第24話 深淵五千メートルと、灼熱の回廊
第23話では完全覚醒したアリアが工房前の敵群を一掃し、帝都沈没まで残り二十四時間であることが判明しました。
第24話では、ロディ、アリア、トビアス、ヴァルガスの四名が、人類未踏の地下五千メートル「灼熱の回廊」へ突入! 古代の超高熱トラップを職人技で突破していきます!
肌を刺すような熱気が、分厚い耐熱ガラス越しにも伝わってきていた。
帝都の遥か地下――深度四千メートル。
かつて栄えた旧文明の都市遺構を通り抜け、さらにその底へと続く巨大な竪坑を、一基の円形昇降機が猛スピードで下降していた。
ガタタタッ、ギギギッ……。
昇降機の周囲を取り囲む岩壁は、すでに赤黒く発熱し、岩の割れ目からドロドロとしたマグマの筋が滝のように流れ落ちている。
大気中に渦巻くのは、呼吸器を焼き焦がすほどの硫黄臭と、耳鳴りを引き起こす高密度のオメガ波だ。
「……暑いなんてもんじゃねえな。地獄の釜の底へ直行便だぜ」
昇降機の手すりに太い腕を預け、大斧を肩に担ぎ直したのはヴァルガスだ。
全身をすっぽりと包む耐熱防護服の隙間から、滝のような汗が顎を伝って滴り落ちている。
「ヴァルガスさん、水分を補給してください! これ、セリアさんが持たせてくれた冷却ポーション入りの氷水です!」
トビアスが背嚢から金属製の水筒を取り出し、ヴァルガスへ手渡した。
少年自身も顔を真っ赤に上気させていたが、腰に下げた工具袋の紐をしっかりと握り締め、足を踏ん張っている。
「おう、ありがとよトビアス! 生き返るぜ!」
ヴァルガスが一気に飲み干し、豪快に息を吐いた。
「マスター・ロディ。現在深度、四千八百メートルを通過。……周囲の気温は摂氏百八十度、オメガ波濃度は地上標準値の八百二十パーセントを記録しています」
昇降機の先端に立つアリアが、背中のスラスターから冷涼な冷却蒸気を規則正しく排出しながら告げた。
彼女の全身を包む白銀の装甲は、ロディによる心核再構築を経て、この極限環境の熱量をすべて外側へ弾き返していた。
「帝都沈没のタイムリミットまで、残り二十一時(時間)か」
ロディは手にした特注の万能工具槍の留め金を確かめ、手袋を外した右手を昇降機の制御盤に触れさせた。
(――『構造解読』)
ロディの両眼に、青紫色の幾何学模様が鮮やかに浮かび上がる。
右手のひらの『古代修繕中枢核』が、トクン、トクンと力強く脈打った。
(昇降機の牽引ワイヤーの油圧シリンダーは、まだ熱に耐えている。……だが、最深部の手前で、古代の迎撃システムが二重に展開されてやがるな)
ロディが視線を下ろした、まさにその瞬間だった。
――ビシュゥゥゥッ!
竪坑の底から、目も眩むような真紅のエーテル光線が三条、螺旋を描いて撃ち上げられた。
「光線が来るぞ! 伏せろ!」
ヴァルガスが叫び、トビアスの首根っこを掴んで床に引き倒した。
「させません――」
アリアが一歩前へ踏み出し、左腕の『パイル・アンカー』を前方へ展開した。
先端から扇状に放たれた白銀の防護障壁が、昇降機の底面を覆い尽くす。
――バチチチチッ! ドガァンッ!
真紅の光線が障壁に直撃し、激しい火花となって四方へ四散した。
昇降機の金属床が大きく揺れ、軋んだ悲鳴を上げる。
『迎撃トラップの形式を識別。旧文明型・防衛光輪です。……竪坑の出口を完全に遮断しています』
「力任せにぶち破ろうとすりゃ、昇降機のワイヤーが切れて全員マグマの中へ真っ逆さまだ」
ロディは万能工具槍を構え、昇降機の縁から身を乗り出した。
「トビアス! お前の腰にある『耐熱中和ワイヤー』を二本、アンカーの先端に結びつけろ!」
「は、はいっ!」
トビアスは揺れる床の上で素早く這い進み、ロディの工具槍の先端にあるフックへ、銀色のワイヤーを手際よく固定した。
工房でロディから叩き込まれた、絶対に解けない『職人結び』だ。
「結びました、親方!」
「よし! アリア、俺の右肩を支えろ。共振のタイミングを合わせるぞ!」
「了解――マスターと同調シークエンスを開始」
アリアが背後からロディの肩に手を添え、純粋な白銀の魔力を注ぎ込む。
ロディの右手のひらで、アーキタイプ・コアが眩く輝いた。
ロディの『構造解読』の視界の中で、竪坑の底で回転する防衛光輪の『エネルギー結節点』が、一本の細い光の糸となって浮かび上がる。
(古代の防衛兵器だろうが、魔力で動いてる以上は必ず『給電の継ぎ目』がある。……そこだ!)
ロディは万能工具槍を、槍投げの構えで一気に振り絞った。
「――抜けェッ!」
ヒュンッ!
ロディの手を離れた工具槍が、風を裂いて真下へと一直線に射出された。
槍の切っ先は、高速回転する防衛光輪の真ん中――直径わずか三センチの主回路スリットを、寸分の狂いもなく貫通した。
カチリ。
ワイヤーを通じてロディの中和魔力が一気に注入される。
――フツッ……。
竪坑を塞いでいた真紅の光輪が、まるで蝋燭の火を吹き消したかのように一瞬で霧散した。
昇降機は衝撃を受けることなく、そのまま最下層のドームへと滑らかに滑り込んだ。
ズシン……。
重厚な金属の着地音とともに、昇降機の扉が左右へ開き放たれた。
◇
「……着いたぜ。ここが人類未踏の、地下五千メートルか」
ヴァルガスが昇降機から一歩を踏み出し、呆然と周囲を見渡した。
そこに広がっていたのは、想像を絶する超巨大空間だった。
天井高は百メートルを超え、見渡す限りの赤熱した空間の中央に、まるで巨大な城塞のような黒銀の古代構造物がそびえ立っていた。
構造物の周囲には、無数の配管と導管が網の目のように張り巡らされ、床一面に広がるマグマの海から強烈な熱エネルギーを吸い上げている。
そして――城塞の中央、天を突くような巨大な球形フレームの中に鎮座していたのは、脈打つ心臓のように真紅に輝く、直径二十メートルを超える巨大結晶体だった。
――ドクン……ドクン……ドクン……。
大地を揺るがす、重々しい魔力の拍動。
帝都地下の全魔導エネルギーを支配し、地盤をマグマ化させている元凶――『真紅の結晶核』だ。
「あれが……クリムゾン・コア……!」
トビアスが息を呑み、巨大な光の前に立ち尽くす。
『――空間内データの解析を完了』
アリアが一歩前へ進み出た。
彼女の藍色の瞳が、冷徹な光を放ちながら巨大結晶を見据える。
『クリムゾン・コアは、かつての旧文明大戦末期に建造された「最終戦略級・大地再生炉」の暴走体です。……本来は寒冷化した惑星を温暖化させるための環境調整装置でしたが、制御プログラムの破損により、「周囲の全地殻を融解・再構成する」無限ループに陥っています』
「大地再生炉だと……? 人を殺すための兵器じゃなかったのか……」
ヴァルガスが眉をひそめた。
「道具ってのは、いつだってそうだ」
ロディは手元に戻ってきた万能工具槍を握り直し、静かに煙管を取り出した。
だが、周囲の可燃性ガスを考慮して火はつけず、くわえるだけに留める。
「どんなに優れた道具も、手入れを怠って使い道を間違えりゃ、世界を滅ぼす凶器に化ける。……アリアを作った古代の技師たちも、こんな結末を望んじゃいなかったはずだ」
ロディの言葉に、アリアの瞳が微かに揺れた。
「肯定。……マスターのおっしゃる通りです。あの炉心は、今、狂ったプログラムの中で悲鳴を上げています」
『――警告。侵入者を感知。……排熱防衛プロトコルを起動します』
空間全体に、金属を擦り合わせたような機械音声が響き渡った。
クリムゾン・コアを取り巻く三つの巨大な外殻リングが、けたたましい駆動音を立てて回転を始めた。
マグマの海から、真紅の装甲をまとった四足歩行の超大型戦闘機械――『灼熱の門番』が二機、炎を吹き上げながら姿を現した。
その背中には、太いエーテルキャノンが二門ずつ備え付けられている。
「歓迎のご挨拶ってわけだな!」
ヴァルガスが大斧を両手で構え、獰猛な笑みを浮かべた。
「ロディ、あのデカい結晶の止め方は分かってんのか!?」
「ああ。外殻の三つのリングを止めて、主動力パイプの安全弁を三箇所、手作業で引き抜く。……そうすりゃ、炉心は爆発することなく、安全に完全休眠する」
ロディは作業着の袖をまくり、トビアスとアリアへ視線を向けた。
「トビアス、お前は左側の第一パイプのバイパスを遮断しろ。お前の腕ならできる」
「はいっ、親方! 絶対にやり遂げます!」
「アリア、ヴァルガスとともにあの門番を引きつけろ。……俺が中央の主制御盤へ飛び込む!」
「了解――全兵装、最大解放シークエンスへ移行」
アリアの背部スラスターが一気に火を噴き、白銀の光を放ちながら地を蹴った。
ヴァルガスが豪快な雄叫びを上げ、マグマの海を渡る鉄の橋を駆け抜ける。
帝都の未来と、狂気に囚われた古代の遺産を救うため。
下町の職人たちによる、地下五千メートルの最終修繕作戦が幕を開けた。
お読みいただきありがとうございました!
地下五千メートルの灼熱の回廊を突破し、ついに第1部のラスボス『クリムゾン・コア』の前へと到達しました!
暴走する古代の環境炉を「破壊」ではなく「職人技による修繕・休眠」で救おうとするロディたちの戦いが始まります!
次回:『第25話 深淵の炉心と、魂の修繕術』
第1部クライマックス! 暴走するクリムゾン・コアの炉心へ飛び込んだロディが、持てるすべての技術を懸けて最後の修繕に挑みます。お楽しみに!




