僕のような人
巡視路の先から聞こえていた足音が、次第にはっきりとしたものへ変わっていった。複数人。金属製の装備が触れ合う音に混じって、短い指示の声も聞こえる。
「こちらです!」
リネットが片手を上げると、巡視路の曲がり角から三人の人影が現れた。
先頭を歩くのは、灰色の外套を羽織った大柄な男だった。胸元には金属製の胸当てがあり、右手には長槍を持っている。その後ろには弓を背負った若い女性と、片手剣を腰に下げた細身の男が続いていた。
三人とも、リネットの姿を確認した途端に歩みを速めた。
「リネット!」
「ガルドさん!」
大柄な男――ガルドは、リネットの前まで来ると、怪我の有無を確かめるように全身へ視線を走らせた。
「怪我は」
「足を捻っただけです。歩けます」
「だけ、で済ませるな。あとで見せろ」
「はい……」
リネットが小さく肩を落とした。叱られているというより、心配されているのだろう。本人もそれが分かっているから、素直に返事をしているらしい。
残りの二人はこちらを警戒していた。武器へ手を掛けてはいないが、何かあればすぐに動ける姿勢を崩していない。
当然の反応だった。身元不明。見慣れない装備。どう見ても小柄な少女。その少女がスクラッパーを倒してリネットを助けたと言われても、すぐに信じる方が難しい。
自分でもそう思う。
「その子は?」
ガルドがこちらを見ると、リネットが一歩前へ出た。
「タマキさんです。私が残骸機獣に襲われていたところを、助けてもらいました」
「一人でか?」
「はい」
三人の視線が集まった。疑われているというより、見た目と話が噛み合っていないのだろう。
「倒したスクラッパーはどこだ」
「森の中です。ここから、それほど離れていません」
ガルドは巡視路の周囲へ視線を走らせると、細身の巡視員へ顎をしゃくった。
「見てこい。残骸と周囲を確認したら戻れ。無理に近づくな」
「了解」
「場所は、来た道を戻って――」
リネットが説明しようと足を踏み出し、顔をしかめた。ガルドの眉間に皺が寄る。
「お前は動くな。タマキ、途中まで案内できるか」
「できます」
細身の巡視員と巡視路を少し戻り、森へ入る手前で折れた枝や踏み荒らされた草を指し示した。
「この跡を辿れば着きます。倒れた個体は一体だけでしたが、戦闘音を聞いて別の個体が寄っているかもしれません」
「分かった。ここで戻れ」
巡視員は片手剣を抜き、足音を抑えながら森の奥へ入っていった。
巡視路へ戻ると、リネットは道端の石へ腰を下ろし、弓を背負った女性に足を診てもらっていた。ガルドは少し離れた場所に立ち、こちらを待っている。
「リネットから事情は聞いた。気づいたときには、跡地の中にいたそうだな」
「はい」
「同行者はいない。どうやって来たのかも分からない」
「そうです。ここへ来る前のことは覚えています。ただ、来た方法だけが分かりません」
ガルドは頷かず、こちらの装備へ目を向けた。
「身分を証明できる物は」
「持っていません」
「出身は」
一瞬、言葉に詰まった。地球の地名を口にしても意味はない。かといって、この世界の地名を適当に挙げれば、すぐに嘘だと分かる。
「たぶん、ここには存在しない場所です」
「どういう意味だ」
「僕が知っている場所と、ここは違います」
自分で口にしていても、現実味のない話に聞こえた。けれど、ほかに説明しようがない。
「言葉は通じる。スクラッパーと星骸炉心の名前も知っていたそうだな」
「名前と、スクラッパーの特徴は知っていました」
「どこで知った」
「……説明すると、もっと信じにくい話になります」
ガルドの目が細くなった。
「今の時点で十分信じにくい。武器は」
「収納しています」
「見せろ」
短い命令だった。リネットの前ですでに収納している。ここで隠しても、警戒を強めるだけだろう。
「大きいので、少し離れてください」
ガルドが数歩下がった。意識を向けると、暗紫色の光が空中へ集まり、黒紺の特大剣が姿を現した。
柄を握った瞬間、腕へ重さが戻る。弓を背負った女性が息を呑んだ。
ガルドはこちらの背丈を大きく上回る刀身を見上げ、それから剣を支える腕へ視線を落とした。その反応は、リネットが初めて剣を見たときとよく似ていた。
「……もういい。戻せ」
言われた通り、特大剣をインベントリへ戻す。
「道具を使わない空間収納か」
「リネットさんにもそう言われました。でも、僕には詳しい仕組みが分かりません」
「使い方は分かるのにか」
「感覚で使えるだけです」
ガルドの表情は変わらない。身分証も所属もなく、出身地も説明できない。それでいて、異質な武器と能力を持っている。
自分でも、かなり怪しいと思った。
「タマキさんは、私を助けてくれました」
リネットがこちらを庇うように言った。
「聞いてる」
「危険な人ではありません」
ガルドが少しだけ顔をしかめる。
「助けた話まで疑ってるわけじゃねえ。だが、それと身元の確認は別だ」
荒い口調だったが、言っていることは筋が通っていた。
「分かっています」
立場が逆なら、自分も同じ対応をするだろう。それでも、助けた事実を否定されなかったことで、張っていた肩から少し力が抜けた。
やがて、森へ向かった巡視員が戻ってきた。
「残骸を確認した。犬型が一体。右前脚に魔術の焦げ跡、その上から大きく破壊された痕がある。頭部も潰されていた。近くに別の個体はいない」
「駆動核は」
「見た限りでは無事だ。回収班を呼んだ方がいい」
ガルドが頷いた。
「右前脚は、先に傷ついていたのか」
「はい。リネットさんが傷つけていたので、そこを狙いました」
「それで脚を止めて、頭を潰した」
「そうです」
ガルドはしばらく黙っていた。見た目だけなら、武器に振り回されそうな少女でしかない。実際には、その武器を使ってスクラッパーの脚と頭を砕いた。
疑問が消えるどころか、増えたかもしれない。
弓を背負った女性が、リネットの足首へ布を巻き終えた。
「骨は大丈夫そう。でも、今日はもう歩き回らない方がいいわ」
「分かりました」
「本当に?」
「……できるだけ」
思わずリネットを見ると、向こうもこちらを見ていた。戦闘のあとに似たような返事をした覚えがある。
わずかに視線が合い、どちらからともなく逸らした。
「移動するぞ」
ガルドが巡視路の先へ向き直る。
「最寄りの巡視詰所まで同行してもらう。タマキ、お前もだ」
「断ったら?」
念のため尋ねると、ガルドは目を細めた。
「止める」
槍へ手を伸ばしたわけではない。それでも、本気で言っていることは伝わった。
「分かりました。同行します」
ここで争う理由はない。町へ行くにも、情報を集めるにも、まずは現地の人間と接触する必要がある。
身元不明のまま一人で町へ現れるより、リネットを助けたことを知る巡視員と一緒の方がまだましだった。
「タマキさんは、どうなるんですか?」
リネットが不安そうに尋ねる。
「詰所で確認を取る」
ガルドはそう答え、少し間を置いた。
「場合によっては、ヴィルサに連絡する」
聞き慣れない名前だった。
「ヴィルサ?」
「来訪者連絡機構だ。お前みたいに、どこから来たのか説明できない人間を扱っている」
意味を理解するまで、少し時間がかかった。
「僕のような人が、ほかにもいるんですか?」
ガルドは答える前に、こちらの顔を確かめるように見た。
「いる」
たった一言だった。
自分だけではない。
なら、その人たちは何を知っているのだろう。




