謎の老人
グレイウルフを倒したあと。
森の中は急に静かになった。
「……はぁ……っ」
ガルドがその場へ座り込む。
「死ぬかと思った……」
「まだ死んでない」
リアが即答する。
「リアお前もうちょい優しくなれ!?」
でもリアも少し息が上がっていた。
実戦。
しかもグレイウルフ複数。
高等部前半なら十分危険だ。
「怪我は」
レオンが周囲を見る。
「俺は平気」
「私も」
「お、おう……多分」
ガルドだけちょっと怪しい。
でも大きな怪我はない。
「……ユウト」
レオンがこっちを見る。
「何」
「お前、さっき完全に見切ってたな」
少し考える。
「なんか動き読めた」
「なんかでやるな」
でもレオンは真面目だった。
「グレイウルフは速い。普通は高等部前半じゃ反応しきれん」
「そうなの?」
「そうだ」
ガルドが全力で頷く。
「俺全然見えてなかったぞ!?」
「叫んでたな」
「うるせぇ!」
少しだけ空気が戻る。
でもその時。
リアが森の奥を見る。
「……まだいる」
一瞬で空気が変わった。
「は?」
ガルドの顔が引きつる。
「グレイウルフ?」
「違う」
リアが小さく首を振る。
「もっと重い」
レオンの目が変わる。
剣を握る音。
「数は」
「一」
「単独か……」
でもレオンの顔は緩まなかった。
むしろ逆。
少しだけ険しくなる。
「レオン?」
「嫌な感じがする」
その時だった。
ドスン。
重い音。
木々の奥。
何か大きいものが動いている。
「おいおい……」
ガルドが完全に顔を青くする。
そして。
木を押しのけるように現れた。
巨大な身体。
銀灰色の毛。
赤い目。
グレイウルフとは格が違う。
「……フェンリル」
レオンが低く呟く。
空気が止まる。
「なんでこんなのがここに……」
フェンリルがこちらを見る。
その瞬間。
空気が重くなった。
「下がれ」
レオンが前へ出る。
炎槍。
中級二重展開。
今までで一番速い。
でも。
フェンリルが避けた。
「っ!?」
一瞬で距離を詰められる。
剣。
レオンが受ける。
重い。
地面が割れる。
「ぐっ……!」
押されている。
初めてだった。
レオンが真正面から力負けしている。
「レオン!」
ガルドが叫ぶ。
リアが水流を放つ。
でもフェンリルは止まらない。
速い。
重い。
強い。
「ユウト!」
リアの声。
身体が動く。
風。
加速。
火球。
水。
全部繋げる。
でも。
「――ッ!!」
フェンリルの爪。
一瞬で火球を切り裂く。
「は……?」
格が違った。
その瞬間。
フェンリルの目がこっちを見る。
殺気。
背筋が冷える。
初めてだった。
本能で理解する。
勝てない。
次の瞬間。
フェンリルが地面を蹴る。
速い。
間に合わない。
そう思った瞬間だった。
「――そこまでだ」
声。
静かな声だった。
でも。
空気が変わる。
一瞬で。
フェンリルが止まった。
「……え?」
木の上。
いつの間にか、
一人の老人が立っていた。
長い耳。
深緑のローブ。
細い身体。
でも。
その場の誰より、
存在感が重かった。
フェンリルが低く唸る。
警戒している。
明らかに。
老人は静かに森へ降りる。
その動きだけで分かった。
強い。
レオンですら、
一瞬言葉を失っていた。
「学園の演習場へ出るとはな」
老人が小さく息を吐く。
「随分と腹を空かせているらしい」
フェンリルが低く唸る。
でも飛び込まない。
老人を見ている。
まるで。
“危険だ”と理解してるみたいに。
次の瞬間。
フェンリルが飛び込む。
速い。
でも。
老人は動かなかった。
一歩。
横へズレる。
それだけ。
フェンリルの爪が空を切る。
「な……」
レオンが目を見開く。
老人の手が動く。
短い詠唱。
風。
一瞬で森の空気が変わる。
「――ッ!!」
フェンリルが吹き飛ぶ。
木を何本も折りながら転がる。
でも老人は追わない。
ただ静かに立っている。
フェンリルが起き上がる。
低く唸る。
でも。
数秒後。
森の奥へ消えていった。
静寂。
「……逃げた?」
ガルドが呆然と呟く。
その時。
森の奥から、
複数の足音が近づいてくる。
「第三班!」
教師達だった。
実戦担当の教師が周囲を見て、
すぐに顔を変える。
「フェンリルの魔力反応……?」
そこで初めて、
老人へ気づく。
「……エルフ?」
教師の声が止まる。
老人は気にした様子もなく、
静かにこちらを見る。
そして。
「……その剣」
小さく呟いた。
一瞬だけ。
老人の目が、
細くなった気がした。




