第26話 新章開幕! 巨大魔導企業と、下町の頑固工房
第1部を最後まで応援いただき、本当にありがとうございました!
今回より新章【第2部:欠陥だらけの最新鋭と、町工場の逆襲編】が堂々開幕します!
皇室公認となった下町の町工場に、隣国ガルディニアの超巨大魔導企業『ネオ・アルケミー社』の魔の手が迫ります。職人たちの新たな戦いをお楽しみください!
冬の張り詰めた寒さが少しずつ和らぎ、帝都の空には春の気配を告げる柔らかな陽光が注ぎ始めていた。
カン、カン、カン――。
下町の石畳に、心地よい金属の打撃音が規則正しく響き渡る。
通りを挟んだ向かいの鍛冶場では、ガルバが頑丈な腕を振るって農具の鍬を鍛え直していた。
その槌音に混ざって、通り沿いの古びた木造店舗から、シュシュシュッとヤスリで金属を削る小気味よい音が重なる。
――『皇室公認・第一種特別工房 ロディ魔導修繕店』。
真新しい金文字の勅許プレートが掲げられた工房の作業台で、見習いの少年トビアスが真剣な眼差しで作業に没頭していた。
手元にあるのは、下町の定食屋から持ち込まれた『小型魔導コンロ』の燃焼ノズルだ。
「……角度を一定に。道具の呼吸を感じて、手首の力を抜く……」
トビアスはロディから教わった言葉を呟きながら、真鍮のノズル先端のバリを滑らかに削り落としていく。
入門当初のおどおどした気配は完全に消え去り、その指先には確かな職人の落ち着きが宿っていた。
「トビアス殿。切削面の平面誤差を計測――誤差〇・〇一ミリ以内。……合格基準値に到達しています」
作業台の横から、涼やかな声が響いた。
白銀の髪を藍色のリボンで結び、清潔なエプロンを身にまとったアリアだ。
手にした精密ノギスを作業台に置き、トビアスへ向けて柔らかく目を細める。
「本当ですか、アリアさん! やった……! これでコンロの火力が均等になるぞ!」
「肯定。トビアス殿の技術習熟度は、過去三十日間の平均値と比較して二四パーセント向上しています。……マスター・ロディへの報告リストに『優秀』として記録します」
「へへっ、ありがとうございます!」
トビアスが嬉しそうに照れ笑いを浮かべた。
かつて魔導学院で「無能の落ちこぼれ」と切り捨てられた少年は、今や工房に欠かせない頼もしい一番弟子として成長していた。
「おいおい、朝から随分と精が出るじゃねえか」
工房の奥から、使い古された革エプロンを締め、煙管を手にしたロディが姿を現した。
四十路の修繕士は無精髭を撫でながら、トビアスが削り上げたノズルを指先でつまみ上げ、光にかざす。
「……手先のブレがなくなってきたな。火口の隙間も均等だ。これなら火が息継ぎすることもない。八十分の出来だな」
「八十分……! ありがとうございます、親方!」
「残りの二十分は、使い手への気配りだ。定食屋の親父さんは左利きだからな。調整ネジを左手でも回しやすい向きに組み直してやれ」
「あっ……! そうか、使う人のことまで……! すぐ直します!」
トビアスは弾かれたようにドライバーを握り直した。
「マスター・ロディ。午前の定期抽出茶です。本日はセリア殿より届いた東方産の焙煎茶葉を使用しました」
アリアが湯気の立つ陶器のカップを差し出す。
受け取ったカップから漂う香ばしい香りに、ロディはふっと目を細めた。
「ありがとな、アリア。……お前が淹れてくれる茶は、すっかり角が取れて美味くなった」
「お褒めに預かり光栄です。……マスターの体温変化および心拍数に合わせて、抽出温度をコンマ五度単位で微調整しています」
アリアの口元に、穏やかな笑みが浮かぶ。
地下五千メートルの『クリムゾン・コア』事件を経て、完全に感情と自我を解放した彼女は、今や工房の温かな日常の中心となっていた。
「ロディさーん! 今週分の帳簿と、特注の耐熱ネジ、持ってきましたよー!」
元気な足音とともに、シルフィード商会のセリアが工房へ飛び込んできた。
両手に抱えた書類の束と木箱を作業台に降ろし、額の汗を拭う。
「セリアさん、いつも早いですね!」
「ふふん、皇室公認工房の専属窓口ですからね! 今やうちの商会でも、ロディさんの工房への納品枠は奪い合いなんですから! ……あ、それとロディさん、表の大通りが何だか騒がしいんです」
「大通りが? また近衛のパレードか?」
「いえ……それが、見たこともない巨大な魔導車輌の車列が、西の門から入ってきて……」
セリアの言葉が終わるか終わらないかの瞬間だった。
――フォォォォォン……!
下町の狭い路地に、低く唸るような重低音と、けたたましい警告ベルの音が響き渡った。
◇
工房の外へ出ると、通りの両脇に下町の住人たちが集まり、不安そうに遠巻きに眺めていた。
通りの中央を塞ぐように停車していたのは、漆黒と金色の流線型装甲に包まれた、三台の超大型魔導トレーラーだった。
車体には、帝国の紋章ではなく――隣国ガルディニアの巨大複合企業『ネオ・アルケミー社』の金文字ロゴが誇らしげに刻印されている。
トレーラーの側面パネルが油圧音とともに跳ね上がり、中から豪奢なスーツを着た男が、数名の護衛を従えて降り立ってきた。
ポマードで撫でつけた金髪に、銀縁のモノクル《片眼鏡》。
手には象牙のステッキを持ち、下町の土間を見下ろすように鼻を鳴らす。
「ふむ……相変わらず、帝国の下町というのは垢抜けないゴミ溜めですね。油と錆の饐えた匂いが鼻につく」
男はハンカチで鼻元を覆いながら、先頭に立っていたガルバの鍛冶場を一瞥した。
「おいテメエ、どこの回し者だ! こんな狭い路地にデカい車を乗り付けやがって!」
ガルバが鉄槌を肩に担ぎ、怒鳴りつける。
「おや、野蛮な鍛冶屋ですね。……失礼、自己紹介が遅れました。私は隣国ガルディニアに本社を置く大陸最大の魔導企業、『ネオ・アルケミー社』帝都支部長兼チーフエンジニアのヴィンセントと申します」
ヴィンセントは慇懃無礼に頭を下げると、懐から一枚の金箔入りの書類を取り出した。
「単刀直入に申し上げましょう。我が社は帝都商業ギルドの上層部と正式な開発協定を結びました。この下町一帯の土地をすべて買い取り、最新鋭の『全自動量産魔導具メガ・センター』を建設することに決定したのです」
「な……土地を買い取るだと!?」
セリアが息を呑み、書類を凝視した。
「ええ。来月までにこの通りの工房はすべて立ち退いていただきます。……もちろん、無駄な抵抗はおやめなさい。我が社の資本力は、帝国の中小貴族など足元にも及ばないのですから」
ヴィンセントは嘲笑うように告げ、トレーラーの荷台を指し示した。
荷台から運び出されたのは、ピカピカのプラスチック複合素材で作られた、大量の『最新型・家庭用魔導ヒーター』と『全自動調理器』だった。
どれも信じられないほど薄型で、洗練されたデザインをしている。
「皆様のような貧民の方々にも、我が社の最新技術の恩恵を分けて差し上げましょう。この最新型ヒーターは、なんと従来の三分の一の超低価格! 壊れたら修理などせず、丸ごとゴミ箱に捨てて新しいものを買えばよいのです! 職人の手作業による修理など、時間と金の無駄遣いに過ぎません!」
通りに集まった市民たちの間に、ざわめきが広がった。
「三分の一の値段……!?」
「そんなに安くて、しかも新品に買い替えられるのか……?」
手作業で修理を頼むよりも安く、ピカピカの最新型が手に入る。
その甘い言葉に、下町の人々の心がわずかに揺らぎ始める。
「フフフ……理解していただけましたか? 手作業で鉄を叩き、油にまみれて古い道具にすがる時代は終わったのです。……さて、この薄汚い工房街の代表者はどなたですか?」
ヴィンセントが尊大に見渡した、その時。
ふうっ――と、紫煙の輪がヴィンセントの鼻先をかすめた。
「……人のシマに土足で乗り込んできて、随分と景気のいい演説だな」
人混みを割り、作業着のポケットに手を突っ込んだロディが、静かに歩み出てきた。
その半歩後ろには、無表情のまま冷徹にヴィンセントを観察するアリアが控えている。
「おや……? 貴方が、噂の『ロディ魔導修繕店』の店主ですか。宮廷を追い出された老害技師が、下町で小銭を稼いでいると聞きましたが」
ヴィンセントは値踏みするようにロディをモノクル越しに見つめた。
「老害ねえ。……おい、あんたの自慢の最新型とやらを、ちょっと見せてみな」
「ええ、どうぞ。我が社の技術の粋を集めた、使い捨て型高効率エーテル機器です。貴方のような旧時代の職人には、構造を理解することすら不可能でしょうがね」
ヴィンセントがせせら笑いながら、一台の薄型ヒーターをロディの前に差し出した。
ロディは煙管をくわえたまま、手袋を外した指先でヒーターの外装を撫でた。
《――『構造解読』》
ロディの両眼に、青紫色の幾何学模様が走る。
右手のひらの銀の刻印――『古代修繕中枢核』が、微かな共振とともに内部構造を一瞬で透視した。
見えたのは、外見の美しさとは真逆の、戦慄すべき『手抜き』の嵐だった。
《……なるほどな。外装は薄い樹脂を熱圧着して、ネジを一本も使わずに密閉してある。一度開けたら二度と閉じられない『分解不能構造』だ。……そして内部の基板は、耐熱処理をケチった安物の亜鉛合金。稼働から半年で熱膨張を起こし、確実に回路が焼き切れるように設計されてやがる》
ロディは煙管の灰をコンと落とし、冷ややかに吐き捨てた。
「……ひでえゴミだな」
「な……ゴミだと!?」
ヴィンセントの眉が跳ね上がった。
「外装を接着剤で固めて修理を不可能にし、わざと半年で壊れるように基板の熱容量を削ってある。『安く売って、半年ごとに買い替えさせる』……客の財布から金を毟り取ることしか頭にない、典型的な悪徳商法だ」
「な、何を根拠にデタラメを……! 我が社の製品は厳格な規格テストを通過している!」
「トビアス、お前も見てみな」
ロディが顎で指すと、トビアスが一歩前へ進み出た。
少年はヒーターの吸気スリットに耳を近づけ、指先でコンコンと軽く叩いた。
「……あ、本当だ。吸気ファンとヒーターコアの距離が近すぎます。この隙間じゃ、ホコリが少し溜まっただけで熱が逃げなくなって、安全回路が溶けちゃいますよ。……こんなの、冬の終わりまで持たないです」
「なっ……見習いのガキ風情が、我が社の最高傑作を侮辱するなぁっ!」
ヴィンセントの顔が怒りで赤黒く染まった。
『トビアス殿の解析を支持』
アリアが一歩前へ踏み出し、藍色の瞳をヴィンセントへと向けた。
『本製品の連続稼働限界時間は約四百三十時間。下町の一般家庭で使用した場合、寒冷期のピークである二ヶ月目に――帝都全域で一斉発火事故を起こす確率が、九一パーセントです』
「ば、馬鹿な……!? オートマタまでデタラメな数値を吐きおって!」
ヴィンセントは激昂し、象牙のステッキを地面に叩きつけた。
「ええい、無学な下町職人どもめ! 口先だけで我が社の製品を貶める気か! ならば来週、中央大広場で行われる『帝都魔導博覧会』にて、どちらの技術が上か白黒つけてやろうではないか!」
「魔導博覧会……?」
セリアが眉をひそめる。
「そうだ! 我がネオ・アルケミー社が誇る最新鋭の量産機甲兵器と、貴様らの粗末な手作業のガラクタ……どちらが帝都の未来にふさわしいか、皇帝陛下と全国民の前で証明してやる! 敗者はこの下町から永久に追放だ!」
ヴィンセントは吐き捨てるように言い放ち、トレーラーへと乗り込んでいった。
けたたましい排気音を残し、巨大な車列が去っていく。
◇
「……ちっ、腹の立つ野郎だぜ」
ガルバが唾を吐き、鉄槌を地面に打ち下ろした。
「ロディ、どうする? あのネオ・アルケミー社ってのは、隣国ガルディニアの軍部とも繋がってる世界最大の魔導ギルドだ。資金力も物量も桁違いだぞ」
「物量がどれだけあろうが、関係ねえよ」
ロディは手元の万能工具槍を握り直し、煙管の煙をふうっと空へくゆらせた。
四十路の修繕士の眼に、職人としての静かな闘志が宿る。
「道具ってのはな、使い手と一緒に年を重ねて、手入れされて初めて本物になるんだ。……安かろう悪かろうの使い捨てで、職人の誇りを踏みにじる奴らに、本物の技術の味を教えてやる」
「マスター・ロディ。博覧会用改修プランの策定を開始します」
アリアが寄り添い、力強く頷いた。
「親方! 俺も、あの最新型に負けない最高の手入れを見せてやります!」
トビアスが拳を握り締める。
使い捨ての最新鋭を掲げる巨大外資企業 VS 魂を込めて道具を直す下町の町工場。
帝都の職人たちの意地とプライドを懸けた、第2部の新たな戦いの幕が上がった。
お読みいただきありがとうございました!
第2部『欠陥だらけの最新鋭と、町工場の逆襲編』、堂々の開幕です!
使い捨てを押し付ける巨大魔導企業『ネオ・アルケミー社』のヴィンセントに対し、ロディと成長したトビアス、アリアが見事な観察眼で欠陥を看破しました!
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次回:『第27話 魔導博覧会の挑戦状と、伝説の魔改造』
巨大企業の最新鋭量産兵器に対抗するため、ロディたちが下町の壊れたガラクタを前代未聞の神兵器へと魔改造します! お楽しみに!




