母親
森の中は静かだった。
さっきまでフェンリルがいたとは思えないくらいに。
「……助かった」
ガルドが地面へ座り込む。
「マジで死ぬかと思った……」
「まだ死んでない」
リアが即答する。
「リアお前もうちょい優しくなれ!?」
でもリアも少し息が上がっていた。
教師達も周囲を警戒している。
その中で。
長老だけが、
静かに森の奥を見ていた。
「……討伐目的ではないな」
一瞬だけ空気が止まる。
「え?」
思わず声が出た。
長老は地面を見る。
血。
爪痕。
魔力の流れ。
「縄張りを追われている」
老人が小さく呟く。
「しかも怪我をしているな」
教師達の顔が変わる。
「だから人里側へ……?」
「恐らくな」
老人は静かだった。
「子を守る親ほど危険なものはない」
その時だった。
カサッ。
茂みの奥で音がした。
全員の視線が動く。
「っ!」
ガルドが身構える。
レオンも剣へ手をかけた。
でも。
出てきたのは、
小さな影だった。
「……え」
銀灰色の毛。
赤い目。
でも小さい。
まだ子供だった。
「フェンリルの子……?」
リアが小さく呟く。
子フェンリルは低く唸る。
でも威嚇というより、
怯えてるようにも見えた。
前脚には傷。
かなり弱っている。
「怪我してる」
リアが小さく言う。
教師が前へ出ようとした瞬間。
子フェンリルが牙を見せた。
「グルル……!」
「っ……!」
教師が止まる。
でも。
その時だった。
子フェンリルの目が、
こっちを見る。
真っ直ぐ。
「……?」
数秒。
子フェンリルが、
ゆっくり近づいてきた。
「お、おいユウト」
ガルドの声が引きつる。
「なんでこっち来るんだよ……!」
分からない。
でも。
不思議と怖くなかった。
子フェンリルは、
少しだけ鼻を鳴らす。
そして。
俺の足元へ座り込んだ。
静寂。
「……は?」
ガルドが固まる。
レオンも眉を寄せていた。
「普通はあり得ん」
「そうなの?」
「フェンリルは魔力感知が強い」
レオンが低く言う。
「人間には基本懐かん」
その時。
「……なるほど」
長老が小さく呟く。
視線がこっちへ向く。
「四属性、か」
「え?」
長老は子フェンリルを見る。
「フェンリルは高位魔獣だ」
「魔力の流れを見る」
静かな声だった。
「この子も恐らく、同じだな」
意味が分からない。
でも。
子フェンリルは、
俺の近くから動かなかった。
「……母親は」
リアが森を見る。
長老が小さく目を細める。
「気づいていたのだろう」
「何を?」
「お前の魔力を」
一瞬だけ静かになる。
「敵意が薄い」
「流れが自然」
「四属性が安定している」
長老が静かに続ける。
「だから去った」
そこで少しだけ、
長老が笑った。
「もっとも」
「……?」
「預けたというより」
長老が子フェンリルを見る。
「この子が勝手に気に入ったようだがな」




