表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
20/24

幕間 ~『セドリックの変化』~



 ベルナール商会の新商品の展示会は、王都でも名のある貴族や商人たちを集めて、華やかに開かれていた。


 広い会場には、宝飾品や織物、異国から運ばれた香油などが並び、訪れた者たちは品物を眺めながら、商談とも世間話ともつかない会話を交わしている。


 セドリックが会場に入ると、すぐに番頭らしき男が歩み寄ってきた。


「ロックウェル様。本日はお越しいただき、誠にありがとうございます」

「ああ。招かれたからには、顔を出さないわけにもいかないからな」

「光栄にございます。どうぞ、ご自由にご覧くださいませ」


 番頭の応対は丁重で、公爵家嫡男に対する礼を欠くものではなかった。それでも、セドリックが会場を進むにつれて、胸の奥にかすかな違和感が積もっていく。


 挨拶をする者はいる。頭を下げる者もいる。だが、以前のように彼の前に人だかりができることはない。


 その理由を探すより早く、近くの柱の陰から抑えた声が耳に入った。


「セドリック様の件、聞いたか?」

「ああ。次期公爵の話だろう」

「確定ではないらしいが、公爵家では別の候補を立てる方向で進んでいるとか」

「相変わらず耳が早いな」

「公表されてから動くようでは、商人など務まらんよ」


 その声に、セドリックは足を止めた。


 話をしていた者たちはセドリックの存在に気づくと、何事もなかったかのように会釈し、そのまま人混みの中へ紛れていく。


 胸の奥に、不快感が滲む。


 まだ決まったわけではなく、公爵家の中で話が出ているだけだ。にもかかわらず、商人たちはすでにその情報を掴んでいる。売り場に並ぶ商品のように見定められている気がした。


「……下世話な連中だ」


 吐き捨てた声は、会場のざわめきに紛れる。


 その時、別の一団の会話が耳に入った。


「ミレーユ様の縁談は前向きに進んでいるそうだぞ」

「グランヴィル家の騎士団長ロイド様とだろう。堅実なご縁だ」

「ベルナール商会としても、辺境領との結びつきは大きいですからね」


 ミレーユ・ベルナール。


 以前、父に伴われた席で紹介されたことがあり、その名を、セドリックも知っていた。ベルナール商会長の娘であり、いずれ商会を支える人材になると、その時に聞かされていたからだ。


 貴族ではないが、王都の商流に深く関わる家の娘だ。粗略に扱ってよい相手ではない。


 そのミレーユが、グランヴィル家の騎士団長と縁談を進めている。


 辺境伯家の騎士団長。悪い相手ではないのだろう。だが、ベルナール商会の令嬢ならば、もっと王都の中心に近い縁も選べたはずだ。


「ロックウェル様」


 背後から声をかけられ、セドリックは振り返った。


 そこに立っていたのは、噂の当人であるミレーユ・ベルナールだった。青を基調としたドレスは華美ではないが、会場に並ぶ品物に埋もれないだけの品がある。彼女は商会長の娘らしく、隙のない所作で一礼した。


「本日はお越しいただき、ありがとうございます」

「ミレーユ嬢か。以前、父の席で紹介されたことがあったな」

「はい。その折はご挨拶の機会を賜り、ありがとうございました」


 セドリックは頷き、周囲に聞かれても差し支えない声音で尋ねる。


「騎士団長との縁談が進んでいるそうだな」

「はい。まだ正式に決まったわけではありませんが、前向きに考えております」

「商会の仕事を続けるつもりなのか」


 問いはやや踏み込んだものだったが、ミレーユは動じなかった。


 騎士団長の妻になれば、今まで通り商会に関われるとは限らない。そこに迷いはないのかと探るセドリックに、彼女はまっすぐ頷く。


「はい。そのことも含めて、ロイド様とお話しできました」

「ロイド殿は、それを許したのか?」

「許す、というより、理解してくださったのだと思います。私が商会の仕事を大切にしていることも、将来も関わり続けたいと考えていることも……これもすべて、ヴィオラ様のおかげです」


 その名を聞いた瞬間、セドリックは言葉を失った。


「……ヴィオラが?」

「私の不安を聞き、ロイド様との間に入ってくださいました」


 ミレーユの口から、当然のようにヴィオラの名が出る。その響きが、セドリックの胸にざらついた不快感を残した。


 彼は口元を引き結び、しばらくミレーユを見つめる。


「……ずいぶん、ヴィオラを買っているようだな」

「私だけではありません。グランヴィル領でも、ヴィオラ様は周囲から認められ始めていると伺っています。ロイド様と私の件も、ヴィオラ様の活躍の一端に過ぎません」

「……そこまで認められているのか」

「はい。本当に、見事なお方です」


 ミレーユの声には、社交辞令ではない敬意があった。セドリックが言葉を返すより早く、ミレーユは一歩下がり、丁寧に一礼する。


「失礼いたします。次のお客様へご挨拶に伺わなければなりませんので」

「ああ」

「本日は、どうぞごゆっくりご覧くださいませ」


 最後まで礼を崩さず、ミレーユは別の来客のもとへ向かっていく。その背を見送りながら、セドリックは会場のざわめきの中に立ち尽くすのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ