剣の持ち主
『死亡予告
明朝、花嫁ミレイユ・ローデンは皇帝の剣で胸を貫かれ死亡する』
銀色の一文を、私は何度も読み返した。
明朝とは、次に鐘が鳴る頃だろう。残された時間は一日もない。
昨日、皇帝は私を地下牢へ送った。けれど、傷一つつけるなとも命じた。あの言葉を信じたい気持ちと、封書を疑えば死ぬという恐怖が、胸の中でせめぎ合う。
もし皇帝が本当に私を殺すのなら、逃げるしかない。
けれどこの牢は地下にあり、扉の外には近衛兵がいる。鉄格子には手首ほどの太さがあり、窓さえない。
黒い封書を握り潰しそうになり、慌てて指を緩めた。
封書を破損すれば、予告時刻がその瞬間まで繰り上がる。恐怖に任せて破れば、明朝を待たず、すぐに剣が私の胸へ届くかもしれない。
私は封書を膝へ置き、文面を一字ずつ記憶の中の昨日の予告と比べた。
昨日は『皇帝は祝宴で乾杯の杯を飲み、毒によって死亡する』だった。誰が毒を入れるかは書かれていなかった。
今回も同じだ。
書かれているのは、私が皇帝の剣で死ぬという事実だけ。
――皇帝が、私を刺すとは書かれていない。
その違いに気づいた途端、凍りついていた思考が動き出した。
昼を過ぎた頃、鉄扉の向こうで複数の足音が止まった。錠が外れ、皇帝が一人で入ってくる。帯には剣があった。婚礼の誓いを交わしたときにも佩いていた、黒い鞘の実用剣だ。
予告の文字が胸裏によみがえり、呼吸が浅くなる。
皇帝は私から三歩離れた場所で止まった。
「給仕の部屋を調べた」
差し出されたのは、焦げ跡の残る布だった。
「右手に巻いていたらしい。部屋の水差しから、火傷の薬も見つかった。おまえの記憶どおりだ」
私が婚礼の夜に聞いた言葉は、間違っていなかった。
「では、私が毒を入れたという疑いは」
「薄れた。だが、給仕はまだ見つかっていない」
皇帝は簡単に無罪とは言わなかった。その慎重さに失望するより先に、私は彼が持つ剣を見た。
実用剣はここにある。
「陛下。ほかに、陛下の剣はありますか」
「儀礼用が二振りある。一本は玉座の間、もう一本は宝物庫だ」
「今すぐ確認してください」
私の声に、皇帝の目が鋭くなる。
「理由は」
私は黒い封書を差し出した。
彼は昨日の一通をすでに読んでいる。破損させぬよう両手で受け取り、銀の文字へ目を落とした。
「私が、おまえを殺すと読めるな」
「そう読ませたいのだと思います。でも文面は、実行する者を明記していません。毒の予告と同じです」
「誰かが私の剣を使うと?」
「そして陛下の犯行に見せるつもりなら、逃げた給仕にも戻ってくる理由があります」
牢へ閉じ込められた私を、皇帝の剣で殺す。毒殺を邪魔した人質花嫁を、疑い深い皇帝が処刑したように見せかけるのだ。
私が死ねば、給仕の右手を証言する者もいなくなる。
皇帝は扉を振り返り、外の近衛兵へ宝物庫の確認を命じた。
戻った兵の報告は短かった。
「儀礼剣が一振り、消えております」
恐怖が、輪郭のある敵へ変わった。
皇帝ではない。
けれど、剣を持つ給仕が明朝までに来る。
「牢を移す」と皇帝が言った。
「いいえ。ここに残ります」
自分の口から出た言葉なのに、膝が震えた。
「給仕は私がここにいると知っています。移せば、別の方法で追われるだけです。ここで捕らえなければ」
「おまえを囮にしろというのか」
「私一人ではありません」
私は彼を見上げた。
「陛下にも、ここにいていただきます」
皇帝が息を止めた。
「剣を持たずに牢へ入り、私を殺す意思がないと証明してください。近衛兵は曲がり角の陰に。給仕が剣を抜いて中へ入るまで、動かないでください」
刃を目前まで近づける策だ。皇帝が少しでも疑えば、兵は早く飛び出し、給仕は逃げる。遅ければ、私が死ぬ。
「危険すぎる」
「それでも、私は封書を破損させず明朝まで待ちます。陛下はどうなさいますか」
命令ではなく、選択を求めた。
婚礼の直前、彼が私にしてくれたように。
長い沈黙の後、皇帝は腰の剣を外した。
「分かった。おまえの合図に従う」
夜が更けると、牢の灯火は一本だけになった。皇帝は本当に武装せず、私と同じ石床へ座った。近衛兵の姿は見えない。
「怖くないのですか」と尋ねると、彼は鉄扉を見たまま答えた。
「怖い。だから、おまえの観察を借りる」
信じるとは、恐れないことではないのかもしれない。
恐れたまま、相手へ判断の一部を預けることなのだ。
やがて遠くで、朝を告げる鐘の前触れが鳴った。
廊下から足音が近づく。一定の歩調だったが、鉄扉の前で一度だけ乱れた。鍵が差し込まれ、扉が細く開く。
近衛兵の外套を着た男が入ってきた。
深く兜をかぶっていても、私は忘れない。祝宴で杯を持っていた顔だった。
男の左手には、鞘から抜かれた儀礼剣。右手には赤い火傷の痕がある。
皇帝を見て驚いた男が、すぐに私へ刃先を向けた。
「今です!」
皇帝は迷わなかった。
私を抱えて横へ転がり、突き出された剣を石壁へ滑らせる。火花が散った。隠れていた近衛兵が駆け込み、給仕の右腕をねじ上げる。
儀礼剣が床へ落ちた直後、朝の鐘が鳴り響いた。
私は胸を押さえた。傷はない。息もできる。
皇帝の剣で死ぬはずだった時刻を、越えたのだ。
予告に記された武器の所有者と、実際の行為者は一致しない。
新しい規則が、給仕の拘束によって証明された。
「陛下の剣で皇后を殺し、罪を着せるよう命じられたのか」
皇帝が問うと、給仕は青ざめて口を閉ざした。侍医長の名も、命じた者の名も明かさない。
それでも毒を運んだ実行役と、盗まれた儀礼剣は押さえた。敵は少なくとも一つ、手足を失ったはずだ。
皇帝は私の前へ膝をつき、自分の手を差し出した。
「ミレイユ・ローデン。おまえを牢から出す」
「もう疑わないのですか」
「すべてを信じたとは言わない。だが、おまえは二度、自分の命を賭けて真実を示した。次は私が、おまえの言葉を確かめる側に立つ」
私は差し出された手を取った。
彼の手は温かかった。
牢を出ると、朝の廊下は冷え切っていた。薄い囚人着の私を見て、皇帝は肩に掛けていた濃紺の外套を外す。
「使え。部屋へ戻るまでだ」
彼が私の返事を待ったので、私はうなずいてから外套を受け取った。
重い布には体温が残り、胸元には帝国の紋章が銀糸で縫い取られている。
昨日まで恐ろしかった夫の持ち物が、今は冷えた身体を守ってくれた。
その翌朝。
皇后寝室で目を覚ますと、椅子に掛けた外套の上へ、三通目の黒い封書が現れていた。
『死亡予告
明日夜半、花嫁ミレイユ・ローデンは皇帝より貸し与えられた外套によって窒息死する』
私は外套へ触れず、扉の外の近衛兵を呼んだ。
「皇帝陛下へお伝えください。お借りした外套を、今すぐ私の目の前で切り開いていただきたい、と」
(第3話へ続く)




