第5話 下町の特需と、近衛騎士団の密使
第4話では、アルフレッドの新型兵器が予見通り熱暴走を起こし、身勝手な宮廷の使者をロディが一蹴しました。
第5話では、事故の余波が広がる帝都で工房に特需が到来し、近衛騎士団の要人が極秘裏に接触を図ってきます。
帝都の朝は、宮廷魔導研究所から立ち上る一本の黒煙とともに明けた。
中央区の第一設計室が丸ごと吹き飛び、数十万ゴールドの損害が出たという報せは、夜明けを待たずに下町中を駆け巡っていた。
そして、その報せがもたらした影響は――『ロディ魔導修繕店』の前にできた長蛇の列となって現れていた。
「おいおい、本当にここであの警邏隊の車や、猟師たちの加熱炉を直したのか?」
「宮廷の新型が爆発したって話、聞いたか? あんな危ねえもん使ってられるかよ」
「うちの隊の旧式魔導ランタンと風力除湿機、全部見てくれ!」
「順番だ、押すな! 列を乱すなよ!」
工房の引き戸の前には、冒険者、下級兵士、町の職人、果ては自警団の面々までが、両手いっぱいに使い古した魔導具を抱えて詰めかけていた。
「はいはい! 割り込みは一切受け付けませんよ! 依頼票にお名前と魔導具の型番、故障の症状を書いて順番にお並びください!」
入口に急ごしらえの受付台を出し、甲高い声で群衆を捌いているのはセリアだ。
手にした羊皮紙に素早く羽ペンを走らせ、前払いの内金を銅貨や銀貨の音を響かせて革袋に放り込んでいく。
昨日までの青ざめた表情はどこへやら、商人の血が騒ぐのか、その瞳はいきいきと輝いていた。
「セリアさん、さばき方が板につきすぎだろ……」
作業台の前に座るロディは、苦笑しながら手元の工具を握り直した。
持ち込まれるのは、どれもこれも五年から十年以上酷使されてきた旧式の魔導具ばかりだ。
埃をかぶり、グリスが固着し、伝導線が酸化している。
だが――どれも基本設計が実直で、手入れさえすればあと十年は戦える名機たちだった。
(最新の派手なカタログスペックに踊らされて、こういう頑丈な道具を『旧式』と切り捨てるから足元を掬われるんだ)
ロディは手早く『構造解読』を走らせ、次々と診断を下していく。
「これは送風弁のバネがヘタってるだけだ。真鍮ワイヤーを巻き直せばすぐ直る」
「この魔導ランタンは、芯の結晶に煤が焼き付いてる。中和液に五分浸けて表面を一皮削れば光量が戻るぞ」
「はい、次。……おいおい、これは接続部の規格が合ってない。無理に押し込んだな? ネジ切り直すから三十分待ちな」
ロディの指先が迷いなく動く。
道具の悲鳴を聞き分け、最も無理のない手順で金属の歪みを正していく。
その隣では、アリアが神業のような正確さでサポートに徹していた。
『マスター、指定された三番ニッケル合金線、切断完了。
誤差〇・〇一ミリ』
『中和液の温度、摂氏四十度を維持中。
浸け置き完了まで残り百二十秒です』
『次の依頼品、外装ボルトの脱落を検知。
同規格の予備部品を手元に配置します』
アリアはロディの作業手順を完全に先読みし、一切の無駄なく道具や資材を手渡していく。
二人の連携は、まるで長年連れ添った熟練の職人コンビのようだった。
「すげえ手際だな……おい、もう直ったのか!?」
「新品の時よりレバーの引きが軽くなってるぞ!」
「さすが元宮廷の主任だ! あんな傲慢なエリートどもとは格が違うぜ!」
修理を受け取った客たちが口々に感嘆の声を上げ、下町の評判は瞬く間に広がっていった。
昼過ぎには、持ち込まれた五十点近い依頼品の粗削りな作業が一段落し、工房には心地よい疲労感と金属の油の匂いが漂っていた。
◇
「ふぅ……! 大盛況でしたね、ロディさん!」
セリアがずっしりと重くなった売上袋を作業台の上に置き、嬉しそうに息を吐いた。
「今日の午前中だけで銀貨四十枚の純利益です! 宮廷の事故の噂を聞きつけて、帝都中の冒険者や現場の兵士たちが『宮廷の新型より、ロディさんの整備した旧式のほうが百倍信用できる』って広めてくれてますよ!」
「儲かるのはありがたいが、道具を直すのが目的だからな。無理な詰め込みはするなよ」
ロディは冷たい水を一杯飲み干し、作業台の上を布で拭いた。
『マスター・ロディ。
現在の作業ペースであれば、一日の処理可能件数は最大八十五件と試算。
ただし、マスターの肉体疲労度を考慮した場合、適正値は五十件前後が妥当と進言します』
「ほら見ろ、アリアもそう言ってる。職人が疲れて手元を狂わせたら、道具に失礼だからな」
ロディが笑いかけた、その時だった。
工房の前の通りが、ふいに静まり返った。
先ほどまでの賑やかな喧騒が嘘のように引き、張り詰めたような沈黙が周囲を覆う。
『――警告。
接近する高密度の生体魔力反応を二点検知』
アリアの瞳がすっと細まり、作業場の出入口へ視線を向けた。
『魔力波形、洗練極致。
一般的な衛兵や冒険者とは桁が異なります。
……近衛級の戦闘訓練を受けた個体と推定』
引き戸が、音もなくゆっくりと開け放たれた。
昼下がりの陽光を背にして立っていたのは、深い紺色のフード付き外套を羽織った二名の人物だった。
外套の隙間から覗くのは、銀と白金で鋳造された精緻な胸甲――帝国近衛騎士団の正装鎧だ。
「……何の用だ? うちは民間の修理屋だ。騎士団のお偉方が来るような場所じゃないんだが」
ロディは手元のヤスリを置き、座ったまま静かに問いかけた。
セリアは緊張に肩を強張らせ、アリアはいつでも動けるようロディの斜め後ろへ重心を移す。
先頭に立つ長身の人物が、静かに外套のフードを脱いだ。
現れたのは、短く切り揃えられた青銀の髪と、鋼のように鋭い翡翠色の瞳を持つ若い女騎士だった。
整った美貌には一切の油断がなく、腰に佩いた細身の魔導剣からは、かすかな冷気が立ち上っている。
「突然の無礼を許してほしい。……貴殿が、元宮廷魔導研究所・第三修理班主任のロディ・コールマン殿で相違ないか」
凛とした、濁りのない声だった。
「ああ、そうだが。……あんたは?」
「帝国近衛騎士団・第一大隊副隊長を務めている、エレナ・フォン・シルフィードだ」
「えっ……!? エ、エレナ様!?」
その名を聞いた瞬間、横にいたセリアが素っ頓狂な声を上げて飛び上がった。
「セリア、知り合いか?」
「し、知り合いどころじゃありません! シルフィード公爵家の分家筋の筆頭で、若干二十三歳にして近衛騎士団の副隊長を務める『氷華の騎士』様です! なんでそんな大物がこんな下町に……!?」
エレナはセリアに軽く視線を向け、わずかに眉を和らげた。
「そなたはシルフィード商会の娘だな。……安心しろ、公爵家の名で圧力をかけに来たわけではない。今日は一人の騎士として、どうしてもロディ殿の腕を頼りに参った」
エレナは従者の騎士に目配せをした。
従者が恭しく作業台の上に置いたのは、黒いベルベットの布に包まれた、一振りの豪奢な大剣だった。
布が外されると、白銀の刀身に複雑な術式刻印が施された豪奢な大剣が姿を現した。
だが――その刀身の中央には、痛々しい亀裂が根元から切っ先まで走り、刀身全体が濁った赤黒い変色を起こしていた。
「これは……近衛騎士団に先行配備された、新型制式魔導剣『ブレイズ・キャリバー』だな」
ロディが一目で言い当てると、エレナの翡翠色の瞳に驚きと、深い悔恨の色が走った。
「左様だ。……昨夜の第一設計室の事故、貴殿も聞き及んでいるだろう」
「ああ、盛大に燃えたらしいな」
「昨夜の事故だけではない。先週、前線で行われた魔獣討伐演習において、この新型剣を使用した我が大隊の騎士三名が……剣の魔力逆流により重度の火傷を負い、再起不能の重傷を負った」
エレナは悔しさに奥歯を噛み締めた。
「宮廷研究所に調査を求めたが、アルフレッド技師長は『騎士たちの魔力制御が未熟だったための過失だ』と一蹴し、事故の事実を隠蔽した。剣の破損も『使用者の手入れ不足』として片付けられ、修理すら拒否されたのだ」
「……あいつのやりそうなことだ」
ロディはため息をつき、手袋を外して大剣の刀身に素手で触れた。
(――『構造解読』)
青紫の光がロディの視界を満たし、剣の内部へと沈降していく。
内部を視認した瞬間、ロディの眉が険しく跳ね上がった。
(……酷いな。
これは欠陥どころの話じゃねえぞ)
ロディの眼には、設計者の悪意すら感じる異様な構造が映し出されていた。
刀身の内部に埋め込まれた魔力増幅回路が、使用者の魔力を吸い上げる際、一定の閾値を超えると「意図的に安全弁をバイパスして過負荷をかける」構造になっていたのだ。
瞬間的な威力を跳ね上げて「前代未聞の破壊力」を軍部にアピールするため、使用者の肉体にかかる負担を完全に無視して作られていた。
「騎士の魔力制御が未熟だったんじゃない。この剣は、振るえば振るうほど使用者の魔力経路を焼き切るように出来てる。……威力をカタログスペック通りに見せかけるための、使い捨ての自爆兵器だ」
「なっ……!?」
エレナが息を呑み、従者の騎士が激昂して剣の柄を握りしめた。
「そ、そんな馬鹿な! 宮廷技師長が、我が騎士団の命をそんな実験台のように扱ったというのか!?」
「手柄が欲しかったんだろうよ。自分の設計が最高だと証明するために、現場の人間の命なんて数字の端数くらいにしか思ってないのさ」
ロディは平然と言い放ち、大剣の柄頭にある蓋を小型ドライバーでこじ開けた。
中から転がり出てきたのは、小指の先ほどの黒ずんだ魔石の破片だった。
その破片が空気に触れた瞬間――。
『――警告。
対象物質から特異共振波形を検知』
アリアの瞳が、青から鋭い警告の赤へと切り替わった。
彼女は迷わずロディの前に片手を差し伸べ、魔石の破片を遮るように障壁を展開した。
『この波形……間違ありません。
帝都地下の古代遺構に封印されているはずの「オメガ・セル」の変質抽出物です。
極めて不安定な精神感応性魔力を帯びています』
「オメガ・セル……だと?」
エレナが怪訝そうにアリアを見つめた。
だがロディは、その破片をピンセットで挟み上げ、光にかざして観察した。
「アルフレッドの奴、ただの無能じゃねえな。古代の危険な遺物に手を出して、その出力を無理やり現代兵器に継ぎ接ぎしてやがる。昨日の火災も、こいつが原因で炉心が暴走したんだろう」
ロディはピンセットを置き、エレナに向き直った。
「副隊長さん。この剣、直すことはできる。だが、元の『派手な威力』は二度と出ないぞ。出力を三割落として、その代わり騎士の魔力を食い潰さない、戦場で絶対に折れない頑丈な剣に作り変える。……それでもいいか?」
エレナはロディの目をまっすぐに見つめ返した。
そこに迷いは微塵もなかった。
「望むところだ。我ら騎士が求めているのは、机上の見栄えではない。背中を預けられる、命を託せる本物の武具だ」
エレナは深く腰を折り、平民であるロディに対して、近衛騎士としての最敬礼を捧げた。
「どうか、この剣を……そして我が隊の騎士たちの命を救っていただきたい。報酬は騎士団の裏予算から、望むだけ支払おう」
「金は通常通りの修理代でいい。……ただし、一つ条件がある」
ロディは煙管を取り出し、紫煙を細く吐き出した。
「宮廷がこの件を隠蔽しようとした証拠、そしてこの黒い魔石の出所……近衛騎士団の権限で、裏を洗ってくれ。俺の勘が言ってるんだが、このままだと帝都全体がとんでもない火種に包まれるぞ」
エレナの瞳に、確固たる決意の光が宿った。
「承知した。近衛騎士団の誇りにかけて、アルフレッド技師長と宮廷上層部の不正、必ずや暴いてみせる」
下町の片隅の作業場で、捨てられた職人と、国家の剣たる近衛騎士の密約が結ばれた。
宮廷の傲慢が撒き散らした火種は、もはや一研究室の事故にとどまらず、帝国全土を揺るがす巨大な激震へと姿を変えようとしていた。
お読みいただきありがとうございました!
近衛騎士団の副隊長エレナが登場し、アルフレッドの罪状がさらに浮き彫りとなりました。
ロディの職人としての矜持と、騎士団との共闘の始まりです!
次回:『第6話 神速の刃と、裏切りの査察』
ロディの手によって生まれ変わった魔導剣が、騎士団の模擬戦で真価を発揮します。お楽しみに!




