↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/6

知っている名前

 巡視詰所は、街道沿いに築かれた簡素な砦のような建物だった。


 正面の金属扉をくぐると、巡視員や荷車が行き交う中庭が広がっている。扉の両脇には、淡い青色の光を放つ結晶が埋め込まれていた。


「巡視第三班、帰還!」


 ガルドが声を張ると、見張り台からすぐに返事が返る。


 中庭へ足を踏み入れた途端、あちこちから視線が集まった。


 巡視隊に連れられた見慣れない少女。それだけでも十分目を引くらしい。


「リネットは治療室へ。回収班はスクラッパーの残骸を確認してこい」


「了解」


 女性巡視員がリネットを支えながら建物の奥へ向かう。その途中、リネットが足を止めて振り返った。


「タマキさん」


「はい」


「私、見たことは全部お話しします。助けてもらったことも、戦っていたことも」


「ありがとうございます。でも、まずは治療を受けてください」


「……はい。またあとで」


 少し不安そうに笑うと、リネットは巡視員とともに建物へ入っていった。


 その姿を見送ったガルドが、別の扉を顎で示す。


「お前はこっちだ」


 案内されたのは、机と椅子だけが置かれた小さな部屋だった。


 窓に鉄格子はない。だが、扉の外には巡視員が一人立っている。


 牢ではないが、確認が終わるまでは自由に動ける状況でもなさそうだ。


「座れ」


 促されるまま椅子へ腰を下ろす。


 ガルドは一度部屋を出ると、木製の杯を手に戻ってきた。何も言わず机へ置かれた杯には、透明な水が満たされている。


 思わず水へ視線を落とす。


「毒なんか入ってねえ。飲め」


「そこまでは疑っていません」


「なら遠慮するな」


 少し警戒しすぎたらしい。


 杯を持ち上げ、一口含む。冷たい水が乾いていた喉を潤していった。


「さっき、リネットから歩ける範囲で話は聞いた。回収班の確認結果とも食い違いはねえ」


 ガルドが壁へ背を預ける。


「お前があいつを助けて、スクラッパーを倒したことは疑ってねえ。だが、身元が分からんのは別の話だ」


「はい」


「ヴィルサへ連絡した。向こうも、お前と直接話したいそうだ」


「もう返事が来たんですか」


「来訪者の可能性がある案件は優先するらしい」


 対応の早さから見ても、珍しい事例ではないのだろう。


「以前にもあったんですか」


「詳しいことは向こうに聞け」


 ガルドは腰の革袋から、手のひらほどの金属板を取り出した。中央には透明な結晶が埋め込まれ、その周囲へ細い溝が幾重にも刻まれている。


「通信具ですか」


「ああ。詰所の中継器を通して繋ぐ」


 やはりそうだった。


 ゲームでは背景として見かけるだけだった道具が、今は実際に目の前で使われようとしている。


 ガルドが結晶へ触れると、淡い光が広がった。数度の明滅のあと、小さな雑音が部屋へ響く。


『――こちら、ヴィルサ東部連絡局。第三巡視詰所で間違いありませんか』


 落ち着いた女性の声だった。


「ああ。本人も目の前にいる」


『ありがとうございます。巡視隊からの報告は確認しています』


 短い間を置いて、女性が続ける。


『ここからは、本人への確認となります。ガルド巡視長には、一度席を外していただけますか』


 ガルドが眉をひそめた。


「俺にも聞かせられねえ話か」


『来訪前の経歴に関わる内容を含む可能性があります。本人の了承なく第三者へ共有することはできません』


「……分かった」


 不満そうに息をつきながらも、ガルドは扉へ向かう。


「終わったら呼べ。外にいる」


「分かりました」


 扉が静かに閉まった。


『お待たせしました。初めまして、タマキさん。私は来訪者連絡機構、ヴィルサの担当員です』


「初めまして」


『巡視隊から、星骸炉心跡地で保護されたこと、出身や身分を証明できないことは報告を受けています。相違ありませんか』


「ありません」


『ありがとうございます。それでは、いくつか確認させてください』


「分かりました」


『まず、現在の身体は、ここへ来る前の身体と同じですか』


 予想外の質問だった。


「……どうして、そんなことを聞くんですか」


『同様の状態で保護された来訪者が確認されているためです』


 それだけで安心できるわけではない。


 それでも、この質問を偶然思いついたとは考えにくかった。


「同じような状態というのは、どこまで同じなんですか」


『元の身体とは異なる姿でこの世界へ現れ、その姿に本人が心当たりを持っていた、という点です』


「今の身体は、元の僕の身体とは違います」


『現在の姿には、心当たりがありますか』


「あります」


 一度だけ息を整える。


「僕が使っていたゲームのキャラクターです」


 通信の向こうで紙をめくる音がした。


『キャラクター名も、タマキで間違いありませんか』


「はい」


 少しだけ間が空く。


『承知しました。では、次の質問です』


 落ち着いた声が続いた。


『Vastimia Axiomという名前を知っていますか』


 呼吸が止まる。


 この世界へ来てから、一度も耳にしなかった名前。


「……知っています」


 自然と声が小さくなった。


「僕が遊んでいたゲームの名前です」


『ありがとうございます』


 その反応だけで、この名前を知る人間が他にもいることが伝わってきた。


『最後に、もう一つ確認します』


 わずかな間が空く。


『確認されている事例との照合です。あなたがここへ来たのは、星骸炉心《アストラルコア》を攻略した直後ではありませんか』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。