記憶
男がゆっくり振り返った。
「……じいちゃん」
ユウトの声が震える。
だが。
どこかおかしかった。
顔は見える。
声も聞こえる。
なのに。
目の前にいるという実感が薄い。
まるで。
夢を見ているみたいだった。
「大きくなったな」
懐かしい声だった。
ユウトの胸が締め付けられる。
「なんで」
言葉が出ない。
「なんでここにいるんだ」
男は少しだけ笑った。
「儂はおらんよ」
一瞬。
意味が分からなかった。
「え?」
「これは記憶じゃ」
風が吹く。
木々が揺れる。
「お前が見ているだけじゃよ」
ユウトが周囲を見る。
森。
空。
草木。
全部本物にしか見えない。
だが。
違うらしい。
「試練……」
小さく呟く。
その時。
じいちゃんが頷いた。
「そうじゃ」
「試練じゃ」
木剣を肩へ担ぐ。
昔と同じ仕草だった。
「じゃが安心せい」
少しだけ笑う。
「死にはせん」
「死ぬようなことあるのかよ」
「ある」
即答だった。
「え?」
「ある」
二回言われた。
全然安心できない。
だが。
じいちゃんは楽しそうだった。
「まぁ見れば分かる」
そう言って歩き出す。
ユウトも後を追う。
しばらく歩く。
すると。
森が開けた。
「ここは……」
見覚えがあった。
フェンリルの森。
いや。
少し違う。
今よりずっと昔の景色だった。
その時。
ユウトの視界が止まる。
一頭のフェンリル。
巨大だった。
今まで見たどの個体よりも。
圧倒的に大きい。
そして。
その前に立つ一人の男。
「……じいちゃん?」
若かった。
今よりずっと。
背筋が伸びている。
目の前の老人ではない。
若い頃のじいちゃんだった。
「そうじゃ」
隣のじいちゃんが答える。
「これは儂じゃ」
まるで他人事みたいに。
そして。
若い祖父とフェンリルが向かい合う。
戦うのか。
そう思った。
だが違った。
若い祖父は剣を抜かない。
フェンリルも襲わない。
ただ。
互いに見つめている。
長い沈黙。
やがて。
フェンリルがゆっくり近付いた。
ユウトが息を呑む。
その時。
フェンリルの額が光った。
そして。
若い祖父の胸も光る。
「これは……」
「加護を得た瞬間じゃ」
じいちゃんが静かに言う。
ユウトは目を見開く。
初めてだった。
誰かが加護を得る瞬間を見るのは。
だが。
次の言葉で空気が変わる。
「ここまでは同じじゃ」
「え?」
「お前も儂も」
一瞬だけ間。
「リシアもな」
風が止まる。
じいちゃんの目が真っ直ぐ前を向く。
「問題はここからじゃ」
その声は。
今までより少しだけ重かった。




