341 どっちの王都
新聞が婚約を広めたが、差別緩和を目論んだ見せかけとでも捉えていたのか、告白で目にするキスは衝撃が大きかったらしい。
広場には、ぼう然と口をあける者が多く、祝福とは言い難いぽつりぽつりとした拍手が漏れ、アクセルは拡声機の杖をクロードから奪って立ち上がった。
「こいつには最強と称えたいほどの腕があり、私は道中各地で目にしてきた。こいつが公私ともにあれば神子エルーシア様の無事が約束される、そう判断したから、陛下も二人の仲を祝福している。異を唱えれば、最悪反逆罪に処される」
心にとめろと締めて杖を返し、クロードは舞台への指示で再開していいと告げて機能を切った。
止まっていた曲が流れて踊り子たちの舞いが再開され、広場に座る者たちは舞台に向き直り、ルークはキスされた頬を撫でた。
王家が認めたと聞かされ、王兄からも気遣いされたが、意図が身に沁みる。神子の無事は国を左右する、真実のはずだ。
露店を巡っているとき、攻撃はなかったものの、批判的な視線や呟きは数多とあった。エルーシアの告白とアクセルの演説、それと近くで受け止めている隊一人ひとりの存在で、反感は鳴りを潜めるだろう。
「だがまさか、オレに関わったら反逆罪とはな」
「明日からはベラトリだもの、脅しは過剰なくらいがいいわよ」
エルーシアはスコーンを割ってチーズと巣蜜の欠片をのせて食べると、仲睦まじくルークの口にも入れる。
国境にある大きな街での催事だから、収穫祭には隣接するベラトリから訪れる者も多い。二人の仲と手を出したらどうなるのか、情報が行き渡ればいい。
肩を寄せ合って見つめ、巣蜜からあふれる濃厚な蜂蜜を楽しみ、購入したときは次々とサドルバッグに突っ込んでいたので、整理するため幾つか工芸品を取り出す。
目を引くのは、妖精と藤の花の浮き彫りのある、書類入れのような箱。一目で気に入ったエルーシアが購入した品で、藤の花だけを彫った手のひらサイズの小箱もある。
「双葉、ポーチから出てきて。あなたたちにそっくりよ」
呼びかけに応じて双葉は出てくるが、浮き彫りには興味を示さず、羽を伸ばせる環境を楽しむようにぴゅいぴゅい飛びまわった。
「こんなに精巧な彫りなのに興味ないみたい」
「そっくりって言っても、仲間がいるわけじゃないからな」
ルークは蓋をあけると厚みのあるベルベットに、淡い藤色の水晶を加工した、きらめく星型の髪飾りを置き、隅にぽろぽろと水晶ビーズも転がした。
工芸用の飾りビーズだが、エルーシアはピアスにつけるため、形や色を変えて五つのセットを選んだ。
「こんなに沢山ありがとう。気分や服にあわせて楽しむわ」
にこにこと嬉しそうにエルーシアは告げるも、贈ったルークは少し不満。
「婚約の記念に、もっとちゃんとした宝石を贈るつもりだったのにな」
「これだって質のいい水晶で、手づくりのアクセサリーに仕上げるビーズだから加工はきれいよ」
満足しているのだと笑顔を崩さないエルーシアの髪に触れ、ルークはベラトリでも宝飾を購入しようと伝える。
収穫祭だから並ぶのはアルニラム北東部の品ばかりで、工芸品も庶民向け。だから髪に挿したかんざしと同じ石の加工品はなかった――あるならば、貴族も出入りするような専門の宝飾店か、産出国のベラトリだ。
「散財して金は残ってないって諦めてたんだ、あるならエルに使いたい」
「散財で諦めるって、なんの話?」
不思議そうにするエルーシアの髪にキスし、ルークは贈り物をもらってもいいかと手を出す。複数の娼婦を連れ出して遊んだなんて勘違いは、追求されたくない、変に誤解を生みそう。
エルーシアは誤魔化された気はするも、困ったように下がる片眉を見て、小箱のほうに淡い藤色の水晶玉を一粒入れて渡した。
「オレも明日から付けよう。エルの色だ」
まだ二人の耳たぶに、ピアスでのかぶれは見られない。確認しつつ甘く寄り添い、舞台の演目が踊り子から有志の者たちの豊穣を祝うバグパイプ演奏になり――クロードが身を乗り出してベナットに話しかけた。
「この次は人形劇ですよ、近くからバーニーに観賞させては?」
「ここを離れていいのか?」
また身体強化魔法を発動できる者が近寄るのをベナットは危惧するが、反逆罪と脅されてまで行動に移すなら、覚悟はあるだろうとクロードは説く――遠慮なくエルーシアの魔力で昏倒させ、裁判所に直行だ。
それならとベナットなど子連れの騎士たちは家族で離れ、双葉も風に乗って離れた。
「操り人形には興味があるのかな」
「なんだ、妖精の人形もあるのか?」
エルーシアの呟きで、ルークは舞台脇に荷物を運ぶ一団に注視するが、距離があって、大人の肩ほどもある操り人形だが種類はよく分からない。
「実際にあった、王子と結婚した神子の物語で、森を散策する場面があるからエルフや妖精も出てくるのよ」
実話と聞いてルークは興味を持つが、とくに物珍しい内容ではないとエルーシアは説明する。
癒しの適性を持った女の子が学びを身につけて癒し手になり、世界樹に選ばれ、年ごろのあう王子と恋に落ち、幸せに暮らしたと締めくくる絵本のような話だ。
アルニラムには神子から生まれた王が治めた時代もあるので、誠実な愛をもって結ばれる事例は確かにあったが、政策や密約で神子が王家に嫁ぐこともあった。
尊い立場だと示すためだったり、王家の支持を上げるためのお飾りだったり、贈り物の能力から他国に狙われたので王家で囲むためなど。
国の歴史が長ければ、公表できない事柄はごろごろあり、庶民なのに王族まで駆け上がった話は、あこがれる立身出世の代表で、とくに地元では熱く語り継がれる。幸せな結婚だと民たちは表向きの歴史を信じているからだ。
ここで行われる人形劇も同じ――真実は、魔物の毒で心臓を悪くした王子を四六時中支えるための、政略結婚だった。
「裏事情を知っていると少し複雑な人形劇よね」
立身出世でも、あこがれるような清廉ばかりではなく、どのような想いが交差しようと庶民が王城で暮らすのは苦労の連続だったはずだ。
エルーシアは口を閉ざすと、成り上がりだと恨みつらみを向けられ始めたルークの手を強く握った。
※ ※ ※ ※
天幕と天幕に挟まれた露店の一角、手押し車でジュースを販売する後ろ、空樽にもたれて眠っていた二歳のタバサは、周囲の喧騒に目を瞬かせた。
母親はいつも広場でジュースを売っており、いつも邪魔にならないところで待っているが、いつもとは様子が違う――と、今日は祭りだったのを思い出す。だからいつもより騒がしいのだ。
「タバサ、起きたの。もう少しで終わるから待っててね」
うとうとしていたタバサが起きたのに気づき、母親は仕事が終わったら菓子を買って人形劇を観にいこうと頭を撫でた。
収穫祭だから普段より多くジュースの樽を持ってきたが、リンゴと梨とライチは完売し、残すはベリーとオレンジが少し。人の波は途切れないから、すぐに終わるだろう。
「おお、やっぱり売れてるな。追加を持ってきたぞ」
だが露店の背後を通ってきた伯父、商店街で青果店を営む母親の兄が荷車に樽を積んできた。
「ちょっと兄さん、これも全部私に任せる気なの」
「断るなんて許さないぞ、一年で一番の稼ぎ時だぞ。こぶ付きで世話になってるのを忘れるなよ」
「世話にって言うけど、住んでるのは使用人部屋で、家を手伝って生活費も入れてるのよ」
母親は代わりの売り子を手配しろと抗議するが、伯父は聞く耳を持たずに、邪魔だとタバサを小突いて立たせ、空樽とジュースを満たした樽を入れ替えた。
「結婚もせずに子供を生んだお前を引き取ってるんだぞ、迷惑かけられてるんだ。働いて返せ」
「家は兄さんだけのものじゃないわ、私の家でもあるのよ」
「俺が親父から継いだ家で店だ。俺のやり方が嫌なら出ていってもいいんだぞ」
不機嫌そうに言い捨てた伯父は空樽を積んだ荷車を引いてあとにし、母親は優しくタバサを抱き寄せた。
「ごめんね。人形劇は最終日にもあるから、そのとき観にいこうね」
幼子を抱えた一人親が暮らすのは楽ではない。家を飛び出しても頼れるところはなく、押しつけられる仕事は嫌でもするしかない。
最終日も混み合うからジュースの樽は追加されるだろうが、事前に分かっていれば対処は可能。小一時間代わるよう誰かに頼むくらいはできる。
母親は樽を並べて売り子に精を出し、足を止める客が出てきて、タバサは邪魔にならない場所を探して周囲を見まわしたが、人形劇が始まるとの案内の声が響いてきた。
露店や人混みで視界は悪いが、いつも通う広場であり、天幕を張る準備の様子も見ていたので、公演の舞台がどこかは知っている。タバサの足は、吸い寄せられるように動き出した。
※ ※ ※ ※
「次は収穫祭恒例の操り人形の劇でございます。演目はこの街で生まれた少女の、幸せなる史実の物語。絵本でも有名ではありますが、巧みな糸さばきで動く臨場感ある劇は、子供だけでなく大人も楽しめる内容です。ご来場の皆様、ぜひとも舞台に近寄ってご覧あれ――」
司会者は教会で絵本を販売していることや、使用するのと同じ人形の屋台があることなども長々と説明し、その間に準備を終えて、人形劇が開幕した。
妖精が舞う世界樹の前で交流の難しいエルフと踊ったり、マナに酔うので立ち入れないはずの王子が通りかかって恋に落ちたり、あり得ない演出のある劇は、祝福される結婚のパレードで幕を閉じた。
「内容はあれだが、操る人形の動きは凄いな」
距離があるので単眼鏡で観賞していたルークは、初めての人形劇に拍手を送り、ベナットたちと一緒に戻ってきた双葉をエルーシアは迎えた。
「人形劇に興味があったの?背景に世界樹を描いた垂れ幕があったから?妖精やエルフの人形が気になったの?」
エルーシアの問いかけに首を振って否定し続けた双葉は、肩から桃色に染めている髪先を掴み、ふよふよ漂うように飛んで遊び始めた。
「賑やかな祭りなのにポーチで退屈してたから、遊びに出かけただけみたいね……って、あなたはどこの子かな?」
いつの間にか特別観覧席には、人形劇に興奮してはしゃぐバーニーたち隊の子供に混ざり、見覚えのない幼い女の子がいた。
「迷子で、バーニーたちについてきたのでしょうか」
クロードも気づいて名を尋ねると、女の子はタバサだと答えて、無邪気な笑顔をエルーシアに向けた。いや、違う、視線は空中で不自然に動く目立つ色の一房の髪にある。
「エルーシア、その髪は風魔法ですか?」
「違うわよ、双葉が遊んでいるの。双葉、あとでならいいから、今は離れてくれる?」
タバサの興味が不思議な現象に向かっているので、迷子の聞き取りの邪魔だろうとエルーシアは頼み、双葉は手を放すと、くるくるっと旋回してルークの肩に落ち着いた。するとタバサの目が追いかけた。
「この子……双葉が見えてるわよ」
ただの迷子ではない、癒しの適性を秘めた子だ。双葉を見かけたから追いかけてきたのか。
「双葉は、遊びたくて離れたんじゃなくて、タバサを迎えに出てたの?」
エルーシアの問いに、双葉は笑顔を見せて羽をぱたぱた動かし、可愛らしい仕草を喜んだタバサは目を輝かせて小さな手で拍手した。
※ ※ ※ ※
収穫祭の会場から公爵邸に戻ったエルーシアは、カティと一緒に明日に備えて荷の整理をしていたが、一区切りついて暗くなった窓に目を向けた。
タバサに癒しの適性があると分かり、保護者に説明が必要だからクロードが迷子の預かり所に連れていったが、まだ戻らない。
親が見つからないのか、問題のある家庭だったのか。カティの両親が頭を過り、心配事を払いたくて小さく頭を振り、気持ちを明るくさせるため薬草図鑑を開いた。
薄紙に挟んで完成した押し花があるので、道中で失くさないよう台紙へと貼りつけていく。
知らぬ間に押し花へと加工された花の数々を贈っていたルークは、王都に送る荷やベラトリに持ち込む荷の整理などで出入りの激しい娯楽室で、じゃばら折りのメモ帳を広げた。
表紙と裏表紙は黒に染めた革で、中の用紙が丈夫な加工だと天幕で説明を受けて購入した品だ。
博物館で撮った集合写真も届いたので、このメモ帳に増えてきた写真を貼って保管する予定。
いそいそと趣味を楽しんで作業していると、別行動だったロズも戻ったようで顔を覗かせ、マントが返却された。
「飾りボタンも返したいんですが、神子様たちは一緒じゃないんですね」
部屋で荷の片付け中だとルークが説明すると、ロズは残念そうに眉を下げた。
「お土産に妖精人形を買ってきたんですけど、それならクルルさんも部屋ですね」
ロズの手には、羽根の付いた白い玉のぶら下がる棒がある。神子やエルフの操り人形は関節などがあって精巧だったが、小さな妖精は雑なつくりだったようだ。
「クルルなら、雪山桃を渡したら相棒と食べるみたいで、厩舎に出かけたぞ」
「じゃあ、ここで待ってたらクルルさんに会えますね」
近くにあるソファに座ったロズは、購入品の整理をするようで肩掛けポーチの中身を並べていたが、王都に送る荷を詰め込んだ木箱を持ってきたカティに見つかった。
「あっ、ロズ発見!いつからソニアと付き合ってるの」
木箱を部屋の隅に置いたカティは、うきうきと詰め寄るが、ロズは困ったような顔で交際を否定した。
「あれはソニアさんの冗談で、付き合ってません、誤解です。あっ、これ返しときます」
差し出された試作の暖気ボタンを受け取ったカティは、納得できない説明に頬を膨らませ、借りていたポーチを返すと、詮索先を変えるためソニアを探して退室した。
ルークに追求する様子はなく、ロズは胸を撫で下ろして使用したポーチのシワを伸ばした。
モウはロズのために生き物の柄で刺繍するのが楽しみになったようで、再会したハリエットから肩掛けポーチが追加され、計四枚になった。
製作を頼んだ紅栗鼠、国巡り前に渡されて驚いた飛天兎、南東の街に届いた蛙もどき、それと今回の瑠璃狐――二匹がじゃれる図案で一匹の尻尾が白いので、館裏のラピスとラズリだろう。
布鞄だから畳めば嵩張らずに買い物に便利で、色や大きさが異なるから借りる者もいて、何枚あっても重宝する。
これからも増えるだろうか、次はどんな生き物かと想像するのも楽しくてロズは笑顔になるが、刺繍の柄に引っかかりを感じて悩み始め――戻ったクロードが顔を出した。
「おや、エルーシアもいるかと思いましたが、入浴中ですかね」
「エルは部屋で片付けだが、ずいぶん遅かったな。親が見つからなかったのか?」
「いいえ、母親はタバサを探して預かり所にいたのですが、別の問題がありましてね」
「二人はなんの話をしてるんでしょうか」
さくさく進む話に置いてけぼりされるロズに、ルークは癒しの適性のある迷子がいたと説明し、クロードがその後の対応をつけ足した。
母親は妊娠に気づく前に恋人と別れた未婚で、実家に身を寄せているが肩身が狭い様子だったので、王都への移住を勧めてきたとか。
「聞いたところ、癒しがあると知ったら害になりそうな伯父だったんですよ。急げばハリエットたちに帯同できますから、猫喫茶で四号に引き合わせてきました」
アクセルの手であり任せられる案件、あとは四号が上手く整えてくれる。そう告げたクロードはエルーシアへの報告に向かい――暫くして、慌てた様子でジェイが駆け込み、ルークとロズは呼ばれて一緒に走った。
三人が向かったのは立入禁止の赤い札のある部屋で、エルーシアとクロードのほかに、血相を変えたアクセルがいた。
「おう、あとはベナットだけど、バーニーと入浴中だったぜ」
「でしたら、ベナットには私から報告しておきますよ。アクセル、王都でお告げが起こったんですか?」
集まるまで報告を待っていたようで、クロードが促すと、アクセルは強張らせた顔で頷いた。
「王都の館に四人が押し入って捕縛した。ニラの痺れ薬を使ったから負傷者はいないが、強盗は全員獣人で、奴隷紋があったそうだ」
昨夜の事件だが、情報は先ほど王太子からもたらされたばかり――詰め込んだ予定を知っているので、情報共有は一日延ばし、できる限りの対処をしていたらしい。
奴隷紋が弾けるのを危惧して強盗は郊外に移したが、舌先が切り落とされて言葉は不明瞭で、興奮が激しくて尋問もできない。だが、身なりからベラトリ出身と推測している。
それとジクフリードに該当する者が王都外壁を抜けた形跡はなく、郊外を捜索したら、ハーゲンたちと潜伏していた宿にそれらしい男性を発見するも、拘束前に自らの首に風の刃を発動して助からなかった。
ジクフリードは自害したのかと報告を聞く皆は息をのむが、アクセルは別人だったと言葉を続ける。こちらを欺くための身代わりだろうと。
「特徴が同一で似ているが、会ったことのある元総団長代理に確認させ、別人だと判明したそうだ。捜索は継続し、七号にもベラトリ国内の情報を確認させている……それでエルーシア様、明日の出立は、どっちの王都を目指すか決めてほしい」
想定以上の問題を転がしてきたお告げは、戻ってこいと伝えているのか。国巡りを続けるか、世界樹のもとに帰るか。
暗躍するジクフリードがいる、世界樹の避けたい悪夢はどう変化しているのか、間違えられない岐路だ――責任の重さにエルーシアは顔を覆ったが、ルークはその手を引き剥がし、真っすぐに見据えた。
「全部一人で抱えようとするな、一人じゃないだろ。何を選んでも支えるから大丈夫だ」
力強く見つめられ、エルーシアは考えをまとめるため、深く息を吐いた。
設定小話
エルーシアとアクセルが演説でルークの名前を口にしないのは、情報を伏せるためで、爆死した一人の情報を伏せ、強盗が四人と伝えられたのは、王都を離れている皆の不安を煽らない王太子の配慮です。




