第7話 深淵への扉と、ガラクタ屋の遠征準備
第6話では、ロディが改修した魔導剣が宮廷の最新鋭を一刀両断し、地下遺構『深淵回廊』の危機が明かされました。
第7話では、国家の存亡を賭けた地下遠征に向け、下町の工房が総力を挙げた前代未聞の装備改造に挑みます。
金貨五十枚という大金は、下町の小さな作業場を一晩にして帝都屈指の特需工場へと変貌させていた。
夜明け前の薄暗い路地を、何台もの大八車が行き交う。
車輪が軋む音とともに運び込まれてくるのは、木箱にぎっしりと詰め込まれたスクラップの山だった。
歪んだ魔導装甲の残骸、用途不明の発掘金属板、規格外で廃棄された高純度の銀導線、果ては廃炉から抜き取られた耐熱レンガまで――一般の商人から見ればただの産業廃棄物に過ぎない代物ばかりだ。
「ロディさん! 指定された『白銀鋼の端材』と『古代規格の耐圧ガラス管』、下町の解体屋三軒から全部買い占めてきました!」
汗で額に張り付いた髪を払いながら、セリアが伝票の束を片手に飛び込んできた。
その背後では、屈強な荷運び人たちが息を切らしながら木箱を工房の土間へ下ろしていく。
「上出来だ、セリア。よくこれだけの量を半日で揃えられたな」
「へへっ、シルフィード商会の情報網を甘く見ないでください! 『使い道のないゴミを高値で引き取る』って触れ回ったら、下中のガラクタ屋が飛んで喜んで持ち込んできましたよ」
「助かる。……よし、ガルバの爺さん! 火入れの準備はいいか!」
ロディが通りを挟んだ向かいの鍛冶場へ怒鳴ると、作業扉が跳ね上がり、真っ赤に熱せられた炉の前から筋骨隆々の老人が顔を出した。
「いつでもいけるぞ、ロディ! 帝都一のコークスを奢って、炉の温度は千二百度まで上げてある! 宮廷の温室育ちどもには叩けねえような硬い合金でも、いくらでも持ってきな!」
ガルバの豪快な笑い声が、下町の朝の空気に響き渡る。
元・軍属筆頭鍛冶師と、元・宮廷第三修理班主任。
二人の熟練職人が本気で手を取り合った現場の熱量は、宮廷のどの研究室よりも凄まじい熱気を帯びていた。
「アリア、素材の選別を頼む。白銀鋼は不純物濃度〇・五パーセント以下のものだけを抽出。耐圧ガラスは超音波洗浄にかけてクラックの有無を走査しろ」
『了解。
マテリアル・スキャンを並行展開します』
アリアの両眼に淡い燐光が灯り、山積みにされた金属塊の上を視線が滑る。
彼女の指先が電光石火の速度で動き、使える部材と使えない部材を瞬時に仕分けていく。
その処理速度は、熟練の鑑定士十人が束になっても敵わない。
ロディは手早く革のエプロンを締め、作業机の中央に羊皮紙を広げた。
そこに描かれているのは、エレナから提供された『深淵回廊』の概略図と、アリアの記憶データから復元された古代防衛機構の予測スペックだ。
「深淵回廊の環境は、地上の常識が通用しない。古代のオメガ・セルが発する高周波魔力波によって、通常の魔導具はエーテル回路が焼き切れるか、誤作動を起こして自爆する。……宮廷の連中が最新兵器を持ち込んでも、ただの鉄の棺桶になるだけだ」
ロディは木炭の鉛筆を走らせ、荒々しくも緻密な構造図を書き殴っていく。
「必要なのは、魔力に頼りすぎない物理的な堅牢さと、オメガ波を反射・減衰させる特殊な多層装甲。それと――深層の濃厚な瘴気と重力異常を遮断する、完全密閉型の携行装備だ」
常識的な魔導技師なら、半年かけて設計し、数千万ゴールドを投じて試作を繰り返すような難題。
だがロディには、頭の中に蓄積された二十年分の整備データと、あらゆる物質の急所を見抜く『構造解読』があった。
「ガルバさん! 白銀鋼と真鍮を七対三で溶かし合わせ、薄板に延ばしてくれ! 冷やす時は水じゃなく、この中和廃油を使うんだ!」
「おうよ! 焼き入れのタイミングは任せろ!」
鍛冶場から、カン、カン、カンと大地を震わせるような槌音が響き始めた。
◇
作業は丸一日、一睡も休むことなく続けられた。
ロディの『構造解読』の眼は、休むことなく光の網目を捉え続けていた。
持ち込まれたガラクタの山から、経年劣化していない芯の部分だけをタガネで削り出し、ヤスリで磨き、異なる金属同士を魔導ハンダで分子レベルで噛み合わせていく。
作っているのは、近衛騎士団の調査部隊に配備するための特殊防護装備だ。
一つは『エーテル偏光バイザー』。
古代の廃ガラスを特殊な薬液で煮込み、表面に極小のルーングリッドを刻むことで、強烈な魔力閃光と精神汚染波を百パーセント遮断するゴーグル。
もう一つは『多層式エーテル減衰外殻』。
ガルバが叩き出した特殊合金板の裏側に、ロディが廃棄魔石の粉末を練り込んだ緩衝材を張り合わせた追加装甲プレート。
これを既存の近衛甲冑の上に装着するだけで、古代兵器の直撃熱線を拡散させ、使用者の魔力経路を守る防壁となる。
そして――工房の最奥で、ロディ自身の手によって組み上げられていたのは、異様な形状をした一対の外骨格パーツだった。
「ふぅ……よし。アリア、左腕を出せ」
『了解。
外部装甲ラッチを開放します』
アリアが細い腕を差し出すと、ロディは黒光りする重厚な装甲ユニットを彼女の前腕部に嵌め込んだ。
カチリ、ガシャン!
精密なギアが噛み合い、アリアの白い肌の上に強固な複合装甲が密着する。
それは、宮廷の廃棄庫から持ち出した旧型破城槌の油圧シリンダーと、古代兵器の廃パーツを組み合わせてロディが即興で作り上げた『局地制圧用パイル・アンカー』だった。
『――新規ユニットを認識。
魔力同期率、九九・四パーセント。
……マスター、これは?
』
「お前の出力リミッターを一時的にバイパスするための拡張アタッチメントだ。お前本来の力を出そうとすると、今の修復状態じゃ体内のフレームが反動に耐えきれねえ。だがこの外付けフレームに衝撃を逃がせば、一時的にお前の最大出力の五割まで安全に引き出せる」
アリアは装着された漆黒の装甲をじっと見つめ、ゆっくりと指を開閉させた。
装甲の隙間から、シュウッと冷涼な排熱蒸気が漏れる。
その動きに一切の引っかかりはなく、まるで生まれつき体の一部であったかのように馴染んでいた。
『……適合感、極めて良好です。
マスターの手による調整は、古代の製造工場における正規較正値よりも、私の生体魔導ラインに深く適合しています』
「そいつは光栄だな。……さて、俺の道具箱も詰め替え完了だ」
ロディは使い慣れた革の工具嚢を腰に巻き、背中には特注の折りたたみ式万能工具槍を背負った。
武器ではない。
だが、あらゆる魔導回路を物理的に切断・バイパス・強制冷却するための、職人にとっての最強の得物だ。
その時――。
工房の扉が勢いよく開かれ、紺碧の外套を翻したエレナが姿を現した。
だが、その端正な顔立ちは青ざめ、翡翠色の瞳には焦燥の色が色濃く浮かんでいた。
「ロディ殿! 至急の事態だ!」
「エレナ様? どうしたんですか、調査隊の出発は明日の朝のはずでは……」
セリアがお茶の入った水筒を抱えたまま振り返る。
エレナは悔しげに奥歯を噛み締め、手にした通信用の魔導紙を作業机の上に叩きつけた。
「アルフレッドだ……! 奴が、抜け駆けをした!」
「何だと?」
ロディの眉がぴくりと動いた。
「昨夜の模擬戦での失態と、第一設計室の爆発事故……上層部からの査問会を恐れたアルフレッドは、自らの正当性を証明するため、独断で研究所の私設武装部隊と近衛第三大隊の一部を動員した。『深淵回廊の最深部を制圧し、オメガ・セルの本体を回収して皇帝陛下に献上する』と息巻いて、二時間前に地下遺構の第一ゲートを爆破、強行突入したのだ!」
「あの馬鹿が……!」
ロディは思わず低く毒づいた。
「深淵回廊の封印は、外から無理に抉じ開けたら防衛機構が迎撃モードに移行するって言ったはずだぞ。あいつは一体何を持ち込んで突入しやがった!?」
「試作型の魔導重装甲部隊二十機と、高出力魔導砲を搭載した大型装甲列車だ。……力でねじ伏せる気でいる」
『推計結果を出力』
アリアが無機質に割り込んだ。
彼女の瞳の奥で、赤い計算式が滝のように流れる。
『アルフレッド技師長の部隊が深層の「第一防衛防壁」に到達した場合、高密度オメガ波の逆流により、新型重装甲の炉心が一斉暴走を起こす確率は九六・七パーセント。
……さらに、その熱エネルギーをトリガーとして、遺構に眠る旧文明の殲滅兵器「ガーディアン・ゴーレム」が完全覚醒します。
防衛機構が帝都全域を「敵対勢力」と認識するまでの猶予は――残り三時間と推計』
「三時間……!? そんな、明日の朝まで持たないじゃないですか!」
セリアが悲鳴のような声を上げた。
帝都壊滅のカウントダウンが、一人の愚行によって最悪の形で早められてしまったのだ。
「エレナ副隊長。騎士団の正規部隊はどう動ける?」
「私の第一大隊はすでに武装を完了し、裏門で待機させている! だが……宮廷の正規装備のままでは、深層のオメガ波に耐えられないのは明白だ。突入すれば部下の命を捨てることになる……!」
エレナが拳を握り締め、爪が手のひらに食い込んで血が滲む。
彼女の視線の先には、作業場に整然と並べられた、ロディとガルバが作り上げたばかりの特殊防護パーツの山があった。
「エレナ、部下を全員呼べ」
ロディは静かに煙管をポケットに仕舞い、作業机の上の工具槍を手に取った。
「下町のガラクタで作った急ごしらえの装備だが、宮廷のピカピカの欠陥品よりは百倍役に立つ。全員にこれを装着させろ。五分で着けられるように規格を揃えてある」
「ロディ殿……! 恩に着る!」
「礼は後だ。あいつらが勝手に掘り起こしたゴミの始末をつけに行くぞ。……アリア、セリアの安全確保用の結界標識は置いたか?」
『肯定。
工房周辺に二重の不可侵防護陣を設置完了。
セリア殿の生命活動に影響はありません』
「ロディさん! アリアちゃん、エレナ様も……絶対に、無事で帰ってきてくださいね!」
セリアが涙をこらえ、祈るように両手を握りしめた。
ロディは小さく手を振り、工房の引き戸を蹴るようにして開け放った。
外には、青銀の甲冑に身を包んだ近衛第一大隊の精鋭五十名が、無言のまま整列していた。
下町の埃っぽい路地に、鋼の覚悟が満ちていく。
「行くぞ。四十過ぎの修理屋に、国家の尻拭いをさせるような無能どもを……叩き起こしにな」
朝靄を切り裂き、ロディたちを乗せた馬車列が、帝都の地下深くへと口を開ける禁断の門――『深淵回廊』へと向けて疾走を開始した。
お読みいただきありがとうございました!
下町の職人総出による装備改修、そしてアルフレッドの身勝手な暴走によるタイムリミットの発生でした。
いよいよ舞台は帝都の暗黒地下、深淵回廊へと移ります!
次回:『第8話 鉄の墓標と、深淵の守護者』
先行した宮廷部隊が壊滅する中、ロディとアリアが古代の戦場に降り立ちます。お楽しみに!




