夜風
ホブゴブリン討伐の件は、次の日には高等部中へ広がっていた。
「Cクラスが倒したらしい」
「いやホブゴブリンだぞ?」
「絶対教師が助けたんだろ」
廊下を歩くだけで、そんな声が聞こえる。
でも、その中に少しだけ違う声も混ざっていた。
「……ユウトってやつが前出たらしい」
「初級しか使えない奴?」
「マジで?」
昨日までと少し空気が違う。
それが妙に落ち着かなかった。
「おい」
後ろから肩を叩かれる。
ガルドだった。
「昼、訓練場来いよ」
「なんで」
「なんでじゃねぇよ! あの動きどうなってんのか見せろ!」
「嫌だよ面倒くさい」
「即答すんな!」
朝から声が大きい。
周囲が少し笑う。
「つーかお前、ほんとに初級しか使えねぇの?」
「だからそうだって」
「意味分かんねぇ……」
ガルドは頭を抱えながら去っていった。
その後ろ姿を見ながら、小さく息を吐く。
「少し変わった」
横から声。
リアだった。
「何が」
「周り」
確かにそうかもしれない。
馬鹿にする感じは減った。
その代わり、
“よく分からないものを見る目”
が増えた気がする。
「……別に強くなったわけじゃないんだけどな」
「でも生き残った」
リアは静かに言う。
「実戦は、それだけで十分すごい」
その言い方が妙にリアルだった。
「リアってさ」
「何」
「実戦慣れてる?」
一瞬だけ。
リアが黙る。
「……少しだけ」
それ以上は言わなかった。
授業開始の鐘が鳴る。
リアはそのまま歩き出した。
「今日は座学」
「嫌だな」
「私は好き」
「マジで?」
「静かだから」
少しだけ。
リアが笑った気がした。
◇
夜。
いつもの訓練場。
木剣を振る。
風。
踏み込み。
火球。
切替。
水。
もう一度。
「……はぁ」
昼間より静かだ。
でも今日は少し集中できなかった。
ホブゴブリン。
教師の視線。
リアの言葉。
色々頭に残っている。
「珍しいな」
声。
振り向く。
レオンだった。
「……何しに」
「訓練だ」
レオンは当然みたいに答える。
そして俺の隣を通り過ぎる。
少し離れた位置。
剣を抜いた。
そこで初めて気づく。
レオンも剣を使う。
ただ、俺と違う。
もっと洗練されている。
貴族剣術。
そんな感じだった。
「……見るの初めてだな」
「魔法だけでは近距離が弱い」
レオンは短く答える。
「だから最低限はやる」
そのまま炎を纏わせる。
赤い魔力。
熱が広がる。
「綺麗だな」
「お前に言われると妙な感じだ」
「なんで」
「お前の魔力は、妙に静かだからだ」
意味が分からない。
でもレオンは真面目な顔だった。
「昨日のホブゴブリン」
レオンが木剣を振りながら言う。
「怖くなかったのか」
「怖かった」
「ガルド達の話だと、そうは聞こえなかった」
「盛ってるだけだろ」
「……あいつがあそこまで興奮するのは珍しい」
レオンは木剣を下ろす。
そして少しだけ、こっちの剣を見る。
「その剣」
「ん?」
「古いな」
「祖父のお下がり」
「……そうか」
短い返事。
でもレオンの視線だけが少し残った。
「お前」
「何」
「剣筋が妙に古い」
「古い?」
「今の騎士剣術とは違う」
言われてもよく分からない。
祖父に教わっただけだ。
「まあ、祖父しか知らないし」
「……だろうな」
レオンはそれ以上聞かなかった。
ただ少しだけ、
考えるような顔をしていた。




