340 実りを祝う祭り
街で過ごす休暇最終日で収穫祭初日、朝の公爵家別館はどこも騒がしく、あちこちへと移動する足音や声が響いた。
隊員の子供たちは祭りで遊ぶのだとはしゃぎまわり、親である隊員は外出はまだだと追いかけて諌め、子のいない隊員は大変そうだとからかい、アクセルは密談のメンバーを応接室に集めろと二号を走らせた。
だが隊の要へと成長途中のロズは、動ける状態ではなかった。前夜の酒で二日酔い、ではなく風邪をひいたからだ。
酔い潰れたのを支えたジェイも酔っていたので、送ったのは扉前までで、もたつく足でベッドに辿り着けなかったロズは床で寝たらしい。
「もう夜は冷え込むから気をつけないとね。鎮痛をかけるから温かい食事をとって、そのあとに魔力を流すわ」
応接室に向かう前に診察で訪れたエルーシアに、ロズは悪寒で震える体に毛布を巻き、痛みのなくなった喉で謝罪した。
「兄と再会して胸がもやもやしてたからって飲みすぎました、すいません。自己管理が足りなかったです」
明日はベラトリに入国するのに隊の一員として未熟だったとロズは反省するが、エルーシアにも目覚めと同時に反省することがあった。
娯楽室で最後の一人になるまで飲んでいたルークが、薄いマントを被ってソファで寝ていたのだ。
「あの……考えすぎて失敗することって、あるわよね。次からは気をつけましょう、お互い」
ロズへの励ましか、自身への言い聞かせか。恥ずかしそうに伝えたエルーシアは、マコンに玉子粥を頼むため部屋をあとにし――調理場に立つ前に、マコンはルークに確認を入れた。
「玉子粥はエルーシア様に教わった料理で、風邪のときに食べたくなるらしいけど、調理するところ見たいか?」
「……」
じっくり観察したいが、ルークも応接室に呼ばれている――習得は次の機会にするか、レシピをメモにしてもらおうか、文字だけで調理の流れを把握できるか。
マコンのレシピ本の小難しさを思い出しつつ返事に困っていると、クロードに肩を叩かれた。
「情報はあとから共有しますから、習ってから応接室にきてもいいですよ」
それならとルークはマコンと連れ立ち、クロードは執事を捕まえ、試作魔道具の確認で裁判所への使いを手配した。
ジェイやベナットたちも集まって共有する情報は、収穫祭での立ち回りで、伝えたいことを伝えたアクセルは会場となる広場の確認や打ち合わせがあって、ひと足先に館を出た――まだ、王都の襲撃情報はもたらされてない。
※ ※ ※ ※
肌を撫でる風は冷たいが、振り注ぐ陽光は昼が近づいて暖かく、広場入り口を封鎖するように設けた演台で、アクセルは街道を埋める群衆に向けて収穫祭開催の挨拶をした。
これまで街の収穫祭は三日間だったが、王兄が領主になり、アクセルの提案で昨年から五日に延び、王国北東部全域の特産品や工芸品も取り扱う催しに変わった。
北東部の各地を治める領主たちは、自領でも収穫祭を行うが、事業の広がりを求めて天幕を借り、農作物や保存食、雑貨や衣類などが多岐に取り引きされる。
昨年は初めての開催で領主たちも様子見の参加だったが、今年は明確な目的が見えたのだろう、持ち込む品を厳選したり複数の天幕を借りたりし、広場は色とりどりの天幕が張られた。
休憩用にベンチの並ぶ天幕や救護用の天幕もあり、リゲルでの協力に感謝を込め、販売促進でサイフのゲルも一つ設置した。
もちろん街の収穫祭なので北東の街からの出店もあるが、こちらは荷馬車を改造した屋台や手押し車で商いされ、特産以外にも、よく目にする飲み物や食べ物もある。
今朝の新聞でエルーシアの指輪の偽り情報や婚約も報道されたので、休暇を楽しむ二人の神子への接触とルークへの攻撃を厳禁して挨拶を締め、アクセルは残りの采配を街の首長に任せて演台裏で待っていた隊の団体に合流した。
演台を片付けたら街道の群衆も会場入りするから、人があふれかえる前に並ぶ露店でできた芝の道を進むのだ。
大量に購入予定のマコンがどこかから荷車を二台借りてきたので、荷を積むまで子供たちを乗せて補充隊員が交代で引き、クロードは博物館同様に新聞記者を連れて歩き、エルーシアはいつもどおりルークに並んだが、今日の行動で注意されたことがある。
公にした直後だから、毒針や攻撃魔法がルークに向けられても不思議ではない、だから二人は絶対に離れるなと。
最初の露店は花を売る屋台だったが、ルークはこれを素通りした。昔からの風習があると事前に聞いていたからだ。結婚前の思い出づくりや真剣な付き合いなど理由はさまざまあるが、ここの収穫祭で生花を飾るのは、恋の相手を探している目印。
それで今日のエルーシアの髪を飾っているのは、桃色の石の花かんざし。
「工芸品で、同じ石の飾りがあったら贈らせてくれ」
まだ輪っかでしかないピアスにルークはささやき、気に入った飾りがあれば贈らせてほしいと、背伸びしたエルーシアも甘くささやき返して寄り添い――領主や担当の者が説明する特産の紹介に耳を傾けたり、試食があれば互いの口に入れたり、気になる品を購入したりし、ある天幕でルークは商品に手を伸ばした。
「雪山桃のビン詰めか、初めて見たな。相棒とクルルに買うか」
「砂糖水に漬けた保存食ね。クルルの分は私が出すわよ」
明日から駆ける準備か。双葉はついてきたが、クルルは馬たちの毛づくろいセットを抱えて館に残ったので、ついでのようにルークは警備も頼んできた。
それで、頼んだことがあって礼にしたいからとエルーシアの申し出は断ってルークは複数購入し、やり取り中、エルーシアは他の商品の陳列を眺め、隅にまとめた植物の苗木に目をとめた。
「あの植木鉢も商品なんですか?」
「えっ、あっ、はい。つぼみのある雪山桃で、来冬に数個の果実が収穫できる大きさの苗木を選んできました。運送ギルドへの手配も承っております」
神子に声をかけられると思ってなかった担当者は一気に汗を吹き出しつつ、雪山桃は雌雄の株があり一本では実をつけないので二本セットで販売しているなど説明し、エルーシアは王都に戻ってからもクルルたちに好物をあげられるならと、ハリエットを呼んだ。
「受け取りと移植の手配をお願いできる?」
「あら、果樹を増やすんですか。実る楽しみが増えますね」
ガリーナが留守番する館では、デルミーラが使っていた部屋の内装替えが終わり、居間に風を巻く魔道具の設置が進められているが、滑り台などの遊具を置くため庭の一角で茂みの配置も変えさせている。
バーニーが駆けまわれるようになったし、ノイエも移り住むし、定期的に癒し手の学生たちも呼ぶからだ。
普段出入りする学生バイトだけでなく植樹専門の業者もいるので、植えるならタイミングはいい。
ハリエットは館を管理する小切手で支払いをし、受け取り日の指定などやり取りを始め――そそっとカティがエルーシアに張りついた。
「ねぇ、花だけじゃなくて木にも雌や雄とかってあるの?」
「種類によってはね、柊もそうよ。カティの図鑑にも説明が載ってるじゃない」
説明まではろくに読んでなかったらしく、カティは目を見開き、エルーシアはこそりと耳打ちする。
「予定より遠征は長期になるから、カティは先にハリエットたちと王都に戻ってもいいのよ」
ロズから借りてカティが下げる肩掛けポーチは、早くもノイエへの土産で膨らんでいる。
会いたいだろうとエルーシアは気をまわすが、カティはふるふる首を振った。
「いつもの国巡りだったら絶対に立ち寄らないベラトリの王都より西側にも行くんだよ。たくさんの種が拾える機会なんだから、先に帰そうなんて考えないでね」
カティは頬をぷうっと膨らませて拒むと、老齢の領主から挨拶されているアクセルのもとに戻った。
種の採取は言い訳だ、遠征する皆に頼むこともできる。胸に秘める本音は、いつエルーシアが怪我をするか分からないから。
気丈にノイエと離れる寂しさを隠す様子に、エルーシアは申し訳ないと眉を下げるが、買い物を終えたルークは、その眉尻にキスを落とした。
「あいつも神子だろ、やりたいようにやらせろ」
慣れぬ触れ合いに頬を染めたエルーシアは、腰を引かれて天幕をあとにし――団体が見えなくなって、遅れて会場入りした別の客たちで賑わう場は、商品の売り込みより熱く、目撃したばかりの様子が語られた。
新聞で公になった直後なのだ、皆の関心は、雇われただけと思い込んでいた半獣人の冒険者にある。
※ ※ ※ ※
露店が続く道を辿ると、最終的には入り口に戻るが、少し手前で吟遊詩人が拡声機も使って物語を歌っている舞台と、椅子やテーブルが並ぶ無人の舞台が向かい合うように設置され、間には憩いの空間が大きく残されて、露店巡りをせずに芝に座る者が多くいた。
アクセルの先導で進んだ一行は、無人の舞台に上がった。ここは芸を披露する台ではなく、隊の休憩所となる特別観覧席。
「距離はあるが正面の舞台がよく見えて、近寄る者には注視しやすい」
吟遊詩人に体を向けつつも覗き見る者がいて少し落ち着かないが、観覧目的だけでなく防御も兼ねて見晴らし良くつくられたらしいので、飲み込むしかない。
思い思いの椅子に腰を下ろし、テーブルに購入した飲食物を広げ、和気あいあいと食べ始め、クロードの隣を陣取る記者は、羊肉のホットドッグにかぶりつくカティを不思議そうに見つめた。
「次期公爵夫人になられますよね、淑女教育とかは王都帰還後でしょうか」
「ああ、それはアクセルが望まないでしょうね。彼は一領主というより、王族らしい考えをしていますから」
クロードは地方独特のスパイス調合の保存食や屋台飯を並べ、勧めながら記者に説明した――アクセルは、カティを型に嵌めた淑女になんてしない。
「家政や社交などは苦手でしょうから、人を雇えばすむ夫人の務めを押しつけるより、自由に研究を続けさせるほうが国益ですよ」
新しい発見を求めるから発芽研究ができ、生き生きできる環境だから感性豊かに魔石の性質も鋭く見抜くのだ。個性を殺すなんて誰も望んでない。
リンゴソースを塗ったライベクーヘンを食べる記者は、たった一日で仕上がった魔道具の試作品を教えてもらい――記事にしてもいいと頷かれてメモに残しているところで、その試作品を身に着けたロズがソニアと到着した。
「神子様、カティ様、このマント凄いですよ」
マントをひるがえすロズは、玉子粥を食べたあと薬を飲んで魔力で仮眠をとったのだが、起きるとすっかり体調は回復していた。
しかし看病で残っていたソニアからの意見で、毛布に重ねていたマントを羽織ってきた。
マントが病気回復を早める魔道具、ではない。マントに装着した銀の飾りボタンが試作品で、クロードは刑の確定した罪人に刑務として使用確認の体験者になってもらったのだ。
医師も控えさせた一晩の使用で問題なかったので、ロズにも使わせてみたが――エルーシアは使い心地はどうかと確認する。
「ルークさんのマントで自分には大きいからでしょうか、マントから出る顔や足先まで温かいんです」
「ねぇ、熱くなりすぎたりはしないの?」
性能が予想より強く出たら火傷の危険があるから、確認が終わるまで試作品に触らせてもらえなかったカティは、マントを引っ張り、ロズは試すかと脱いで渡す。
「心地よい温度が維持されて、マントがめくれても入り込む風は温かく感じるんです」
試しにマントを羽織ったカティは、ぱちんと飾りボタンを閉めた途端に広がったぬくもりで笑顔になり、エルーシアに大成功だと抱きつく。
動いて漏れた大気は確かに温かく、エルーシアも笑み、魔石を嵌めた赤茶色のガラス玉が付いた銀の飾りボタンに目を向ける。
負の感情を冷気に変えて苦痛を体中に広げる奴隷紋の魔法文字、ここから少し引用して、魔石の力を暖気に変えて広げるよう文章を整えた。
「電気毛布の発想から……暖気マント、じゃなくて暖気ボタン、かな。あとは一度の充填での使用時間と、低温火傷の危険度と、外気温がもっと下がったときの使い心地の確認も必要ね」
「昨日の午後にマント内の温度確認をして、夕刻からは冷凍木箱を並べた凍てつく部屋で使用させましたが、マント内のぬくもりに変化はなかったそうですよ」
クロードは今夜のうちにランベルトに報告しようと決めながら使用確認の様子を伝え、暖気ボタンをどう扱うかとアクセルは考え始め、散々苦しめてきた奴隷紋すらも快適な道具に変えたかとルークは過らせる。
よく耳にする恐ろしい生き物との言葉が頭を埋め、それ以外の感想が出てこない。
※ ※ ※ ※
会場に到着するなり観覧席にきたロズとソニアは露店巡りに出るとのことで、カティは風よけにマントを返し、ジェイが同行しようか声をかけるが、ソニアは笑顔で断りを入れた。
「デートの邪魔をするなんて野暮ですよ」
二人は付き合っていたのか、皆が目を見開いて驚く中、あわあわするロズを引っ張ってソニアは去った。
「ロズから何も聞いてないが、エルは……知らなかったみたいだな」
あ然としているエルーシアの口に、ワッフルをちぎってレモンクリームをつけて突っ込んだルークは、自らの口にも放り込む――恋愛は後まわしにすると告げていたロズ、気にはなるが追求せずに放っておこうと決める。
だが二人を追いかけて遠目に観察したいのか、もう一度露店巡りしたいのか、何人かの騎士が腰を上げ、レイも追加の買い物を妹にせがまれてあとにした。
「夕刻に館へ帰りますから、それまでに戻らない場合は乗合馬車を利用してくださいね」
離れる皆に声をかけたクロードは、三人連れの獣人と警備をする第三の騎士たちが、こちらを指差し騒いでいるのが視界に入り、ルークとベナットの名を呼んだ。
「何を騒いでいるのか聞き取れますか」
「いや、舞台からの音が邪魔で拾えない」
「自分も無理だ」
飲み食いしている間に、舞台は吟遊詩人が降りて、弾むようなオルゴールの曲にあわせて劇場の踊り子たちが芸を披露している。この曲が拡声機で響いて、獣人たちが騒ぐ内容が分からない――と、観覧席に残る皆が注視する中で、騎士が拘束しようとして二人の獣人が抵抗し、こちらに向かって走り出した。
「厄介ですね。ベナット、お願いします」
ベナットは膝に乗せていたバーニーをハリエットに渡すと、観覧席から飛び下り、先に飛び込んできた獣人を足払いで倒すと起き上がらないよう踏みつけ、残る一人は腕をひねり上げた。
「なんでだ、同じ獣人だろ、邪魔するな!」
「半獣人なんかより俺たちのほうが上だろ、会えば神子様は乗り換えるはずだ!」
身動きは取れないが叫ぶことは可能、捕らえた二人の言い分で何を考えていたか判断できる。エルーシアの恋心は、ずいぶんと安く見られたようだ。
辟易しているうちに、第三の騎士たちが引き取りにきて手錠を嵌めて連行した。騎士の一人は抵抗されたときに殴られたらしく、片頬を赤く腫らして口もとに血もにじませている。
「あの、神子様はこんな騒ぎがあっても、獣人は粗暴ではないとお考えでしょうか」
記者は恐る恐るといった様子で問い、エルーシアは獣人に限ったことではないと答える。
「荒れた環境から粗暴な言動が目につく者は多いですが、ベナットのように立派な騎士や、愛情深い獣人や心優しい獣人もいます。罪を犯すのは、なにも獣人だけではないですよね。私たちも獣人も半獣人も、皆が同じです」
血が通い、愛情も感情もある。やさぐれる環境に生まれ落ちて育てば、誰であろうと粗暴にもなる。
エルーシアはこれまでの経験を語る――学生のころはいじめられたり薬品を投げられたことがあり、王城では殴られ、夜会では斬りつけられた。魔法で攻撃されたり薬を盛られたり、連れ去りを計画されたことも多々あると。
「すべて私たちと同じ人種からの攻撃です。それなら私たちは、他者を簡単に害する人種だと一括りにできるのでしょうか?」
できるわけがない。記者は言葉を失い、エルーシアはルークに手を重ねる。
「獣人だから半獣人だからと、その人自身を知らずに、一括りに避けたり蔑んだりしてほしくないんです」
伝えられる気持ちが嬉しくてルークが手をすくい指先にキスをすると、歓声が沸き起こった。
「えっ、なんで皆こっちに注目してるの?」
露店巡りを終えて芝に座る者は増えているが、皆が舞台をそっちのけにして観覧席を向き、非難の目をする者もいるが、手を叩き歓声をあげる者が多く、踊り子たちもオルゴールを止めてこちらを見ている。
驚いて目を白黒させるエルーシアに、いつの間に起動させたのか、クロードは伸ばした折りたたみ式の拡声機の杖を振って見せる。
とうとうと語った価値観が拡散されたらしく、それならと話を追加する。
「私は半獣人だから恋に落ちたわけでなく、半獣人だから婚約したのでもありません。この人だからこそ想いが深まり、生涯を誓うんです」
嘘偽りでない大切だと想う気持ちをあらわしたくて、エルーシアはルークの頬に手を添えると、もう片方の頬に唇を寄せた。
何度も諦めようと足掻いた初恋は、実っている。
設定小話
ロズの三番目の兄も会場のどこかにいますが、商品の在庫管理や他領との取り引きなどに徹しているので、商品説明や挨拶などで表には立ちません。ロズが天幕を覗いても会うことはない。
離れたあとで変化した収穫祭ですから、回復したし、ロズも気晴らしを楽しみます……ソニアに引っ張られて。
※検査で病院にいき、風邪をもらって帰り、長引く熱でダウンしてました。術後で体力が落ちてるから感染りやすいのか、負のループです。
エルーシアがサイフで全身を赤く染めたときは利き腕を大きく火傷させ、ルークが毒に倒れたときは体調を崩し、緊急入院では一週間も絶食させられ、ロズの風邪を書いたら風邪ひいた……リンクしてるのか?ちゃきちゃき終わらせたほうがよさそうなので、平穏な日常を過ごすため執筆します。




