第4話 燃える第一設計室と、届かぬ救難要請
第3話では、セリアの商会を救い、下町に『ロディ魔導修繕店』を構えたロディ。
第4話では、ロディを追い出した宮廷魔導研究所で、予告されていた破滅の火の手が上がります。
帝都の中枢にそびえる白亜の巨塔――帝国宮廷魔導研究所。
その最上階に位置する第一設計室は、今や黒煙と焦熱の地獄と化していた。
「消火術式を二重展開しろ! 魔力炉の緊急停止弁はどうなっている、早く圧を抜け!」
「だ、駄目です技師長! 冷却用の銀ラインが熱で完全に溶解して、手動レバーが焼き付いて動きません!」
「馬鹿者が! 力任せに引っ張れと言っているだろうが!」
豪奢な刺繍入りの白衣を煤で真っ黒に汚したアルフレッド・フォン・ハイネは、引きつった形相で怒鳴り散らしていた。
部屋の中央に据え付けられていたのは、彼の誇る最新鋭魔導重装甲『インペリアル・フレーム』の試作一号機だ。
帝国の将軍や近衛騎士団の幹部を招いたお披露目のデモンストレーション。
起動からちょうど三十分が経過した瞬間、重装甲の胸部から不気味な高周波ノイズが響き、直後にエーテル伝導路が一斉に白熱、爆発的な火炎を噴き上げたのだ。
『警告。
魔力炉心温度、限界域を突破。
結晶構造の自己崩壊シークエンスが進行中』
装甲の計器から無機質な警告音が響くたび、装甲板がドスン、ドスンと内側からの圧力で歪んでいく。
「き、技師長! このままでは地下の魔力貯蔵タンクまで誘爆します! 退避命令を!」
「ふざけるな! これに公爵家と研究所の威信がどれだけかかっていると思っている! 誰か中に入ってコアを直接引っこ抜いてこい!」
「そんな無茶な! 内部温度はすでに八百度を超えています、人間が入れば即死です!」
若い研究員たちが恐怖に顔を引きつらせ、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
誰も、危険な炉心に近づこうとはしなかった。
かつてなら――こんな時、真っ先に濡れ貎を着て工具箱を担ぎ、火炎の中に飛び込んで致命傷を防いでいた男がいた。
どれほど無理な設計であっても、文句を言いながら寸前で帳尻を合わせ、爆発を未然に防ぎ続けていた現場の主任がいた。
「くそっ……! ロディだ! ロディ・コールマンはどうした!? あの老害を呼べ! 早くあの男をここに連れてきて炉を止めさせろ!」
アルフレッドが叫ぶと、側近の研究員がおずおずと震える声で答えた。
「ぎ、技師長……ロディ主任は、昨日の朝、技師長ご自身が『使い物にならないロートル』として即日解雇されたばかりですが……」
「ッ……!?」
アルフレッドの喉から、ひゅっと乾いた音が漏れた。
脳裏に、解雇を言い渡した時のロディの言葉が鮮明に蘇る。
『エーテル伝導路の冷却マージンが不足しており、定格出力で三十分稼働させれば熱暴走で自壊する危険がある』
『戦場で騎士が乗っている最中に焼き切れたら、中身ごと蒸し焼きだ』
すべて、あの男が予見していた通りの結末だった。
職人の勘だと笑い飛ばし、時代遅れの戯言だと切り捨てた警告が、寸分の狂いもなく現実となって牙を剥いていた。
ドォォォォン……!
一段と激しい爆発音が響き、装甲の右腕部が吹き飛んで白亜の天井を粉砕した。
燃え盛る破片が絨毯に燃え広がり、スプリンクラーから降り注ぐ水が蒸発して視界を真っ白に染め上げる。
「探せぇっ!」
アルフレッドは狂乱したように部下の胸ぐらを掴んで揺さぶった。
「今すぐ下町へ行って、あの修理屋を引きずってこい! 宮廷技師長たる私の命令だ! 一刻も早くこの火を消させろぉぉっ!」
◇
宮廷の混乱から遠く離れた、下町の外縁部。
『ロディ魔導修繕店』の作業場には、香ばしい干し肉と野菜スープの匂いが漂っていた。
「はい、ロディさん。熱いから気をつけてくださいね」
「おう、すまないなセリア。手伝ってもらった上に飯まで作らせちまって」
ロディは手元の精密ドライバーを置き、セリアから木製のスープ椀を受け取った。
日暮れ前、納品を終えたセリアが「工房の立ち上げ祝いです!」と食材を買い込んで戻ってきたのだ。
作業台の向かいには、背筋をピンと伸ばしたアリアが座っている。
彼女の前にも同じスープ椀が置かれていたが、アリアはそれをじっと観察するように見つめていた。
『対象の温度:摂氏七十二度。
栄養価、熱量ともに生体活動の維持に最適と判定。
……しかしマスター、私は自律人形であり、有機物の経口摂取機能は最低限の擬態用しか備わっていません』
「いいから形だけでも付き合いな。飯ってのはな、誰かと一緒に食うから美味いんだよ。味覚センサーのキャリブレーション(校正)だと思ってスプーンを持て」
『……了解。
マスターの指示に従い、味覚同調プロセスを実行します』
アリアはぎこちない手つきでスプーンを握り、スープを一筋すくって唇に運んだ。
ゴクリ、と喉を鳴らした瞬間、彼女の深い藍色の瞳がパチパチと瞬いた。
『――熱伝導、アミノ酸濃度の識別完了。
……言語化が困難な信号が、主制御中枢にフィードバックされています』
「どうだ? 美味いか?」
『……肯定。
胸部の魔力循環路が、通常時より〇・三パーセント活性化しています。
……温かい、です』
アリアの無機質な表情の端が、ほんのわずかだけ緩んだように見えた。
セリアがそれを見て、嬉しそうにパッと顔を輝かせる。
「ふふっ、アリアちゃんに気に入ってもらえてよかった! 明日はもっと美味しいパンを仕入れてきますね!」
「あんまり甘やかすなよ。こいつは図体は頑丈だが、中身は数百年もののデリケートな骨董品なんだからな」
ロディが笑いながらスープをすすった、その時だった。
ドカカカカッ!
静かな夜の通りを切り裂くような乱暴な軍靴の音が響き、工房の薄い木製扉が蹴破らんばかりの勢いで叩かれた。
「おい! ロディ・コールマンはここにいるな!? 開けろ、宮廷からの緊急命令だ!」
怒号とともに、扉が乱暴に開け放たれた。
現れたのは、煤で顔を汚した二名の宮廷研究員と、帯剣した四名の近衛兵だった。
先頭に立つ若い研究員――昨日、第一設計室でアルフレッドの隣でロディを嘲笑していた男だ。
「……なんだ、飯の邪魔をするなよ。ノックの仕方を行儀見習いからやり直してきてもらおうか」
ロディはスープ椀を置くこともせず、冷ややかな視線を向けた。
「貴様、呑気に飯など食っている場合か!」
研究員は息を切らし、血相を変えてロディに詰め寄った。
「宮廷研究所の第一設計室で火災が発生した! 『インペリアル・フレーム』の炉心が熱暴走を起こし、今にも爆発寸前なんだ! アルフレッド技師長の命令だ、今すぐ工具を持って宮廷へ来い! 炉心を解体して火を消すんだ!」
その言葉を聞いた瞬間、セリアが息を呑んで立ち上がった。
だが、ロディの表情には微塵の動揺もなかった。
彼は静かにスプーンを置き、作業着のポケットからくしゃくしゃになった紙切れを取り出した。
昨日の朝、アルフレッドが投げ捨てた退職辞令だ。
「悪いが、俺は昨日付でその研究所を解雇されたんでね。お前たちの技師長自らが『無学な修理屋の老害は不要だ』とサインなさった書類がこれだ」
「なっ……! 事態の重大さが分かっていないのか!? 宮廷の施設が吹き飛べば、何百万ゴールドの損害が出ると思っている! 国家の危機なんだぞ!」
「国家の危機にしたのは、俺の警告を無視して欠陥品を強行配備したアルフレッド技師長だろうが」
ロディの声は低く、だが鋼のように硬かった。
「冷却マージンが足りないと言ったはずだ。銀メッキが変色していると言ったはずだ。それを『職人の勘だ』と切り捨てたのは誰だ? 都合のいい時だけ下町まで呼び出しに来て、尻拭いをさせようなんて虫が良すぎるんじゃないか」
「貴様ッ……! 平民の分際で、宮廷の要請を拒否する気か!? 近衛兵、こいつを拘束してでも連れて行け!」
研究員が喚き、近衛兵たちが一斉に抜剣してロディへ踏み出そうとした。
その瞬間――。
ゴゥッ!
工房内の空気が、凍りつくような高密度の重圧によって圧搾された。
音もなく立ち上がったアリアが、ロディの前に立ちはだかっていた。
彼女の全身に刻まれた幾何学模様が、禍々しいほどの濃紺の燐光を放ち、華奢な右腕の装甲がカシャリと微小に変形する。
『――敵性対象の敵対行動を検知。
マスター・ロディへの物理的接触を試みる場合、防衛規程第三条に基づき、対象の四肢の強制切断シーケンスに移行します』
感情を一切排した、だが純粋な死の気配を孕んだ声。
アリアの瞳に宿る冷徹な光彩が、近衛兵たちの喉元を正確にロックオンしていた。
「ひっ……!?」
歴戦の兵士であるはずの近衛兵たちが、本能的な恐怖に気圧されて足を止めた。
目の前にいる小柄な少女から放たれている気配が、太古の巨獣や神話級の魔獣と何ら変わらない「絶対的な捕食者のそれ」であると、彼らの肌が察知したのだ。
「ま、待て……! なんだその人形は……!?」
「アリア、下がっていい」
ロディが肩にポンと手を置くと、アリアは瞬時に魔力の放出を収め、コクリと頷いて一歩引いた。
張り詰めていた空気が解け、兵士たちがその場にへたり込みそうになる。
「使いのあんたらを責めても仕方がないがね」
ロディは煙管を取り出し、カチリと火をつけた。
紫煙をゆっくりと吐き出し、蒼白になっている研究員を見据える。
「アルフレッド技師長に伝えておけ。『民間の修理屋を使いたいなら、正式な依頼書と、技師長本人の土下座による謝罪文、それに相応の修繕費用を持ってこい』とな」
「ば、馬鹿な……公爵家の令息たる技師長に土下座しろだと!? そんな要求が通るわけが――」
「なら、勝手に燃やし尽くせばいい。俺の知ったことじゃない」
ロディは冷たく言い放ち、工房の引き戸をピシャリと閉めた。
「く、くそっ……! 後悔するぞ、ロディ・コールマン! 貴様なんぞ、帝都で二度と商売ができないようにしてやる!」
扉の向こうから研究員の負け惜しみの叫び声と、慌ただしく逃げ帰っていく足音が遠ざかっていった。
◇
「……ロディさん、大丈夫だったんですか?」
嵐が去った後、セリアが心配そうにロディの顔を覗き込んだ。
「宮廷を完全に怒らせちゃいましたよ……。本当に私たちが潰されたりしませんか?」
「潰せるもんならやってみろってんだ」
ロディは残っていた冷めかけのスープを一気に飲み干し、口元を拭った。
「第一設計室のあの規模の炉心爆発だ。今ごろ研究所の上層部は、火消しと責任のなすりつけ合いで大パニックになってるはずだ。俺たちに嫌がらせをしてる余裕なんてありゃしねえよ」
『マスターの予測を支持します。
宮廷魔導研究所の魔力観測反応が急減。
……第一設計室の魔力炉は、先ほど完全に融解・自壊した模様です』
アリアが窓の外、遠くの帝都中央区を指差しながら報告した。
夜空を焦がしていた赤い光が、黒い噴煙へと変わり、ゆっくりと鎮火に向かっているのが見えた。
施設の一部を吹き飛ばし、莫大な損失を出してようやく火が収まったのだろう。
「ほらな。あいつらの最新理論のメッキは、これで完全に剥がれた」
ロディは立ち上がり、作業台の上に置かれた古い魔導具の山に向き直った。
「セリア、明日の朝から忙しくなるぞ。宮廷の兵器が信用ならんと分かれば、騎士団の現場や冒険者ギルドから、旧式魔導具のオーバーホール依頼が雪崩を打ってうちに流れ込んでくる」
「えっ……! 本当ですか!?」
「ああ。現場の連中は馬鹿じゃない。誰の言葉が正しかったか、命懸けの現場にいる奴らほどよく分かってるからな」
ロディの職人としての眼に、静かで確固たる光が灯っていた。
理不尽に捨てられた四十路の男の反撃は、剣を振るうことでも魔法を放つことでもない。
圧倒的な「本物の技術」によって、傲慢なエリートたちを現実の底へと叩き落とすことだった。
その時――。
作業台の隅で静かに待機していたアリアが、ふいに自らの左胸を押さえた。
トクン……。
金属の胸郭の奥で、再び小さなノイズが走る。
『……マスター・ロディ。
先ほどの高密度魔力炉の崩壊波形を受信した際、私の補助記憶セルの一部が強制解凍されました』
「アリア? どうした」
『……「黒き結晶核」の製造元に関する座標データです。
それは――帝都の地下、失われた旧文明遺構の最深部を示しています』
アリアの瞳に、これまでにない深い揺らぎが浮かんでいた。
宮廷が隠蔽し、アルフレッドが手を出した禁断の技術。
その闇の正体が、下町の小さな工房へと静かに手繰り寄せられようとしていた。
お読みいただきありがとうございました!
アルフレッドの最高傑作が大炎上し、都合よく呼び戻そうとした使者をロディとアリアが一蹴しました。
スカッとしていただけましたら幸いです!
次回:『第5話 下町の特需と、近衛騎士団の密使』
大事故の余波で宮廷の権威が揺らぐ中、ロディの元に意外な大物が訪れます。お楽しみに!




