加護
学園への街道が静かだった。
でも。
空気だけが張り詰めている。
「……まだいるのか?」
ガルドが小さく聞く。
長老は森の奥を見たまま、
静かに頷いた。
「フェンリルではない」
「じゃあ何だよ……」
その時。
子フェンリルが低く唸る。
「グルル……」
毛が逆立っていた。
さっきまでと違う。
明確な警戒。
「……囲まれてるな」
レオンが剣を抜く。
「数は」
リアが目を閉じる。
「多い」
「多いって何匹だ」
「……十以上」
ガルドの顔が終わる。
「は!?!?」
その瞬間。
森の奥から、
重い足音が響いた。
ドスン。
ドスン。
「……この音」
教師の一人が顔を強張らせる。
次の瞬間。
木々を押しのけるように、
巨大な影が現れた。
「オーク……!」
分厚い筋肉。
巨大な斧。
灰色の皮膚。
しかも一体じゃない。
後ろから次々に現れる。
「おいおい嘘だろ……」
ガルドの声が震える。
普通のオークより大きい。
しかも武器を持っていた。
「群れか」
レオンが低く呟く。
その時。
子フェンリルが森の奥へ走り出す。
「お、おい!?」
止まらない。
真っ直ぐ奥へ向かう。
「待て!」
気づけば身体が動いていた。
「ユウト!」
後ろでリアの声が聞こえる。
でも止まれなかった。
子フェンリルは、
何かを探すみたいに走っていく。
そして。
少し開けた場所へ出た瞬間。
「……え」
そこにいたのは。
傷だらけのフェンリルだった。
銀灰色の毛。
身体には深い傷。
血も流れている。
そして周囲には、
オークの死体が転がっていた。
「……戦ってたのか」
フェンリルがこちらを見る。
赤い目。
でもさっきより荒れていない。
その時。
後ろから、
巨大なオークが現れる。
他よりさらにデカい。
「オークロード……!」
教師の声が響く。
空気が変わる。
オークロードが斧を持ち上げる。
フェンリルも唸る。
でも。
足が震えていた。
「怪我で動けないのか……!」
レオンが剣を握る。
でも次の瞬間。
「下がれ!」
教師の怒声。
一瞬で空気が変わる。
「お前達が入る戦場じゃない!」
レオンが止まる。
悔しそうに歯を噛む。
でも反論しない。
分かっていた。
今の相手は、
グレイウルフとは違う。
教師達が前へ出る。
魔力が走る。
でも。
その横を、
長老が静かに通り過ぎた。
「……若いな」
小さな声。
でも。
その背中だけで、
空気が変わる。
オークロードが咆哮する。
巨大な斧を振り上げる。
その瞬間。
長老が消えた。
「――っ!?」
次に見えた時には、
オークロードの懐へ入っている。
風。
一瞬。
巨大な身体が吹き飛ぶ。
木々を何本も折りながら転がっていく。
「な……」
ガルドが言葉を失う。
教師達も息を呑んでいた。
でも。
オークロードはまだ立ち上がる。
咆哮。
魔力が揺れる。
その時だった。
フェンリルが、
ゆっくり立ち上がる。
傷だらけの身体。
血も流れている。
それでも。
子フェンリルの前へ出た。
「グルルルル……!!」
低い咆哮。
空気が震える。
長老が小さく目を細める。
「……まだ立つか」
次の瞬間。
オークロードが突っ込む。
フェンリルも飛び出した。
激突。
重い音。
教師達の魔術が飛ぶ。
長老の風が走る。
それでも。
最後にオークロードの喉へ噛みついたのは、
フェンリルだった。
血が散る。
オークロードが崩れ落ちる。
静寂。
でも。
フェンリルも限界だった。
大きな身体が揺れる。
子フェンリルが鳴く。
「グル……!」
フェンリルは、
静かに子を見た。
それから。
ゆっくりこっちを見る。
一瞬だけ。
赤い目が細くなる。
そして。
フェンリルが、
静かに額を押し当ててきた。
「――っ!?」
熱。
でも熱いだけじゃない。
火。
水。
風。
土。
身体の奥へ、
何かが流れ込んでくる。
その瞬間。
長老が小さく呟いた。
「……フェンリルの加護か」
静かな声だった。
「まさか人へ宿るとはな」
フェンリルは、
最後に子フェンリルを見る。
それから。
静かに森の奥へ歩き出した。
傷だらけのまま。
でも振り返らない。
「グル……」
子フェンリルだけが、
その背中をじっと見ていた。




