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宮廷をクビになった四十路の魔導具修繕士、廃棄された古代兵器を直して最強の工房を開く  作者: 秋葉 詩
第1部『落魄の技師と鉄屑の乙女』

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第25話(第1部完結) 深淵の炉心と、魂の修繕術

第24話では、地下五千メートルの灼熱の深淵へ到達し、暴走する『クリムゾン・コア』と対峙しました。

第25話は、第1部の超大型クライマックス! 帝都百万人を救うため、ロディが命を懸けて最後の炉心修繕へ挑みます!

 ゴオオオオオオッ……!


 足元を満たすマグマの海が激しく泡立ち、吹き上がる熱風が肌を容赦なく焦がす。


 地下五千メートルの超巨大空間。

 その中央で狂い咲くように真紅《しんく》の光を放つ『クリムゾン・コア』を前に、決死の最終作戦が幕を開けていた。


「グルァァァァッ!」


 四足歩行の超大型戦闘機械――『灼熱の門番《イグニス・タイタン》』の二門のエーテル砲が白熱する。

 極太の火炎光線が、マグマの上に架かる細い鉄橋をまとめて蒸発させんと放たれた。


「テメエの相手はこっちだ、鉄クズ野郎!」


 先頭を疾走《しっそう》するヴァルガスが、大斧《おおおの》の刃を地面に突き立てて急制止した。

 直後、真紅の閃光がヴァルガスの鼻先をかすめ、背後の岩壁をドロドロに溶かし尽くす。


「アリアの嬢ちゃん、今だ!」


「了解――直上より急降下迎撃」


 白銀の光をまとったアリアが、天井の鍾乳石《しょうにゅうせき》を蹴って音速で舞い降りた。

 左腕の『パイル・アンカー』が眩《まばゆ》い光の杭《くい》を形成する。


 ――ズバァァァァンッ!!


 門番の一機の背部キャノンが、根元から綺麗に両断された。

 体勢を崩した巨体へ、すかさずヴァルガスの渾身《こんしん》の一撃が叩き込まれ、装甲板が砕け散る。


「ガハハッ! 一歩も親方たちの邪魔はさせねえぞ!」


 二人が前衛の門番を完璧に引きつける。

 その隙間を縫うように、ロディとトビアスが主動力タワーの基部へと滑り込んだ。


◇


「トビアス! 左の第一配管だ! 工具を握れ!」


「は、はいっ!」


 タワーの根元には、大人の胴体ほどもある太い黒タングステン製の配管が、ドクドクと不気味な脈動を繰り返していた。

 表面温度は優に摂氏百五十度を超えている。


 トビアスは膝をつき、熱気で焼けるような痛みに耐えながら、腰の大型スパナを結合ボルトへ噛み合わせた。


「くっ……! 熱い……! でも、ここで俺が引いたら、帝都が……下町のみんなが沈んじゃうんだ!」


 少年の脳裏に、理不尽に自分を追い出した学院の冷たい視線と、それを温かく迎え入れてくれたロディの笑顔がよぎる。


『道具の呼吸に自分の呼吸を合わせりゃ、無駄な力は一滴もいらん』


 親方に教わった言葉を、トビアスは心の中で何度も繰り返した。


 ――カチリ。


 息を深く吐き、手首の角度を三度だけ傾ける。

 力任せに回すのではなく、金属の熱膨張《ねつぼうちょう》の隙間を感じ取り、ボルトの緩む一点へと体重を乗せた。


 ギュルリ……!


 固着していた超耐熱ボルトが、滑らかに回転を始めた。


「回った……! 第一バイパスバルブ、全閉鎖《ぜんへいさ》完了しました!」


「見事だ、トビアス! そのまま予備フレームを支えてろ!」


「はいっ、親方!」


 トビアスの完璧な作業によって、炉心の外郭へ流れ込む魔力の三分の一が遮断された。

 巨大なクリムゾン・コアの回転速度が、目に見えてわずかに鈍る。


「よし……次は俺の番だ」


 ロディは手にした特注の万能工具槍《こうぐやり》を握り直し、中央の球形炉心へと続く細いキャットウォーク《点検用通路》へと飛び移った。


◇


 炉心の中央に近づくにつれ、空間の歪《ひず》みは極限に達していた。


 呼吸をするだけで肺が焼けるような高熱。

 そして、耳元で何千人もの怨嗟《えんさ》が渦巻いているかのような、強烈なオメガ波の精神干渉。


『――拒絶……消滅……再生……』


 空間全体を震わせる、クリムゾン・コアの狂気の残響。

 外殻の巨大な二つの回転リングが、ロディをすり潰そうと刃のような装甲を剥《む》き出しにして迫る。


「ロディ殿っ!!」


 遠くでエレナの通信水晶が悲鳴のような警告を叫ぶ。


「慌てるな。……機械の動きにゃ、必ず決まった『隙《すき》』がある」


 ロディは視界を研ぎ澄ませた。


《――『構造解読《リバース・エンジニアリング》』》


 青紫色の光の幾何学が、回転するリングのギアの噛み合わせをミリ秒単位で予測する。

 ロディは上半身をわずかに倒し、迫り来る超巨大リングの隙間――わずか三十センチの空間を、紙一重ですり抜けた。


 シュッ……!


 作業着の裾《すそ》が摩擦熱で焦げる。

 だが、ロディの足取りは一歩も乱れない。


 ついに、ロディは直径二十メートルの脈打つ真紅の結晶核――クリムゾン・コアの直下に設置された『主制御盤』の前へと到達した。


 そこにあったのは、複雑怪奇に入り組んだ古代ルーンの配線と、三本の巨大な銀色の安全弁《リリース・ピン》だった。

 安全弁は過熱によって赤黒く変色し、周囲のフレームとドロドロに融着《ゆうちゃく》しかけている。


「……ひでえ熱だ。何百年もメンテナンスもされずに、限界を超えて火を噴き続けてきたんだな」


 ロディは手袋を脱ぎ捨てた。

 右手のひらに刻まれた銀色の紋章――『古代修繕中枢核《アーキタイプ・コア》』を、熱気で揺らぐ主制御盤の金属板へと、躊躇《ちゅうちょ》なく押し当てる。


 ジュウウウッ……!


 皮膜が焼ける凄まじい激痛。

 だが、ロディは眉一つ動かさず、むしろ慈しむように素手を密着させ続けた。


《――『アーキタイプ・コア同調』!!》


 カッ……!


 ロディの掌から、眩《まばゆ》い白銀の奔流《ほんりゅう》が溢《あふ》れ出した。

 それは、攻撃の魔力ではない。

 暴走し、傷つき、狂乱する機械の痛みを包み込み、優しく解きほぐすための『修繕の魔力』だ。


 ロディの意識が、クリムゾン・コアの深層意識へと沈降していく。


 そこに見えたのは、太古の昔――氷河期に包まれ、滅びゆく大地を救おうと、涙を流しながらこの炉心を造り上げた古代の無名職人たちの姿だった。


『どうか、この世界を暖めてくれ』

『生きとし生けるものに、もう一度緑の大地を――』


 その純粋な祈りが、大戦の混乱で主を失い、命令の終わりを告げられないまま、狂気の大地融解ループへと変質してしまっていたのだ。


「……もういい。もう休んでいいんだよ」


 ロディは灼熱の金属板に向かって、静かに語りかけた。


「お前は十分に役目を果たした。世界はもう凍りついちゃいねえ。……だから、安心して火を落としな」


 ロディの万能工具槍が、白銀の光を宿して一閃した。

 槍の切っ先が、融着していた三本の安全弁の隙間へ、滑り込むように突き刺さる。


 ――チッ、チッ、チッ。


 金属の分子の結び目を解く、繊細な手作業。

 そして――。


「――抜けェッ!!」


 ロディが渾身《こんしん》の力で槍の柄を跳ね上げた。


 カキィィィィンッ!!


 澄み渡る鐘のような音が、地下五千メートルの大空間に響き渡った。


 三本の銀の安全弁が、同時に宙へと弾き飛ばされた。


 ――その瞬間。


 ドォォォォォン……!


 クリムゾン・コアの激しい脈動が、ピタリと止まった。


 真紅に狂乱していた巨大結晶の表面から、ドス黒い毒素が白い蒸気となってシュウシュウと大気へ抜け出していく。

 赤熱していた外殻リングの回転が徐々に穏やかになり、やがて静かに停止した。


 そして――巨大な結晶核は、狂気の真紅から、透き通るような美しいエメラルドグリーン――大地を育む『希望の緑』へと、穏やかにその色を変えていった。


 泡立っていたマグマの海が急速に冷え固まり、黒曜石《こくようせき》の滑らかな大地へと姿を変えていく。

 空間を満たしていた殺人的な熱気は、春の陽だまりのような、心地よい温風へと落ち着いた。


 ――完全休眠。

 帝都百万人を呑み込もうとしていた大破滅のカウントダウンは、職人の手作業によって、完全に停止したのだ。


◇


「……ふぅ。やれやれ、骨が折れたぜ」


 ロディは工具槍を床に突き立て、その場にどっかりと座り込んだ。

 火傷《やけど》を負った右手をプラプラと振り、懐から煙管《きせる》を取り出す。

 今度は安心して、カチリと着火具の火を灯した。


 立ち上る紫煙をゆっくりと吹き上げ、美しく澄んだ緑の結晶を見上げる。


「マスター・ロディ!」


 純白の光を収めたアリアが、キャットウォークを駆け寄ってきた。

 彼女の藍色《あいいろ》の瞳には、かつてないほどの感情の光が満ち溢《あふ》れていた。


「クリムゾン・コアの完全停止、並びに地殻安定化を確認しました。……帝都全土の沈没確率は、〇パーセントへ低下しました」


「そうか。……よくやったな、アリア」


 ロディが笑いかけると、アリアはロディの前に膝をつき、彼の火傷を負った右手を両手でそっと包み込んだ。

 彼女の手のひらから、冷涼で優しい治癒の魔力がじんわりと伝わってくる。


「マスターの手は……世界で一番、あたたかいです。……この手があったから、私は救われ、あの炉心も救われました」


「大げさだな。俺はただの修理屋だよ」


「否定。……マスターは、私にとっての、ただ一人の創造主であり、かけがえのない大切な人です」


 アリアは小首を傾げ、花のほころぶような、この上なく愛らしい笑みを浮かべた。

 古代の兵器として作られた鉄屑《てつくず》の乙女は、今、完全に人間と同じ『心』を宿していた。


「親方ぁぁぁっ!!」


 後ろから、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしたトビアスが走ってきた。

 その後ろからは、大斧を担いだヴァルガスが豪快に笑いながらついてくる。


「やった……! 俺たち、本当に止められたんですね……!」


「ガハハハッ! 帝都を丸ごと修理しちまうたぁ、とんでもねえ職人技だ! ロディ、お前は間違いなく世界一の修繕士だぜ!」


 仲間たちの歓声が、静まり返った深淵の大空間に心地よく響き渡った。


◇


 地上へと帰還したロディたちを待っていたのは、帝都中の人々による、地鳴りのような大喝采《だいかっさい》だった。


 皇帝直属の近衛騎士団が総出で敬礼を捧げ、街角には色とりどりの紙吹雪が舞う。

 だが、ロディは名誉ある式典のすべてをエレナと騎士団に丸投げし、仲間たちとともに、いつもの下町の路地へと足早に戻っていった。


 夕暮れのやわらかな光が差し込む、『ロディ魔導修繕店』。


 作業台の上には、下町の人々から持ち込まれた、壊れた目覚まし時計や、焦げ付いたフライパン、刃こぼれした包丁が、所狭しと並べられている。


「親方! 明日の依頼票、もう三十件も来てますよ!」


 ピカピカの革エプロンを締めたトビアスが、嬉しそうに帳簿を広げる。


「よし、トビアス。まずはその時計のゼンマイの巻き直しから手をつけてみろ。……アリア、一番街のパン屋へ行って、焼きたてのクロワッサンを買ってきてくれ」


「了解。マスター・ロディ。……お遣い任務を最優先事項として実行します」


 アリアが藍色のリボンを揺らし、軽やかな足取りで工房を飛び出していく。

 その背中を見送りながら、ロディは煙管の煙をふうっとくゆらせ、使い慣れた万能工具槍を手に取った。


 宮廷を追放された四十路の修繕士と、心を取り戻した古代の乙女。

 二人が紡ぎ出す、世界一温かく最強の工房の物語は――ここから、さらなる未来へと続いていく。

お読みいただきありがとうございました!

これにて【第1部:落魄の技師と鉄屑の乙女】(全25話)、堂々の大団円・完結です!

宮廷を追放されたロディが、アリアと出会い、工房を開き、仲間たちとともに帝都の未曾有の危機を職人技で救い抜きました。

アリアの心核の完全解放、トビアスの立派な成長、そしてロディの揺るぎない職人美学をお届けできたことを心より嬉しく思います!

「第1部面白かった!」「第2部も読みたい!」と思っていただけましたら、

ぜひ画面下の【ブックマーク追加】や【評価(★★★★★)】で応援していただけますと、新章の執筆が捗ります!

次回より、物語は新章【第2部:欠陥だらけの最新鋭と、町工場の逆襲編】へと突入します!

隣国の最新鋭魔導ギルドや、さらなる巨大な陰謀が下町工房へと迫ります。ご期待ください!

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