第6話 神速の刃と、裏切りの査察
第5話では近衛騎士団副隊長エレナと接触し、欠陥だらけの新型魔導剣『ブレイズ・キャリバー』の改修を引き受けました。
第6話では、ロディの神業チューニングを受けた魔導剣が、騎士団の模擬戦で傲慢な宮廷派閥を打ち倒します。
夜を徹して行われた改修作業は、東の空が白み始めた頃にようやく最終工程を迎えていた。
作業台の上に横たわる『ブレイズ・キャリバー』の刀身は、昨夜までの濁った赤黒さが嘘のように消え去っていた。
鈍く、だが澄んだ銀色の輝きを取り戻した刀身の側面には、ロディの手によって極細の銀線が幾重にも埋め込まれている。
「アリア、冷却用の水銀油を三滴。第二バイパスの継ぎ目に流し込んでくれ」
『了解。
滴下精度誤差、〇・〇二ミリグラム以内を維持』
アリアの細い指先から、銀色に光る液体が一滴ずつ、刀身の微小な継ぎ目へと吸い込まれていく。
ジュッ、と微かな蒸気とともに熱が抜け、刀身全体が冷ややかな金属音を鳴らした。
ロディは手にした小型の打診槌で、鍔から切っ先までを等間隔で軽く叩いていく。
カン、カン、カン――。
澄み切った高音が、ブレることなく作業場に響き渡った。
「よし。内部応力は均等。魔力伝導の抵抗値も完全にフラットだ」
『心核の魔力充填テスト完了。
最大負荷時における術式逆流の発生確率は〇・〇〇パーセントと算出されます』
「ご苦労だったな、アリア」
ロディは長年使い込んできた鹿革の布で刀身を丁寧に拭き上げ、鞘へと収めた。
カチリ、と硬質なロック音が心地よく響く。
宮廷の連中が施していた「使用者の生命力を削って無理やり威力を跳ね上げる自爆回路」はすべて削ぎ落とした。
代わりに組み込んだのは、騎士の魔力を滑らかに吸い上げ、刀身全体へ均等に巡らせる多重循環ループだ。
派手な火柱は上がらない。
だが、振るえば振るうほど使用者の体の一部のように馴染み、刃筋のブレをゼロにする――命を預けるための、本物の武器だった。
「……おはようございます、ロディさん、アリアちゃん」
奥の居住スペースから、目をこすりながらセリアが顔を出した。
手には湯気を立てるハーブティーのポットが握られている。
「もう終わったんですか? 一睡もしてないんじゃ……」
「職人の仕事なんてこんなもんだよ。集中してる時は眠気も来ん。それよりセリア、時間だ。近衛騎士団の練兵場へ届けるぞ」
◇
帝都中央区、白亜の宮殿を望む近衛騎士団第一練兵場。
周囲を取り囲む石造りの観覧席には、重装甲を纏った騎士たちが整列し、冷え冷えとした朝の空気に緊張が張り詰めていた。
「おいおい、エレナ副隊長。昨夜の負傷者を言い訳にして、今日の合同演習を辞退する気ではないだろうな?」
練兵場の中央で、嫌味な笑みを浮かべて腕を組んでいたのは、近衛第三大隊長のバルト少佐だ。
アルフレッド・フォン・ハイネの派閥に属し、宮廷の息がかかった典型的な貴族軍人である。
彼の背後には、宮廷から最新鋭兵器として支給されたばかりの試作魔導大剣を構えた部下たちが、傲慢な態度で控えていた。
「我が大隊に辞退の二文字はない、バルト少佐。予定通り、模擬戦を執り行う」
凛とした声で応じたエレナは、銀の胸甲をきつく締め直し、一歩前へ出た。
その腰には、ロディの手によって修繕された『ブレイズ・キャリバー』が佩かれている。
「ふん、強がりを。先日の演習で剣の暴走により三人も病院送りにしておきながら……宮廷の技師長殿が仰っていたぞ。『エレナ隊の騎士どもは魔力の扱いが粗野すぎて、繊細な最新鋭魔導具を壊すことしか能がない』とな」
「……何だと?」
エレナの翡翠色の瞳に、静かな怒りの炎が宿る。
「事実だろう。壊れた剣の修理を研究所に拒絶され、泣きついた先が下町の薄汚いガラクタ修理屋だそうじゃないか。近衛の恥晒しめ。宮廷の正規技師が見放したゴミを、平民の老いぼれが直せるわけがなかろう」
バルトは嘲笑しながら、自らの副官である大柄な騎士へ顎で合図を送った。
「見せてやれ、ゴードン。アルフレッド技師長が我が隊のために直々に調整してくださった、新型『真紅の烈火』の威力をな!」
ゴードンと呼ばれた巨漢の騎士が、前に進み出た。
彼が抜き放った大剣は、刀身全体が不気味な紅蓮の燐光を放ち、周囲の空気を歪ませるほどの熱量を撒き散らしている。
だが、その刀身の根元からは、あの『オメガ・セル』特有の微かな高周波ノイズが漏れ出ていた。
「模擬戦の条件は一本勝負。防具への直撃、または武器の破壊をもって勝敗を決する。……行くぞ、エレナ副隊長!」
ゴードンが雄叫びを上げ、大地を蹴った。
最新鋭の紅蓮大剣が唸りを上げ、刀身から溢れ出る熱波が練兵場の砂利を焼き焦がす。
観覧席の騎士たちから、その圧倒的な視覚的破壊力に歓声が上がった。
対するエレナは、静かに柄に手をかけた。
(ロディ殿の言葉を信じる……!
)
エレナが魔力を注ぎ込んだ瞬間。
かつてのように魔力が無理やり吸い取られる感覚は一切なかった。
まるで、自分の血管がそのまま刀身へと延長されたかのような、滑らかで自然な魔力循環。
刀身は激しい炎を噴き上げることもなく、ただ白銀の刃の上に、薄氷のような澄んだ青白い輝きをまとっただけだった。
「ハハッ! なんだその貧弱な光は! 火も出せないポンコツめが!」
ゴードンが勝ち誇り、上段から渾身の力で紅蓮の大剣を振り下ろす。
直撃すれば、防具ごと肉体を両断しかねない狂気の出力。
だが――。
シュッ……!
空気を裂く音すら置き去りにするような、極小の足捌き。
エレナの身体が、まるで重力を失ったかのように滑らかに横へ滑った。
(軽い……!?
剣の重心が、私の振りに寸分の狂いもなく追従してくる……!
)
ロディが施した重量バランスの再配分と、エーテル伝導路の最適化。
以前の『ブレイズ・キャリバー』は、術式の暴発を抑え込むために腕に余計な力みを強いていた。
だが今は違う。
魔力のロスが完全にゼロになったことで、エレナ本来の剣速が百パーセント解放されていた。
「なっ……速い!? どこへ消えた!?」
空振りを喫したゴードンの大剣が、地面に激突して激しい火柱を上げる。
その瞬間、ゴードンの顔が苦痛に歪んだ。
新型大剣の強烈な魔力逆流が、彼の右腕の筋肉を内側から焼き苛んだのだ。
「ぐ、あああっ……!? 腕が……熱が抜けん……!?」
剣の反動に耐えきれず、ゴードンの体勢が大きく崩れる。
そこへ――。
キンッ!
澄み渡るような硬質な一音が、練兵場に木霊した。
エレナの白銀の刃が、ゴードンの紅蓮大剣の「ある一点」を、神速の薙ぎ払いで正確に捉えていた。
そこは――ロディが事前に伝えていた、アルフレッド製兵器の構造的急所。
過剰な熱が集まり、金属疲労で最も脆くなっている排熱弁の直上だった。
――バキィィィィィンッ!
甲高い破断音とともに、最新鋭のはずだった『真紅の烈火』が、真っ二つにへし折れた。
折れた刀身が虚空を舞い、地面に突き刺さってシューシューと無様な黒煙を吹き上げる。
「な……っ!?」
ゴードンが呆然と手元の折れた柄を見つめる。
その喉元には、微動だにせず突きつけられたエレナの切っ先があった。
刀身には刃こぼれ一つなく、冷ややかな青白い光が静かに宿り続けている。
「そこまで! 勝者、エレナ副隊長!」
審判を務めていた古参の騎士が、震える声で宣告した。
練兵場を支配したのは、静まり返った沈黙だった。
派手な炎を噴き上げる最新鋭の剣が、何の手応えもなく、ただ一撃で叩き折られたのだ。
「ば、馬鹿な……!? 我が隊の特注品が……あんなガラクタ修理屋の剣に折られるはずが……!」
バルト少佐が顔を真っ青にして後退り、へたり込んだ。
「少佐」
エレナは冷徹な眼差しでバルトを見下ろした。
「兵器の価値は、派手な火花やカタログの数字で決まるのではない。戦場で命を預けられる信頼性こそがすべてだ。……貴殿らの推し進める宮廷兵器が、いかに兵士の命を軽視した欠陥品であるか、これで証明されたな」
エレナは一閃して剣を鞘に納めた。
周囲の騎士たちから、拍手とどよめきが地鳴りのように湧き起こった。
現場の騎士たちは皆、薄々気づいていたのだ。
宮廷が押し付けてくる最新兵器の危うさと、それを指摘した職人が追放された不条理に。
◇
その日の夕暮れ。
下町の『ロディ魔導修繕店』に、再びエレナが姿を見せていた。
その表情には、朝のような張り詰めた険しさはなく、職人に対する深い敬意が満ちていた。
「見事だったよ、ロディ殿。貴殿の直した剣のおかげで、我が隊の誇りと正しさを証明できた」
エレナは作業机の上に、ずっしりと重い革袋を置いた。
中に入っているのは、純金の金貨五十枚。
「これは騎士団からの正式な改修報酬だ。受け取ってほしい」
「約束以上の額だな。貰いすぎだ」
「いいや、部下の命を救ってもらった代価としては安すぎるくらいだ」
エレナは首を振り、真剣な眼差しでロディを見据えた。
そして、懐から羊皮紙に包まれた極秘の書類を取り出し、作業台の上に広げた。
「約束の調査結果だ。……貴殿の言った通りだったよ」
書類を覗き込んだセリアが、息を呑んだ。
そこには、宮廷魔導研究所とアルフレッド・フォン・ハイネが関与する、非公式な物資調達記録がびっしりと記されていた。
「帝都の地下三千メートルに広がる旧文明の遺構――通称『深淵回廊』。本来は立ち入り禁止の封印区域だが、アルフレッド技師長は半年前に秘密裏に発掘隊を送り込み、大量の『オメガ・セル』を掘り出していた」
「やっぱりか」
ロディは煙管をくわえ、紫煙を吐き出した。
「あいつの派手な新型兵器は全部、古代の禁忌の結晶をすり潰して無理やり動かしてたわけだ。だが、あんな危険物をどうやって制御するつもりだったんだ?」
「制御などできていなかったのさ」
エレナは苦々しく吐き捨てた。
「奴は結晶の毒性や暴走リスクを隠蔽し、ただ目先の出力実績だけを皇帝陛下にアピールしていた。そして今――地下遺構の封印が解かれたことで、深層に眠る古代の防衛機構が活性化し始めている」
『――状況を捕捉』
背後で待機していたアリアが、静かに歩み出た。
彼女の藍色の瞳に、複雑な幾何学模様が高速で展開される。
『帝都地下における局所的な重力異常および空間歪曲を検知。
……深淵回廊の最深部にて、統括中枢の覚醒シークエンスが開始されています』
「何だと……!?」
エレナが目を見開いた。
『このまま放置した場合、あと十日で地下の防衛結界が崩壊し、古代の自動人形群が帝都へ向けて侵攻を開始すると試算されます。
……宮廷の技術力では、これを阻止することは不可能です』
アリアの無機質な宣告が、工房の空気を凍りつかせた。
アルフレッドの浅はかな功名心が、一研究室の事故を超えて、帝都崩壊の引き金を引いてしまっていたのだ。
「ロディ殿……」
エレナがロディの手をすがるように見つめた。
「近衛騎士団の独断で、地下遺構の調査部隊を編成する。だが、古代技術を理解し、現場で兵器を修繕・制御できる技術者がいなければ、全滅は免れない。……どうか、我らに力を貸してくれないだろうか」
四十路の修繕士は、天井を見上げて煙を吐き出した。
ただ下町で静かにネジを回していたかったはずの男の前に、国家の存亡を賭けた大仕事が転がり込んできた。
「やれやれ……。クビになった元職場が散らかしたゴミ掃除を、退職した俺がやらされる羽目になるとはな」
ロディは煙管の灰を落とし、作業机の上に置かれた工具箱をトンと叩いた。
「いいだろう。俺の作った道具が古代の兵器に負けるかどうか、確かめに行くとしますかね」
お読みいただきありがとうございました!
ロディの職人技が光る『ブレイズ・キャリバー』が、宮廷の欠陥兵器を一刀両断しました!
そして、アルフレッドの暴走により帝都地下の古代遺構が覚醒するという大事件へと発展していきます。
次回:『第7話 深淵への扉と、ガラクタ屋の遠征準備』
地下遺構への潜入を前に、ロディとアリアが驚異の装備強化に乗り出します。お楽しみに!




