準備期間
学園長室を出たあとも、
しばらく頭が追いつかなかった。
「エルフの里か……」
聞いたことはある。
でも。
実際に行った人間なんて、
ほとんど聞いたことがない。
「実感ない」
リアが隣で呟く。
「だよな」
思わず苦笑する。
「急すぎる」
「うん」
でも。
リアも少し考え込んでいた。
「長老」
「ん?」
「なんで私を指名したんだろ」
一瞬だけ言葉に詰まる。
「知らん」
「だよね」
リアも苦笑した。
その時。
子フェンリルが、
普通に二人の間を歩く。
「グル」
「お前は気楽そうだな」
返事みたいに尻尾が揺れた。
◇
三日間は意外と忙しかった。
授業。
荷物。
先生への報告。
寮の手続き。
そして。
当然のように噂。
「聞いたか?」
「あいつだろ?」
「フェンリルの……」
廊下を歩くだけで視線を感じる。
「面倒だな」
ガルドが隣で顔をしかめる。
「有名人だぞ」
「嬉しくない」
「贅沢言うな」
その時。
後ろから足音。
「ユウト」
レオンだった。
「準備は終わったか」
「一応」
「そうか」
短い返事。
でも。
今日は少し違った。
「……気を付けろ」
「え?」
「長老が付くから大丈夫だろうが」
レオンは静かに言う。
「外は学園ほど甘くない」
一瞬だけ空気が変わる。
冗談じゃない。
本気だった。
「分かってる」
「ならいい」
レオンはそれ以上言わなかった。
でも。
別れ際。
「戻ってきたら」
少しだけ笑う。
「今度は本気でやろう」
思わず笑った。
「負けないぞ」
「言うようになったな」
珍しく。
レオンも楽しそうだった。
◇
出発当日。
朝。
正門前。
空気は少し冷たい。
ガルドが大きく欠伸をした。
「なんで朝早いんだよ……」
「見送りに来たくせに」
「それとこれとは別だ」
リアが小さく笑う。
その時。
森の方から足音が聞こえた。
ゆっくり。
一定の速度で。
そして。
長老が姿を現す。
いつも通りのローブ。
いつも通りの静かな顔。
でも。
どこか空気が違った。
「準備は出来たか」
「はい」
長老が頷く。
そして。
静かに森の方を見る。
「なら行くぞ」
その一言で。
学園の外へ出る実感が、
ようやく湧いてきた。
子フェンリルが、
真っ先に森へ走る。
「グル!」
「待て!」
慌てて追いかける。
後ろから。
「死ぬなよー!」
ガルドの声が聞こえた。
振り返ると。
レオンも。
ガルドも。
学園が少しずつ遠ざかっていく。
そして。
長老は一度も振り返らないまま、
森の奥へ歩いていった。




