幕間 ~『セドリックの変化』~
ベルナール商会の新商品の展示会は、王都でも名のある貴族や商人たちを集めて、華やかに開かれていた。
広い会場には、宝飾品や織物、異国から運ばれた香油などが並び、訪れた者たちは品物を眺めながら、商談とも世間話ともつかない会話を交わしている。
セドリックが会場に入ると、すぐに番頭らしき男が歩み寄ってきた。
「ロックウェル様。本日はお越しいただき、誠にありがとうございます」
「ああ。招かれたからには、顔を出さないわけにもいかないからな」
「光栄にございます。どうぞ、ご自由にご覧くださいませ」
番頭の応対は丁重で、公爵家嫡男に対する礼を欠くものではなかった。それでも、セドリックが会場を進むにつれて、胸の奥にかすかな違和感が積もっていく。
挨拶をする者はいる。頭を下げる者もいる。だが、以前のように彼の前に人だかりができることはない。
その理由を探すより早く、近くの柱の陰から抑えた声が耳に入った。
「セドリック様の件、聞いたか?」
「ああ。次期公爵の話だろう」
「確定ではないらしいが、公爵家では別の候補を立てる方向で進んでいるとか」
「相変わらず耳が早いな」
「公表されてから動くようでは、商人など務まらんよ」
その声に、セドリックは足を止めた。
話をしていた者たちはセドリックの存在に気づくと、何事もなかったかのように会釈し、そのまま人混みの中へ紛れていく。
胸の奥に、不快感が滲む。
まだ決まったわけではなく、公爵家の中で話が出ているだけだ。にもかかわらず、商人たちはすでにその情報を掴んでいる。売り場に並ぶ商品のように見定められている気がした。
「……下世話な連中だ」
吐き捨てた声は、会場のざわめきに紛れる。
その時、別の一団の会話が耳に入った。
「ミレーユ様の縁談は前向きに進んでいるそうだぞ」
「グランヴィル家の騎士団長ロイド様とだろう。堅実なご縁だ」
「ベルナール商会としても、辺境領との結びつきは大きいですからね」
ミレーユ・ベルナール。
以前、父に伴われた席で紹介されたことがあり、その名を、セドリックも知っていた。ベルナール商会長の娘であり、いずれ商会を支える人材になると、その時に聞かされていたからだ。
貴族ではないが、王都の商流に深く関わる家の娘だ。粗略に扱ってよい相手ではない。
そのミレーユが、グランヴィル家の騎士団長と縁談を進めている。
辺境伯家の騎士団長。悪い相手ではないのだろう。だが、ベルナール商会の令嬢ならば、もっと王都の中心に近い縁も選べたはずだ。
「ロックウェル様」
背後から声をかけられ、セドリックは振り返った。
そこに立っていたのは、噂の当人であるミレーユ・ベルナールだった。青を基調としたドレスは華美ではないが、会場に並ぶ品物に埋もれないだけの品がある。彼女は商会長の娘らしく、隙のない所作で一礼した。
「本日はお越しいただき、ありがとうございます」
「ミレーユ嬢か。以前、父の席で紹介されたことがあったな」
「はい。その折はご挨拶の機会を賜り、ありがとうございました」
セドリックは頷き、周囲に聞かれても差し支えない声音で尋ねる。
「騎士団長との縁談が進んでいるそうだな」
「はい。まだ正式に決まったわけではありませんが、前向きに考えております」
「商会の仕事を続けるつもりなのか」
問いはやや踏み込んだものだったが、ミレーユは動じなかった。
騎士団長の妻になれば、今まで通り商会に関われるとは限らない。そこに迷いはないのかと探るセドリックに、彼女はまっすぐ頷く。
「はい。そのことも含めて、ロイド様とお話しできました」
「ロイド殿は、それを許したのか?」
「許す、というより、理解してくださったのだと思います。私が商会の仕事を大切にしていることも、将来も関わり続けたいと考えていることも……これもすべて、ヴィオラ様のおかげです」
その名を聞いた瞬間、セドリックは言葉を失った。
「……ヴィオラが?」
「私の不安を聞き、ロイド様との間に入ってくださいました」
ミレーユの口から、当然のようにヴィオラの名が出る。その響きが、セドリックの胸にざらついた不快感を残した。
彼は口元を引き結び、しばらくミレーユを見つめる。
「……ずいぶん、ヴィオラを買っているようだな」
「私だけではありません。グランヴィル領でも、ヴィオラ様は周囲から認められ始めていると伺っています。ロイド様と私の件も、ヴィオラ様の活躍の一端に過ぎません」
「……そこまで認められているのか」
「はい。本当に、見事なお方です」
ミレーユの声には、社交辞令ではない敬意があった。セドリックが言葉を返すより早く、ミレーユは一歩下がり、丁寧に一礼する。
「失礼いたします。次のお客様へご挨拶に伺わなければなりませんので」
「ああ」
「本日は、どうぞごゆっくりご覧くださいませ」
最後まで礼を崩さず、ミレーユは別の来客のもとへ向かっていく。その背を見送りながら、セドリックは会場のざわめきの中に立ち尽くすのだった。




