予言ではなく命令
呼び鈴を引いたあと、私は皇帝ともう一度、十八通目の封書を読み直した。
『死亡予告
明日午後一時、オクタヴィア前皇妃は密閉礼拝室で酸欠により死亡する』
「彼女を別の部屋へ閉じ込めれば、死は避けられるかもしれない」
皇帝はそう言ったが、命令はしなかった。
オクタヴィアは私を反逆者に仕立て、皇帝の命を何度も狙った疑いがある。それでも確かな物証は侍医長と実行役へつながるばかりで、彼女自身へは届いていない。
このまま幽閉すれば、敵対する前皇妃を外国人の花嫁が予告だけで排除したという、新たな偽りの因果を与えることになる。
「助けたいのは、彼女を赦したからではありません」
私は封書から目を上げた。
「この紙に、誰を生かす価値があるか決めさせたくないのです。それに、なぜ彼女の死が選ばれたのか確かめたい」
皇帝はしばらく私を見つめてから、手のひらを上へ向けた。
「おまえが選んだ救命に、私も加わっていいか」
私はその手へ自分の手を重ねた。
「お願いします。ただし、私だけを礼拝室へ入れろと言われても、離れた場所には行かないでください」
「扉の外にいる。合図が途切れたら、中へ踏み込む」
「そのときは、私の許可を待たずに引きずり出してください」
互いに条件を言葉にし、同意した。
昼前、オクタヴィアから返答が届いた。面会は翌日の正午。場所は彼女が日々祈りを捧げる旧宮殿の礼拝室。中へ入れるのは私一人だけだった。
予告の場所と一致している。
私たちは旧宮殿の図面を調べた。礼拝室には窓がなく、空気は祭壇裏と廊下側の二つの通風口から入る。壁は厚かったが、廊下側の通風口を塞ぐ石板だけは薄い。
私は腰に細い紐を結び、その端を扉の下から皇帝へ渡した。二度引けば無事。三度なら危険。返事がなくても危険と決めた。
翌日、オクタヴィアは黒い喪服で私を迎えた。
「自分を殺そうとした相手へ会いに来るとは、愚かな花嫁ね」
「あなたが明日まで生きるために来ました」
私は保護布に包んだ封書を見せた。文面を読んだオクタヴィアの顔から、わずかに血の気が引いた。
「なぜ、私の名が……」
「予告される心当たりがあるのですね」
「ないわ」
否定は早かった。しかし彼女は酸欠という死因より、封書へ自分の名が現れたことに動揺していた。
私は礼拝室へ入ったときから覚えていたものを順に確かめた。祭壇には七本の黒い蝋燭。床には最近動かした跡のある祈祷台。香炉には火がないのに、奥の壁だけが温かい。
床下で、何かが燃えている。
「侍医長は拘束されました」
私が告げると、オクタヴィアの指が祈祷台の縁をつかんだ。
「七度の投薬記録もあります。あなたが何も知らないのなら、床下に隠されたものを私たちへ渡してください」
「床下に何があるというの」
「今、あなたが右足で隠した鍵穴の先にあるものです」
沈黙のあと、オクタヴィアは喪服の内側から鍵を出した。
「皇帝を呼びなさい。これは取引よ」
「先に、あなた自身で取り出してください」
彼女は私を睨みながら祈祷台を動かし、床の鍵穴へ鍵を差し込んだ。
午後一時の鐘が鳴った。
一打目と同時に、壁の中で錘が落ちた。
二つの通風口を鉄板が塞ぎ、扉の内側へ太い閂が滑る。床下から轟音が響き、祭壇の蝋燭すべてが床の隙間へ向かって傾いた。
隠された炉が、部屋の空気を吸い込んでいる。
私は紐を三度引いた。
オクタヴィアが鍵から手を離し、扉へ駆け寄った。だが数歩で膝をつく。
「違う……これは、台帳を盗む者を殺す仕掛けだったはず……」
「今日、台帳を持ち出す者として登録されたのは、あなたです」
「侍医長が、私を――」
床下の炉が唸り、胸が締めつけられた。息を吸っても、頭の重さが増すばかりだった。
扉の外から三度、紐が引かれる。
皇帝からの返答だった。
次の瞬間、廊下側の壁へ槌が打ち込まれた。一撃、二撃。図面で確かめた薄い石板が砕け、通風口を塞いだ鉄板ごと室内へ倒れる。
冷たい空気が流れ込んだ。
私は床へ伏せたオクタヴィアの肩を抱き、通風口の前まで引いた。彼女は咳き込みながらも自力で息をしている。まだ手遅れではない。
皇帝と近衛兵が扉の閂を破るまで、私は彼女の呼吸を数え続けた。
扉が開くと同時に、床下の炉は止められた。万能な薬などない。オクタヴィアを廊下へ運び、締めつけた衣服を緩め、澄んだ空気の中で意識が戻るのを待った。
私は生きている彼女を見て、ようやく息を吐いた。
敵を救ったからといって、罪が消えるわけではない。
けれど敵だから死なせてもよいと選んでいたら、私はこの封書と同じになっていた。
礼拝室の床には、開いたままの隠し戸が残っていた。
皇帝と共に降りると、その奥から金具で綴じられた黒い台帳が見つかった。表紙の裏には、古い文字でこう記されていた。
『登録済みの死命のうち、翌日に執行可能な一件を、異議の証人へ通告する』
頁をめくった私は、指先の震えを止められなかった。
毒杯。礼拝堂の火災。封蝋による急死。瀉血による失血死。
これまで届いた予告と一字違わぬ死因が、実行役の誓約印と共に並んでいた。皇帝を直接狙う七枚の黒紙と、その成立に必要な証人や護衛の死を記した薄い頁。そのすべてが、封書の現れる以前の日付で登録されている。
七枚の黒紙のうち、四枚は文字も印も灰色に薄れていた。皇帝が死を免れた四件と一致する。
さらに余白には、『血中への七度の定着』とあった。
皇帝は私に確認してから襟元を緩めた。鎖骨の下には、七つの小さな黒い痕が並び、そのうち四つだけが消えかけていた。
七度の投薬は治療ではなかった。
皇帝の血へ、七件の死を結びつける処置だったのだ。
黒い封書は、まだ決まっていない未来を見通していたのではない。すでに誰かが用意し、台帳へ登録した死のうち、翌日に実行できる一件を知らせていた。
予言ではない。
執行通知だった。
そのとき廊下で煙が上がった。床下の炉へ油が投げ込まれ、救出のため壊した通風路から黒煙が逆流する。
混乱の中、オクタヴィアは台帳の金具から七枚の中核黒紙だけを引き抜き、礼拝室奥の整備通路へ逃げた。近衛兵が追ったが、旧宮殿の外へ通じる出口は先に崩されていた。
それでも彼女は、誓約印の残る補助頁と、礼拝室という隠し場所を失った。私たちの手元には、封書の仕組みを証明する台帳が残った。
「登録されていない死は、封書には現れない」
私が言うと、皇帝は頷いた。
「ならば、敵が使いたがる計画だけを実行可能に見せればいい」
逃げるのではなく、こちらから選ばせる。
私たちは礼拝室を出る前に、次の作戦を決めた。庭園の警備へ、偽の隙を一つ作るのだ。
翌朝、十九通目の封書が現れた。
『死亡予告
明日正午、近衛兵は庭園の噴水に仕込まれた刃で頸動脈を切断され死亡する』
予告されたのは、私たちが隙を作ると決めた場所だった。
私は庭園を閉鎖する命令書ではなく、予定どおり警備を薄くする命令書へ署名した。
私たちは初めて、予告された死へ罠を仕掛ける側に回った。
(第19話へ続く)




