知っている名前
巡視詰所は、街道沿いに築かれた簡素な砦のような建物だった。
正面の金属扉をくぐると、巡視員や荷車が行き交う中庭が広がっている。扉の両脇には、淡い青色の光を放つ結晶が埋め込まれていた。
「巡視第三班、帰還!」
ガルドが声を張ると、見張り台からすぐに返事が返る。
中庭へ足を踏み入れた途端、あちこちから視線が集まった。
巡視隊に連れられた見慣れない少女。それだけでも十分目を引くらしい。
「リネットは治療室へ。回収班はスクラッパーの残骸を確認してこい」
「了解」
女性巡視員がリネットを支えながら建物の奥へ向かう。その途中、リネットが足を止めて振り返った。
「タマキさん」
「はい」
「私、見たことは全部お話しします。助けてもらったことも、戦っていたことも」
「ありがとうございます。でも、まずは治療を受けてください」
「……はい。またあとで」
少し不安そうに笑うと、リネットは巡視員とともに建物へ入っていった。
その姿を見送ったガルドが、別の扉を顎で示す。
「お前はこっちだ」
案内されたのは、机と椅子だけが置かれた小さな部屋だった。
窓に鉄格子はない。だが、扉の外には巡視員が一人立っている。
牢ではないが、確認が終わるまでは自由に動ける状況でもなさそうだ。
「座れ」
促されるまま椅子へ腰を下ろす。
ガルドは一度部屋を出ると、木製の杯を手に戻ってきた。何も言わず机へ置かれた杯には、透明な水が満たされている。
思わず水へ視線を落とす。
「毒なんか入ってねえ。飲め」
「そこまでは疑っていません」
「なら遠慮するな」
少し警戒しすぎたらしい。
杯を持ち上げ、一口含む。冷たい水が乾いていた喉を潤していった。
「さっき、リネットから歩ける範囲で話は聞いた。回収班の確認結果とも食い違いはねえ」
ガルドが壁へ背を預ける。
「お前があいつを助けて、スクラッパーを倒したことは疑ってねえ。だが、身元が分からんのは別の話だ」
「はい」
「ヴィルサへ連絡した。向こうも、お前と直接話したいそうだ」
「もう返事が来たんですか」
「来訪者の可能性がある案件は優先するらしい」
対応の早さから見ても、珍しい事例ではないのだろう。
「以前にもあったんですか」
「詳しいことは向こうに聞け」
ガルドは腰の革袋から、手のひらほどの金属板を取り出した。中央には透明な結晶が埋め込まれ、その周囲へ細い溝が幾重にも刻まれている。
「通信具ですか」
「ああ。詰所の中継器を通して繋ぐ」
やはりそうだった。
ゲームでは背景として見かけるだけだった道具が、今は実際に目の前で使われようとしている。
ガルドが結晶へ触れると、淡い光が広がった。数度の明滅のあと、小さな雑音が部屋へ響く。
『――こちら、ヴィルサ東部連絡局。第三巡視詰所で間違いありませんか』
落ち着いた女性の声だった。
「ああ。本人も目の前にいる」
『ありがとうございます。巡視隊からの報告は確認しています』
短い間を置いて、女性が続ける。
『ここからは、本人への確認となります。ガルド巡視長には、一度席を外していただけますか』
ガルドが眉をひそめた。
「俺にも聞かせられねえ話か」
『来訪前の経歴に関わる内容を含む可能性があります。本人の了承なく第三者へ共有することはできません』
「……分かった」
不満そうに息をつきながらも、ガルドは扉へ向かう。
「終わったら呼べ。外にいる」
「分かりました」
扉が静かに閉まった。
『お待たせしました。初めまして、タマキさん。私は来訪者連絡機構、ヴィルサの担当員です』
「初めまして」
『巡視隊から、星骸炉心跡地で保護されたこと、出身や身分を証明できないことは報告を受けています。相違ありませんか』
「ありません」
『ありがとうございます。それでは、いくつか確認させてください』
「分かりました」
『まず、現在の身体は、ここへ来る前の身体と同じですか』
予想外の質問だった。
「……どうして、そんなことを聞くんですか」
『同様の状態で保護された来訪者が確認されているためです』
それだけで安心できるわけではない。
それでも、この質問を偶然思いついたとは考えにくかった。
「同じような状態というのは、どこまで同じなんですか」
『元の身体とは異なる姿でこの世界へ現れ、その姿に本人が心当たりを持っていた、という点です』
「今の身体は、元の僕の身体とは違います」
『現在の姿には、心当たりがありますか』
「あります」
一度だけ息を整える。
「僕が使っていたゲームのキャラクターです」
通信の向こうで紙をめくる音がした。
『キャラクター名も、タマキで間違いありませんか』
「はい」
少しだけ間が空く。
『承知しました。では、次の質問です』
落ち着いた声が続いた。
『Vastimia Axiomという名前を知っていますか』
呼吸が止まる。
この世界へ来てから、一度も耳にしなかった名前。
「……知っています」
自然と声が小さくなった。
「僕が遊んでいたゲームの名前です」
『ありがとうございます』
その反応だけで、この名前を知る人間が他にもいることが伝わってきた。
『最後に、もう一つ確認します』
わずかな間が空く。
『確認されている事例との照合です。あなたがここへ来たのは、星骸炉心を攻略した直後ではありませんか』




