七度目の異議
『死亡予告
明日午後四時、皇帝は、皇后ミレイユ・ローデンがオクタヴィア前皇妃の証言に基づき侍医長の地下調薬室を開いた後、血中に定着した第七の死命により死亡する』
封書を透明板で挟んだまま、私は地下牢へ急いだ。
皇帝も近衛兵を伴って追いついたが、問いかけはしなかった。私がまずオクタヴィアから聞くと決めたことを、彼は知っていた。
鉄格子の向こうで、オクタヴィアは新しい白縄に拘束されていた。
「第七の死命とは何です」
私が封書を見せると、彼女の顔から血の気が引いた。
「その文言が出たの……?」
「皇帝の血へ、侍医長は何を七度入れたのです」
オクタヴィアは唇を閉ざした。
私は昨日見た彼女の呼吸を思い出す。毒針を知ったときより、今のほうが浅く速い。
「あなたは侍医長に殺されかけました。まだ彼を守るのですか」
「守っているのではないわ」
「では、何を恐れているのです」
長い沈黙の後、彼女は縄に巻かれた手を見下ろした。
「七つがすべて失われれば、死命は作った者へ返る。あの男は、そう言っていた」
それで彼女は怯えていたのだ。
皇帝を救うためではない。自分へ返るものを恐れながら、それでも最後の死命を残そうとしている。
「七つの中身を話してください」
「陛下が傷や熱で診療を受けるたび、侍医長は七度に分けて血へ印を定着させた。毒でも病でもない。死そのものを起こす力でもないわ」
オクタヴィアは皇帝を見た。
「登録した死に方を、陛下の血が受け入れるための道よ。杯、炎、刃――計画が実行可能になったとき、黒い台帳の死命がその道を通る」
「なら、死命だけでは人を殺せない」
私が言うと、彼女の肩がわずかに強張った。
「必ず、登録された行動と仕掛けが要るのですね」
答えはなかった。
だが否定もなかった。
皇帝へ向けられた六つの死を、私たちはすでに覆している。失敗した計画とともに六つの死命が失効し、最後の一つだけが血中への道を残しているのだ。
そして最後の仕掛けは、地下調薬室の扉にある。
「開けば、何が起こします」
「知らない。侍医長は扉を交換し、自分以外を入れなかった」
その返答だけは嘘ではなかった。
オクタヴィアは知らないことを隠すとき、語尾を短く切る。摂政時代の法廷で三度、同じ話し方をしていた。
私たちは彼女の証言だけで扉へ触れず、閉鎖された医局の地下を外側から調べた。
調薬室には窓がなかったが、薬草を乾燥させるための細い通風管が壁上部へ延びていた。近衛兵が管の蓋を外し、磨いた小鏡と灯りを長柄の先へ固定して差し込む。
反射した室内を、私は一度ずつ目に刻んだ。
棚。調薬台。革張りの椅子。奥には鎖で机へつながれた黒い誓約台帳。
そして扉の内側。
閂から黒い細紐が延び、机の下の鋼製ばねにつながっている。扉を開けば閂が動き、ばねが跳ねる。その先には銀色の細い針があった。
針の真下に置かれているのは、黒い蝋で固められた円盤だった。
中央に赤黒い染みが見える。
「私の血か」
皇帝が低く言った。
「おそらく」
扉を開く行為が紐を引き、針で血の封印を貫く。それが第七の死命を実行へ移す最後の合図なのだ。
侍医長は姿を消しても、仕掛けだけで皇帝を殺せるようにしていた。
通風管から細い鋏を入れ、黒い紐を切ることになった。
作業を始める前、皇帝が人払いをした。石壁の前に、私たち二人だけが残る。
「扉は、お前でなくとも開けられる」
「はい」
「予告の条件から退くなら、私はそれを選べるようにする」
命じるのではなく、逃げ道を渡してくれている。
私は封書の文字を思い返した。
皇后ミレイユ・ローデンが開いた後。
私が開けなければ、明日の死は避けられるかもしれない。けれど侍医長が逃げたままなら、別の条件を整えて第七の死命を使う。台帳を確保できなければ、翌朝には別の死が選ばれるだけだ。
それでも、私が選ぶ理由は義務だけであってはならない。
「あなたは、私が封書に選ばれたから信じるのですか」
「違う」
答えは迷いなく返った。
「封書がお前を証人と呼ぼうが、道具と呼ぼうが、私には関係ない。私は、恐れているときにも恐れていると言えるお前を信じる」
胸の奥で固まっていたものが、少しだけほどけた。
「怖いです」
「ああ」
「それでも私は、あの部屋を開けます。命じられた証人としてではなく、あなたと明日を選ぶ私として」
「分かった。私もここにいる」
細紐は、通風管から差し込んだ鋏で切断された。
切れた両端が床へ落ちたことを小鏡で確認し、さらにばねと銀針を長柄で押さえる。扉の前には鋼板を立て、私と皇帝は厚い革の防護具を着けた。
翌日、午後三時四十分。
私は自分の手で閂を外した。
扉が開く。
黒い紐は動かず、ばねも跳ねなかった。
室内へ入り、黒い誓約台帳を開く。最初の頁には、七つの赤黒い円が並んでいた。
六つはひび割れ、灰色に変わっている。
最後の一つだけが、濡れた血のような色を残していた。その下には、地下調薬室の開扉を合図として第七の死命を執行するという一文がある。
さらに頁の縁へ、小さな文字が刻まれていた。
――自由意思により結ばれた伴侶を異議の証人とし、証人が執行の鎖を断った死命は失効する。
封書が私へ届いた理由を、ようやく理解した。
人質として強いられた婚姻なら、異議を申し立てる証人にはなれない。オクタヴィアはそう考えた。
けれど婚礼の直前、皇帝は私へ拒む権利を渡した。
私は自分の意思で、彼と結ばれると答えた。
最初から、敵の誤算はそこにあったのだ。
午後四時の鐘が鳴り始めた。
私は最後の円へ触れず、その横へ透明板に挟んだ封書を置いた。
「この死に、異議を申し立てます」
言葉そのものに力があるのではない。
杯を落とし、炎から連れ出し、刃を止め、今また黒い紐を切った。そのすべてが、死を受け入れないという私の異議だった。
皇帝の呼吸は変わらない。
脈も乱れない。
鐘が四つ鳴り終えたとき、台帳の最後の円へ細い亀裂が走った。
赤黒い色が灰へ変わり、音もなく崩れ落ちる。
第七の死命は失効した。
封書は未来を告げる神託ではない。血へ刻まれた死命も、それだけで命を奪うことはできない。登録された計画が実行可能になり、物理的な仕掛けと結ばれて初めて死を起こす。
そして自由意思で結ばれた伴侶がその鎖を断てば、異議は成立する。
七度目の皇帝の死を、私たちは覆した。
力が抜け、私は調薬台へ手をついた。
皇帝はすぐそばにいたが、私へ触れる前に尋ねた。
「抱き締めてもいいか」
「はい。今は、そうしてください」
彼の腕に包まれ、私は初めて、封書のない明日を想像した。
けれど翌朝、三十四通目の黒い封書は消えなかった。
『死亡予告
明日正午、オクタヴィア前皇妃は、失効した七つの死命が作成者へ反転し、心臓を停止させ死亡する』
読み終えた瞬間、警鐘が宮殿を揺らした。
窓の外で、押収した黒い誓約台帳を保管する証拠室から炎が噴き上がった。
(第34話へ続く)




