすべては、彼に持っていかれてしまったから。
そしてあたしも、彼の一番大事なものを、もらったから。
「ずっと、一緒」
ひとりじゃ越えられない夜も
背負った罪もいつかの罰も
ふたりなら、きっと。
世界の果てまで、ずっと。
End.




